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FEATURE / MOVEMENT

パン職人が菓子を焼く理由。菓子に表情を刻む“フレッシュ・ミル”の小麦

[特集・前編]挽きたての小麦が拓く、菓子の新しい扉

2026.09.10

photographs by Sai Santo

農家と畑に親しみ、小麦穀物の組成を理解しながらパンを焼く。
そんな職人が増えるとともに、店で小さく自家製粉をする職人たちが増えました。
粉を挽く、という営みを通じて知見を得た彼らは、小麦の個性を生かす手段の一つとして、菓子へとその表現の幅を広げています。
清澄白河「CIEST」、石神井公園「NAMINAMI」。製粉を通じて、パンと菓子を行き来する、ボーダーレスな動きを選んだ2人の職人に話を聞きました。

目次







単一品種のフレーバー展開_東京・清澄白河「CIEST」

東京・清澄白河のベーカリー「CIEST(チェスト)」。ゴツゴツとしたハードな佇まいのパンが並ぶショーケースの端に、小さな丸いクッキーを見つけた。茶色と白のオセロ。ココアで色を付けているわけではない。商品名は「ねばりごし」「きたほなみ」「チクゴイズミ」「農林61号」——いずれも小麦の品種名だ。オールプレーン、いうならば麦のフレーバー展開である。

西野文也さん

店主の西野文也さんは、オープン当初から小麦をブレンドせず、単一品種で焼き分けることに腐心してきた。ヴィエノワズリーなど菓子パンの陳列もない。ではなぜ、いまクッキーなのか。

聞けば、単一品種でパンを焼いてきたが、どうしても単体ではパンにしづらい小麦があった。ブレンドすれば焼けるが、それでは品種の個性は薄まってしまう。在来や土地に根差した麦を選んできた西野さんにとって、ブレンドせずに焼くのは自身に課した命題でもあった。「だったら、単一で菓子にすればいいのではないか 」。タンパク値が低く、製パン適性が低い品種でも、発酵させる必要のない菓子ならばその味の個性をそのまま出せる。

クッキーに選んだ4品種は、すべて同じ配合・製法で仕上げる。違いはただ、麦だけだ。
材料は、カルピスバター、奄美のきび糖「喜美良(きびら)」、淡路の藻塩。粉の風味を生かすため、ショートブレッドに近いイメージで、やや粉っぽさを残す。「練らずに、さっくり仕上げています」。植物性油脂も試作したが、酸化の香りが気になったこと、そして「小麦由来の個性は、バターの風味に負けないはず」という確信から、あえて王道の製法を選んだ。

ソムリエよろしく、西野さんは菓子に現れた4品種の個性をこう語る。


ねばりごし(左上)——「カシューナッツのような、優しいナッティな感じ」。特にタンパク値が低い品種。福岡・田中製粉の石臼挽きのため、細かな外皮も入り、やや灰色がかっている。

きたほなみ(左から2番目)——「北海道の麦らしく、ミルキーな印象が強い」。一般的なロール挽きで完全に精白。「バターとの相性も良く、みんなが想像するスタンダードな味」

チクゴイズミ(右から2番目)——「きな粉っぽい、炒った大豆のようなニュアンス。やさしい香ばしさ」。熊本・ろのわのロール挽き、粗挽きのため胚芽や外皮が少し残る。

農林61号(右上)——「この麦特有の、野生的なもわっとした香り。カカオのようなビター感」。東京・世田谷の島田製粉所による細挽き。

「クッキーの場合、細挽きだと均一に、粗挽きだと咀嚼時に食感のムラがでて風味の出方が変わります。塩で例えると先塩でなじませるか、後塩でリズムをつくるかという感覚でしょうか」

西野さんは単一品種を自ら製粉し、パンに焼き分けることで、品種の味の違いを強く意識するようになった。

「小麦は、農家さんの栽培方法や品種で味が違います。さらに挽き方でも大きく変わる。例えば、一言で全粒粉といっても、ロール挽きか石臼挽きか、挽く回数やふるいの粗さで製パン性も、焼き上げたときの風味の出方も異なります」。以前は10種以上挽いていたが、今ではあえて各地の製粉所からも挽きたてを小ロットで仕入れている。挽き方の違いを製粉所の個性として楽しんでいるという。

今後は、麦の味に応じたクッキーの配合も検討中だ。「農林61号にきび砂糖や黒糖を合わせると、全体のイメージがやや暗くなる。ザラメのような、キラキラした甘みの砂糖の方が合うかもしれない」。試行錯誤は、まだ続いている。

自店で使う石臼は、「パーラー江古田」原田浩次さんから買い受けたもの。

[道具メモ]
自店で使う石臼は、低速を得意とする御影石タイプと卓上石臼の2つ。御影石は長石・石英・雲母などが混ざった天然石で、鉱物粒の大きさや結びつき方にムラがあるため、表皮ごと粉に巻き込みやすく、穀物の香りの表情が立ちやすいといわれる。

現在製粉する麦は、キタノカオリ、ゆめかおり、スペルト、アインコーン、ライ麦、混播(こんぱ)小麦「愛の小麦」の6種類。挽き方は高速設定で、1回あたり5〜6時間かけて約4〜5kg。月曜に製粉、火曜に計測、木曜から使用というルーティンで、挽いた粉は2日寝かせてから使う。


[道具メモ]
アメリカ・NutriMill社「ハーベスト・グレインミル」。約128g/分
ダイヤモンドに次いで硬度の高い人工コランダム石で挽くため、ブレードで叩き砕くインパクトミルタイプよりも粉の温度上昇を抑えつつ、粉質もなめらかに仕上がる。挽きたての粉に触れても、熱はほとんど感じられない。


アレルギーをきっかけに_東京・石神井公園「NAMINAMI」

自家製粉が菓子と出会う道筋は、一つではない。

昨年独立した東京・石神井公園「NAMINAMI」店主の黄聖安(こう・せいあん)さんは、自家製粉で菓子を焼く職人の一人だ。店内には焼き菓子やフルーツのタルト、パウンドケーキなど菓子が常時15種類、パンは10種類(サンドイッチ含む)。これだけ菓子が多いのには、理由がある。

「NAMINAMI」店主の黄聖安さん。「パンとエスプレッソ」では櫻井正二氏に師事。

もともと黄さんは大の甘党。学生時代は創作和食店などの飲食のアルバイトに没頭した。卒業後はパティスリーの戸を叩いたものの、過酷な職場環境に、1年で店を去る。

「いくらお菓子が好きでも、甘いものだけの世界は僕にとっては息苦しかった」。次に選んだのは「甘いも、しょっぱいもある」パン店「レフェクトワール」(現閉店)。そこでパン作りにのめり込む。続く「パンとエスプレッソと」では湘南店舗のシェフに就任。折しも時代は国産小麦が盛り上がり始めたころ。各地の小麦を取り寄せては試し、その面白さに開眼。独立店でも必ず使おうと、決意を固めていた。

だが、ここで小麦アレルギーが黄さんに現れ始める。「粉をさわり続けると、手荒れや鼻炎、さまざまな症状が出てきました」。アレルギーがある以上、製造するパンの比重は軽くせざるを得ない。だが、国産小麦にはこだわりたい。自家製粉もしたい。なおかつ製造は人に任せず、一人で完遂したい。この条件下で、国産小麦を生かす方法はないか・・・。

模索の末にたどり着いた答えが、菓子だった。大量の粉を一気に仕込むことが多いパンは、ミキサー投入時に粉じんを吸い込みやすい。一方、菓子はバターや卵を先に混ぜておき、粉は少しずつ加える。さらに発酵管理がタイトで長時間小麦環境に居続ける必要があるパンに対して、菓子では仕込み時間を限定し、自家製粉の小麦も少量ずつ、狙った用途に使い分けながらラインナップを増やすこともできる。

かくして、自家製粉した麦を菓子に使う、個性派ベーカリーが誕生したのである。

自ら挽く粉は、隣町である地元・東久留米の「タネニハファーム」農林61号と、北海道・中川農場「愛の小麦」の2種類。いずれも一度挽きの全粒粉で、挽きたてを寝かせずに端からじゃんじゃん使う。製粉は「Mockmill(モックミル)」の卓上製粉機1台で、なくなれば都度製粉し、2キロ5分のトップスピードで挽き終える。スペースを最小限に抑えた、現実解だ。

 

「Mockmill 200」の卓上製粉機。モーターの回転数は一定で、石臼の隙間(挽き目)を調整しながら製粉する。


 [道具メモ]
「Mockmill 200」は、コランダムセラミック石臼の生みの親とされる、ドイツの製粉機開発者ヴォルフガング・モックが手がけるブランドの卓上製粉機。約200g/分。連続運転の目安は10〜15分だが、上位機種「Professional 200」では内部冷却システムで長時間運転が可能。

メーカーは「グレイン・レボリューション(穀物革命)」として今後20年で「すべての台所に製粉機を」というミッションを掲げ、家で穀物を挽くことの栄養・サステナビリティ面の利点、「穀物をまるごと、挽きたてで食べる」という価値観を広める活動を行う。

挽きたて全粒粉を使う菓子は、スコーン、ズッキーニブレッドなどのパウンドケーキ、そしてイチゴ、ブルーベリー、ルバーブなど季節の果実のタルトの生地。いずれも単一ではなく、あやひかりやきたほなみなどをブレンドする。

菓子の場合、全粒粉の量を決めるのは、香りよりも食感だという。「軽さ、しっとり感、もちもち具合。その菓子に何が、どの程度必要かを総合的に考えます」。タルト生地はザクザクした咀嚼感を狙って1割、パウンドケーキには2~3割、しっかり小麦の味を利かせたい全粒粉スコーンには5割加える。
レモンを繊細に香らせたい菓子には少なめに、土っぽい香りのズッキーニなどの野菜の風味、スパイスでエッジを利かせたい菓子には挽きたての全粒粉を多めに配合する。

ズッキーニブレッド。加熱すると野趣ある香りがたつズッキーニとスパイスが配合された生地には全粒粉を3割配合。
ルバーブのタルト。タルト生地に挽きたて全粒粉を1割配合。フィリングにはピスタチオのアーモンドプディング。

「農林61号は香りが強く、生地に弾力が出ます。これはグルテンの質の影響でしょう。愛の小麦は優しくて、ミルキーな香り」。愛の小麦は、混播(こんぱ)という、古代小麦や現代小麦など多様な品種の種をあえて混ぜて蒔く小麦。その年の気候や畑の状態によって、優勢になる品種が少しずつ変わる。「今使っているロットはスペルトも入っている分、グルテンが滑らかで生地がしっとり仕上がります。お菓子に使いやすい」。これまで細挽きの設定にしていたが、今は少しずつ粗くして食感がどう変わるかを試しているところだ。

果実の酸味に、粒感のある小麦の旨みが広がるルバーブのタルト。ザクザク噛むほどに小麦の清々しい香りが立ち上がり、濃密で晴れやかな余韻を残すスコーン。どちらも小麦の印象は鮮烈だ。

全粒粉スコーン

麦を“味”で語れるか

発酵を経ない菓子の場合、高タンパク値を必ずしも必要としない。むしろ、強いグルテンが目指す食感を邪魔することもある。日本の古い品種は製パン適性が低いとされることが多いが、力強い味と香りを持つ。パンでは単一で形にしづらくとも、菓子ではブレンドせずに、発酵由来の酸味や香りを重ねることもなく、ストレートに麦の味を個性として生かすことができる。

パンには強力粉、菓子には薄力粉、タンパク値で振り分ける従来のセオリーはある。しかし、農家や品種で麦を扱う今の職人たちにとって、それらはもう個性を語る言葉ではない。数値は揺れ動くもので、そもそも小麦はパンのために育つわけではない。

粉にした瞬間から酸化や香り抜けが進むのは、小麦もコーヒーも同じだ。粉になれば表面積が一気に増える。全粒粉のように油脂や香り成分が多いほど、挽きたてとの香りの差は出やすく、粉を買うよりも玄麦を買って挽くほうが、フレーバーの自由度も上がる。

ビーントゥバーの台頭によって、チョコレートがカカオの産地や品種、焙煎で語られ始めたように、パンや焼き菓子にも、小麦の栽培があり、品種があり、製粉がある。

西野さんも、黄さんも、出発点は「パンにできない事情」。黄さんはいう「生産者と近しい関係でパンを焼こうとすると、玄麦で仕入れざるを得ない」。自家製粉をする職人はおのずと麦と向きあう。その末に、彼らは菓子という出口を見つけた。「パンではできないことも、菓子ではできる」。その逆転の発見が、焼き菓子に小麦の色を濃くしていく。

「それでもやっぱり、麦の個性が一番よくわかるのは、パンだと思う」と黄さん。
時間が経てば消えてしまう挽きたての粉の香りと味。それを菓子という形で閉じ込めようとする職人たちの小さな試みは、まだ始まったばかりだ。


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