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SDGs

私たちは、アリス・ウォータースから何を学んだのか?

島根、京都、滋賀、徳島、東京を巡る旅

2023.11.27

text by Sawako Kimijima / photographs by Masataka Namazu(top), Ai Onodera

世界中の料理人と教育者に影響を与え、全米の「おいしい革命」で知られるアリス・ウォータースが、10月9~18日、著書『スローフード宣言――食べることは生きること』の出版1周年を記念して来日しました。版元「海士(あま)の風」が拠点とする島根県・海士町を皮切りに、石見銀山、京都・大原、亀岡市、滋賀・南草津、徳島・神山町、東京を巡る10日間の旅。その先々で、アリスは何を見て、何を語ったのか。アリスは私たちに何を伝えようとしたのかを探ります。

目次






スローで人間らしい価値観を訪ねる旅

明日は帰国という10月17日の夜、東京のSPBS TORANOMON主催の書店イベントで、アリスを迎えてトークイベントが開催された。経営学者・入山章栄さんをホスト役に、アリスとの親交の深い料理家・野村友里さん、『スローフード宣言』の翻訳者・小野寺愛さんと共に繰り広げられるトークの前半、旅に同行して通訳を務めた小野寺さんによる旅の振り返りは、図らずも、私たちが自分の足元に見出さなければならないものを映し出していた。

入山章栄さん、アリス、野村友里さん、小野寺愛さん。「ARCH虎ノ門ヒルズインキュベーションセンター」で。

そもそも、『スローフード宣言』が島根県の離島の名もない極小出版社「海士の風」から出版されたということ自体が、アリスの思想の表明と言える(文末に記事リンクあり)。そんなアリスの来日にあたり、「海士の風」は「スローで人間らしい価値観をいかに取り戻すか」という視座から、人と地球に優しい暮らしを実践している地方の学校や農家、循環経済を見てもらう旅を企画した。

【アリス・ウォータース来日スケジュール2023】

【10月9、10日】旅の始まりは海士町。海士の風の事務所(村上家資料館)に50人以上が集まって歓迎会。地元産の素材で作られたおはぎによる歓待の後、アリスがスピーチ。

海士町の小学生と一緒にもち米を収穫。「子供たちの中に農家に対する静かな尊敬の気持ちがあるのを感じて、とても美しいと思った」とアリス。

小学校では給食を体験。海士町では地産地食の給食を目指して、できる限り地元産の食材を使っている。

夕食会場の公民館の前ではいつものように子供たちが相撲の稽古。思いがけず、こんな光景を見てもらうことができた。

【10月11日】石見銀山の「暮らす宿 他郷阿部家(たきょうあべけ)」へ。1789年に建てられた家屋を、松場登美さんが21年かけて地元の職人たちの手で改修。何も買わずに集めてきたもので修繕したという。夕食はおくどさんのある台所で、ご飯を炊く音と香りを感じながら。


【10月13、14日】京都でビジネスリーダープログラム。「草喰なかひがし」の中東久雄さんが、自身の通う大原の野菜畑へ参加者を案内。「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフも同行。

大原で収穫した野菜を使って、中東さんと生江シェフが調理。その横で、アリスがビジネスリーダーたちに向けてスピーチをした。

【10月14日】立命館大学で講演。会場には400人以上が集まり、オンラインの参加も400人以上。食マネジメント学部の石田雅芳先生はイタリア在住時代、スローフードインターナショナルの事務局で働いた経験を持つ。学生たちと食べられる樹、マイヤーレモンを植樹。

【10月16日】徳島県神山町へ。神山には、シェ・パニースの料理長を務めたジェローム・ワーグが住んでいる。ジェロームが立ち上げた東京のレストラン「the Blind Donkey」を運営するRichSoil&Co.のスタッフが「Farmer’s Meeting」を企画。野村友里さんも合流。

日本ならではの持続可能な暮らしのかたちがあることを示す旅だったと言えるかもしれない。同時に、日本の若者たちが「オーガニック」や「リジェネラティブ」といった括りを超えて食と農のあり方を探る姿も感じてもらえたはずだ。


学校給食を経済のエンジンに

神山では、実は2つのイベントが開催されていた。ひとつはアリスの来訪に合わせて企画された「Farmer’s Meeting」、もうひとつは来訪が決まる前から独自に進められていた「School Food Forum 2023-地域でつなぐ農と食-」である。
前者は、東京のRichSoil&Co.と神山のフードハブ・プロジェクトが取引する全国の農家に呼び掛けたもの。農や食を取り巻く環境は刻々と変化し、個々で向き合うには困難な現実が増えている今、共に語り合い、考える時間を持とうというのが趣旨だ。

後者は、NPO法人まちの食農教育が中心となって企画・運営したフォーラムで、未来のために私たちはどのようにして持続可能な日常の食をつくっていけるのかを探る内容。学校の食を見直し、土に触れる体験から食べ物を口に運ぶ日常までを連続性のあるものにしていくことが、山積する課題解決の糸口になるのではないかという仮説に基づいている。子供たちが農業に継続的に触れることの重要性を発信する生命誌研究者・中村桂子さんによる基調講演、地域ぐるみの食農教育や地産地食を実現する調達システムをテーマとするクロストークなどが行われ、アリスも学校を経済エンジンにするアイデアを語った。

「私の提案は、シェ・パニースがこの52年間してきたことを、幼稚園から大学まで、すべての学校がするようになったらどうでしょう?ということです。園や学校が地域の生産者と直接つながり、彼らに必要な“本当のコスト”を直接届けられるようになったら? 学校の子供たちに、地域で一番栄養価が高くておいしい“本当の食べもの”が届くようになったら? 公的な機関で給食を食べる子供の数は、米国には3000万人います(訳者注:日本では小学校だけで600万人)。こんなに大きな購買力を持つレストランチェーンは、他にありません。バークレーの小さなレストランにだって、地域に循環型の経済を作ることができたのです。もし、すべての学校がそのエンジンになったらどうでしょう?

CSA(地域支援型農業)は、ご存じでしょうか。生産者と提携して、彼らが安心して食べものを育てることができるように、前払いで一定金額を支払い、その時畑にあるものをいただく仕組みです。CSAからもう一歩先へ。今度は、各地の学校を起点にSSA(学校支援型農業)が導入されて、地元の農家さんを買い支える形で、すべての子どもたちに無料で、オーガニックな給食を提供することができたらどうでしょう? その地域の農業の風景が変わり、子どもたちの未来が変わります。ぜひ、皆さんにはその応援をしていただきたい」

「School Food Forum 2023-地域でつなぐ農と食-」には、神山の小学校の教諭や神山まるごと高専の事務局長や保健体育教諭なども参加。基調講演をした中村桂子さんは、学校の時間割の中に「農業」を組み込むことを提案・推進。photo by Akihiro Ueta

「Farmer’s Meeting」では、農家、料理人、食関係者が畑を巡りながら、野菜の栽培・堆肥・出荷の仕方・土地の背景などについてディスカッション。ランチは神山まるごと高専の給食。

「農家が祝福されるすばらしいイベント。これまでで何本かの指に入るくらい素敵な夕食だった」とアリス。会の最後にフードハブの白桃薫共同代表・農業長が「今日は播種日です」と締め括った。


“Be Political.”が静かに浸透していく

神山でアリスが何度も語ったのが「Farmers First」という言葉だったという。
「私たちに代わり、自然と向き合い、土地の世話をし、旬の健やかな食材を育ててくれる農家さん、生産者の方々。料理人は、食材を育てる生産者がいなければ、料理を作ることができません。本物の食べ物を届けてくれる生産者がいるから、私たちは多くの人々に食を届けることができます」
同様の言葉は東京の書店イベントでも繰り返されていた。

こういった取り組みが行われていくベースには、少なからずアリスの影響がある。
海士町でのスピーチの中で、アリスは「今回、私が出版したこの本は、政治的な本です。課題が山積みなこの世界を変えていくために、次世代にもう一度、人間らしい価値観を伝えていくこと。それ以上に大切なことはないと信じて、書いた本です」「何をどう食べるか、それは、私たち誰もが参加できる、世界とつながるためのパワフルで政治的な選択なのです」と語っているが、アリスを表現するキーワードのひとつに「政治的 political」がある。理屈だけでなく、現実に即して行動すること。社会に働きかけること。彼女のそんな姿勢に触発された人々は、自らも「政治的 political」であろうとして、ささやかな行動を起こす。

神山のフードハブ・プロジェクトはアリスの「政治的 political」な生き方の伝播が産み落とした結晶、と聞いたら驚くだろうか。共同代表を務める真鍋太一さんは以前、次のように語っていた。

“Be Political.”――オープンハーヴェスト以来、親交の厚いジェローム・ワーグからよく言われた言葉だ。根底には「シェ・パニース」の創設者アリス・ウォータースの思想が流れているのだが、ジェロームは食を社会的な視点で捉え、社会を動かすツールとして向き合っていた。「お前にはその準備ができているか?」とジェローム。
真鍋さんが徳島県神山町への移住と同時に、神山町創生戦略のワーキンググループに参加したのも、“Be Political.”を実践しようとの思いがあったからだ。

『料理通信』2018年8月号「クリエイション魂」より(文末にリンクあり)


アリスチルドレンは世界中にいる

『スローフード宣言』の編集プロデューサーを務め、ツアーのコーディネートを担当した萩原亜沙美さんは、アリスとは初対面。初めてアリスの人となりに触れた。萩原さんの眼にアリスはどのような人物として映ったのだろう。

「最初の印象は、小柄な方、思っていた以上に華奢な方だな、と。10日間の旅にも関わらず、持参してきたのがコンパクトなスーツケース一つだけ。実際、ほとんど服は同じだったと思うし、そこには彼女の思想も含まれていたと思います。でも、さりげなく、ストールをさっと巻いてお洒落。私には、普通の女性に感じられた、屈託なく笑い、期待に応えようとしてくれる頑張り屋な方だな、と。舞台裏では少女のような印象すらありました。しかし、いざ人の前に出ると、胸を張って、人の心に灯を点せるように懸命に語っている」

「心から子供が好きなのがよくわかる。時差もあり、疲れも重なり、おそらくもう部屋に戻ってベッドに倒れ込みたいに違いない時に、子供がいると気付いた途端、彼女の身体から物凄いエネルギーが湧いてくるのを見ました」と萩原さん。

萩原さんは、旅に同行しながら、ずっと考えていたそうだ、世界中の料理人や教育者がアリスの影響を受けたのはなぜなのか? 

「強力なリーダーシップを発揮して力づくで動かしたのではなく、アリスの切実な想いや願いが自然に周りをインスパイアしていったのではないか。シェ・パニースとエディブル・スクールヤードのモデル校、たった2つのモデルを丹精込めてつくり上げた。そこには手触り感があり、納得感がある。体感がある。それが人々の琴線に触れて広がっていったのではないでしょうか。どんなに良い言葉も、その奥に本物の場がなければ、どこか上辺に聞こえてしまう。アリスの言葉には半世紀にわたって続けてきた誇りと自信が混じっています。すべてを彼女自身の手で形にしたというより、大なり小なり影響を受けた人々が自らの物語を進める中で大きなムーブメントになっていったのではないかと思いました」

書店イベントの中で語った野村友里さんの言葉が、そのことを裏付ける。
「私は、アリスのチルドレン世代と一緒に仕事をしたのですが、アリスが店にいなくてもイズムは徹底されていた。それがどれほど凄いことか」
野村さんの滞在中、本人はいなくても、店は温かい家のようであり、至る所にアリスがいるかのようだったという。
「スタッフ全員でテーブルを囲んでごはんを食べる。その日のコースを、ワインを一杯飲みながら語り合う。『あなた、どこから来たの?』『今日のサラダ、すごくおいしいわよ』、初めて会った人と食卓を囲みながらもアウェイ感ゼロなんです。食べる行為を人とシェアして、おいしいって会話する。こういう哲学は大事だと思いました。キッチンはオープンで、お客様がおいしかったよって言いたくて、キッチンの中にガンガン入って来る。店の側もどうぞどうぞって、奥まで全部見せる。どこも隠すことのない気持ちよさ。作り置きしないし、機械を使わない。私が行った時には、スピナー(水切り器)が壊れていて、大きな布の中に野菜を入れて振り回していたんです(笑)」

「みんなが自然に『私に何ができる?』って考え始めるの」と野村さん。その連鎖がムーブメントを引き起こすのだろう。たとえば、28年前、カリフォルニア州バークレーのマーティン・ルーサー・キングJr.中学校で始まったエディブル・スクールヤード・プロジェクトは現在、世界6200校で実践されるまでに広がった。(文末に記事リンクあり)

トークの後の交流会では、東京・西荻窪のレストラン「organ」の紺野真さんによる料理と長野県上田市「木村製パン」木村昌之さんのパンがふるまわれた。生産者と深く関わりながら環境意識の高い仕事を地道に続けている料理人とパン職人。世界にも日本にも広い意味でのアリスチルドレンがたくさんいて、食を通して社会を変えようとしている。
(翻訳監修 小野寺愛)

紺野真さんと「organ」のスタッフが懇親会のフードを担当。アリスのトークイベントにふさわしい料理が並んだ。



◎海士の風
https://amanokaze.jp/

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