86歳。「それからはもう、生きてるのが不思議ってくらい働いたよ」
生涯現役|「ブーランジェリー シェカザマ」風間豊次
2023.12.18
text by Michiko Watanabe / photographs by Masashi Mitsui
連載:生涯現役シリーズ
世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。
風間豊次(かざま・とよつぐ)
御歳86歳 1937年(昭和12年)10月15日生まれ
山梨県勝沼生まれ。ブドウ農家を営む7人兄弟の次男。15歳で上京。東京・人形町の「丸十製パン」で夜学に通いながら働く。15年勤務ののち、日本に初めてフランスパンを伝えた「ドンク」へ。さらに、代官山にオープンする洋菓子店「シェ・リュイ」に入社。麹町「シェ・リュイ ハナコウジ店」の店長に。1992年独立、麹町に「シェ・カザマ」をオープン。パン一筋に70年を超え、なお現役を貫く。
(写真)サンドイッチの仕込みをする風間豊次シェフ。「バターの塗り方一つとっても、サンドイッチは作り手によってまったく違う味になる」。音楽や絵画にも造詣が深く、パンづくりにも芸術的な創造性を追求する。
いい遊びをしなさいよ。
いいパンを焼きたいならね。
子どもの頃、親戚のパン屋でパンが膨らむ姿を見て不思議だなと思ったのがイースト菌との出合い(笑)。同じ村出身の人が東京の人形町で「丸十製パン」というパン屋をやっていたので、中学出てすぐに15歳で勤めたんです。
てことは、パン屋になってもう70年過ぎましたよ。僕、もう86歳ですからね。
最初に勤めた「丸十」の創業者は、大正期にアメリカからイースト菌を日本に初めて持ってきた先駆者だったんです。そこで15年、パンのベースを学んで「ドンク」へ。ドンクはいい会社でね、入ってわりとすぐにヨーロッパに行かせてもらった。一緒に行ったのはみんなベテランの先輩ばかりでしたけど。ありがたいですよね。ドンクはフランスパンを初めて日本に紹介した店。ここでは本場の高級パンを学びました。
そして、ドンク時代に一緒だった人が代官山に洋菓子店「シェ・リュイ」を開いたので、ドンクを辞めて就職したんです。そして、麹町に「シェ・リュイ ハナコウジ店」を出すときに店長に。その頃は家に帰るヒマがないから、本末転倒なんだけど、近くのダイヤモンドホテルに泊まってた(笑)。
それから10年ぐらいして結婚することになって、独立しようと思ったんだけど、先立つものがまったくない。ポケットには2、3千円しかなかった。そんな時、お客さんでドンと出資してくれる人がいた。それが3回しか会ったことがない人なんだよ。何だか知らないけど、僕のパンに惚れ込んでくれたみたいで。すごい人がいるもんだよねぇ。そうでなきゃ、こんな麹町の一等地に店なんか出せないよ。それが1992年のこと。
それからはもう、生きてるのが不思議ってくらい働いた。働いて働いて、出資してもらった人には5年で返済したよ。
細工パンもいろいろ作った。楽しいじゃない。お客様も喜んでくれるし。仕事が終わってから、深夜、4時間5時間かけて、パンでパンかごを作ったり、鳥かご作って、中に小鳥を入れたりとかね。それを店に飾ってたら、黒柳徹子さんがテレビで紹介してくださって、もう大変なことになっちゃった。何年でも待ちますとか、いくらでも出しますからとか。
もう、最近は細かい細工ものは作ってないけど、あ、うちの名物の「パン・ド・リオレ」は細工パンだね。注文に応じて、丸形やハート形、魚形など、ご要望に応じた形のパンを焼いて、中をくり抜いて、サンドイッチを詰めてるの。三角形に切って放射状に詰めたり、小さな四角形に切ったりして詰めてね。蓋には、メッセージの文字や絵をパンで描いて。差し入れやパーティに大人気よ。毎日のように注文が入ってる。
中には、サーモン、カマンベールチーズ、生ハム、ハム、マッシュルーム、ツナの6種のサンドイッチが入ってます。バターを塗って、辛子は子どもも食べるからほんの少しにして、具材を挟んでる。ちょっと食べてみて。シンプルでいいでしょう。
それから、フルーツサンドも食べてみて。うちは生クリームじゃなくてカスタードクリームを挟んでるの。カスタードのほうが合うと思うんだよね。とくに、イチゴはおいしい。
パンで大事なのは、発酵と焼き込み。ゆっくり発酵させてしっかりと焼き込む。これが僕のパンの定義。
「パン・ド・プルミエ」っていう一番人気の食パンがあるんだけど、1週間かけておこした天然酵母を使って、強力粉、バター、牛乳、水、塩を合わせて、練る工程を数回繰り返して、じっくり発酵させて作ってるの。仕込みから焼き上げるまで12時間かかってる。だから、週3回しか焼けない。
これは、ベーシックなパンで人を感動させたいと思って作ったパン。もっとよくしたいと常に思ってますよ。だから、この道、終わりはないね。
パン職人さんを集めての講演のときによく言うんだけど、いい遊びしないといいパンは作れない。自分を高めないとね。作り手が豊かじゃないと、人を感動させるパンは作れない。そして、人がやらないことをやらないとね。大事なのはオリジナリティだから。おいしいものを食べたり、美術館で美しいものに触れることだよね。あと、いろんな分野の人に会ったり。恋もしないと(笑)。刺激を受けることが大事だと思うのよ。
ただね、職人は日々の仕事で手一杯でなかなか難しいことでもあるんだけど。さっきの話と矛盾するようだけど、一生懸命働くこと。その苦しさの中からアイデアが出て来ることもあるから。
いま、店はチーフと息子と僕の3人体制。チーフは始発で来て息子とずっと働いてくれてるけど、僕は朝来るのは6時半頃。午後2時ぐらいまでびっしり働いて、夕方までゆっくり休む。で、夜は9時頃まで働いてる。昼ご飯はお弁当を買ってきてみんなで食べてます。夜は家で奥さんが作ってくれた家庭的なご飯を。奥さん、料理上手なんですよ。寝るのは12時すぎ。5時間寝れば十分よ。
振り返ってみると、人生、いい人と出会えるかどうかも大事だよね。86歳まで現役を続けられてること、ほんとうにありがたい。パン職人になって70年。根っからのパン屋だと思います。
毎日続けているもの「パン・ド・リオレ」
◎ブーランジェリー シェカザマ
東京都千代田区一番町10 一番町ウエストビル1F
☎ 03-3263-2426
8:30~20:30
日曜、月曜休
http://www.chez-kazama.jp/
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