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JOURNAL / 世界の食トレンド

パスタづくりで地域共生を目指す、ボットゥーラ夫妻が立ち上げた「トルテッランテ」

Italy [Modena]

2025.08.18

パスタづくりで地域共生を目指す、ボットゥーラ夫妻が立ち上げた「トルテッランテ」

text by Mika Hisatani
モデナの非営利団体「トルテッランテ」のメンバーたち。2024年6月には、ニューヨークで開かれた国連の「障がい者の権利に関する条約」締約国年次会合にトルテッランテの代表団が参加した。“違い”ではなく、まず“できること”が伝わる社会を目指す彼らの試みが、イタリアの枠を超えて波及するよう世界に向けて提案を投げかけた。

2016年、モデナの街に生まれた非営利団体「トルテッランテ(TORTELLANTE)」。モデナの三ツ星「オステリア・フランチェスカーナ」のシェフ、マッシモ・ボットゥーラとララ・ギルモア夫妻が立ち上げたこの施設は、自閉スペクトラム症や精神的な特性がある人々が、モデナの伝統的なパスタ、トルテッリーニの手仕事を通じて、自らの力を育む場所だ。パスタ教室ではない。パスタを生産する工房であり、自分を見つける学びの場であり、地域の人々が交わる温かな交流拠点でもある。

作業の様子
自閉症の若者たちにとってここは、セラピーの場所でもある。細かい手作業が得意な若者も多い。均一な形のトルテッリーニがどんどん完成していく。

「トルテッランテには何人の若者が働いているのか?」という問いに、「40家族」と答えるララさん。ここは単なる発達に特性のある若者たちの“預かり所”ではない。家族も含め、ひとつのコミュニティを形成しているのだ。
「トルテッランテには、特性のある若者、その家族、パスタを学びたい人、教えたい熟練の女性たち、手伝いをするおじさんたちもいるんですよ。ここではみんなが自分の居場所と役割を持ち、誰かが誰かを支援するという一方通行ではなく、お互いに支え合う関係があるのです」

トルテッランテのパスタ
ここでは、モデナの伝統を守り続ける熟練の高齢女性“レッドーレ”たちもパスタの手ほどきをしている。今や手打ちパスタを打つ女性は貴重な存在となったイタリアで、トルテッランテは彼女たちにとって技術を未来に紡ぐ機会になっているという。

2023年には直販所を開設。トルテッランテのパスタは社会的意義をもつ製品として評価が高く、“おいしい”を超えた商品として、食材店「イータリー(EATALY)」などに販路を広げている。さらにはボットゥーラシェフの店でも使用する。直販所に併設された16席のイートインスペース「ボッテーガ」では、看板メニューのトルテッリーニ・パルミッジャーノチーズのクリーム添えや、その他にもモデナの郷土料理が提供されている。料理から接客までを担うのは、発達特性のある若者たちだ。

「ただパスタを作って売るだけなら、もっと利益はあったと思います。でも私たちは教育係や臨床心理士などのサポートも提供し、多くのコストをかけています。それは未来への投資だと思っているのです。なぜなら、ここに来る若者たちも、また社会を支える力になっているから」とララさん。

ララさんと自閉症を抱えるチャーリー氏
ボットゥーラ夫妻の長男であり、自閉症を抱えるチャーリー氏もここで働く1人。2025年7月、Università 21(モデナ・レッジョ・エミリア大学と提携する、イタリアで唯一の発達に特性を持つ若者向けの大学)を晴れて卒業した。トルテッランテでの日々の経験が、自分を信じる力をもたらしたという。

トルテッランテは、「自立支援」「世代を超えた技術の継承」「地域とのつながり」という3つの柱を通じて、社会に開かれた温かな受け皿となっている。モデナの食文化を象徴する生パスタの製造を通じて、発達に特性のある若者たちが、初めて自分たちの未来を描くことを可能にした。食の力が、どれほど前向きな変化を生み出せるかを実践するこのプロジェクトは、料理人が社会の未来を形づくるリーダーにもなり得ることを教えてくれる。

ボットゥーラシェフ
品質チェックのためにふらりと現れたボットゥーラシェフ。その姿を見つけると、若者たちの顔がぱっと明るくなる。シェフとの交流は彼らにとってかけがえのないひとときだ。

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