フードテックで挑む土壌の再生と海洋資源の回復
バスク「Food 4 Future 2026」リポート
2026.08.24
text by Yuki Kobayashi / photographs by F4F, Yuki Kobayashi
連載:シリーズ・フードテック
ここ数年、「リジェネラティブ」というワードが幅広く使われるようになった。リジェネラティブ・レストラン、リジェネラティブ・ベーカリー、リジェネラティブ・ツーリズム・・・・・。毎年5月、スペインのビルバオ市で開催されるフードテック見本市「Food 4 Future (F4F)」でも、「リジェネラティブ」はキーワードのひとつだ。
自然寄りのスタンスの表明として冠されることの多い「リジェネラティブ」がテックの世界ではどのように位置づけられているのか? 6回目を数える「Food 4 Future 2026」のリポートは「リジェネラティブ」にスポットを当ててお届けしよう。
目次
- ■菌の力で土壌再生を図るプロジェクト
- ■ブドウの木の自己回復力を高める
- ■菌類を投入して土壌の保水力を向上
- ■リジェネの方法論を取り入れる大手企業
- ■リジェネラティブ移行のための融資や支援をもっと!
- ■栽培をめぐるエコシステムの再生
- ■海での生存率を上げるリジェネラティブ水産
菌の力で土壌再生を図るプロジェクト
従来、ワイナリーは「土の上」のブドウに重きを置いてきた。しかし、農業エンジニアたちは「土の中」に意識を向ける。肥料や殺菌剤などが土壌を弱体化させ、植物や土壌本来の力を奪ってきたという現場感覚と危機感が共通認識としてあるという。加えて、毎年記録を塗り替えていく酷暑や豪雨、季節にそぐわない寒暖の激しさに、従来型農業では対応しきれない現実が迫る。
開催2日目、小会場のステージに上がったのは、スペイン北西部に位置するカスティーリャ・イ・レオン州のワイナリーの農業エンジニアたち。「MYCOWINE(ミコワイン)」という共同プロジェクトのメンバーである。
ブドウ畑の土壌再生を目的としたこのプロジェクトは、土壌内の菌類を研究し増やすことで、土壌と周囲環境の健康を回復させようという試みだ。カスティーリャ・イ・レオン州食品産業協会 Vitartis、土壌内菌類研究および技術開発を行うID Forest社、リオハ州を含むスペイン国内6つのワイナリーが参加している。
ブドウの木の自己回復力を高める
ルエダ地区のワイナリー「ボデガ・イジェラ」のエロイ・アルバレス氏は率直に語る。
「ブドウの木自体に自分で治す力をどう回復させるかを研究しています。年々極端になっていく気候に、ブドウ畑を適応させていかなくてはなりません。土壌の健康のため、除草剤などを使わずに、土壌のさらなるレジリエンスを見つけていくのです」
「複数のワイナリーが参加するこのプロジェクトでは、土壌の比較や実験結果の比較ができる利点があります。微生物は土地ごとに違う。ひとつのワイナリーですら、場所が変わると土壌内の微生物や菌が変わります。個別の土壌特性を明確にして、どの菌をどのように繁殖させるかが重要になります。これは中長期的に追わなければ、結果がわからない戦いです。一年のサイクルの中で細かい分析をしても、翌年気候条件が違えば、数値に影響します。どんな施策が効くのかを見定めるのはとても難しい」
リベラ・デ・ドゥエロ地区の著名ワイナリー「アルマ・カラオベハス」のエンジニア、エヴァ・ナバスクエスは言う。
「質の高いワインの差別化には、それぞれの土壌にあった保全が必須です」。抗生物質を飲み続けるといつしか効き目がなくなるように、無機肥料を与え続けたブドウはそれらが効かない体になってしまう。「土のエコシステムができていた“あの時代”にメンタリティを戻すこと。メンタリティを戻しつつ、イノベーションのために、現代テクノロジーを使用する」とのスタンスは明快だ。
同ワイナリーの土壌では、トリコデルマ菌(森林土壌などに普通に見られる微生物で、枯れ木や朽ち木などに繁茂する。有用菌として農業利用されてきた微生物)に注目している。剪定後の切り口や、植樹の際の根にこの菌を与えることで、ブドウの成長に良いデータが得られた。始めたばかりのプロジェクトではすべてが手作業だが、「効果が明らかになれば、効率的に植菌を施す機械が登場してもおかしくない」と期待する。
菌類を投入して土壌の保水力を向上
トロに畑を持つワイナリー「ファリーニャ」の土壌は80%が砂質だが、土壌に菌類を投入することで保水率が向上するデータが出ているという。リジェネラティブ農業では基本とされるカバークロップ(裸地にしないよう草花を生やすこと)も微生物を増やすための重要なプロセスだ。土壌内のメタゲノム解析(土壌や腸内などの環境中にいるすべての微生物のDNAをまとめて抽出し、網羅的に配列を解読して生態や機能を調べる技術)をするうちに、同ワイナリーの土壌にはリンが少ないこと、足りないリンを土壌内の菌類や微生物が補っていたことを突き止めた。
土壌内の菌や微生物を扱うリジェネラティブ農業の導入は、農家の説得が大事な仕事のひとつになる。トロ地区のワイナリー「ファリーニャ」のエンジニア、シルビア・ブルエソも農家のメンタリティを変えることが重要だと考えている。「カバークロップの効果がわかるように、カバーする場所としない場所を作って、結果の違いを見てもらいました」と細やかな気配りと苦労を語る。
ブドウが根っこから「元気」だと判断するために、目には見えない菌を数値化して科学からアプローチする。こうしたプロジェクトには莫大な資金も必要で、MYCOWINEの場合、スペイン農林水産省及び欧州農家農業開発基金の59万5千ユーロを超える支援を受けている。
リジェネの方法論を取り入れる大手企業
グローバルに展開するペプシコ、カット野菜ブランドFLORETTEなどが登壇した座談会「次世代のための農業を再発明する;リジェネラティブとデジタル、レジリエンス」から、大手企業とリジェネラティブ農業との関わりを見てみよう。
FLORETTE社の製品には葉物が大量に必要になるが、単一栽培ではなく輪作を行うことで土壌の悪化を防ぎ、休耕期間も十分に設けている。休耕の実施には、保障も含めて生産者との合意が必須だが、その労を厭わない。また、夏季には砂質土壌で栽培すると成長が早すぎるため、壌土(砂と粘土がバランスよく混ざった中間的な土)質や粘土質の土壌で栽培するという。目先の利益より近い未来の土壌の健康と持続的な供給体制を保持することに重きを置き、リジェネラティブ農業の方法論のすべてではないが、一部を活用している。
バスクの農業研究機関NEIKERでは、土壌の代謝経路(土壌中の微生物や植物が物質を分解・合成する化学反応のつながり。地球上の物質循環を支える重要な仕組み)の研究実績があり、どんな微生物が優勢になると土壌は健康になって生産性・収益性に結び付くのかの研究も進んでいる。同研究所はFLORETTE社に微生物由来の肥料の使用をアドバイス。こうしたバイオ肥料が土壌の微生物の生態系維持に一役買い、休耕期間を短くする効果もあるそうだ。
リジェネラティブ移行のための融資や支援をもっと!
「現在の過酷な環境変化に対応できるほど農家はエキスパートではない」と農業イノベーション機関EIT FOODのララ・ロドリゲス氏は断言する。「リジェネラティブ農業へ移行するために銀行融資を申請しようにも、計測化して見える数字がないと、銀行はクレジットさえ出してくれないでしょう。データのデジタル化も必須だし、農家の努力や学びをスケーリングできるようにしないと」と解決策を提案する。
始まったばかりで明確な定義もないが、リジェネラティブ農業への移行を考える農家は少なくないだろう。ペプシコのクリスチャン・セレソ氏による「インセンティブになる補助金や融資の窓口を整え、融資に必要な要素の測定や可視化を至急に整えなければ、土壌再生に取り組む農家は増えないだろう」という問題提起は説得力がある。同社はポテトチップスやナチョスに使うジャガイモの栽培に関して、スペイン北部ナバラ州の大手コープGARLANDとコラボして、リジェネラティブ農業の一部を実践している。
こうした大手企業のリジェネラティブ農業への支援傾向の背景には、農家による炭素貯留を支援企業がカーボンクレジットとして活用し、脱炭素を推進するという狙いがある。同時に、将来的には農家にとっても新たな収入源となる可能性もある。このWIN-WINの関係、つまり両者にとってのマネタイズが成り立てば、リジェネラティブ農業促進も一気に加速するかもしれない。
栽培をめぐるエコシステムの再生
EUとしてのリジェネラティブ農業の定義はまだなく、有機農業のように製品にシールを貼って差別化できる認証制度もないが、ガイドブックではポイントを【5C】で示す。
【Calcium】カルシウム:pH値の調節、土壌構造の維持、細胞壁の形成に不可欠
【Carbón】炭素:微生物のエネルギー源となり、保水力強化にもつながる
【Cover Crop】カバークロップ:土壌の風食や養分の流出を防ぐ
【Cultivation】耕起:可能な限り少なく、必要な分だけ行う
【Culture】環境文化:中間林の維持や貯水池の作成など、周囲環境の生物多様性の影響を重視
「リジェネラティブ農業は有機農業とは一線を画している」とNEIKERのイケル・ビルバオ氏。顕著に異なるのは硫酸銅の使用だという。有機農業では一定の制限を持って使用が許されている硫酸銅を、リジェネラティブ農業では使用しない。「ミネラル成分を土壌に入れるというのは、注射器で植物に食べ物をあげて、病気にさせないようなもの。植物は与えた成分のアディクト(依存症)になってしまう」。
同研究機関ではすでに再生型放牧の15年近い実証データがあり、かつてのように放牧をして、輪作をすることが土壌回復につながるという確信がある。
イケル氏によると、リジェネラティブ農業とは栽培をめぐるエコシステムを再生すること。作物を守るだけの従来型農業とも違えば、一定の無機肥料が使える有機農業とも違う。悪い菌があれば、それを殺すのではなく、良い菌を増やすことで、悪い菌の住処をなくしていく。
その過程とMRV実証(温室効果ガス排出量の測定・報告・検証)には時間を要するが、行政やEU議会の補助金制度さえ整えば、思いの外早く進む可能性もありそうだ。
海での生存率を上げるリジェネラティブ水産
日本とスペインが共同で技術開発を進める「ジャパン・スペイン・イノベーションプログラム(JSIP)」には、海洋に関するプロジェクトがいくつかある。なかでも「OCTOLARVAE(オクトラルバエ)」は、タコやイカ、甲殻類のリジェネラティブ水産の試みだ。
「オクトラルバエ」は、養殖場で人的コントロールのもと個体数を増やして一定の漁獲を確保するのではなく、タコの幼生飼育技術の研究によって、海での生存率や成長率を上げるというもの。
タコは1回の産卵で約20万個の卵を生むと言われるが、卵から成体になるまでが難しい。ガリシア州では、違法漁具を使ってタコに産卵させることが禁じられているが、沿岸警備隊が発見した違法行為による親タコのいないタコの卵を施設に移し、幼生の成長過程を研究しながら孵化させ、条件を整えて放流する。
プロジェクトは漁師の増加も視野に入れている。養殖の場合、漁獲が確保できても雇用は限られるのに対し、海にタコの全体数が増えれば、それを獲る漁師が増え、地方産業も栄えるというイメージだ。こちらも成果が出るまでの過程が長い。
F4Fの開催当初、どの登壇者も近未来の食料危機に警鐘を鳴らすことに重きを置いていたように思う。2026年の登壇者たちは、さらに高度な技術によって地道な実証実験を繰り返し、少しでもより良い未来を描こうとしている。
私たちは、この100年、農地や山海に高い生産性を求め、人間に都合よく自然を変えてきた。リジェネラティブの理念の下、加速度的に増す知見と高度技術を応用することによって、自然はどこまで応えてくれるだろうか? その答えが人間に優しいものであることを祈らずにいられない。
◎Food 4 Future
https://www.expofoodtech.com/
文中に登場した企業やプロジェクト
◎MYCOWINE
https://mycowine.com/
◎Vitartis
VITARTIS | Asociación de la Industria Alimentaria de Castilla y León
◎ID Forest
IDForest – Innovación y Sostenibilidad para mejorar los suelos
◎イジェラ
Yllera Bodegas y Viñedos
◎アルマ・カラオバヘス
https://almacarraovejas.com/en/inicio-en/
◎ファリーニャ
https://www.bodegasfarina.com/en
◎NEIKER
https://neiker.eus/en/
◎ペプシコ
Webs Globales | PepsiCo
◎FLORETTE
Florette – Del campo a tu mesa, con mimo y frescura
◎Auravant
Auravant – App de agricultura de precisión
◎EIT FOOD
EIT食品|未来に適合した食料システムのための食品イノベーションを加速 – EIT Food
◎CDTI
Home | CDTI
◎NEDO
https://www.nedo.go.jp/
◎Octlarvae
https://octolarvae.com/