HOME 〉

SDGs

お弁当持参は禁止、残さず食べるを義務にしない。ローマのオーガニック給食事情

2023.10.23

お弁当持参は禁止、ローマのオーガニック給食事情

text & photographs by Mika Hisatani

人口、面積ともヨーロッパで最大規模を誇る都市、ローマ。そのローマ市内の全ての公立学校で、20年以上も前からオーガニック給食が実施されていることをご存じだろうか?
公立幼稚園と小学校、中学校(初年度のみ)の3歳から11歳までの子どもたちが通う約730校で、有機食材を使った給食が毎日提供されている。その数、1日に15万4千食。ランチだけでなく1日2回のおやつもオーガニックメニューが採用されている。

目次







給食は、算数や国語よりも大切な授業

3歳から「食べ物はおいしく、オーガニックであることは当たり前」という食育を受けるローマ市民。現在の3歳児の20年後、50年後を考えてみると、それは農薬、添加物に慣れた市民の健康状態と明らかに異なることが想像できる。彼らは3歳から学校主体で成人病予防を始めているのだ。イタリアでは医療費は無料であり、給食を通じて成人病予防を行うことは国の医療費負担軽減にもつながる。給食は、算数や国語よりも大切な“生きるため”の授業なのだ。

学校給食を運営するローマ市役所社会教育総局の担当者は言う。
「よい食生活を送ることは子どもの権利です」
給食は教育の場であり、食べ物について、マナーについて、食事を通したコミュニケーションについて学ぶ。このため、弁当の持参は禁止されている。なぜなら弁当は家庭でいつも食べているものを学校でも食べることになり、子どもに学ぶ機会が与えられないというわけだ。

配膳は生徒ではなく、給食調理を請け負う会社のスタッフが担当する。食器は磁器の白皿。レストランでも使われているイタリアの有名磁器メーカーのものだ。指紋ひとつ付いていないピカピカのお皿に盛りつけられ、パスタ、メイン、野菜の付け合わせ、果物と、コースでサーブされる。トラットリアのように、一人ひとりに目の前でチーズがすりおろされる。出された料理を丁寧に食べること。子どもたちはこのテーブルセッティングやサービスからも食の大切さを学ぶ。

全部残さず食べること

給食を残すのは自由。全部残さず食べることを「義務」として押し付けない。食べることが楽しみになる習慣を子どもの頃から持たせるためだ。
とはいえ親を悩ませる‟食べず嫌い”という問題は無視できない。とりわけ野菜、特に緑色の野菜を嫌う子どもが多い。そのため、ローマの公立学校では農家やチーズ工場を訪問する授業がある。食べ物がどのように作られているか、食べ物が育つ現場を見て、その食材を食べられるようになる子どもが多い。給食以外にもこうした訪問型の食育が行われている。

給食に使用されるのは主にオーガニック食材で、ヨーロッパのBIO認定や、JAS認定がついているもの。IGP(地理表示保護)やDOP(原産地名称保護)などの認証マークのついている食材も多い。野菜や果物はローマの生産者から納められる。パスタやオリーブオイル、ジャムなどの加工品はラッツィオ州(ローマのある州)以外の生産者も含まれる。また畜産物(肉)は100%でなく50%だけオーガニックでもよいなど、それぞれの食材ごとに基準が定められている。外国産の食材は一切使用しない。

オーガニック食材

イタリア料理以外の料理を通して、外国の存在を知ることも給食の大切な学びとなる。昨年ウクライナへの軍事侵攻が始まった際には、ウクライナの伝統料理が提供された。「ヴァレーニキ」という肉を詰めたラヴィオリのようなもので、‟ウクライナの餃子”とたとえられる。付け合わせはジャガイモにオリーブオイルではなく、バターを添えて。

宗教上の理由や食品アレルギーなどで通常メニューが食べられない子どもも少なくない。特別メニューが提供されるが、できるだけ料理の外見が異なったものにならないよう配慮されている。食べ物を通じて子ども間で偏見が起きないようにするためだ。

配膳スタッフ間でメニューの量と盛り付けを共有するため、見本が給食室の一角に毎日展示される。左から幼稚園、小学1~2年生、3~5年生、中学初年度生の盛り付け例。

配膳スタッフ間でメニューの量と盛り付けを共有するため、見本が給食室の一角に毎日展示される。左から幼稚園、小学1~2年生、3~5年生、中学初年度生の盛り付け例。


おいしさを最優先する調理でゴミも削減

ミラノなど、ほとんどのイタリアの都市では中央給食センターで全校の給食を作り配給しているが、ローマでは各学校に厨房を設置。温かい食事をフレッシュな状態で提供するためだ。各学校の厨房にある業務用調理機器のサイズは意外に小さい。大量に作ることにより大味になることを避け、パスタをソースに和えるのも数人分ずつ、家庭サイズのボウルを使う。そのため給食は一斉スタートではなく、時間をずらして少人数グループごとに調理&サーブされるシステムだ。どの工程にもおいしさを損なわない工夫が徹底されている。

おいしさを最優先する調理でゴミも削減

もう一つ、ローマ市が各学校に厨房を設置する理由は、教育センターからの配給にすると、容器などの梱包資材が発生し、ごみが増えるため。出来立ての給食を磁器に盛り付けてサーブすることで、子どもたちにきちんとした食器で食事をしてもらうだけでなく、毎日8トン以上のプラスチックごみの発生を回避できるという。もちろん厨房には食器洗浄機が備え付けられている。
ちなみに、なんらかの理由で使用できずに余った食材は、未開封のものに限り、できるだけ廃棄せず慈善団体に寄付される。

給食費は5段階制、免除もあり

実際、給食を試食してみると想像以上においしいことに驚いた。パスタの茹で具合はしっかりと歯ごたえが残り、トマトソースは絶妙な塩加減。もちろん出来立てだ。つまりトラットリアで食べるのと全く同じ。むしろすべてオーガニックなのだから一般的な飲食店よりもレベルは上ともいえる。

給食費は5段階制、免除もあり

これほどのレベルの食事を給食費でどうまかなっているのだろう?
ローマ市では、給食費は日本のように一律ではない。その家庭のISEE(所得証明:所得と資産、銀行残高、家族構成などから割り出される)から換算され、5段階に分かれる。もっともISEEが少ない家庭の子どもの給食費は免除となり、もっとも高いISEEの家庭は月に80ユーロ、日本円で約1万2千5百円を支払う(1ユーロ/156円換算)。免除される家庭の割合は少なくなく、足りない分はローマ市の財政負担でまかなわれている。

給食メニューは夏季と冬季、9週間ごとに設定され、新メニューを決定する際は、保護者から代表者が数名、試食する。「私たち大人にはおいしく感じるが、子どもたちは食べないのではないか?」「こんなメニューを出されると、家庭でも子どもに要求される。共働きなので用意することができない」「家庭では食べられないメニューをもっと出してほしい」「もっと季節の果実にバリエーションをもたせることはできないか」などなど、保護者からのリクエストは尽きることがない。メニューだけでなく、新しい食材調達先(生産者)を採用する時にも保護者、学校側責任者、役所からの栄養士、そして子どもたちも参加できる試食会が開かれる。

ローマ市のホームページには地域ごとの幼稚園、小学校、中学校のメニューがアップロードされ、保護者はクリックひとつで本日のメニューとおやつを確認できる仕組みだ。

ローマ市のホームページには地域ごとの幼稚園、小学校、中学校のメニューがアップロードされ、保護者はクリックひとつで本日のメニューとおやつを確認できる仕組みだ。


もっとも確実で膨大なオーガニック食材市場

3歳から11歳までが通うローマの公立学校では、年間にすると1千8百万食の給食が消費される。オーガニックスーパーもビオマーケットも到底追いつかない、もっとも確実で膨大な有機食材消費市場、それが学校給食である。実際ローマ市ではオーガニック給食の導入により有機食材生産者が増加している。オーガニック生産者にとっては、学校給食に採用されることはイメージアップにつながり、保護者たちにもよいPRとなって自宅用に購入してもらえる可能性もある、と一石二鳥だ。
大手の食品メーカーではなく、小さな家族経営の生産者の商品を取り扱うことにも重きが置かれている。そのため給食メニューは全校で同じわけではない。例えば3区と4区は同じメニューで、5、6、7区はまた違う内容とし、原材料の供給を小分けにしている。

こうした細やかな対応が可能なのは、ローマ市が15の「ムニチービオ」という地域に区分されているため。この行政区分は中心部への集中を分散化することを目的に設定された。

イタリア中部・ウンブリア州の山里ノルチャで30年前から有機農業でブルーベリーやカシス、洋ナシなど主にフルーツを栽培し、ジャムやジュースに加工販売している「シビッラ」のオーナー、エンリコさん。生産物の約30%をローマの学校に納品する。シビッラ社のオーガニックジャムは同村にあるラグジュアリーホテルの朝食でも提供されている。

イタリア中部・ウンブリア州の山里ノルチャで30年前から有機農業でブルーベリーやカシス、洋ナシなど主にフルーツを栽培し、ジャムやジュースに加工販売している「シビッラ」のオーナー、エンリコさん。生産物の約30%をローマの学校に納品する。シビッラ社のオーガニックジャムは同村にあるラグジュアリーホテルの朝食でも提供されている。


給食が市民のプライドを形成する

2023年3月末、イタリア政府は培養肉の生産&販売を禁止する法案を支持すると発表した。日本でも驚きのニュースとして伝えられたが、イタリアでは全く不思議ではない。背景には単純に「私たちの国にはこれほどおいしい肉があるのに、なぜ人工的につくられた肉を食べなければならないのか」というイタリア国民の本音がある。「禁止することにより培養肉業界の発展が世界から遅れる」や「炭素排出増加の環境保護問題に反する」などの意見もなかったわけではないが一蹴された。

イタリアの‟持続可能な社会の実現”は、世界や国連と足並みを揃えてではなく、グローバルスタンダードから外れた独自のスタイルで展開していると言えるだろう。イタリア人の自国の食文化に対するゆるぎない自信、シビックプライドの根源がリアルに理解できる現場、それがローマ市の学校給食である。

コロッセオにパンテオン。 2000年以上前の建物が未だ美しい状態で生き続け、世界中の人を魅了するローマ。いつの時代もローマ人は長い目で未来を見据えることが得意である。

コロッセオにパンテオン。
2000年以上前の建物が未だ美しい状態で生き続け、世界中の人を魅了するローマ。いつの時代もローマ人は長い目で未来を見据えることが得意である。

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。