パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内
vol.18 ラツィオ州ヴィテルボのヘーゼルナッツ
2017.08.30
訳注ルーカのヘーゼルナッツ・クリームには油脂成分とその他の成分の分離が見られますが、これは化学合成添加物が一切含まれていないためです。使用前の一仕事としてまんべんなくかきまぜてお召し上がりください。
農業に加工技術を組み合わせ、品質ともにイタリアNo.1の産地を目指す
イタリアでヘーゼルナッツを生産する主な州を挙げれば、ピエモンテ、ラツィオ、カンパーニアそしてシチリアの4州だが、ラツィオ州ヴィテルボが、90年代以降、国内最大のヘーゼルナッツ生産地であることは、あまり知られていないかもしれない。
この地域では「トンダ・ジェンティーレ・ロマーナ種(Tonda Gentile Romana)」という品種が最も普及している。
5年前、チヴィタ・カステッラーナ村(Civita Castellana)のファブレーチェ(Fabrece)地区に暮らすルーカ・ディ・ピエロ(Luca Di Piero)は、自分の土地に育つこのヘーゼルナッツに賭けようと決心した。
「ピエモンテ産を羨むことなんてない。ただ、ピエモンテは、高い職人の加工技術が1800年代から既に存在していましたからね。一方、俺たちの地域は、これまで常に生産量を上げることだけに終始し、品質が置き去りになることもしばしばだった」
ここに、ルーカが子供の頃から抱き続けたヴィテルボへの郷土愛を礎とする躍進劇が始まった。
彼が営む農家の歴史は、1900年代初頭、祖父の代まで遡る。
フランチェスコ・ディ・ピエロ(Francesco Di Piero)は、穀物畑と牧草地を合わせ40ヘクタールを耕作し、イタリア共和国功労勲章・コンメンダトーレ(Commendatore)を授与されたほどの名士だった。
ルーカの父親は弁護士で、息子である彼にも同じ将来を見通していたかもしれない。
だが、幼い息子には、将来にはっきりとした別の計画があった。
そう、農業をすることだった。
「反対はされませんでした。でも、たぶん、あれは試されたんだと思うな。17歳の時、小さな麦畑に初めての借地契約を結んでくれた。僕は、地域の他の誰より高い収量を上げることができた。それを見て父は、これが僕の歩む道だと理解してくれました」
大きな体躯のルーカは64年生まれ。
彼が口を開けばぐいぐいと引き込まれ、気がつくと、自分まで大地に立ちすくんでいる気にさせられる。
若い頃から自分の考えを整理し実践する能力を持っていた彼は、80年代には、ブドウ、オリーブ、ヘーゼルナッツを農園に植え、15年前から既に有機農業に取り組んでいた。
「多国籍企業の主導による市場価格決定に左右されない農業経営をめざすには、加工に力を注がなければならいと、ここ数年で気が付いた。だから、至るところの職人を訪ねたんです。特にピエモンテのね。ヘーゼルナッツを加工する秘訣を学びたかった。でも、農園を空けるわけにはいかなかったんですよ。僕には子供はいないが、手塩にかけて育てている3人の職員がいる。朝、3時に家を出れば、8時にはピエモンテに着く。そうすれば、全製造工程をつぶさに見ることが出来て、夜は家に戻れる。これを繰り返しました」
トップレベルの味覚を捉えたヘーゼルナッツ・クリーム
この早朝起きの努力も功を奏し、昨年12月に、近代的な作業スペースをオープン。
ヘーゼルナッツの含有量が高く、低糖分(オーガニックの黒砂糖18~25%)そして、油脂成分無添加のヘーゼルナッツ・クリーム3種類を生産している。
これらのクリームの繊細な味わいと口の中で長く持続するアロマの秘密は、独特のロースト方法にある。
彼はヘーゼルナッツは油脂含有率が高いため、加熱を最小限にとどめてよりアロマ分を保持することが必要と考えた。
その仕様に適したロースト・マシンを探していた時、地元で亡くなったある職人が考案したというロースト・マシンを見つけた。本当に偶然の出来事だったという。
このマシンのお陰で、通常180℃のロースト温度を140℃にまで下げ、焙煎時間も1時間のところを20分にまで短縮することができた。
バニラ、カカオパウダー、カカオバターといった他の原料も、手作りで最も質の高いものを市場で手に入れる。
こうして生産されるクリームは、フォンデンテ(Fondente:ヘーゼルナッツ60%、14%カカオ)、クラッシカ(Classica: ヘーゼルナッツ65%)、ノッチョーラ(Nocciola:ヘーゼルナッツ70%)の3タイプ。
彼のヘーゼルナッツを用いた加工品は、そのデリケートなテイストから用途も広く、料理にも適している。
例えばペーストは、ロースト具合が彼の創造性にぴったりとマッシモ・ボットゥーラ(Massimo Bottura)が厨房に持ち込み、有名ジェラート店「カラピーナ(Carapina)」もグルメ・シリーズのジェラート生産に使用するなど、リリース以来、食世界のトップレベルの人たちから注目を集めている。
ヴィテルボの土地が生みだすクオリティを信じる仲間たちと
短期間にこれだけの成果を得られたのは異例ともいえるだろう。
が、我らがルーカは、ヴィテルボとその土地が生み出すクオリティへの情熱を共有できる仲間たちと、さらなるコラボレーションを実現させている。
そのことを語る時、彼の声にはいっそう満足感がこもる。
マッシミリアーノ・ビアジョーリ(Massimiliano Biagioli)が切り盛りする農園「ランポーニ・デイ・モンティ・チミーニ(Lamponi dei Monti Cimini)」とは、乾燥ランポーニ(ラズベリー)をベースにした、ヘーゼルナッツ・クリームを開発。
「I love カナピーナ(I love Canapina)」のフェリーチェ・アルレッティ(Felice Arletti)とは、彼が栽培する麻の種入りクリームも生み出した。
地域のワイン生産者で最も際立った存在は、ワイナリー「ドガニエリ・ミヤザキ(Doganieri Miyazaki)」のマウリツィオ・ドガニエリ(Maurizio Doganieri)だろう(そう、お察しのとおり、畑で共に汗する奥さんは、日本人で宮崎まどかさんだ)。
ルーカは、自分が栽培するブドウの付加価値を高める努力をしているところで、マウリツィオと一緒にシラー、樹齢200年の土着品種ロシェット(Roscetto)、そしてフィアーノ(Fiano)を生産。2018年4月にリリース予定だ。
そして、忘れてならないのがオリーブ園だ。ルーカは2種類のエキストラ・バージン・オリーブオイルを生産している。
一つは、かなりデリケートでバランスのとれた品種カニーノ(Canino)。
もう1種類はレッチーノ(Leccino)、マウリーノ(Maurino)、フラントイオ(Frantoio)をブレンドし、深い味わいに、軽い苦みをもったものとなっている。
オリーブは実を踏んだりして酸化させないよう振動収穫機を用いて摘み取ると、すぐさまオルヴィエートのエウジェニオ・ランキーノの搾油所に運び込んで絞る。
ここは優れた搾油所で、搾油方法も水を加えない2段階方式をとっており、ランキーノ自らが製造するオリーブオイルは、賞を複数獲得するほど優れた腕を持つ。
才気と農民という人格が合わさった、常識破りのクオリティ
まるで火山のごとくエネルギッシュなルーカ。
彼が最近手掛けているのは(頭の中では既に別の企画を思いついているかもしれないが)、女性料理人マリア・エレナ・クルチョ(Maria Elena Curcio)の協力を得て考案したヘーゼルナッツ風味のニョッキ。
そして、ボンゴレソースと彼のヘーゼルナッツ・クリームが完璧にマッチすることから考え出された、小麦粉にヘーゼルナッツ・クリームと水だけを用いて作る生パスタ、「ストロッツァプレーティ」。
僕は、今年の11月に開催される「ゴロザリア・ミラノ2017」に彼を招いた。
そこで披露してくれる彼の製品を友人たちと一緒に味わえる日が待ち遠しい。
僕には、ヘーゼルナッツ・クリームをテイスティングする機会は多い。
が、彼のものは、飽きがこないし、しっかりとまとまった味わいがあり、他にはない新鮮さも感じられ、クオリティに際立った違いを見せている。
もし、その機会に恵まれたなら、迷わず他とはちょっと違うこのルーカの農園を訪れてみるといい。
彼の考案した製品の一つひとつが持つクオリティの高さに、君たちの常識も覆されるに違いない。
彼の大きな顔に溢れんばかりの活力。決して大げさに書いているつもりはない。
イタリア人だけが持つ才気に農民という人格を与えたら彼になる。
2018年版『イル・ゴロザリオ』の新チャンピオン間違いなしの人物だ。
パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it
shop data
ルーカの農園
Azienda Agricola Di Piero Luca
Via Nepesina, 53
Civita Castellana ( VT )
Mobile +39 3397967305
dipieroluca@hotmail.it
http://www.aziendaagricolalucadipiero.it
[ルーカの仲間たち]
「ドガニエリ・ミヤザキ」ワイン生産者
Az. Ag. Doganieri Miyazaki
Fraz.ne Vaiano, 3
Castiglione in Teverina (VT)
Mobile +39 3315666431
doganierimiyazaki@gmail.com
(もちろん日本語可)
「ランポーニ・デイ・モンティ・チミーニ」ラズベリー生産者
Lamponi dei Monti Cimini di Az. Ag. Massimiliano Biagioli
Str. Romana 28
01100 Viterbo (VT)
Mobile +39 3473830158
info@lamponideimonticimini.it
http://lamponideimonticimini.it/
「I love カナピーナ」麻生産者
I love Canapina Di Felice Arletti
Piazza Garibaldi 9
01030 Canepina (VT)
Mobile +39 3289024761
info@etruriain.it
『イル・ゴロザリオ』とは?
photograph by Masahiro Goda
イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。
The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。
この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。
南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。