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SDGs

アリス・ウォータース『スローフード宣言』出版記念!生江史伸シェフ、スローな島・海士町へ。

Dec 05, 2022

text & photographs by Asami Hagiwara

アリス・ウォータースの新著『スローフード宣言-食べることは生きること』が、10月29日、発売された。版元は、隠岐諸島の一角を成す離島、島根県海士町(あまちょう)の小さな出版社「海士の風」だ。アリスが同社を選んだ理由は「最も価値観が近いから」だったという。出版を記念して、アリスを敬愛してやまない三ツ星&グリーンスターのレストラン「レフェルヴェソンス」生江史伸シェフが、10月20~23日、海士町を訪れた。生江シェフと島人たちとの交流を、『スローフード宣言』の担当編集者・萩原亜沙美さんが語る。

『スローフード宣言』が海士町から出版される理由

そもそも、『スローフード宣言』がなぜ「海士の風」から出版されることになったのか、その経緯からお話ししましょう。

2021年初夏、翻訳者の小野寺愛さんが『WE ARE WHAT WE EAT—A Slow Food Manifesto』(Penguin Press 2021年6月米国発売)を翻訳して日本で出版したいと、伝手をたどって私たちとつながったことに始まります。

『スローフード宣言-食べることは生きること』は、amazonのエコロジーカテゴリーのランキング1位を継続中。(ポートレート©Megan Alldis)

小野寺さんは、私たち「海士の風」のポリシーである「出版して終わりではなく、書籍の中の思想や知恵を読者に届け、実践する人を増やす」に共感。私たちも本書は世界の未来を左右する重要なコンセプトを持った書籍だと感じて、出版を決意しました。
代理店を通して翻訳権の取得に手を挙げたところ、すでに数社が名乗りを上げている状態。「御社のベストオファーを提示してください」と告げられたものの、大手出版社も含まれているであろう競合に対して、金額だけで勝てる見込みはありません。そこで私たちは小野寺さんと共に、アリスさんへの手紙を添えてオファーを提出することにしたのです。

「海士の風」は、ファストフード店もコンビニもない人口2,200人の自然豊かな島にあること。『We Are What We Eat』の内容は、私たちが大切にしている「生かし合うつながり」「シンプルさ」「預かる責任」と重なり合うこと。私たちの島はスローフードの価値観そのままに生きている、ということを精一杯したため、3ページに及ぶオファーの手紙となりました。

そうして、アリスさんの代理人より以下の回答が届き、翻訳権を獲得することができたのです。

In the end, Alice wants to go with the publisher who holds her values closest to heart, so let’s accept AMA NO KAZE please.(2021/8/5)
最終的に、アリスは彼女の価値観に近い出版社と組みたいということで、海士の風にお願いしたい。

メールを見た瞬間、驚きと共に私の胸に使命感が芽生えました。「アリスさんは『スローフード宣言』で提唱する暮らしと生き方がこの島にあると感じて、本書を海士の風に託してくれたのだ・・・」。
おそらく、金額的には他の出版社のほうが上回っていただろうと想像します。

海士町のキャッチコピーは「ないものはない」。デパートもコンビニもシネマもないが、生きるために大事なものはすべてある、との意。2014年9月の安倍内閣総理大臣所信表明演説でも紹介された。様々な施策によって移住者の受け入れに成功、人口減少に歯止めをかけ、地方創生のトップランナーと呼ばれている。

古くは天皇に食料を貢進する「御食つ国」だった歴史も。鎌倉時代には後鳥羽上皇が配流されたことで知られる。「隠岐牛」は潮風が吹き渡る恵まれた自然環境の中でミネラル豊富な牧草や地元飼料によって育てられる。


自然に身をゆだねる暮らし

本の制作が着々と進み、サンプル本を人から人へ手渡していくというアナログな出版PRの最中に、サンプル本をお送りしてPRの協力を仰いでいた「レフェルヴェソンス」生江史伸シェフから連絡が入りました。

「本書を読んで、勧めたい人の顔がたくさん浮かびました。特に、未来の料理人を育てる役割と責任を担っている、調理師学校の先生たちを思いました。彼らは、現代の社会に適応する人材を作ることが大きな命題となっていますが、同時に、未来の食のソウル(魂)の種も育まなければなりません。世界的な食の問題を解決できる可能性を秘めているのは、自尊心と独立性を持った料理人の登場に関わると思っています。そのドグマ(教理)がこの一冊にわかりやすく束ねられていると、私は思います」

そんなメッセージと一緒に寄せられたのが、「島を訪れたい」との言葉。アリスさんが出版を託したスローライフを体現する島への興味に加えて、隠岐の海に潜ってみたいとの思いがあったようです。
生江シェフは、世界各地の海に潜ってきたフリーダイバーでもあります。気候変動、海洋資源の枯渇などが進行する中、ダイビングによって海の変化と実態を把握し、料理人として何ができるのかを考えると言います。

滞在は4日間。海の駅や海藻加工場の視察、地元料理人や漁師との交流、料理学校「島食の寺子屋」の生徒とのコラボ、出版記念トークセッションへの出演など盛りだくさんのプログラムを用意して迎えました。

明屋(あきや)海岸で「海士の風」代表の阿部裕志(右)やスタッフと語り合う。隠岐諸島は、2013年、隠岐ユネスコ世界ジオパークに認定。海士町の代表的なジオサイト明屋海岸には、海食崖や海食洞が約1kmにわたって続く。

海士町は、隠岐諸島の中ノ島に位置する。その隣に浮かぶ西ノ島へも足を運んだ生江シェフ。高台から海を望む。

到着2日目は夜明けと同時に、半農半漁で暮らす宮﨑雅也さんの船に乗り込み、漁を体験。美しい朝焼けを見ながら、刺し網を仕掛けた場所まで船で走ると、カマスやイサキなどの魚がいつも以上に掛かっていました。ちなみに、宮﨑さん、たくさん獲れた日は、干物にしたり、ご近所にお裾分けにしたりするそうです。
漁を終えると、宮﨑さんのお宅へ行って、揚げたばかりの魚や宮﨑さんが栽培する野菜を使い、生江シェフが昼ご飯を作ります。

宮﨑雅也さんの船で、刺し網を仕掛けた場所まで向かう。宮﨑さんの子供も一緒。

獲れた魚や畑の野菜を使って、宮﨑さん宅で生江シェフが昼ご飯を作った。

朝水揚げしたイサキと畑で採ったばかりの新鮮な野菜が満載!

別の日、生江シェフは、物心ついた頃から海で遊んできたという別の漁師のところへ。
「小学生の頃は勝手に親の船を操縦して、同級生と無人島で遊んどった。親は船がないことに気づいても怒らないし、何も言わなかった。今の子供たちももっと海で遊んでほしい。子供には海のものを好きに獲らせてやったらいいと思っとる。それが愛郷心にもつながるし、海で楽しかった記憶が海を大事にしようという想いになる」。そんな語りにじっと耳を傾ける生江シェフの姿が印象的でした。


素潜り漁に生命と生命のぶつかり合いを見る!

旅のハイライトは素潜り漁と言っていいでしょう。
生江シェフは隠岐の海に潜ること自体が初めてなら、このような漁を最初から最後まで見るのも初めてとのこと。
美しい海藻が繁茂する海を様々な魚の群れが次々と行き交う、その様を見て、これが海の本来あるべき姿なのだと感動し涙腺が緩んだと言います。
そんな海の中で人と魚の関係性が紡がれる・・・。「漁師が魚のいる場所まで近づいて行って、生命と生命のぶつかり合いの中で獲る。漁師と魚が一対一の対等な関係で対峙する。フェアに行われる最も美しい生命の関係がそこにはありました」と生江シェフ。「捕えたら一尾一尾丁寧に海中で活締めと血抜きを施して、船上で神経締めを行なう。対峙した命の尊厳を守る姿にも感動しました」

素潜り漁に取り組む吉川岳さん。水深約18mまで潜り、一対一で魚と対峙する。60~70cmのクエを水中銃で突いた後、海中で活締めと血抜きを行なう。

吉川さんは大阪からの移住者。素潜りで夏季のサザエ・アワビ漁などに携わりながら、クエ、イシダイ、ヒラマサ、キジハタなどを水中銃で獲る。

この魚をどのように料理したいかと尋ねてみると、次のような答えが返ってきました。
「生きてきた様、いのちの様を感じてもらうため、一尾丸ごと調理したい。みんなで姿を愛でながら食べるのがふさわしいと思う。フランス料理は食材の原形が消えてしまいがちです。それは食べやすくすることであり、お客様にストレスをかけないためでもあるけれど、この魚は、漁師さんとのつながりをみんなで共有して、一本の線でつながれるような料理にしたい。元来、人間は分かち合う動物であり、人間らしさもそこにあります。分かち合って食べることは、人間の知恵であり、食を通じてつながりを意識し合える大切なことだと思うから」


『スローフード宣言』のテーマ“つながりを取り戻す”ために

もうひとつのハイライトが、「島食の寺子屋」です。海士町観光協会が運営する1年制の料理人研修制度で、今ここにある食材でどんな料理が作れるか、よりおいしく食べるためには何をすればいいか、大量に捕れた食材はどう保存するか、といった作業を行なう中で技術や知識を身につけるというもの。カリキュラムはなく、研修生たちは山に入って山菜や筍を採り、処理の仕方や食べ方を教わり、港へ行って水揚げと仕分けを手伝いながら、魚を捌く練習をします。

今回は、生江シェフが調理のプロセスを研修生たちにデモンストレーションしました。
シェフが選んだのは洋風茶碗蒸し。「茶碗蒸しはフランス人が喜ぶ料理なんですね。フランスの技術を駆使する日本の料理人として、私は茶碗蒸しをフランスと日本の架け橋と捉えています。今回は器の中に山の食材と海の食材が同居し、鶏肉と卵という親子関係も存在する。様々なつながりを内包する一品に仕上げました。みなさんとの縁を深められたらとの思いを込めて、この料理を選びました」

デモンストレーションの中で、寺子屋の生徒たちに手伝ってもらいながら、一つひとつの食材と向き合う姿を見せる生江シェフ。

食材一つひとつの香りや食感、味の主張があり、それでいて全体として優しく、温かく包み込まれていて、[縁]や[つながり]が感じられた驚きの茶碗蒸し。

「料理とは、食べ手に喜びを感じてもらうと同時に、伝えたい事柄をシェアする行為でもあります」とは、滞在中に行なった出版記念のオンラインイベントで「生江シェフにとって料理とは?」との問いに答えた際の言葉です。

「調理して食べるのは人間だけ。本来、料理とは人間らしさと切っても切れないものなんですね。狩猟採集から調理して食べるところまで一連の行為だったものが、様々にアウトソース(外部化)されるようになった。これらをもう一度つなぎ直すため、料理を提供する者が生産者や食材について情報を伝えていくことは大事です。また、料理が社会の潤滑剤になり、人が集う場所で喜びの共感や共有ができたらいい」

『スローフード宣言』のメインメッセージである「つながりを取り戻す」を、生江シェフは日々の料理の中で実践されているのでしょう。滞在中の生江シェフは、料理する時も、島人と対話する時も、常に相手と正面から向き合い、真摯に言葉を返していました。食べることへの誠実さが生き方に滲み出ている・・・原題の『We Are What We Eat』、そのものだと感じたのでした。

  


生江史伸(なまえ・しのぶ)
「レフェルヴェソンス」エグゼクティブシェフ。大学在学中、生活のために始めた皿洗いがきっかけで飲食の世界へ。卒業後にイタリアンレストラン「マンジャペッシェ」に就職。2003年から北海道「ミッシェル・ブラス トーヤ ジャポン」でフランス料理を学び、その後英国「ファットダック」で修業。2010年「レフェルヴェソンス」を立ち上げ、全国の生産者や世界のシェフたちとの交流の上に、都市におけるレストランのあるべき姿を築いてきた。2020年、ミシュラン三ツ星と持続的な行動への称号であるグリーンスターも同時に獲得。2018年には六本木にベーカリー「ブリコラージュ」を開き、日常の食にも取り組む。2021年より東京大学大学院に在籍。

萩原亜沙美(はぎわら・あさみ)
「海士の風」出版プロデューサー。大学卒業後、京都にまちづくり系NPOを共同で立ち上げ、2010年に海士町へ移住。海士町のスローガン「ないものはない」を念頭に、島にないものを仲間とつくりだす。生きる力と幸福度が高い。


◎レフェルヴェソンス
東京都港区西麻布2-26-4
☎03-5766-9500

◎海士の風
https://amanokaze.jp/

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