国内最大スーパーの魚売り場の在り方をめぐる大論争
Spain [Madrid]
2026.09.14
text by Yuki Kobayashi
整然とパックの魚が並ぶスーパー「メルカドーナ」の鮮魚コーナー。量り売りで販売していた時よりも、顕著に割高に。
「メルカドーナ」といえば、スペイン国内最大にして最強のスーパー。“メルカドーナが触ったものはすべて黄金になる”と言われるほど、国内の消費動向に大きな影響を与えてきた。
1977年、バレンシアで創業した家族経営のスーパーは、国内ブランドを中心に扱うことで消費者の安心と信頼を集め、店舗数の拡大とともにPB(プライベートブランド)製品も増やしてきた。
2025年には、社史に残る前年比25%の売上増を記録*。中でも2018年から地道に拡張してきた惣菜売り場は、2025年に20%増の売上を記録している。メルカドーナが、スペインの家庭料理のあり方を変えつつあるとも言えるだろう。
そんなメルカドーナの魚売り場に、異変が起きている。
これまでの鮮魚コーナーでは、番号チケットを持ってカウンターに並び、鮮魚を選んで「輪切り」「開き」「切り身」など、料理に合わせた下処理を担当者に注文するのが一般的だった。魚を並べるバンジュウは、色によって養殖魚か天然魚かがわかるようになっており、鮮魚については水揚げ場所も表示されていた。
ところがメルカドーナは、過去2年のデータ分析やブラインドテスト、店頭アンケートなどを行った結果、今年、鮮魚売り場の廃止を決定した。
「より鮮度のよい魚を家庭に」というモットーのもと、魚はすべてパックにして販売する。これにより買い物時間を短縮し、欲しい量だけを気軽に購入できるようにすることで、近年減少している魚介消費を支えようというのがメルカドーナの狙いだ。
日本ではごく当たり前の販売方法だが、スペインではこれが論争を巻き起こしている。
価格上昇への不満。大量に出るプラスチックごみへの反対意見。魚を捌く際に出る廃棄物を動物飼料などに回し、さらなる利益を狙うのではないかという指摘。そして、家庭料理が廃れれば、そこに紐づく文化的な記憶まで失われるのではないかという危惧。
そこに、メルカドーナCEOのフアン・ロイグが「2050年にはスペインの家庭には台所はなくなる」とコメントしたことで、論争はさらに過熱した。大手新聞社にも、「家庭料理を擁護する:メルカドーナ社長への反論」といった記事が目につく。
しかし、スペイン農林水産省がまとめた2025年の報告書によれば、95.6%のスペイン家庭が昼食と夕食のいずれか、あるいは両方を家で食べている。調理にかける時間は減少傾向にあるものの、平均は25分。どんなコミュニケーションの場にも、飲食が欠かせないのがスペイン文化だ。
一方で、個人営業の路面の鮮魚店は、スペインでも絶滅寸前だ。スーパーで魚を買うことに躊躇しない人が増えるなか、鮮魚の目を直に見て品定めするのか、それとも頭もない魚をプラスチック越しに眺めて選ぶのか。
メルカドーナの鮮魚売り場を巡る論争は、多大な信頼を集めてきた小売店がとった舵取りに、多くの顧客が初めてNOを発信した形となった。だが膨大なデータを駆使し熟考された経営戦略を続けてきたメルカドーナのやり方に、一般的な消費者は飲み込まれてゆくのかもしれない。便利さや時短で失われつつある家庭料理と食文化をどう残してゆくのか。その選択肢でこれだけ熱く論争になる国というのは、まだ健全なのかもしれない。
◎Mercadona
https://www.mercadona.es/
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