デジタルツールを活用した店づくり Vol.1 “オーダーアプリ”によるオペレーション―「CORK(コルク)」 | 料理通信
1970.01.01
日々刻々と進化しつづける、デジタルツールの数々。それらは、一般企業のみならず、飲食店の現場でも、店づくりのコンセプトと共にさまざまな形で導入されるようになってきました。
そこで、シェフやオーナーの店づくりにかける想いや考えを交えながら、新たなデジタルツールを活用した店づくりの事例を紹介していきます。
第1弾は、東京・南青山の「CORK(コルク)」。必要なものを掘り下げ、余計なものを削ぎ落としていく店づくりなかで開発されたオリジナルのシステムとはどのようなものだったのでしょうか。
「L’AS(ラス)」が移転前の地でオープンしたのは2012年2月。いろいろな選択肢を用意するのではなく、思い切って余分を削ぎ落とし、明確なメッセージが伝わる店のスタイルをゼロから追求したい。オーナーとして兼子シェフはかつて修業したフランス「アラン・サンドランス」での経験をもとに、料理ごとに合わせたワインをグラスで提供するコース展開をソムリエの田辺氏とともに始めた。最近は、1万円以下の価格帯の店でも、このグラスペアリングのスタイルが見られるようになってきたが、当時行っているところはほとんどなく、ストーリー性のある料理とワインのマリアージュが店のコンセプトとともに話題となり、オープンから僅か2か月で予約困難な店となった。
繁忙な日々の中でも、兼子シェフと田辺ソムリエは、常にメニューの試食やワインのテイスティングを通じてコミュニケーションを重ね、店づくりの哲学や感覚を共有していったが、オープンから1年ほど経った頃、“エネルギーが余ってくる感覚”を覚えたという。
「もっとやれる。このままこのL’ASの良さはキープできるけれども、もっと何かできるんじゃないか」。
そこで、ソムリエ資格も持つ兼子シェフから「ワインを軸に、料理を合わせていく店をやってみないか」との提案が。2004年世界最優秀ソムリエとなったエンリコ・ベルナルド氏がパリで手掛ける「イル・ヴィーノ」のスタイルの実践。それはソムリエの田辺氏がいつかやってみたいと予てから思い描いていたものでもあった。2013年2月、二人の決意は固まり、新たな挑戦が始まった。
出店準備にあたり、資金的なリスクよりも、店舗展開でクオリティーが落ちてしまう危険性を絶対に避けたいとシェフは判断。最終的に、「L’AS」を移転させ、厨房共有による2店展開となった。ワインを軸とした新店は、象徴的な「CORK(コルク)」という名称を冠し、ソムリエがお客とのコミュニケーションやサーブに専念できるよう、コの字型のカウンタースタイルとなり、厨房や「L’AS」とは壁で仕切られ、シックでシンプルな店空間が実現した。
オーナーシェフの兼子大輔氏(左)とシェフソムリエの田辺公一氏(右)。 |
photograph by Daisuke Nakajima |
外壁一面がガラス張りで外からもシックな雰囲気が伝わる、カウンター席のみの「CORK」。奥の壁の向こうに厨房と「L’AS」がある。 |
ラインナップしているコースのワインの魅力を伝え、お客様にチョイスしてもらい、そのワインの香りや味わいをもとに構築された料理を、ベストなタイミングでワインと共に味わってもらう―。この「CORK」のスタイルを実現させるために、兼子シェフと田辺ソムリエはここでも“余分を削ぎ落とす”ことに注力した仕組みづくりに取り組んだ。
「マリアージュを堪能してもらうためには、ワインと料理のサーブのタイミングがとにかく重要。でも、グランメゾンのようなメートル・ド・テルを配さずに、ソムリエはできるだけサーブと接客に専念できるスタイルにしたい。ファーストオーダーはソムリエがキッチンまで通しに行くとして、食事が始まってからの “アプレがけ”(次の料理を準備するように伝える合図・指示)を担うオペレーションシステムが欲しいと思いました」。
田辺氏は大手外資ホテルのレストラン勤務経験もあり、大がかりな店舗オペレーションのシステムの存在を知ってはいたが、機能として欲しいのは、お客様のグループごとの状況をみながら、アプレがけができる仕組みのみ。そこで、兼子シェフや田辺ソムリエの店のスタイルを理解し、ワインエキスパートの資格も持つという知人にアプリ開発の会社を運営している方がいることを思い出し、試しに相談してみたところ、話が急展開。wifi接続と2台のAndroid端末を使うことで、ホールとキッチンの間で調理開始や調理終了の合図を通信できるアプリが、検証を含め約2ヶ月間の開発を経て、誕生することとなった。
ソムリエが使用するタブレット端末は、常にカウンターの内側の台上に。アプリの初期画面もシンプルで、アプリの操作は画面をタッチするだけの簡単なもの。 |
カウンタースタイルの客席レイアウトと同じなので、一目瞭然。 |
同じタイミングでサーブできるよう、同組のお客様たちを“グループ化”。これも画面上のタップで簡単に設定できる。 |
ソムリエがタップすると、次にサーブする料理の調理時間のカウントが開始。キッチンに置いてある方のタブレットも同期しているので、厨房のスタッフはそれを確認しながら調理を進める。設定時間を超えてしまうとキッチンのタブレットからは、スタッフが分かる程度の音量でアラート音が鳴る仕掛け。「オーダーを受けてから料理を提供するまで」の時間管理がスムーズになる。 |
photograph by Daisuke Nakajima |
壁の向こうにある「L’AS」はオープンキッチン形式なので、料理を出すタイミングは目視しながら対応。オリジナルのオーダーアプリの導入によって、異なる2つのスタイルの店を共通の厨房スタッフで対応することが可能に。 |
今回の開発パートナーとなった株式会社Y2の代表取締役の矢部氏と開発部長の成島氏は、次のように語ってくれた。
「“とにかくシンプルに”という徹底したリクエストでした。念のため、初めはデザインや機能もいくつか盛り込んでご提案したのですが、やはり、兼子シェフと田辺ソムリエの意向はしっかりしていて、“分かりやすく、使いやすいもの”を追求。結果、ミニマムなものになりました。でも、アプリ画面に表示される座席レイアウトや画像イメージなどは、ご要望に合わせたカスタマイズが可能なので、他の飲食店の方にもご活用いただけます。私たちも新製品の開発という意味で大きな成果を得ることができました」。
※「オーダーアプリ(レストラン向け)」の詳細は、こちら
ワインから紐解く料理、そして、それを楽しんでもらうための上質な店づくりとは何か―。本質を追求し、要素を研ぎ澄ますと、形はどんどんとシンプルになっていった。
モノやコトが氾濫する日常のなかで何かと“選び疲れ”しているゲストを、シンプルな世界観とサービスで解放しようとする「CORK」は、デジタルツールの活用においてもフロンティア精神にあふれていると言えるのかもしれない。
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