私たちは森と関係を築けるか
【フィンランド紀行】トナカイとベリーとサウナ。白夜のラップランド
2026.09.17
森に入るとき、私たちは一人じゃない。ゴブリン、フェアリー、エルフ、巨人・・・フィンランドの森には超自然的な生き物が棲む。人を拒む近寄りがたさはなく、静寂は無ではない。松のさざめきや雨上がりのコケの香り、日に温められた樹脂の匂い、何ものにも寄せる必要のない、自然な佇まいに満ちている。
北極圏にまたがるフィンランド・ロヴァニエミ、ノルヴァヤルヴィ湖 のほど近く。6月の夏の森を歩く。「森は私たちにとって薬草の薬箱であり、食糧庫です」と案内人のナタリア・キウルさん。ここで暮らす人は、生きるために森へ向かう。
目次
森は薬箱であり、食糧庫
足を踏み入れるのに、躊躇はいらない。北欧で古くから認められる「自然享受権」(everyman’s right / jokaisenoikeus)。土地の所有権が確立した後も、自然の恵みは分かち合ってきた。誰の土地であっても、恵みのすべてを独占することはできない。
北欧の農業史によると、中世の農家は農地や集落(インランド)と森や放牧地(アウトランド)のセットで成立してきた。特に極寒のラップランドでは、農地や集落にできる場所はわずか。権利で特定の狭い農地を専有するより、広い範囲をゆるやかに共有し合う考え方が自然に培われていったという。
2026年6月、ラップランド南部のロヴァニエミにある複合施設「VÄKI(ヴァキ)」を訪れた。ヴァキとは、自然に宿る目に見えない力、およびその力を担う存在のこと。森と湖に囲まれた施設では、伝統的なフィンランドのベリーやハーブ採集、サウナ、そして古来より受け継がれた人と自然との深い精神的な結びつきを体感できる。
「私たちが伝えたいのは、自然の中に隠された知恵を取り戻すことです」とナタリアさん。土地に暮らす人々にとって、森はスーパーマーケットであり、薬局や病院。食料を得るとともに、薬草によって体を癒し、心の回復(メンタルケア)も行ってきた。
野生のベリーやキノコ、ハーブの香りや効能を活用しながら、森が暮らしを支えてきた。欠かせない存在に対して、人は慣れあいや無礼な行為への戒めを込めて、様々な物語を語り継いでいる。
「あらゆる場所には精霊や小人がいて、人々が自然に敬意を払っているかを常に見張っています。森に入るときは彼らに挨拶をし、感謝のお供えをする。もし自然を侮ったりルールを破ったりすると、精霊たちは悪戯をして道を迷わせるんです。Metsänpeitto(メツァンペイト・森の覆い)と呼ばれています」
この悪戯を解くためには、靴を左右逆に履いたり、服を裏返しに着直すのだという。異世界のルールを脱して、現実に戻ってこられるとされている。
奪うのではなく関係を築く「Metsä, metsä...」
森での採集は、ハミングや歌、話し言葉で自然へ感謝を捧げながら、必要な分だけを採取する。ナタリアさんが野草を摘むしぐさはまるで赤子をあやすよう。草木を驚かせないよう、ゆっくり触れ、匂いをかぎ、質感やエネルギーを感じ取りながら五感で植物を認識する。
「奪うのではなく、自然と『対等な関係』を結ぶという意識をもつのです」
摘むときの心得は三つ
1.摘む前に、静かに「摘んでもいいですか?」と森に尋ね、許可を感じる。
2.枝の先端(一番伸びる部分)は木が成長するために残し、脇から伸びている若い新芽だけをいろんな箇所から少しずつ摘む。
3.木を丸裸にせず、感謝を持って少しずつ分け合う。
採取したトウヒの新芽(Spruce tips)は明るくやわらかな黄緑色。ビタミンCが豊富で、「うちの娘は学校に行く途中で森から摘んでおやつ代わりに食べてるんです(笑)」。齧るとエンドウ豆の芽の風味、爽やかなミントやハチミツのようなニュアンスがほとばしる。
なお、トウヒのように生きた木から芽を摘む行為は自然享受権の対象外。採取は許可をとった敷地内で。
ラップランドでは、サーミの自然暦に由来して一年を8つの季節として捉える。これはトナカイの移動や繁殖、放牧の周期とも深く結びつくとされる。3つの冬と3つの夏、そして秋と春を、雪の締まりや川の解氷、白夜、ベリーの実り、初雪などで意識する。
6月6日から7月7日までは夜がない白夜となり、一度沈みそうになる夕日はほどなくググッと力を取り戻し、朝日のごとく輝きだす。この期間は人も動物も植物も昼夜問わず活発に動く。そして半年後には日照時間がほぼない極夜に入る。
ちょうど夏が始まったばかりの森。やや乾燥しているこの地では、ハーブよりもキノコやベリーが多く、そこかしこにベリーの未熟果が見える。
強い胡椒のような香り、スパイスとして使われるヤロウ(Yarrow)。そして、ヤナギラン(Fireweed)の若芽。ヤナギランはお茶やサラダにして食され、若芽はアスパラガスやブロッコリーのような味をもつ珍味だ。
10月に収穫するリンゴンベリーは初霜を乗り越えて、さらに甘味と栄養価が増す。ラップランドの森では、夏にクラウドベリー、ビルベリーが実り、晩夏から秋にかけてリンゴンベリーやクランベリーへ移る。保存するのは、実が最も充実したピークシーズンに収穫したものだ。
北極圏のベリーは、日本でいう果物のイメージとは異なる。いわば森からいただくスーパーフード。白夜の間、降り注ぐ太陽のもとで爆発的に成長を遂げるベリー類は大量にポリフェノールを蓄え、抗酸化物質がたっぷりと含まれている。
深い沼地に生え、冬の間も緑色を保つイソツツジは、アンティさんのお気に入りの植物。化粧品にも使われ、葉を一枚手で軽く揉むと、ハーブや柑橘、松の香りを混ぜたようなラップランドの大自然の香りが広がる。
「ポケットやデスク、仕事中もそばに置いています」
白樺の葉は水と混ぜると石鹸のように泡立つ。サウナで体を洗ったり、若い白樺の枝葉を束ねた「ヴィヒタ(Vihta)」で体を叩き(ウイスキング)、血行促進と関節の痛みの緩和に使う。若い芽や葉はビタミンも豊富に含まれ、食べることもできる。
「色、香り、手触り、五感でエネルギーを感じながら、少しずつ摘んでバスケットに入れてみてください」
0(ゼロ)になる空間
森に隣接する敷地には、サウナがある。
東フィンランド大学(Itä-Suomen yliopisto)では、サウナがもたらす健康効果や長寿についての研究が進められている。サウナでしっかり温まり、湖や川、外気浴などで一気に体を冷やす(温冷交代浴)、これを繰り返すことで、自律神経が整い、全身の血流が良くなる。代謝が促されて、夜は深く眠れる。
正しい入り方は?とアンティさんに尋ねると、「あなたが気持ちよければそれでいい」との答え。なぜなら、それは人それぞれ違うから。ある人は1時間、またある人は1時間半ほど滞在し、その間に3~4回ほどのクールダウンを挟む。熱さや強度は徐々に上げていき、会話を楽しみながら、3時間ほどかけると本格的なサウナになる。
「時間をかけて、自分のリズムを見つけることです。伝統的なシステムを理解すれば、サウナを人生を豊かにする癒しの道具として活用できます」
ロウリュ(水蒸気)の上げ方も重要だ。「誰かが権限をもって場を支配し、一気に大量の水をかけて極端な熱さにするのはエゴ的です」。少しずつ温度を上げて、じっくり温まるのが本来の心地よいサウナの入り方。サウナの2〜4時間前は消化に負担をかけないよう、大きな食事を避ける。
石が積まれた薪ストーブを囲む。「薪ストーブの火を見つめていると、心が落ち着きますよね。人間は何百万年も前から火を見つめてきたので、遺伝子に刻まれているのかもしれません」。サウナの歴史は、およそ1万年以上前まで遡るという説もある。90を過ぎたアンティさんの祖母も未だにサウナに入るそうだ。
暖かくて清潔な場所であったサウナは、かつては出産の場所でもあった。同時に、死後に体が洗われる場所でもあったという。サウナは生命の始まりと終わり、両方を象徴している。
不屈のタフさと、自然を読む知識
北方の文化や生活が細かく描かれた名高い地図がある。1539年にオラウス・マグヌスが作成した「カルタ・マリナ(Carta Marina)」。地図の解説書である『北方民族文化誌』には、「北欧の中でも特に過酷な地域だが、そこに住む人々は頑強な体と大きな精神力を持つ」と驚きと敬意をもって記されている。
緻密なイラストで描かれたのは、厳しい気候と農業に適さない土地にあっても、巧みなスキー操作と弓矢、槍を用いた高い機動力を発揮し、外敵の侵入に勇敢に立ち向かう人々の姿。オラウスが描いた北方の強さは、環境を読む知識と、それを世代を超えて受け渡してきた実践の蓄積だ。
極寒の地では、知識がない=死を意味する。トナカイの捌き方やサウナでの殺菌・治療法、どのベリーが食べられて、どれが保存に効くか、どのハーブが感染症を防ぐか、どのキノコが一度しか食せない(毒キノコ)のか。自然と共生する高度な知識と実践教育が命を守ってきた。
使い切らない生き方
ナタリアさんから教わったフィンランドの森の神話は家族的だ。大型動物の狩猟を司る森の王タピオと、すべての動物と森の健康を守る女主人ミエリッキ、子供たちや精霊、彼らの飼う小動物たち。どこか気まぐれな隣人の家のよう。伝承に見えるのは森を崇めるだけでなく、隣人といかに対話して関係性を築いていくか、想像を巡らせる人の在りようだ。
ラップランド出身の現地ガイドのイスモ・パサネン(Ismo Pasanen)さんが、森に宿る精霊に向けて唱える祈りを教えてくれた。
「良き土地のゴブリンたちよ、私に眠りと夢と休息を与えたまえ。永遠ではなく、しばしの間だけ」
長く暗い冬を知り、限界の先へ進む強さを知る土地での暮らし。死への見通しや深い疲労を滲ませつつも、まだ戻りたい、少し休めば生きていける、という意志がある。
耐える力だけでは、長い冬を越えられない。止まること、温まること、誰かに委ねること。森やサウナが与えてきたのは、不屈の強さではなく、使い切らない生き方。
8つの季節は人生のリズムのようだ、とイスモさん。長い冬の夜、戻ってくる春の光、太陽の沈まぬ夏の明るい日々。森という大いなる環のなかで、人もまた止まり、休み、やがてまた生を引き受けていく。
木々は急がず、湖は争わない。答えを急がず、ただ生きようと関わり続ける人を受け入れる。あなたは今、森とどんな関係を結べていますか。
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