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荻澤紀子さん(おぎさわ・のりこ) 牛肉卸し 株式会社 東京宝山 代表

People / PioneerNov. 19, 2018

牛が好きで好きで仕方がない。
自分の居場所を「牛といるか、枝肉といるか、(牛を)食べているか」と笑う。
東京・芝浦の食肉市場に通い、牧場で牛を飼う人々と接する中で、「(牛の価値を伝える)伝書鳩になりたい」と思った。
以来、食肉卸しまっしぐら。
牧場へ赴き、牛の顔と体を見て、一頭一頭の個性と一生を把握する。
個体に合わせて熟成を施し、適材適所となり得る店に一期一会の出会いをもたらす。
ことに高値が付きにくい経産牛やジャージー牛の価値を高めたい、彼らの花道を飾りたいと願う。
text by Sawako Kimijima, photograph(TOP写真のみ) by Masahiro Goda

写真)設備を持たない荻澤さんは、枝肉での熟成をその道のプロに託す。黒毛和牛は吉澤畜産、短角牛は日山畜産、ジャージー牛はマルヨシ商事に。「生産者の想いは枝肉に表れます。たとえば、筋間脂肪の付き方や脂の色で、どういった考え方で、どういった飼料で育ててきたかがわかる」。






牛の一生の締め括り役。

経産牛とは、読んで字のごとく、お産を経験した牛のことだ。乳牛や繁殖牛など、仔牛を産むのが仕事の牛たちである。
その経産牛がじわじわとレストランメニューを飾るようになってきた。

従来、経産牛はおいしくないというのが定説だった。「未経産牛に比べると肉質が劣る」と明記する用語辞典サイトもある。
サシ信仰の強い日本で珍重されるのは、ステーキ店や焼肉店が謳うように「黒毛の3歳以下の処女牛」。その事実はいかんともしがたい。7産も8産もお産を繰り返した10歳前後の経産牛は、廃用牛として扱われ、加工品の材料となる運命にある。
ところが、「いや、経産牛は旨いよ」と言う人が登場し始めたのが約10年前。先陣を切って声をあげたのは食肉に精通するジャーナリスト山本謙治さんだった。つられるように畜産の現場から「経産牛は旨いぞ」の声が届き、この1、2年で経産牛への眼差しは変わりつつある。最近では値上がりしたとの噂も聞く。

乳牛にせよ繁殖牛にせよ、務めを確かなクオリティで長く果たしてもらうには、健康でいてもらわねばならない。必然的に彼女たちには牛の身体に適した飼料を与えることになる。人間が好む肉質にするための飼料よりも、だ。牛本来の生理に適うように育てられると言っていいだろう。

「健全に飼育された彼女たちは質の良い赤身肉になり、年月を経るごとに味わいが増す。香りも深くなる。役目を終えた彼女たちを再肥育した肉は風味豊かです」と語るのは、食肉卸しを手掛ける株式会社東京宝山の荻澤紀子さんだ。
「ル・コック」「タクボ」「ダ・オルモ」「ピヨッシュ」、等々、荻澤さんが牛肉を納めるのは、肉好きが一目置くフレンチやイタリアンの肉名店ばかり。みな、彼女から届く肉を心待ちにする。


モテモテにしてあげたい。
埼玉県東松山市にある国分牧場を訪れるという荻澤さんに同行した。国分牧場は荻澤さんの仕入先のひとつだ。
「新しい仲間(牛)がやってきたと聞いて、顔を見に行くんです(笑)」
国分牧場はホルスタインを主に約100頭の肉用牛を肥育している。注目すべきは、千葉のマザー牧場や八王子の磯沼牧場など酪農場で生まれた、稀少な種の雄牛も買い取って育てる点である。ジャージー、ブラウンスイス、ガンジー、ジャージー×ブラウンスイス、ブラウンスイス×ホルスタイン、エアシャー×黒毛など、牛種は様々。


国分牧場にて。牛が愛しくてたまらない荻澤さん。


「小柄で歩留まりが悪く、赤身でサシが入りにくいジャージーは、食肉市場で高値が付かない。乳を出さず、育てても元が取れない雄は、生まれても処分されてしまうケースが少なくありません。でも、ちゃんと肥育したジャージーの肉は、ジャージー牛乳の味わいが濃いように、思わず『旨いっ』と声を発したくなる濃さがあります」

経産牛には経産牛の、ジャージーにはジャージーのおいしさがある。黒毛一辺倒ではない牛肉の価値、牛本来の味わいの豊かさを伝えたい。それが荻澤さんの目標だ。
「価値のない肉なんてない。生かすも殺すもマッチングだと私は思っています」

イタリアンやフレンチのシェフたちはサシよりも赤身を好む。濃く深い赤身の味を良しとする。たとえ食肉市場では安値でも、彼らの元へ届ければ、価値を認めてくれて、本来の肉質が生きた料理に仕立てられ、食べ手の認識も変えられる。理解者が増えれば、経産牛が廃用牛として扱われたり、ジャージーの男の子が処分されなくて済むようになるかもしれない、と荻澤さんは考える。そもそも“要る牛、要らない牛”という発想自体が人間の勝手すぎる……。

「すべての子をモテモテにしてあげたいんです」
熟成の正しい使い方。
「モテモテにしてあげたい」のは、牛種ばかりでなく部位の話でもある。
赤身系牛肉として人気が定着した感のある短角牛だが、どうしてもサーロインやランプといったステーキ向きの肉に需要が偏るのが実情だ。“要る部位、要らない部位”という人間の我が儘はここでも幅をきかせ、売れ残る部位に悩まされてきた。そんな我が儘に対処すべく、“要る”を増やして“要らない”を減らそうと、荻澤さんが取り組んだのが「吊るし熟成」だ。

岩手県久慈市の田村牧場で育った短角牛(周年放牧、自然交配、自家産粗飼料を主に肥育)を、枝肉の状態で約1カ月、「枯らし」と呼ばれる方法で熟成させる。すると、全身隅々まで肉質が向上して、従来であれば人気のなかったウデなどの部位も売り切れるようになったという。

サシ偏重の日本で赤身の牛を1頭丸々売り切ることで注目を集めた荻澤さんは、あか牛の代表産地熊本県から、赤身肉流通の秘訣について講演を依頼され、熊本を訪れた。そこで産山村の井信行さんに出会う。井さんは、阿蘇の草原を活用した放牧と国産飼料100%であか牛を育てることで有名な人物である。
「産山村に隣接する小国は昔からジャージー酪農が盛んな土地なのですが、雄の仔牛はご多分にもれず処分されることがあった。井さんはその子たちを買い取って育てていた」

卸し業の傍らで荻澤さんも、岩手県雫石の畜産家、中屋敷敏晃さんと共にジャージー牛の肥育に取り組んでいただけに、ジャージー可愛いや、おいしやで意気投合。全国的に評価の高い井さんの肉を扱うように。
「年齢が近かったら(井さんは83歳)、恋愛していたかもしれません(笑)」
シェフの声を拾う。
国分さんの牛、田村さんの牛、中屋敷さんの牛、井さんの牛……納入先のシェフたちは、荻澤さんが伝える牛のプロフィールと向き合いながら調理する。
「個体差が大きいんです。1頭ごとに肉質は違う。牛種、育ち、体型、肉の外観、そして味。シェフと肉とのマッチングの精度を上げたい」

だから、肉を届ける度に、シェフの反応をすくい上げては検証を重ねる。“みんなちがってみんないい”となるために。
そうしてシェフたちの声を受け止めて、部位ごとの枯らし期間、骨付き骨なし、真空の有無など、細かい要望を加工業者に依頼する。手間がかかるだけに、本来なら職人たちが嫌がる仕事だ。が、彼女の熱意が彼らを動かす。
「どの牛もその一生をちゃんと全うしてほしいから」。

小さな伝書鳩はその一念で、今日も、生産者、加工業者、シェフの間を飛び回る。


◎ 株式会社 東京宝山
http://www.tokyo-houzan.com/

荻澤紀子(おぎさわ・のりこ)
1978年生まれ。茨城県出身。慶應大学卒業後、焼肉店販売企画、飲食店コンサルティング会社派遣店長などを経て、モツ焼き店を任され、芝浦の食肉市場に通うように。2010年、「いわて門崎丑牧場」の直営焼肉店で働いたのをきっかけに牛の世界に深く関わる。岩手県と山形県の5つの牧場主が共同で設立した飼料会社、株式会社宝山の東京事務所として牛肉営業を2012年から担当。2015年、事業を引き継ぐ形で独立。母体となった5つの牧場の肉をメインに扱いながら、独自の取り組みも多数手掛ける。





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