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SDGs

「食べられる校庭」から25年。

“食の革命家”アリス・ウォータースに学ぶムーブメントの起こし方

2022.07.19

text by Ryoko Ogasawara / translation by Ai Onodera / cooperation by Edible Schoolyard Japan, Edible Schoolyard Project

1971年にアリス・ウォータースがカリフォルニア州バークレーに開いた1軒のレストラン「シェ・パニース」は、ファストフード文化に一石を投じ、世界に影響を与える革命となった。同じくアリスがバークレーの公立中学校でスタートした「エディブル・スクールヤード・プロジェクト」は、25年余りをかけて世界中に広まり、今や6000校以上で実践されている。
最初は“点”のようなローカルな活動が、なぜ世界の人々を動かす大きなうねりとなったのか? 一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパン主催のトークイベント(※1)でアリスが語ったコメントの中に、その答えがあった。

目次







読み書き、計算の前に「食べること」を学ぶ

エディブル・スクールヤード・プロジェクトが実践されている、マーティン・ルーサー・キングJr.中学校(カリフォルニア州バークレー)のガーデン(菜園)にて。校庭を覆っていたアスファルトを取り去り、土壌を整えるという困難を経て、このガーデンは誕生した。提供:Edible Schoolyard Project

エディブル・スクールヤードとは、直訳すると“食べられる校庭”。学校の敷地内につくった「ガーデン」で食べ物を育て、そこで収穫したものを「キッチン」で調理し、食べるという一連の体験を通して、生命のつながりを学ぶ。
きっかけをつくったのは、アリスが「シェ・パニース」への通勤途中に目にしていた公立中学校、マーティン・ルーサー・キングJr.中学校(キング中学校)。その“廃墟のような”様子に問題意識をもったアリスが、公教育について公の場で語り始めると、ラジオでアリスの話を聞いたキング中学校の当時の校長から、電話が掛かってきたという。実はアリスは、食の世界に入る前にモンテッソーリ学校(※2)の教師をしていたこともあり、教育にも高い関心を寄せていた。そこから、キング中学校を舞台とした壮大なエディブル・スクールヤード・プロジェクトが動き出すまでに、時間はかからなかった。1995年のことだ。

「開始当初から、まずガーデンをつくろう、キッチンをつくろうというイメージがありました。屋外で土に触れて食べ物をつくることで、子どもたちと大人、子どもたちと自然、子どもたちと食べ物をつなぎ直し、関係性をつくり直すことができるから。土に触れ、育て、収穫し、料理して、共に食べる場を提供すれば、まさにモンテッソーリ教育で私がやっていたように、子どもたちの五感を開かせることができるはず。そして、五感は脳にもつながっているのだから、新しい学びの道も開けると思いました」

この教育は、単なる菜園教育や調理学習ではない。重要なのは、そのサイクルに、科学、数学、地理や歴史などの科目を統合させること。これらすべての要素が織りなす体験的な学びは「エディブル・エデュケーション」と呼ばれ、持続可能な生き方、自然環境や生態系について理解する知性を育むという。

「ガーデン教室、キッチン教室でしたかったのは、ただ単に調理を教えることではありません。また、単に栽培学習をすることでもありません。食べることを通して『教科を教えたい』、そう思っていました。キッチンで料理をすることで歴史や音楽への理解が深まり、ガーデンで土を触ることで、数学や理科の学びが広がる。『食べる』という生きることの根幹にある体験を通して、教科学習の学びを深めることができたら、と思いました」

エディブル・スクールヤードのベースにある「エディブル・エデュケーション」を表したポスター。“「読み・書き・計算」を学ぶ前に「食べること」が最初”(子どもの成長期には、読み書き、計算する能力を身につける前に、何をどう食べるかを教え、身につけることが重要)であることを伝える。提供:一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパン

この教育は、「食べ物は、あらゆる分野をつなぐ」ということを示している。地域、経済、福祉、健康、科学・・・。食を学びの中心に置くことで、あらゆる分野の現状が見えてくる。そこから子どもたちは、一人ひとりの食の選択がいかに社会に大きな影響を与えるかを知り、自分に何ができるかを考え始める。

「一番大切なのは、子どもたちを勇気づけること。子どもたちに、自分には力があると気づかせることです。どう食べるかが自分たちをつくっていて、その自分たちが世界をつくっていること。これが子どもたちの中に入ることが大切です」

キッチンには、テーブルクロスや花、装飾品なども備えられている。子どもたちは、調理したものを食べる時には必ずテーブルセッティングをする。提供:Edible Schoolyard Project


「学校給食」を通して、農家を支え、土地を守る

“日常の食べ方で社会を変えることができる”と訴え続けてきたアリスが今、大きな可能性を感じているのが「学校給食」だ。

「私たちは今、世界中で、気候変動というとても悲しい課題と向き合っています。今すぐ、本当に今すぐ行動しなくてはいけない、緊急性のある課題です。この気候危機に対して、誰もができることがあります。食べ物を通して、また、どの子どもにも関わりのある学校を通して、できることがあるのです。

学校で子どもに給食を与えることは、必要なこと。そこに対して一定の予算(州費)、またはそのための家計費がすでに存在しているのは、朗報です。間違っているのは、その食材をどこからどのように買っているかという点。気候変動を推進し、子どもたちに十分な栄養も与えない、間違った仕組みの中から食材調達を行なっているのが(少なくとも米国の学校給食の)現状である、そう考えています。

もし私たちが、すべての子どもたちが毎日食べる学校給食の食材を、大地の守り手から買ったらどうでしょう。環境を傷つけず、むしろ里山を修復するような農業を行っている人から買うようになったらどうでしょう。働き手の権利を大切に守っている農家さんから買うようにしたら? 子どもたちは、学校給食を通して素晴らしい栄養を得ることができ、食べることを通して土地を守るという大切な概念も一緒に伝わっていくことになります」

残念ながら現在、キング中学校のスクールカフェテリア(学校食堂)で提供している給食は、エディブル・スクールヤードで教えている価値観と、まだつながっていないという。その理由は、給食の食材調達については、バークレー市のシステムの中で決まっているためだ。

しかしエディブル・スクールヤードの授業では必ず、キング中学校のガーデンで育てたものか、ファーマーズマーケットから仕入れたオーガニックの食材を調理して食べている。「育てるだけではなく、育てたものを収穫して調理して食べるという、“全部がつながっている”ことが大切」と、アリスは強調する。

「給食はもちろん、授業を通しても、地元の農家さんとつながることは大切なことです。学校が動けば、地域の農家を支えることができる。子どもたちを農園に連れて行くのも、酪農家と会わせるのもいいでしょう。自分たちの食べるものを誰がどんなふうに育ててくれているのか、それを直接知ることは子どもたちの自然に対する理解を変えていきます。多くの人が自分の食べ物の育てられ方を知ることは、リジェネラティブ(再生型)な農業の発展につながります」

エディブル・スクールヤードのガーデンのシンボル「ラマダ」(スペイン語で“集会所”という意味)。みんなでコミュニケーションする大切な場所になっている。提供:Edible Schoolyard Project


使命は広げることではなく、小さくても確実なモデルをつくること

ガーデンにて。“The time is always right to do what is right.”(正しいことをするのに、時を選ぶ必要などない)は、マーティン・ルーサー・キング牧師の言葉。 提供:Edible Schoolyard Project

シェ・パニースもエディブル・スクールヤードも、アリス自身が生活するバークレーで、ゆっくり時間をかけてビジョンを共有する人たちとともに丁寧に育んできたもの。この、最初は“点”のようだったローカルな活動が、なぜ世界中の人々を動かす大きなうねりを生み出すことができたのか。その答えは、アリスのこんなコメントの中にうかがえた。

「大きく広げようと思ったことはありません。使命はいつだって、広げることではなく、小さくても確実なモデルをつくることでした。エディブル・スクールヤードを始めた最初の頃、バークレー市内にある17校の公立校から次々に『アリス、うちでもやってほしい』という声がありました。でも、そこはブレません。私の答えはいつも同じで、『いいえ、まずは1カ所に集中しなくちゃ』というものでした。

これは、自分のレストラン、シェ・パニースでも同じでした。フランチャイズ化してほしい、広げてほしいと言われても、決してそうしませんでした。皆が見て『ああ、そうやればいいんだ』と、明確に思ってもらえるモデルを一つでもつくることが大事なのです。広く薄くではなくて、1カ所で徹底的に見せていく必要があります」

アリスの情熱は多くの人に伝播していき、毎年夏にバークレーで開催されるエディブル・スクールヤード・アカデミーには、全米はもとより世界から100人もの参加者が集まっているという。そして今日、エディブル・スクールヤードは世界の約6000校もの学校で実践されるまでになっている。

2014年にエディブル・エデュケーションが導入された、日本のモデル校、東京都多摩市立愛和小学校の菜園(ガーデン)。現在は連携校5校(横浜、沖縄、岡山、滋賀)に広まっている。提供:一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパン

アリスは2018年に、愛和小学校で学校給食を見学。子どもたちが自ら給食を配膳し、教室でみんなで食べる日本の習慣は素晴らしいと語った。提供:一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパン

“持続可能な社会をつくる”と言った時、そのためのシステムを“新たにつくる”ことをイメージする人もいるだろう。しかしアリスが教えてくれたのは、持続可能な仕組みは、すでに自然の中にあるということ。自然の循環の中に人間が入っていくことによって、持続可能性が保たれるということだ。
シェ・パニースで50年、エディブル・スクールヤードで25年余り。アリスがブレずに伝え続けてきたことや貫き通してきた信念は、シンプルで力強い。

1「エディブル・スクールヤードと命の食」

※2 医師であり教育家であったマリア・モンテッソーリ博士が考案した教育法に基づくスクール。「子どもには、自分を育てる力が備わっている」ということを前提とし、判断力、観察力、生活力、学習力を引き出す教育を行う。

 



ActNow 今すぐできる『10の行動』
「ActNow」は、個人レベルでの気候アクションをグローバルに呼びかける国連のキャンペーンです。どんなことが気候変動の抑制に役立つのか、身近な行動を10項目挙げています。

野菜をもっと多く食べる
野菜や果物、全粒穀物、豆類、ナッツ類、種子の摂取量を増やし、肉や乳製品を減らすと環境への影響を大幅に軽減できます。一般に、植物性食品の生産による温室効果ガスの排出はより少なく、必要なエネルギーや土地、水の量も少なくなります。

廃棄食品を減らす
食料を廃棄すると、食料の生産、加工、梱包、輸送のために使った資源やエネルギーも無駄になります。また、埋め立て地で食品が腐敗すると、強力な温室効果ガスの一種であるメタンガスが発生します。購入した食品は使い切り、食べ残しはすべて堆肥にしましょう。

環境に配慮した製品を選ぶ
私たちが購入するあらゆるものが地球に影響を及ぼします。あなたには、どのような商品やサービスを支持するかを選択する力があります。自身が環境に及ぼす影響を軽減するために、地元の食品や旬の食材を購入し、責任を持って資源を使ったり、温室効果ガス排出や廃棄物の削減に力を入れていたりしている企業の製品を選びましょう。

声を上げる
声を上げて、他の人たちにも行動に参加してもらいましょう。声を上げることが、変化をもたらす最も手っ取り早く、最も効果的な方法の一つです。あなたの隣人や同僚、友人、家族と話してください。経営者には、あなたが大胆な変革を支持することを伝えましょう。地域や世界のリーダーたちに、今こそ行動を起こすように訴えましょう。

(イラスト:Niccolo Canova)

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