未来を変える、“学び”のチカラ。
湘南学園の中学生が取り組む「幸せを届けるチョコプロジェクト」
2019.06.24
text by Kyoko Kita / photographs by Hide Urabe
私たちは日々膨大な情報を浴びているが、そこからどれだけのことを学んでいるだろうか。たとえば「児童労働」や「フェアトレード」という言葉を知っていても、肝心なのは、その先なのだ。社会の構造を理解し、課題を正確に捉えること。考え、行動すること。その大切さに改めて気づかせてくれたのは、14歳の中学生たちだった。
甘いチョコレートの裏の、過酷な現実
神奈川県藤沢市。創立85周年を迎えた幼小中高一貫の「湘南学園」で、昨年ある一つのプロジェクトが発足した。当時中学1年生の有志メンバーが立ち上げた「チョコプロジェクト」、通称「チョコプロ」だ。きっかけは、地理の授業。“チョコレートから世界を見よう”というテーマでガーナの児童労働が取り上げられた時のことだった。
チョコレートの原料であるカカオの生産現場では児童労働が問題になっている。
世界のカカオ生産の7割を占める西アフリカの国々では、200万人にのぼる子どもが農園での労働を強いられ、その64%は、体も未熟な14歳以下の子どもたち。
生産者の大半は貧困や労働力不足に悩む小規模な家族経営のため、家業の担い手として働く子どもが多くいる一方、遠く離れたさらに貧しい地域から労働力として買われ、強制的に働かされている場合も少なくない。農薬の塗布や、自分の体重を超える荷物の運搬、ナタのような刃物を使うなど、身体的にも精神的にも苦痛や危険を伴う仕事が横行し、彼らの多くは学校にも通えず、炎天下で長時間働き続けている。
児童労働の問題はカカオ産地に限らず、綿花の栽培や鉱山での採掘、サッカーボールの縫製など様々な国や地域の生産現場に渡り、その数は約1億5千万人にも上るという。
「チョコプロ」結成!まずは実態を、調査する
同年代の子どもたちが日々過酷な労働に励む現実に、生徒たちはショックを受けた。そんな彼らに教科担当の清水直哉先生は声をかけた、「みんなで何かやってみないか?」。
「自分たちの思いや問題意識を周囲に向けて発信し、共感や指摘、助言をもらうという体験は、子どもたちにとって大きな成長のきっかけになると思いました。ただ、プロジェクトありきだと中身が深まらない。募金をして終わってしまいます。児童労働がなぜ起きてしまうのか、どこに問題があるのか、出発点を大切にして常に学びながら前に進められるよう配慮しました」。
呼びかけに対し、当時中学1年生だった武田智生くんを中心に約30人のメンバーが集まり、「チョコプロ」を結成。彼らはまず実態を調べることから始めた。児童労働とは何か。世界中でどれだけの子どもたちが、どのような労働を強いられているのか。その背景には何があるのか、児童労働の改善策と考えられるフェアトレードとはどんなものか。
そして、「児童労働について知ってもらうこと」を初年度の活動テーマに掲げる。
知ってもらう、そして一緒に考える
7月に立ち上げたプロジェクトは、授業や部活動、生徒会活動などの合間を縫い、精力的に行われた。
児童労働の改善を目的としたNGO団体「ACE」のイベントに参加したのを皮切りに、学園祭では児童労働の現状を訴えるポスターの掲示や、生産国の子どもたちに送る文房具の回収を実施。藤沢駅での募金活動も行った。クラウドファンディングで資金を集め、バレンタインには、映画『バレンタイン一揆』(カカオ産地での児童労働とフェアトレードチョコレートのPR活動を記録したドキュメンタリー)の上映とフェアトレード商品の販売を校内で仕掛け、大盛況を収めた。
さらに、SDGsの達成を目指す全国フォーラムで発表するなど、授業から始まった自発的な彼らの活動の場は広がりを見せる。
言葉を尽くして、伝える
この日は、放課後を同学園小学校アフタースクールで過ごす小学生約30人を招き、「世界がもし100人の村だったら」の上映会を開いた。働けなくなった父親に代わり、出稼ぎで鉱山の採掘をするボリビアの少年の話だ。視界を妨げるほどの粉塵で寿命も縮む劣悪な環境下、大人と変わらない重労働を課せられている。食事は日に1度。空腹と寒さとさみしさに耐えながら、それでも家族のために働き続ける姿に、ただただ胸が締め付けられる。
小学生たちにどこまで理解してもらうことができただろうか……。上映後、メンバーは言葉を尽くして内容を補足し、映像から何を感じたのか、時間をかけて引き出していった。
するとポツリポツリと、小学生たちが素直な思いを口にし始める。
「自分だったら嫌だな」
「食べ物を送ってあげたらいいのかな? それも足りなくてケンカになっちゃうかな?」
「私はお皿洗いを1回したら100円もらえるけど、あの子たちは1日働いても80円しかもらえないなんて不公平」
「テレビを見たり友達と遊んだり、自分たちが当たり前にしていることができないなんて」
そして、フェアトレード商品を買うという支援の仕方があることを、クイズなどを使いながら易しい言葉で説明し、最後にこう訴えた。
「彼らと私たちは、ただ生まれた場所が違うだけなんです」。
動くことで得られる気づき
発足から1年弱。メンバーはこれまでの活動を様々な思いで振り返る。
「中1の自分にはまだ何もできないと思っていたけれど、みんなで力を合わせれば何でもできるとわかった」
「リーダーを務めることには不安があったけど、その大変さがわかってよかった」
「チョコプロ以外のことにも積極的に取り組むようになった」
「募金や文房具回収など、予想以上にたくさんの人が協力してくれてうれしかった」
「小学生から、自分たちも気づいていなかった意見が出てきて驚いた」
「募金の時に、暗くてポスターがちゃんと見えていないと声をかけてくれた人がいた。自分たちが気付かなかったことを教えてもらった」
自分たちの無限の可能性や、思いを伝えれば協力してくれる人がたくさんいること、組織をまとめる難しさとやりがい、物事への向き合い方、自分たちに足りない視点……。プロジェクトを通じて得たものは、資金や物資だけではなく、彼ら自身が生きていく上での糧ともなる多くの気づきだった。
“学び”は、未来を変える
さらに、日常生活にも少しずつ変化が起きているようだ。
「買い物をする時、フェアトレードマークを探すようになった」
「買う物はこれまでと変わらなくても、その背景について考えるだけでも意味がある気がする」
「安さより、どんな人がどんな場所で作っているかを気にするようになった」
最後に今後の活動について聞くと、2つの展望を語ってくれた。
一つは「ガーナに行き、現地の様子を自分の目で見て、それをまた多くの人たちに知らせること。あるいはガーナの農園で働く子供を日本に呼んで、話を聞かせてもらうこと」。
もう一つは、「チョコレート版OPEC(石油輸出国機構)、CHOPECを作ること」。
清水先生の授業で学んだ、原油国側が国際石油資本から価格決定権を奪回し、従来の構造を根本からひっくり返したOPECの成り立ちに着想を得た武田くんの発案だ。「今は校内や周辺だけの取り組みだけど、東京の企業や団体へと少しずつ協力の輪を広げていけば、いつか世界に繋がるかもしれない。一歩ずつ外に向かっていきたい」と武田くん。近い将来、本当に実現してくれそうで、何とも頼もしい。
「社会への不安が先行し、無関心になることが多い中、子どもたちには社会の構造を理解し、課題を正確に捉えることで、希望を見出し、主体的に行動できるようになってほしい。僕は距離を保って支えるだけなんです」と清水先生。
見えている物事の背景にある見えない現実に目を向ける。遠い国の問題も自分のこととして捉え、当事者の人生に思いを寄せる。さらに広く、深く知り、自分に何ができるか考える。一つの学びは意識を変え、行動を変え、やがて社会や未来を変えていく。