能登をガストロノミーの発信地&目的地にする試み
「NOTO NO KOE」Vol.4開催報告
2026.08.20
text by Sawako Kimijima / photographs by Moe Kurita
料理を通じて能登を支援するイベント「NOTO NO KOE」Vol.4が2026年5月30、31日、石川県七尾市のオーベルジュ「ヴィラ デラ パーチェ」で開催された。「7人のシェフによる“能登饗藝料理”」と題して集ったのは、「NOTO NO KOE」の発案者である東京・銀座「エスキス」リオネル・ベカシェフ、会場となった「ヴィラ デラ パーチェ」平田明珠シェフ、そして輪島市「L’Atelier de NOTO」「mebuki-芽吹-」池端準也シェフに加え、「レフェルヴェソンス」生江史伸シェフ、「ヴィラ アイーダ」小林寛司シェフ、「ラ シーム」高田裕介シェフ、「ファロ」加藤峰子シェフ。トップシェフが一堂に会した背景には「能登をガストロノミーのデスティネーションに」との意図がある。
目次
能登に恋するシェフたち
イベントに先立ち、一冊の本が産み落とされた。
『NOTO no KOE little book』、その名の通り、文庫本サイズの小さな本だ。
企画したリオネル・ベカシェフによるプロローグの文章が、能登の風土を描き出す。
この土地で、私は「聴く」ことを学んだ。風の音、鳥の声、木々の息づかい、人のゆるやかな動作、すべてが言葉のように響く。言葉を持たない言語、しかし、太古の記憶に満ち、光や顔に運ばれてゆく。それは、ただ静かに呼吸させておくべき、控えめな声である。
海があり、山があり、森が繁り、空が輝く場所は、日本中いたる所にある。そのことをよくわかっていながら、それでも能登に魅了され、能登に恋する料理人は少なくない。彼らは、能登の繊細で荘厳な自然のありように神性や霊性を感じ取るのだろう。自然と人間が交じり合って存在して、交感しながら共に生きている、そんな能登のありように強く惹かれるのに違いない。
伝統行事「あえのこと」から発想した7皿の料理
「NOTO NO KOE」Vol.4は、7人のシェフが、能登の食材を使い、能登の食文化を題材とする新しい表現に挑むことで、能登のガストロノミーの地としてのポテンシャルを示そうというものである。
キュレーターを務めた平田シェフは、能登で伝承されてきた祭礼「あえのこと」をテーマに取り上げた。
「あえのこと」は、稲の収穫後の12月に「田の神様」を家に招き入れ、春まで過ごしてもらうという農耕儀礼。田の神様があたかもそこに実在するかのように感謝を込めてもてなし、耕作の準備が近づく2月になると、豊作を願って田へ送り出す。
田の神様は夫婦二神とされ、料理をのせる神膳はもとより、盃や箸など祭礼で使う道具は二組ずつ用意する。また、田の神様は目が不自由(稲穂で目を突いた、あるいは、暗い土の中に長い間いるからなど諸説あり)なため、家に迎え入れる時も、食事の説明も、お風呂へ案内するのも、声に出して話し掛けるのがしきたりという。供える料理は、近くで採れた食材で作る小豆ごはん、たら汁、大根、はちめ(メバルやカサゴなど目が大きな魚)、甘酒など。その風習は大切に受け継がれている。
祭礼とは、自然を受け入れ、自然に感謝する、祈りの儀式だ。そこに住む人々が長きにわたって、何を願い、何を果たそうとしてきたかが刻み込まれた、思考の堆積と言える。
シェフたちは、このイベントで田の神様に供する料理を再現するわけでなく、現代風にアレンジするわけでもない。そもそも時節が違う。それでも「あえのこと」との向き合いは、先人の思考を手掛かりとして、この地に流れてきた時間の奥深くに分け入っていく作業となる。シェフたちは自ずと、奥能登の自然と人間が積み重ねてきた時間をさかのぼり、風土(空間)と歴史(時間)、両軸の上に立って能登を表現するに至るのである。
農山漁村の食文化に触発されて
タイトルの「能登饗藝料理」は、平田シェフの内なる発露だ。
料理人として習得した技術はイタリア料理だが、能登に居を構え、能登の自然に身を置いていると、その手が生み出すのは、自分を取り巻く農山漁村の暮らしや生活文化に触発された料理だったりする。たとえイタリア料理の技術を使っていようとも、もはやイタリア料理ではない。
むしろ、能登に根差した食文化を掘り起こし、現代のフィールドへ、次世代へ、未来へと発展的につないでいくことに、自分が介在する意味はあるのではないか。平田シェフはそう考えた。ならば「能登饗藝料理」と銘打って活動していこう。饗はもてなし、藝は技、植物を植えるとの意も持つという。
そんな思いを「NOTO NO KOE」では7人が共有したのだった。
素晴らしいものは、誰のものでもない
イベント初日はあまりに風が強くて、予定されていた海辺のテーブルセッティングが叶わず、宴は中庭へ。食卓は繁る木々の緑にすっぽり包まれた。
この出来事は、詩人・長田弘の『世界はうつくしいと』に収録された「なくてはならないもの」の一フレーズを思い起こさせた。
草。水。土。雨。日の光。猫。
石。蛙。ユリ。空の青さ。道の遠く。
何一つ、わたしのものはない。
空気の澄みきった日の、午後の静けさ。
川面の輝き。草の繁り。樹影。
夕方の雲。鳥の影。夕星(ゆうずつ)の瞬き。
特別なものなんてない。大切にしたい
(ありふれた)ものがあるだけだ。
素晴らしいものは、誰のものでもないものだ。
人間は地球を使わせてもらっているにすぎない。借りているのだ。人間の都合でどうこうできるものではない。ただ自然に従うのみ。
能登の人々がつないできた祭礼は、そんな自然に対する畏敬の表れであり、みんなで確認し合う行事なのだろう。「あえのこと」は、その畏敬を親しみやすく、慈しみをもって表現した風習なのに違いない。
最後にもう一度、『NOTO no KOE little book』からリオネルさんの言葉を引こう。
何年にもわたりこの地を撮り続けながら、私は自然と人とのあいだに流れる沈黙の対話を捉えようとしてきた。そして、美しさとは、満ち足りたものだけでなく、欠けたものの中にも生まれるのだと気づいた。
欠けたもの、欠けたところを埋める作業は続く。それはたぶん埋めて終わりではない。
リオネルさんは今、能登に料理研究所の設立を計画している。能登をガストロノミー発信の場とする構想は実現に向けて静かに進行中だ。
◎「NOTO NO KOE」Vol.4
Our Love Letter to Noto(動画)
協力・協賛:NPO法人北陸チャリティーレストラン
◎ヴィラ デラ パーチェ
石川県七尾市中島町塩津乙は部26-1
Tel.0767-88-9017
「NOTO NO KOE」とは
2024年1月1日の能登半島地震をきっかけとして、それ以前より能登との交流の深いリオネル・ベカシェフが、能登の声を届け、能登を支援するイベントとして立ち上げた。
Vol.1 2024年5月、東京・銀座「エスキス」にて、池端隼也シェフ、平田明珠シェフ、輪島「杣径」北崎裕シェフとコラボレーション。初日には塗師・赤木明登氏を迎えてトークイベントを開催。
Vol.2 2024年11月、「ヴィラ デラ パーチェ」でリオネルシェフ、池端シェフ、平田シェフによるコラボレーション。「mebuki-芽吹-」で一晩限りのビストロ営業、および子供向けクレープワークショップ開催。
Vol.3 2025年4月、和倉温泉「ブロッサム」で、同店の黒川恭平シェフ、金沢「ジブンチ」山本ほうらいシェフ、「エスキス」山本結以シェフを中心として、リオネルシェフ、池端シェフ、平田シェフらがコラボレーション。子供向けニョッキ作り教室と親子ランチ、隣接する広場ではキッチンカ―でシュークリームを提供。
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