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食の人々が教えてくれたこと。
第9回 未来へ繋ぐということ~「カタシモワイナリー」 高井利洋さん

People / Life InnovatorOct. 20, 2016



ブドウ産地・ワイン産地としての大阪。


かつて大阪が日本有数のブドウ産地だったということをご存じだろうか?
昭和初期には日本一の生産量を誇り、もう100年以上もブドウを作り続けている。現在、畑の多くが宅地へと転用され、生産量は減少の一途を辿っているが、それでも400haのブドウ畑が現存する。

私がワイン造りを大阪で始めた理由は気まぐれでも何でもなく、大阪がブドウ産地だったからである。お客様からの質問には「大阪って、ブドウ栽培に向いているの?」という類が一番多いのだが、たった7年しかブドウ作りをやっていない私が答えるより、農業で100年続いているという事実の方がよほど説得力に溢れている。

そして、そんな大阪にはワイナリーが6社ある。最も歴史が古く、生産量も多いのが、大阪府南東部の柏原市にある「カタシモワイナリー」だ。その当主である4代目高井利洋社長は、まさに大阪ワイナリー業界の生き字引である。

初対面から30分で私の進む道は決まった。





出会いは強烈だった。
取引をお願いするためにショップスタッフがカタシモワイナリーを訪問した際に、耕作放棄地や畑の担い手不足の話をお聞きしてきた。そこで、元々ワイナリーをやりたかった私は、畑を借りることができないかを相談すべく、ワイナリーに高井社長をお訪ねした。
高井社長とは初対面だったけれど、自分の考えを話すことたった15分、「おっしゃ、どこの畑にするか見に行くで」と席を立ち、15分後には借りる畑も決まっていた。なんと初対面から30分で畑まで決まり、私はある日突然農家になった。

私にはその年の記憶がほとんどない。ハードすぎたのだ。
当時はまだスタッフが4、5名のみで、ショップは2店舗、私自身が営業や配送をこなしながら店に立っていた。スタッフに迷惑をかけまいと、早朝から畑仕事、午後はショップに立つという怒涛の生活が始まった。畑専属のスタッフを雇用できるようになったのは、ここ2、3年なのだけれど、それまでそんな生活が続いた。大変そうに聞こえるかもしれないが、ただ、自分の人生の中で最も充実した時間であったことは間違いない。

私は憑りつかれたように畑仕事に没頭した。そして、毎日一人汗をかく私を見て、高井社長は私にワイナリーの鍵を渡し、「自由に出入りして、好きなようにワイン造ったらええ」。私はある日突然ワインメーカーになった。
その後、カタシモワイナリーで3年の仕込みを経て、島之内フジマル醸造所が誕生することになる。15年もかかったけれど、大学時代からの夢が叶った瞬間だった。

こうして大阪に、数十年ぶりに新しいワイナリーが老舗ワイナリーの全面的なバックアップにより生まれた。この狭いワイン業界の中で、大阪のワインに割り当てられるワインリストや酒屋さんの棚はそう多くない。生き残りを賭けたライバルになる可能性だってあったはずだ。新規参入のない業界に未来がないことは明白とはいえ、だからといって協力までできる老舗は多くないだろう。

子供たちの人生に「ワイン」の文字が刻まれた。





大阪のブドウ畑を取り巻く状況は甘いものではない。畑は毎年のように減り続けている。ワイナリーは、農作物であるブドウにワインという付加価値を付け、農業をさらに意味あるものにし、ブドウ畑を活性化させなければいけない。ブドウ畑があるからこそのワイン産地であり、農業に軸足を置かないワイナリーは、ワイナリーではなく、食品加工場なのだ。私たちは食品加工場である前にワイナリーであらねばならない。

ある時、こんな出来事があった。
その年のブドウの出来が本当に悪くて、収穫量が半減する可能性があった。ワイナリーにとって、収量が半分ということは、売り上げも半分になることを意味する。ワイナリーの存続に関わるほど、深刻な問題が起きていた。

いつも陽気で底抜けに明るい高井社長だが、その時ばかりは暗く神妙な面持ちでワイナリーの入り口で私と話し込んでいた時である。賑やかな小学生の団体が突然現れて、引率の先生らしき人が、「外からでいいので、少し見学させてほしい」と言う。

仕込みの真っ最中である。その日もプレス機がフル稼働している。もちろんスタッフはピリピリしている。
辺りを散策していたのだろうけど、社会見学するにしては、アポなしの団体訪問とはあまりに非常識だ。しかも、ワインのお客さんになり得ない小学生である。思わず私が断ろうとしたほどだった。

しかし、振り返った高井社長の表情はいつも通り満面の笑みだった。「外からなんて言わずに、どうぞ中へ入ってぇな。案内するわ」と、さっきまでの暗い表情や話はどこ吹く風、小学生の社会見学が始まった。
そりゃあ、ワイナリーはパニックである。仕込みのピークに突然小学生が20人ほども入ってきたのだ。もし、自分がカタシモワイナリーのスタッフだったらゾッとする(笑)。

20~30分ほど経って出てきた子供たちの表情や会話を聞いて、私は自分が恥ずかしくなった。入った時よりさらに賑やかになって出てきた子供たちの間では、「ワイン」や「デラウェア」「木樽」といった言葉が飛び交っていた。彼らの人生に「ワイン」や「ワイナリー」という文字が初めて刻まれたのだった。
成人一人当たりのワイン消費量が年間たった3Lほどの日本のワイン業界にとって、自分の生活範囲内にワイナリーがある意義に気付かされた瞬間だった。
実は、私たちが島之内や清澄白河の自社ワイナリーで行っている子供向けのイベントはすべてこの経験に由来する。

何が「未来」をつくるのか?





農業は「過去」から「未来」へ繋いでいくものだと思う。そこに「現在」がなければ、もちろん「未来」へは繋がらない。
異常気象や労働者不足など、ブドウ畑を取り巻く環境は今、かなり厳しい。そんな中で「現在」を担う私たちは非常に重要で大きな責任を負っているのだけれど、どの道が正解なのか、私にはまったくわからない。ただ、良いブドウを作り続け、個性あるワインを醸し続け、正常にワインを売り続けることが「現在」を担うことなのだと思う。そこに一滴でも「未来」を想うエッセンスが入っていれば、「未来」へ繋がっていくのではないだろうか?

私にはまだワイン業界の未来がどうなるかなんてわからない。でも、こうやって将来の仲間を創り続ける大先輩の後姿は、とても大きく眩しく私の目に映る。この羅針盤に従っていれば、きっと道を踏み外すことはない。そんな気さえしてしまうのだ。





「たこしゃん」カタシモワイナリー





大阪のデラウェア種で造る瓶内二次発酵のスパークリングワイン。たこ焼きに合うスパークリングワインということで発案された、なんとも大阪らしいワインだが、中身は本気である。実は大阪のブドウ畑は9割がデラウェアなのだ。ただ、当時のデラウェアで醸されたワインは評判が低く、単価も安かった。しかし、ワイナリーが少しでも付加価値を付けたワインを産み出さないと農家さんを買い支えることはできない。そこで、シャンパーニュと同じ製法である瓶内二次発酵方式でスパークリングにして売り出したところ、大ヒット。ワイナリーを代表する商品となった。大阪のブドウ畑、デラウェアを守るために知恵をふり絞り、労力を積み重ねた上で産み出されたワインである。

カタシモワイナリー
大阪府柏原市太平寺2-9-14
☎ 072-971-6334

カタシモワイナリー直売所
大阪府柏原市太平寺2-7-33
☎ 072-972-0208
平日10:00~18:00(土日祝~17:00)
無休

藤丸智史(ふじまる・ともふみ)
1976年兵庫県生まれ。株式会社パピーユ代表取締役。ソムリエとして勤務後、海外のワイナリーやレストランで研修。2006年、「ワインショップ FUJIMARU」を開店。大阪市内に都市型ワイナリー「島之内フジマル醸造所」、東京に「清澄白河フジマル醸造所」を開設。食の生産者と消費者を繋ぐ楔役としてワインショップやレストランを展開。 www.papilles.net







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