HOME 〉

JOURNAL / JAPAN

料理屋の隠し味として発展した調味料「みりん」

[愛知]未来に届けたい日本の食材 #52

2025.05.12

text by Michiko Watanabe / photographs by Daisuke Nakajima

変わりゆく時代の中で、変わることなく次世代へ伝えたい日本の食材があります。手間を惜しまず、実直に向き合う生産者の手から生まれた個性豊かな食材を、学校法人 服部学園 服部栄養専門学校理事長・校長、服部幸應さんが案内します。

連載:未来に届けたい日本の食材

みりんの銘醸地・愛知県三河地方で、30年前から有機米のみりんに取り組んできた「角谷文治郎商店」。「みりんを通して、日本の米のおいしさ、すばらしさを伝えたい」という社長の角谷利夫さんは、農業が果たしている環境保全の役割にも敬意を払いながら、伝統製法を守り続けています。


3代目の角谷利夫さんは海外からの原料が当たり前になった時代にも国産を通し、伝統の味を守り続けている。

みりんはアルコール発酵させて造るものと思っている方が多いのですが、焼酎にもち米と米麹を加えて、酵素の力で糖化させ、1年以上熟成させたものです。

製法は三河伝承の醸造法です。もち米を研いで一晩たっぷり水を吸わせたら、大きな甑(こしき=蒸籠)で蒸します。一方、うるち米も同様に蒸して種麹を付けて米麹に。この米麹ともち米、自家蒸留の米焼酎を合わせてみりんもろみを造り、3カ月ほどタンクにおいてから搾り、熟成させます。醸造製品の中でも日本酒がでんぷんを、醤油や味噌がたんぱく質を利用して甘味や旨味、コクを生み出すのに対し、みりんはでんぷんとたんぱく質の両方から甘味と旨味を引き出します。

原料にもち米を使う理由もここにあって、炊きたてはピカピカでも、冷めるとでんぷん質の老化が起こるうるち米と違い、もち米は冷めてもツヤツヤ。でんぷん質が老化しないため麹菌が働きやすく、上質の甘味が引き出せるんです。焼酎を加えるのは、酵素の働くスピードを抑えるため。そして無味無臭の醸造アルコールではなく、本格焼酎を使うのは、香気成分が豊かで、特に魚などの生臭みを消す働きがあるからです。

みりん造りは「米1升(内9割はもち米)みりん1升」と言われますが、合わせる焼酎造りに米5合が必要なため、結局、みりんを一升造るには米が1升5合必要ということに。

みりんは昔から贅沢品だった。最初は高級酒として飲用され、料理の味わいを高めることが知られるようになってからは、料理屋専用の調味料としての時代が続く。家庭では昭和40年前後から使われ始めた。
みりんを1升造るには、米1升が必要。角谷文治郎商店では米焼酎も自社で仕込むため、さらに5合の米を使う。
原料の米はすべて玄米で仕入れ、自社で精米。

スーパーに行くと、「みりん」と名のつく調味料がたくさんあるため、何を選べばいいのかとよく聞かれます。本物のみりんを造るには、たくさんの米と時間が必要です。戦中・戦後の米不足の折に、みりんは贅沢品として製造禁止に追い込まれ、戦後は8割近い酒税が課されて、三河でも転廃業が相次ぎました。その酒税を逃れるために生まれた一つが「みりん風調味料」。水飴やブドウ糖などの糖化液に化学調味料など添加物を加えたものです。「本みりん」と書いてあっても、トウモロコシ由来のブドウ糖や水飴を使って、香味を調整して造るものも。これでは、なかなか料理の味が決まりません。本物のみりんならば、少量でも旨味とコクを与え、照りとツヤを出してくれます。冷めても素材が硬くならず、箸がすっと通る。出来たてのおいしさが続くのも、みりんの特徴です。

うちのみりん、飲んでみてください。上品な甘味と旨味、そして香り。まさにお米のリキュールでしょ。この本物のみりんの素晴らしさを、日本にも世界にも広げたいと思っています。

焼酎の仕込み風景。三河はその昔、江戸向けの日本酒造りが盛んで酒粕がたくさん出た。初代の頃は粕取り焼酎で仕込むのがふつうだった。
米焼酎にもち米と米麹をあわせたタンク内のもろみ。贅沢な米使いがわかる。櫂入れは定期的に行われる。

もろみを布袋に小分けにして槽(ふね)に重ねて搾る。

今もシェアの3分の2はプロ。みりんに梅を漬けた梅酒は梅の酸が米の甘味をさらに豊かに感じさせる。

◎角谷文治郎商店
愛知県碧南市西浜町6-3
☎0566-41-0748
https://mikawamirin.jp/

(雑誌『料理通信』2016年11月号掲載)

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。