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FEATURE / MOVEMENT

【森グルメ】シェフが通う里山料理の第一人者「職人館」北澤正和さんの教え

2023.04.24

【森グルメ】シェフが通う里山料理の第一人者「職人館」北澤正和さんの教え

text and photographs by Hirofumi Kikuchi

連載:【森グルメ】森を食資源として捉えよう

長野県佐久市春日で蕎麦料理店「職人館(しょくにんかん)」を営む北澤正和さんの日課は森歩き。森を見続けてきた中から湧いて出るその言葉は滋味深く、滋養強壮に富んでいます。「NARISAWA」成澤由浩シェフ、「ほしのや東京」浜田統之シェフなど、北澤さんの森との付き合い方に刺激を受けたシェフは少なくありません。北澤さんが40年近くにわたって森を巡る中で見出した自然の教えをお伝えしましょう。

目次






「職人館」北澤正和

「職人館」北澤正和
長野県出身。佐久市で公務員20余年勤務後、1992年「職人館」をオープン。2010年農林水産省第1回「料理マスターズ」受賞。里山料理の第一人者で、自然や人間の本質を衝く名言多数。多くの料理人たちから師として慕われる。


山の女神さま

北さん(北澤さんの愛称)の朝は早い。朝5時にはまず昼の営業で提供する蕎麦を打ち、それが終わる6時頃、山へ出かける。“山の女神さま”に気に入られるようにと赤いバンダナを首に結び、お気に入りの帽子を被り、北さんはなんだか山に出掛ける時が一番オシャレだ。そういえば、北さんの愛車、白のケットラ(軽トラック)はいつもピカピカ。

山へ入る時はいつもほぼ一人。「山の女神さまに気に入られなければ、お目当ての食材にありつけない」と北さん。山に入る時に心掛けるのは、「自分が自然そのものになりきること。溶け込む意識で、界を作らずに森や山と一体になること」。こちらが哲学をもって山に向かわなければ、山は何も語ってくれない。こちらから語りかければ、こちらのレベルに合わせて答えてくれる。哲学として答えてくれる。山はそんな場所だ、と北さんは言う。

「こちらが何も知らなければ、食べ物だって、花だって、出会うことはできないだろ。森には汲めども尽きぬ物が山ほどあるだな。森は深すぎて、まだまだ何もわかっちゃいないとしみじみ感じるよ・・・」と北さんは言う。山の女神さまに気に入られるかどうかは、山に臨む私たち次第ということなのだろう。

山の女神さま

里山の暮らしと共にある

職人館のコース料理のはじまりに必ず出される「村の豆とうふ」のおいしさにはいつもハッとさせられる。とても素朴で滋味深く野を感じる。材料の大豆は、職人館のある佐久春日で育てられた「さといらず」。今の季節は花山椒がそっと添えられ、豆腐と一緒に口に入れると、その瞬間に野の香りが口いっぱい広がる。

村の豆とうふ

里山の暮らしは元々、山や森、田や畑、そして集落とがトータルだった。畑で育てた大豆で作る豆腐に、近くの森で穫った野草や山菜を添えて、地元の醤油で食べる。春には春の組み合わせ、秋には秋の組み合わせがある。

森のご馳走は里山の暮らしにずっと寄り添ってきた。春先の山菜は畑に何もない時のご馳走。山菜が成長し、えぐみや苦味が増してくると、夏野菜の季節を迎える。夏野菜が盛りを過ぎれば、森はキノコで覆われる。キノコが影を潜めて晩秋ともなると、畑は根菜の時期を迎え、やがて冬に。根菜が終わりを告げる頃、山に山菜が芽吹いてくるのだ。

そんな里山の暮らしと共にある食べ方が、おおらかでおいしい、と北さん。もしかしたら、今一番、贅沢かもしれない。森は林業のためだけにあるのではない。森は暮らしの場でもある。北さんの生き方がそう物語る。

山菜

森から学ぶ感性

北さんが打つ「佐久野そば」は野山の葉に盛り付けられて、箸置きには野草や枝が使われる。職人館の設えは、野山の景色そのもの。訪れる人を楽しませるもてなしの源泉は森にある。

森や野山は感性を磨く場、美の学びの場。春の終わり、山桜が散り、萌黄色の若葉にふっと花びらが落ちる風情が盛り付けのヒントになる。北さんにとって、ひと皿は森の風景を切り取った一部であり、あるがままの野の景色のような料理が理想だ。野のどこを切り取って盛り付けるか、それを考えるのが楽しくて、そしてそれは森が教えてくれるという。

食材だけではない、北さんにとって、森の自然は感性を磨いてくれる教科書なのだ。

森の自然

森の生き物が教えてくれる

野山に生きる動物から教わることは多い、と北さん。とにかく森のご馳走は動物たちがよく知っている。しかも全部を食べずに、「おいしいところをちょっとだけ齧っていたりするから、動物たちは贅沢」と北さんは笑う。

「食物・菌界、一木一草をじっくり読み解くと必ず動物が齧った跡がある。その様子を観察してから食べてみる人間の知識なんて、野の動物には敵わない。それにしても不思議なのは、野の動物たちは植物図鑑も見ないし、名前も知らないのに、“食えるか、食えないか”の二元論ですべての食べ物を把握していることだ。火も使わない、包丁も使わない、ただ野を飛び回り、やがて土に還っていく。その姿が食の本質という気がするし、彼らから教わったことでもある」と北さんは言う。

彼らは食べ過ぎることがない。必要な分しか食べない。対して、人間は身体が必要としている以上に食べてしまう。だから病気になる。動物も人間に関わると、野生の能力を失うから、また不思議である。

山や森が恵んでくれるあるがままをいただくのがいい。料理は手を加えれば加えるほど健康から離れていく気がする。だから、必要以上に手を加えたくない。森のご馳走はそのままで十分、それが魅力さ、と北さんは言う。

野山を駆け巡る動物たちのように森を食べる、それが職人館のおいしさの原点でもある。

森のご馳走

森と土

イベントやセミナーもこなす北さんは、朝6時に野山を歩き、9時には東京のコンクリートの上を歩いていることがある。そんな時、里山と都会のギャップを感じながら、「人は土から離れても健康に生きられるのか」を考えるという。都市では土が消えていき、スーパーには土で育てられていない野菜が並び、人はどんどん土から離れていっているけれど、それで大丈夫なんだろうか?

土とは代替えがきかないものだ。森を駆け巡ってきた北さんは、土の大事さを痛いほど感じる。土が健全だと、森は豊かになる。森が豊かだから、土は健全になる。その土が野草や山菜、キノコといった森の恵みをもたらしてくれる。

ビルの谷間から空ばかり見上げるのではなく、もっと足元を見つめたほうがいい。土と人の関わりを見直したほうがいい。人間はやがて土に還るのだから。都市にいても土を忘れるな。森を知る北さんの教えだ。

土


文・写真)菊池博文
岩手県山田町出身。「H3 Food Design」プロデューサー。軽井沢を拠点に日本各地でガストロノミーを起点としたソーシャルデザインを行う。軽井沢のホテル勤務時代から北澤さんを師匠と慕い、北澤さんを講師とするセミナーを多数開講する。


シリーズ【森グルメ】森を食資源として捉えよう。


森が近しい日本では、森に食を見出す暮らしが息づいていました。

ただし、日々の暮らしを支えるくらいの小さな営みとして。産業的には、どちらかと言えば、林業の領域にあったと言ったほうがいいでしょう。食材よりも建材を育てる場所として活用されてきました。

「それじゃ、もったいないんだよね」と言うのは、長野県佐久市「職人館」の北澤正和さんです。「食資源の場として森を捉え直すべきだ」と。

サステナブルという観点が不可欠な昨今、自然と人間の関わり方を見直す意味でも、2030〜2050年に訪れると囁かれる食糧危機対策としても、森を食資源として捉えることは確かに重要かもしれません。事実、最近少しずつ、森を食材の宝庫として見ようという気運を若い世代に感じます。人と森の関わりを見つめ直すタイミングが訪れている今、一足早く森と向き合い続けてきた先達に森の魅力を語っていただきます。

森を食資源として捉える

photograph by Hide Urabe



◎職人館
長野県佐久市春日3250-3
☎0267-52-2010
11:30~15:00、17:00~
水曜、木曜休
JR北陸新幹線佐久平駅から車で約30分

(雑誌『料理通信』2018年7月号掲載)

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