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FEATURE / MOVEMENT

【森グルメ】「NARISAWA」成澤由浩シェフの森と向き合う覚悟「関わるなら、とことん関わる」

2023.04.17

「NARISAWA」成澤由浩シェフの森と向き合う覚悟。【森グルメ】

text by Michiko Watanabe / photographs by Masahiro Goda

連載:【森グルメ】森を食資源として捉えよう

森が近しい日本では、森に食を見出す暮らしが息づいていました。日本の自然や文化における森の位置付けの大きさに早くから着目し、森を題材とするクリエイションを世に送り出してきたのが「NARISAWA」の成澤由浩シェフです。もう15年にわたって、森へ足を運び、森を守る人々との交流を重ねています。2018年春には、森をテーマとするバー「BEES BAR by NARISAWA」を東京・外苑前にオープン。「森と関わるには覚悟がいる」、そう語るシェフの森との対峙に光を当てます。

目次







森を感じる、森を考える場。

「BEES BAR by NARISAWA」に足を踏み入れると、まるで森の中にいるような清々しい気分になる。壁面に掲げられた写真は森の生き生きした姿を映し出し、森の木々を使ったテーブルといい、お酒のボトルが並ぶ黒い鉄の棚といい、シンボリックなアイコンがそれぞれ強いメッセージを発している。このバーは、ここ10年、森と関わり続けた成澤さんが、都会にいながらにして、森を直接感じられる場として、あるいは、森について考える場として開いたものだ。

森に、自然に、世界のシェフたちが目を向けるようになったのはいつ頃からだろう。成澤さんの場合、多くのシェフと同じように発端は畑だった。外国での修業を終え、小田原に「ラ・ナプール」を開いた頃は、安全でおいしい野菜を求めて全国の畑を巡っていた。2001年の冬のある日、作物のない土だけの畑を見てふと思った。健康で安全な野菜はこの土から生まれてくるのだ。土の上の野菜にばかり目を向けていたが、土こそ命の源だったのだ。その思いは「土のスープ」へと繋がっていくのだが、視線をその先に移すと森が続いていて、足は自然と森へ向いていった。「人が種を蒔き、育てている畑と、人が関わらず自生している森との違いに興味を持ち始めたんです」。そして、「森と生きる」が成澤さんの大きなテーマの一つとなっていった。2009年のことである。

「BEES BAR」

「BEES BAR」を構成するのは、日本の雑木林を表現したカウンターとテーブル、壁にはセルジオ・コインブラによる日本の森の写真。カウンターの木はタモ、ニレ、ケヤキ、カツラ、イタヤカエデ、セン、テーブルの木はキハダ、クルミ、ケヤキ、ナラ、ベンチはネズとヒノキ。都心のビル地下にあるが、一歩足を踏み入れると、清涼感に包み込まれる感覚があるのは、木の力だろうか。飛騨高山のスギとナラを漬け込んだ水で「奥飛騨ウォッカ」を割った「フォレストマティーニ」、石川県のハイネズの実と沖縄の月桃の葉を潰して「奥飛騨ウォッカ」でシェイクした「アポテカリー ウォッカ ギムレット」など、カクテルにも森の素材がふんだんに使われている。

日本は国土の7割を森が占める、森に囲まれた国である。成澤さんは全国を回り、いろんな人と出会いつつ、森に足を踏み入れていく。すると、人が関わっていないかのように見えた森が、人が環境を整えているからこその森であることに気付いてきた。縄文の昔から人々は森に入り、森と共存して生きてきた。

森に木を植え、生えてくる下草を刈り、適度に間伐をし、健康な形を保ってきた。人の手が入ることで豊かな生態系を守り育ててきた。ところが、豊かだった日本の森が、あちこちで「朽ちてきている」こともわかってきた。人と森が寄り添いながら暮らしてきた里山文化も崩れつつあった。もっと人が森と関わらないと、日本はダメになる。強い危機感を肌で感じた成澤さんは、「食に携わる者の一人として、どう森と関わることができるか」を真剣に考え始める。


杉とナラから抽出する「森のエッセンス」

まずは、現代の人が楽しめるよう、「NARISAWA」のフィルターを通して表現していくことから始めてみた。森のことを考えるきっかけになってくれればと思ったのだ。これは、「土のスープ」ですでに経験済みだった。減農薬の野菜ならば食べてもいいと思っても、減農薬の土のスープを口にする人はいない。口にすることになって初めて、ヒト本来の本能がブレーキをかける。「この土、安全なのか?」と。料理人が発するメッセージはちゃんと届くという確信を得た。

森の料理の端緒、「森のエッセンス」を発表するきっかけとなったのは、稲本正さんが主宰する飛驒高山の家具工房を訪ねた時に見た、くるんと巻いたカンナくずからの発想だ。カツオ節にそっくりだった。これでだしがとれるのではないか。そう考えたまではよかったが、形になるまでは困難を極めた。試行錯誤の末、いいだしのもととなったのは、杉とナラだった。「杉は日本酒の樽、ナラつまりオークはワインやバーボンの樽になってますよね。先人たちは森と関わる中で、ちゃんと最適の木を見つけ出していたんですね。先人の知恵にはかなわないと思いました」

ウッドランド スパイスド オールドファッション

「ウッドランド スパイスド オールドファッション」。佐賀県産シナモンの枝と根、石川県のクロモジの枝、飛騨高山のスギとナラを漬け込んだブレンデッドウイスキーに喜界島の粗糖を加えてステア。オレンジの皮とグリオットチェリーを添え、トンカ豆を削り入れる。

薪焼き
スペシャリテは薪焼き。ラボの熟成庫で2カ月半、独自に熟成させた岩手の経産牛を、飛騨高山から届くナラ材で焼き上げる。熾き火にしてじっくり火入れし、ワサビ、ユズコショウ、醤油を添えて。

スペシャリテは薪焼き。ラボの熟成庫で2カ月半、独自に熟成させた岩手の経産牛を、飛騨高山から届くナラ材で焼き上げる。熾き火にしてじっくり火入れし、ワサビ、ユズコショウ、醤油を添えて。


草ひとつとして勝手に取ってはいけない。

「NARISAWA」が森をテーマにして10年。なみなみならぬ覚悟で取り組む姿勢は、今もほぼ週1回ペースで各地の森を訪れるという、その回数からも明らかだ。ある時は店がどこに向かっているかを理解してもらうためにスタッフを連れて、ある時は林野庁から依頼された講演に、またある時はいつも山菜を送ってくれる人たちを慰労するために。

その根底には、森を守ろうという強い責任感がある。「自然と関わるということは、責任を背負うことでもある。スパンが短いものではないので、慎重に進めていかなくてはならない。森の食材がいいからと、食材だけいただくのではなく、関わるならとことん関わる。里山に暮らす人たちの生活、社会とも関わっていく気持ちがないといけないと思います」

いっときのブームにしてはいけない。ブームになることで、かえって環境が荒れてしまう結果にもなり、しわ寄せはそこに住む人たちに及ぶからだ。成澤さんが一番危惧するのは、その点だ。「自然とも人とも、良好な関係を持たないと。関わるにしても、丁寧に繊細にやるべきだと思っています」

森の恵み

主に、岐阜県の飛騨高山と石川県の加賀市三谷地区から届く森の恵み。一種類の植物も芽、花、葉、枝、根、実と様々に採取されるため、別々に数えれば年間300種にも及ぶという。写真は、店のスタッフたちと加賀市を訪れて摘んできたフジ、ミツバ、セントウソウ、ユキノシタ、ワラビ、ツツジ、タチツボスミレ、シャク、オオバタネツケバナ、ハコベ、ショウブ、ニセアカシア、クロモジなど。

忘れていけないのは、森も山も人の土地であること。勝手に森に入って、草一つ取ることも考えてはいけない。「これは僕の考えですが、レストランで使う目的ならば、地域に住む人たちにちゃんとお願いして、お支払いすべき」。需要を作ることは、その地に住む人たちが自分たちの住む地方に誇りを持つことにつながり、ひいては森を元気にすることにもなる。

縄文の昔から連綿と続いてきた、日本人のルーツともいうべき里山だが、日本人が、そこに住む人たちが、その価値に気付いていない。外国人のほうがよほど理解が早い。里山に生きる人たちと関わり、彼らに良さを伝えながら、広くメッセージを発することで森を守っていきたい。強くそう願う。

葛と竹炭のチップス

付き出しとして提供されるのは、葛と竹炭のチップス。「葛も竹も繁殖し過ぎると他の植物の成長を妨げる」と成澤シェフ。食べて身体に良く森も助ける一石二鳥のつまみ。


森は社会の象徴である。

山では長らく人と森とが共存して生きてきた。ところがその関係が、ガスや電気が普及し始めた頃から薄れ始め、高度成長期にはさらに進んだ。森では生態系に狂いが生じるが、知識の継承がなくなっているため、人々はその変調に気付かない。「70代、80代ぐらいの人しか知らないことが多い。50代、60代が空洞なんです」。過疎化が進み、学校も閉鎖されると、遠くの学校に行かざるを得なくなる。不便だからと町へ転居する。都市に人口が集中していくサイクルだ。

そんな中、最近、20代、30代の若者が古きよき時代のやり方を見直し始めた。森への関心も高まりつつある。2000年以降、地球環境が危険な状態に陥っていることも、意識の高まりを後押ししている。
「森は社会の象徴であり、地球や人類の問題の象徴でもある」。森が元気でないと、海が元気になれない。森が元気でないと、住む人たちも元気でいられない。森を健康に保つことが、里山に暮らす人たちの身体の健康や生活の健康をもサポートしてくれるのである。「食に関わり、自然と関わりつつ、正直に生きていければ幸せ」という成澤さんの森での活動は続く。その記録ともいうべき書籍『SATOYAMA』のプロトタイプには息を飲むような力強い森の姿が映し出されている。

「BEES BAR」に掲げられた写真は、この中の4枚だ。「このバーを通して、森を飲む、森を食べる、森を使うことで、森ともっと触れ合っていただけたらと思います」。今宵は、マルシャークの『森は生きている』の話を思い出しながら、おいしい森をいただくことにしよう。

「SATOYAMA」展

北海道から沖縄まで、成澤シェフにインスピレーションを与えた日本各地の森と選りすぐりの生産者たちとの交流を一冊に収めた書籍『SATOYAMA』のプロトタイプ(TASCHEN刊)。撮影はブラジル人カメラマンのセルジオ・コインブラ。日本の自然の奥深くの様相と日本人が積み上げてきた自然を活かす技が写し出されている。表紙と裏表紙は漆塗、ページの所々に和紙が差し込まれるなど、一貫して森を表現。写真は成澤シェフを森へと導いた一人、飛騨高山「正プラス株式会社」稲本正さんのページ。


シリーズ【森グルメ】


森が近しい日本では、森に食を見出す暮らしが息づいていました。

ただし、日々の暮らしを支えるくらいの小さな営みとして。産業的には、どちらかと言えば、林業の領域にあったと言ったほうがいいでしょう。食材よりも建材を育てる場所として活用されてきました。

「それじゃ、もったいないんだよね」と言うのは、長野県佐久市「職人館」の北澤正和さんです。「食資源の場として森を捉え直すべきだ」と。

サステナブルという観点が不可欠な昨今、自然と人間の関わり方を見直す意味でも、2030〜2050年に訪れると囁かれる食糧危機対策としても、森を食資源として捉えることは確かに重要かもしれません。事実、最近少しずつ、森を食材の宝庫として見ようという気運を若い世代に感じます。人と森の関わりを見つめ直すタイミングが訪れている今、一足早く森と向き合い続けてきた先達に森の魅力を語っていただきます。

森を食資源として捉える

photograph by Hide Urabe



◎BEES BAR by NARISAWA
東京都港区南青山2-14-15 五十嵐ビルB1
木曜・金曜・土曜のみ営業
14:00~22:00
☎03-5785-0799
https://www.beesbar-narisawa-jp.com/
※NARISAWA店舗リニューアルに伴い2023年3月5日〜2023年5月末まで臨時休業

(雑誌『料理通信』2018年7月号掲載)

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