「カタネベーカリー」の働き方改革~自分の理想の働き方に近づく「就業規則」の作り方
2026.06.18
text by Sawako Kimijima / photographs by Masahiro Goda
東京・代々木上原「カタネベーカリー」が働き方改革に踏み切ったのは、2023年10月。1日あたりの営業時間を3時間(日曜日は4時間!)短縮し、年間の休日日数を35日増やすという大改革でした。そのベースとなったのが、片根大輔さんと智子さん、店主自身による「就業規則」作りです。約3年が経過した今、「改革して良かった」と2人は口を揃えます。
2人が「就業規則」を作成した過程を追うと、彼らがパン職人として大事にしたいことや彼らの生き方そのものが見えてきます。法律に従いつつ、やりたいことを貫く、カタネ流「就業規則」の作り方をお伝えしましょう。
*「就業規則」とは
労働者の賃金や労働時間などの労働条件、職場内の規律について定めた「会社のルールブック」。常時10人以上の労働者を雇用する事業場では作成および所轄労働基準監督署への届け出、従業員への周知が労働基準法で義務付けられている。
目次
- ■「就業規則」の作成を人任せにしない理由
- ■譲れないパン職人の本質と自分たちのスタイル
- ■変形労働時間制で“自分たちの働き方”を実現
- ■スキルの養成と働き方改革は両立するのか?
- ■独立に向く人、向かない人
「就業規則」の作成を人任せにしない理由
カタネベーカリーの開業は2002年11月だから、もう四半世紀近く前になる。当初は片根夫妻とアルバイトのみのささやかなスタートだった。パンの評判と共に従業員も少しずつ増えたが、「就業規則を作ることなく、経過してしまっていました」と2人は言う。
就業規則とは、労働基準法に則っていることの証だ(記載通りに運用されていれば)。雇用する側・される側、双方にとって守るべきルールであり、何かあった場合には身を守る盾となる。
会社を設立すると、大概、税理士や社会保険労務士(社労士)と関わりを持つようになるため、社労士から就業規則の作成を促され、社労士が作成してくれることが多い。
しかし、カタネベーカリーは開業以来、士業を雇わずに店を営んできた。確定申告もすべて自力で行なう。「自力でやると、仕組みをしっかり理解できて、経営状態への気付きも多いから」がその理由。就業規則も迷いなく自分たちで作成する道を選んだ。
もうひとつ理由がある。
「自分の言葉で文面を考えたかった」
社労士の勧めで就業規則を作成する場合、すでにある雛型をカスタマイズするという手法がとられる。基本フォーマット(厚生労働省HPに「モデル就業規則」が掲出されている)が存在する以上、当然と言えば当然。ただ、片根さんたちは、雛型の定型文をそのまま使うような作り方はしたくなかった。
「規約や契約書へのサインを求められる時、『これを読んで、サインして』と書面を渡されるシチュエーション、ありますよね。でも、文章がわかりにくくて、頭に入らないから、よく読まずにサインする人が少なくないと思います。私はあれを避けたかった。読んでわかるものを作りたかったんですね」と智子さん。
ネットや本などから情報を集めて、自分なりに作った草案を、渋谷区の社会保険相談(毎月第1・3金曜日/予約制/50分)で見てもらうところからスタート。そこで知遇を得た「社会保険労務士きたむら事務所」の北村広美さんの助言を受け、修正を何度か重ねて完成させたのだった。
譲れないパン職人の本質と自分たちのスタイル
就業規則の作成を人任せにしない理由として、カタネベーカリー独自の営業形態やパン職人としての仕事の考え方も無関係ではない。朝7時に店を開け、夏には4~6週間の休みを取る。長年、フランスのパン屋に近いスタイルで営業してきた。法律に従いつつ、自分たちのスタイルに合わせた就業規則が作れないものか? 片根さんたちにとって、就業規則作りは、生き方そのものと関わっているのである。
労働基準法における法定労働時間は、1日8時間・週40時間。これを満たすための年間休日の最低ラインは105日。平均的な年間休日は110~120日とされる。
これをベーカリーにあてはめるのがけっこうむずかしいことは容易に想像がつく。開店時に焼きたてパンが並んでいるためには、その5~6時間前、少なくとも3~4時間前には厨房スタッフが稼働している必要がある。ベーカリーに限らず、パティスリーやレストランも同様だろう。店舗の営業時間が8時間として、プラス、長ければ6時間、計14時間は稼働せざるを得ない現実が横たわる。
「1日8時間に収めるにはシフトを組む、たとえば前半と後半に分けて、2つのチームで分担するやり方などが一般的かもしれません。でも、私たちはそれをしたくなかった」
パンの製造工程は長い。ミキシングから発酵を経て窯入れ、焼き上がりまで、長時間を要する。しかも、製パンのすべての作業はつながっていて、ミキシング次第で発酵の具合は変わるし、生地の仕上がりも変わる。そんな生地の変化を追うのがパン作りであり、生地に寄り添って理想の最終形へと導くのが技術とも言える。
「そのプロセスを分断するような作り方を、私たちはしたくない。“手仕事”から遠のいてしまう気がして。一人の人間が通して扱うからこそ調整や修正もできるし、生地を育てられると思うんですね」
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4~6週間の夏休みも譲れないところだった。毎年、主としてフランスの地方を回って、ワイン生産者やパン職人を訪ね、交流してきた。欧州の食の職人たちは今、何を考えているのか? どんな仕事をしているのか? 食の世界はどこへ向かおうとしているのか? 彼らに投げ掛けて、感じ取って、それがカタネベーカリーのパン作りに反映されていく。
一方、スタッフは、片根さんたちが欧州へ行っている間、年にもよるが「カタネの夏休み」と銘打って、自分たちなりに焼いたパンの店頭販売を実施したり、スタッフ全員で「スタージュカタネ」として営業日を設けたりしている。
変形労働時間制で“自分たちの働き方”を実現
つまり、プロセスを分断しない1日の労働時間設定と夏休みを確保する年間の営業日設定、この2つが就業規則作りの命題となった。「解決してくれたのが、1年単位の変形労働時間制の適用でした」
変形労働時間制とは、1カ月もしくは1年単位で、繁忙期と閑散期に合わせて労働時間を柔軟に配分できる制度である。1年単位の場合、週40時間×52.14週(1年の総週数)=2085.7時間(うるう年は2091.4時間)を店の都合に合わせて配分する。但し、1日あたり10時間・週52時間が上限(他にもいくつか細かい決まりがある。残業は可)。なお、予め、1年間の労働日・労働時間を定めた“労働カレンダー”を作成して、労使協定の締結と労働基準監督署への提出が必要である。
片根さんたちは、1日10時間労働+1時間のみなし残業=1日11時間労働を基本とした。休憩90分で、1日の勤務時間は12時間半となる。みなし残業分までを固定給とし、1年分合算して12カ月で割った額を毎月支給。みなし残業分以外の残業代は別途加算する。
始業・終業は、3:15~14:45、4:00~15:30、5:00~16:30、6:00~17:00の4パターン。6時から14時15分のコアタイムはみんなで一緒に働く。
休日は年間で153日以上。ちなみに、今年の夏休みは7月12日~8月26日、さらに6~9月は日月火3連休(!)にした。
「この労働カレンダーで働くようになって、売上は落ちたけれど、利益率は落ちていない。営業時間の短縮に合わせて仕込み量をタイトにしたせいかロスが出なくなったり、水道光熱費が下がったので。ちょうど値上げしたタイミングだったことも関係しています」
スキルの養成と働き方改革は両立するのか?
就業規則に労働条件が明記されていることは、若い世代にとって、働く上での安心材料となる。
「僕たちの世代は、就業規則があっても関係なく働いてきてしまったけれど、今はそういう時代じゃない。若い人たちはそんな働き方はしない」
カタネベーカリーでは、働き方改革以降、スタッフが若返り、20代比率が上がったという。
「決してうちの条件が良いわけではないと思うんですよ。1日の勤務時間が12時間半と聞けば一瞬ひるむでしょうし。それでもやってみようと思うのは、うちが生産者と交流していたり、群馬県南牧村で小麦栽培をやっていたり、毎年、北海道に研修旅行に行ったりと、うちでなければできない体験に惹かれるからかもしれませんね」
片根さんは働き方改革をポジティブに捉える反面、「現在の働き方改革をそのままパン職人のような技術職にあてはめていけば、パン作りの技術が衰退していくのではないか」との懸念も抱く。「大手製パン店では縛りが厳しくて、職人を育てることができないという声を聞きます。本人の希望でも厨房に残って試作したり、練習を積んだりすることができないから」
実際、新麦コレクションが昨年、一部のメンバーに行なったアンケートでは、ホワイト化に努めたシェフたちの複雑な思いが綴られた。「規定の時間以上は働かせない。店主が店に泊まってでもこなす」「有給消化しきれない日数は現金化してボーナスに加算する」「機器をフル活用。業務工程表を貼って、全スタッフで共有。始業前と業務中間時に進捗をチェックして、残業が発生しそうであれば、業務内容をその場で調整」「技術や知識の習得よりも、時間内に終わらせることが最優先になり、人を育てるところまで余裕を持てない」「独立志望者と勤務継続希望者、仕事の振り方、育て方を分けて考える必要がある」・・・・・・
一人前になるまでは「修業」と呼ばれるように、“労働力の提供=技術の習得”という側面があるのが食の世界。雇用する側もされる側も、常に「労働」と「学び」の線引きの揺らぎの上で仕事をしている。
独立に向く人、向かない人
「誰もが独立して店を持てる時代ではなくなった」と片根さん。「求められるパンを焼く、適切な労働環境をつくる、人を育てる、これらを並行して行わなければならない。労務条件が厳しさを増す昨今、パン作りの技術だけあっても店は成立しない。ワンオペもしくは夫婦でやるのか、従業員を抱えるのか、そもそも自分は独立に向いているのかいないのか、見極めが大切。雇用されて働く方が能力を発揮できる人もいるでしょう。そういう人が独立して店を潰してしまうことが怖い」
カタネベーカリーは常にスタッフに対して「やりたいことがあれば応援するよ」の姿勢を取る。就業規則では「副業OK」のスタンスを表明。カタネベーカリーとして受託しているレストランのパンを夏休み期間に請け負うスタッフもいれば、毎月友人のカフェで自作のパンを売るスタッフもいる。カタネベーカリーが休みの日にスコーンを焼いて店で販売をするスタッフもいる。それはきっと彼らにとって、トライ・アンド・エラーを重ねて自分の適性を探る機会になっているに違いない。
最後に、「カタネベーカリーの働き方改革は、経営が順調だからできること」と指摘する声があることも付け加えておかねばならないだろう。
新麦コレクションでは2026年の勉強会のテーマとして「経営」に力を入れる。「『働き方改革』って何すればいいの? パン屋さんのための経営勉強会」と題して、シリーズで開催予定(第1回は6月1日に実施)。いよいよ製パン技術だけではベーカリーが成立しない時代なのだと実感する。
◎カタネベーカリー
東京都渋谷区西原1-7-5
Tel.03-3466-9834
ベーカリー 7:00~15:00 日曜7:00-14:00
カフェ 7:30~14:00 日曜7:30~12:00
日曜・月曜・火曜休み(2026年10月以降、変更の場合も)。夏季休暇·冬季休暇あり。詳細はSNSの営業カレンダーで。
Instagramアカウント:@katanebakery
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