「毎日夕刻、出荷前は戦争です」ベジター 畝田謙太郎
2024.10.28
2014年10月、小誌100号目(2014年10月号)の特集からスピンアウトしたイベントが開かれた。登壇者は畝田謙太郎さん。青山「ラス」兼子大輔シェフが全幅の信頼を寄せる人だ。西洋野菜を中心に、農家と料理人をつなぐ「仲介人」である。
千葉・八街市の約20軒の農家と、全国の10軒の農家から選りすぐった野菜を、100軒以上の名だたるレストランに送り届ける。
市場に出す時期だけが「旬」ではない
前日夜から昼にかけてFAXや電話注文が続々届き、午後はひたすら出荷作業。当日集荷した野菜を、1個単位で得意先毎に詰め直していく。ものによっては畝田さん自らが畑に赴き、各シェフの顔を思い浮かべながら好みの大きさや色味の野菜を摘む。畑では野菜をムシャムシャ。状態や味を見て、生産者や料理人にフィードバックする。
オクラの花やトウ立ちしたホウレン草の花芽、小松菜の根など、通常の流通では商品にならない野菜も、食べ方を提案し出荷する。「たとえばカボチャの蕾、花、芽、小ぶりの実、熟した実が揃えば、カボチャの一生をテーマにした料理として提供できるかもしれない。市場に出す時期だけが『旬』ではない野菜もある。いわゆる規格外にも、シェフの心をくすぐる野菜はある。それを見つけるのも、私の仕事です」。”目利きの仲卸”に留まらず、野菜の魅力を見いだす仕事を、彼は「ベジター」と自称する。「野菜人」。ストレートな造語に、覚悟が見える。
回り道が自分を作った
青果流通の世界に入ったのは37歳から。高校までは野球一直線。卒業後は魚屋、寿司屋、友禅染め師、卵屋と職を転々とした。染め師時代、百貨店で作品が売れた時もあったが、バブル崩壊後は、「生活のために」卵屋に転職。その後、卵屋が倒産した際に声をかけてくれたのが、同市場内の青果仲卸の社長だった。「ありがたい話でしたが、私は当時ブロッコリーとカリフラワーの違いもわからなかった(笑)」
目下の課題は野菜を覚えること。これには絵師の経験が生きた。「絵を描いて覚えたんです」。納め先のホテルや飲食店のシェフに野菜のサイズを知らせる際も、絵を描いて伝え「わかりやすい」と喜ばれた。「皿の上の色彩を考えて野菜の提案ができるのは、絵師をしていたからこそ。調理の経験は寿司で齧っています。芸は身を助く。私はまさに、これまでの経験に助けられました」その後青果小売店へ転職し、地元・八街の農家産直コーナーを立ち上げることに。そこに「エコファーム アサノ」代表の浅野悦男さんとの運命の出会いがあった。
浅野さんのニンジンを齧った時の旨さは忘れられない、という。当時作る人が少なかったルーコラの種を渡すと、浅野さんは早速ビニールトンネルいっぱいに栽培してくれた。これも圧倒的なおいしさだった。 「これは料理人に使ってもらわねば」。会社員の身でありながら、青山や銀座のレストランを回り、浅野さんの野菜を売り込んだ。その情熱が結果的に畝田さんを独立へと駆り立てる。互助しながら成長する体制は、以来10年間続くものの、見解の相違で、浅野さんとの協業体制は幕を引いた。
しかしその10年で、畝田さんは「生産者と二人三脚で野菜を売る」という仕事スタイルを確立した。飲食店が欲しがる野菜を見いだし、適地を探し栽培を依頼する。様々な成長段階での野菜の食べ方を提案する。そして何より、生産者が自信を持って栽培できる環境を整える。これが、畝田さんが担う仕事だ。
「野菜の仕入れ規準は私の舌。栽培方法がどうかは関係ない。うまいものだけを入れます。その野菜のどこがすばらしいかきちんと伝えたいし、価値があると思ったものには、生産者からの言い値より高値をつけることもあります。シェフが喜んでくれた時は、いち早く生産者に報告します。それが農家と僕のモチベーションを上げてくれるから」
需要を知り、価値を考える
惚れ込んだ相手としか商売しない。独立以来、一貫しているスタンスだ。「扱う野菜の価値をわかっていただけず、買い叩こうとする方は取引をお断りすることもあります。ただ、一度信頼したら全力でシェフの信頼に応えます。生産者との関係もそう」。
市場に出る青果と、料理人が求める「素材」としての青果の価値は違う。従来の価値に縛られず、シェフが求める野菜を農家が作るという関係が築ける事はすなわち、「需要のある野菜を安定価格で供給する事であり、結果的に農家の収入も上がるのです」。
2014年からイタリア産タルディーボの輸入を開始。「日本の生産者とイタリア視察に行って、タルディーボは叶わないと実感しました。何より、圧倒的に旨い」と、数カ月がかりで税関申請を通した。
今後は後進ベジターの育成にも注力したい、と畝田さん。野菜がまっとうな価値を持ち、野菜が売りとなるレストランが増えていく。「ベジターが増えれば、そんな未来も意外と遠くないかもしれません」
◎ルコラステーション
千葉県八街市大関219-4
☎043-442-7909
http://rucora831.com/
(雑誌『料理通信』2014年11月号掲載)
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