日本 [茨城]
シェフと巡る、茨城まるかじり旅。夏の味。
2021.09.02
Text by Miyo Yoshinaga / photographs by Hiyori Ikai
海あり、山あり、湖あり。起伏に富んだ肥沃な大地と美しい水源に恵まれ、耕作面積は北海道に次ぐ全国ナンバー2。東京から1時間圏内で、あらゆる食材が鮮度を保ちながら届けられ、質、量ともに首都圏の人々の胃袋を支えている茨城県の生産者たち。
日常的に農のある暮らしを営みながら、最新技術で労働環境を整備しつつ、様々な社会課題にも正面から向き合う。生産者それぞれが、“己の農に一家言あり”。
そんな個性豊かな茨城の生産者たちを、今夏、東京・北参道「コンヴィヴィオ」辻大輔シェフ、外苑前「慈華(いつか)」田村亮介シェフ、西麻布「ルブトン」杉山将章シェフ、茨城・水戸「ジーノ」先﨑高弘シェフ、つくば「ラ・スタッラ」佐藤誠之シェフの5人と訪ねた。
目次
- ■環境を整え、ストレス要因を取り除く ―常陸牛/「シバサキ」―
- ■手仕事の技術と、ヴィンテージで挑む ―さしま茶/「飯田園」「吉田茶園」―
- ■6次化で地域に寄り添う ―蕎麦・米/森ファーム―
- ■農業の価値を最大限に引き上げる ―無農薬野菜・放し飼い有精卵/ごきげんファーム―
- ■シーズン・オフの小さな救世主。 ―黒こだますいか/JA北つくば東部営農経済センター―
環境を整え、ストレス要因を取り除く ―常陸牛/「シバサキ」―
最初に訪問したのは、茨城県西部に位置する境町で県を代表する銘柄牛「常陸牛(ひたちぎゅう)」を育てる「シバサキ」だ。常陸牛は、指定生産者が育てた黒毛和牛の中でも、食肉取引規格の歩留等級A、B、そして肉質等級4以上に格付けされた牛のみに与えられる名称。世界で“wagyu”の魅力が注目される中、近年はアメリカや東南アジアなどへの海外展開も始まっている。
牛舎を訪ねると、風通しのよい高い天井の空間の中で牛たちがゆったりと穏やかに過ごしていた。案内してくれたのは、取締役の柴﨑有信さん。「これくらい天井が高い場所で、扇風機も夜通しつけておいて、常に新鮮な空気を循環させます。そうすると敷料もすぐに乾き、牛舎が衛生的に保てるんですよ。どうぞ中へ」
「飼料は、境町の田んぼの稲わら、地元産クラフトビールの搾りかすなど、できるだけ地域で作られたものを使っています。地元でできる循環型農業を目指します。一般的な和牛は月齢29〜30カ月の出荷が多いですが、うちでは32〜33カ月まで肥育します。肥育期間を長くとったほうが脂の融点が低く口溶けのいい肉になるんです」
出荷が近い牛には、風味をよくするためビタミンを含む牧草も与える。「出荷する最後の最後まで、元気いっぱいで送り出してやることが大切」
柴﨑さんは、肉牛の繁殖から肥育までをすべて行う“一貫生産”に取り組む。
「日本の肉用牛は、繁殖と育成、肥育を分業で行うのが主流ですが、長時間の移動や、慣れた頃にガラリと飼育環境を変えるのは牛にとって大きなストレスになります。一貫生産ならずっと同じ環境で育てられる。ゲージの中にいるメンバーも同じにしているから、牛たちも安心して過ごせます」
母牛の出産はほぼ自然分娩を促す柴﨑さん。ただ何かあった時に対処できるよう、分娩を日中にするべく飼料を与える時間で出産時間をコントロールする。更に温度センサーで牛の体温変化を感知し出産兆候をメールで通知するシステム「モバイル牛温恵(ぎゅうおんけい)」を導入。「これを導入して以来、出産事故が格段に減りました」
一貫生産することで、一頭あたりの生産コストも抑えられ、良い血統を受け継がせるなど、工夫のしがいも増すのだという。「仔牛からここで育てて、ストレスを受けず、最後までよくエサを食べて元気に育った牛は、ツヤツヤと光沢もよく、見るからにおいしい肉になるんです」
イタリア修業時代、農場併設のレストランで牛の飼育を経験した「ラ・スタッラ」の佐藤誠之シェフは、「完璧といえるほどの衛生管理ですね! 毎日出る大量の牛糞を取り除き、寝ワラを敷いてやる作業の大変さは並大抵ではない。牛のためを考えられた環境である証拠に、牛たちものびのびとリラックスしています」と、この牛舎の環境に感銘を受けていた。
手仕事の技術と、ヴィンテージで挑む ―さしま茶/「飯田園」「吉田茶園」―
茨城県はお茶の北限産地であることをご存知だろうか?
中でも県西部の猿島(さしま)地方で栽培される「さしま茶」は、日本で初めて海外に輸出された歴史を持つ。
「茶専業の農家が多くないため生産量こそ少なめですが、近年話題の発酵茶など、特徴あるお茶を作る研究熱心な生産者が多いです」と、さしま茶協会会長の石山嘉之さん。今回は「飯田園」の緑茶と「吉田茶園」の紅茶を紹介してもらう。
まず「飯田園」の緑茶から。さしま茶ではメジャーだという深蒸し茶を、水出しでいただく。
「茶葉に浸るくらいの80℃の湯を注ぎ、氷水で急冷します。冷蔵庫で4時間ほど置いたものです」と7代目当主の飯田耕平さん。爽やかな香りと甘味の中に心地よい渋み。「最初にお湯を使うことで、水だけで出すより深い香りやきりっとした渋味を抽出できます」
全国手もみ製茶技術競技大会で2度の最優秀賞受賞歴がある飯田さん。次は自慢の手揉み茶を紹介。「生の茶葉を蒸したあと、焙炉(ほいろ)という加温台の上で約6時間手揉み作業を行い、丸みを帯びた細長い形状に仕上げます。機械と異なり、手作業は茶葉を傷めないので雑味が少なくなります」
濃厚な旨味と香りは、まるで“だし”そのもの。手揉み茶を口にしたシェフたちは、一様に驚き目を見開く。「旨味の塊だね!」とは「慈華」田村亮介シェフ。手揉み茶の場合、一度に揉み作業ができる茶葉は1.5kg。ここからできる製茶は200〜300gしかない。その分旨味はたっぷり詰まっている。4煎ほど味わえ、茶がらもお浸しなどにしておいしく食べる。
続いては「吉田茶園」の紅茶を。近年、代表の吉田正浩さんが作る「いずみ」の紅茶は全国から注目を集めている。
「いずみは、1950年代に輸出用として育種されながらほぼ栽培されずに終わった幻の品種です。30年前に国立野菜茶業試験場でその存在を教わり、当園で定植しました」
もともとは煎茶のために植えた茶葉だったが、「いずみ」の親品種が紅茶品種の「べにほまれ」であることや、甘い香りや渋味をどうすればもっと伝えられるかを考え、紅茶にチャレンジした。2012年から「いずみ」紅茶の改良を重ね、2016年からは葉の形を保つ中国茶の製法を導入。インドの紅茶製法とのハイブリッドにより、渋味を抑えた味わいを作ることに成功。以降は「ジャパン・ティーフェスティバル」最高賞などの高評価を得ている。
続いて「実生やぶきた」の紅茶だ。やぶきたは、日本では緑茶の茶葉としてよく知られるが、これは一般的なものとは異なる。
「茶の木は挿木から育成するのが主流ですが、これは種から育てた樹齢50年のやぶきたの紅茶です。種から育てると根がしっかりと深く伸びることで、土地の香味が表れた奥深い味になる。当園では樹齢100年以上の在来茶樹も栽培しています」と吉田さん。
実生やぶきたは毎年味が変化するという。「『実生やぶきた2nd (ウンカ芽) 2021年6月』は、東方美人茶にも通ずる蜜香のロットです」。「ココナッツのような甘い香りですね」とは「コンヴィヴィオ」辻大輔シェフ。
出来上がった茶葉を熟成させるのも、吉田さんの紅茶の特徴だ。製茶してすぐより寝かせた方が味がよくなることもある。
「『実生やぶきた1st 2019年5月』は、1年以上経って独特の香りが出てきました。『いずみ1stFlowermoon 2021年5月』は10月まで寝かせて出荷します。現状でもカップに残る香りは良いんですよ。この香りが10月になるとお茶に出てくるんです」
店でも多くの中国茶を扱う「慈華」田村亮介シェフは「お茶もワインと同じで、いつ採られた茶葉なのか、ヴィンテージが明確だとお客さまにも魅力を伝えやすい。飲み比べなどで興味を持ってもらうこともできます」。その他「パウダー状の茶葉がもっと増えれば、料理に活用しやすい」という声もあった。
6次化で地域に寄り添う ―蕎麦・米/森ファーム―
農業が盛んな土地だからこそ、さらに一歩先へ。6次化や農福連携で地域に貢献する生産者も多い茨城県。
古河市にある「森ファーム」では98年の法人立ち上げ時からいち早くリサイクル農法や有機・低農薬栽培などに取り組んできた。約110haの敷地では、米や蕎麦、野菜を生産するほか、落花生や青大豆、赤米や黒米なども栽培し、米、どぶろく、蕎麦を加工する工房も併設。農作物の栽培、加工、販売、農業体験ができるイベント(グリーンツーリズム)を行っている。
「直売所『里山の森ぽっぽ』では収穫物をはじめ、米で餅やどぶろく、大豆で味噌なども作って販売しています。2013年にはレストラン『ゆるりの森』もオープン。蕎麦や季節の野菜のランチを提供しています」と、案内してくれた森ファームの秋田尚之さん。
「体験型の農業テーマパーク」として、消費者との接点となるイベントも盛んで、蕎麦打ち教室や収穫体験など、子供も楽しめる農業イベントを開催。近隣はもとより都内にもファンが多いという。
森ファームの米は、田んぼに掘った井戸水を使い、有機肥料による有機無農薬・低農薬で栽培されるコシヒカリやミルキークイーンだ。ミルキークイーンをあらかじめ試食した「慈華」田村亮介シェフは「土鍋で炊いて、チャーハンを試しました。ふっくらしつつパラパラという理想的な仕上がりに。以前までミルキークイーンはもっちりしすぎて、チャーハンには向かないと思っていましたが、イメージが覆りました」。「コンヴィヴィオ」辻大輔シェフは「もちもち食感を活かしてアランチーニにしてもおいしそうです」
農業の価値を最大限に引き上げる ―無農薬野菜・放し飼い有精卵/ごきげんファーム―
続いてはつくば市と常総市の境にある「ごきげんファーム」へ。ここは様々な障がいのある100名以上のスタッフが働く農場。無農薬・無化学肥料による野菜や米、養鶏を行う。
案内してくれたのは、農場長の伊藤文弥さんだ。1988年生まれの33歳。政治家を志して参加した議員インターンシップをきっかけに、働き手不足が進む「農業」と、「障がい者就労」を結びつけるテーマに出合い、2011年市議(現つくば市長・五十嵐 立青氏)とともにNPO法人としてごきげんファームを立ち上げた。
「障がいのある人が“ごきげん”に暮らしていくためには、賃金だけではなく、地域で必要とされる存在になることが大切です。そのために単に農業をするだけでなく、近隣への野菜セットの定期宅配や、体験農園や収穫祭イベント、地元農家さんのお手伝いなどを行い、地域とのつながりを作ることを大事にしています」
地域の人に必要とされるよう多品目を栽培。リピーターになってもらうため、農薬も化学肥料も一切使わない有機野菜に。立ち上げ時から継続して、土浦市で多品目野菜の有機栽培を行う「久松農園」の指導を受けてノウハウを学ぶ。
「無農薬の農業って、みなさんが思っている以上にハードルが高いんです」と伊藤さん。例えば、この時期、ホコリダニ被害でヘタが白くなったナスができる。これを防ぐために農薬以外でも牛乳などを与えてしまうと、とたんに「無農薬」を名乗れなくなる。「だから虫害が出ても、自己回復を待つしかないんです」。そのためには、免疫力を高める苗づくりが不可欠なのだ。
折しも2人のファームスタッフの男性が、雑草予防などのため土を覆う黒いビニール「マルチ」をはがす作業を行っていた。「マルチは土に帰らないので、スコップで地道に土や草を掘り起こして取り除かないといけない。除草剤が使えない有機農業7大地獄の1つ。大変きつい作業ですが、彼らは体力自慢の2人なので作業が早く、本当に助かっています」と栽培管理担当の渡辺孝明さん。
ごきげんファームでは、放し飼い養鶏(有精卵)も実践する。飼料は、炊いた大豆を麦や米糠などと一緒に発酵させて作る他、ごきげんファームや地元の有機野菜を与えている。養鶏担当の荒間瑛さんは、「今一番の関心事は、採卵鶏の活用です。約1年で廃鶏にするのですが、毎日世話をしているので愛着がいっぱいで・・・。味が濃くておいしいのですが、肉質が硬くて扱いが難しいので、売り方に困っています」
これを聞いたシェフたちからは、次々に「使いたい」の声が挙がる。「慈華」田村亮介シェフは「エサもいいし、おいしいスープが取れるはず。何よりその想いに応えたい」。「ルブトン」杉山将章シェフは「フランスで鶏は出世魚のように呼び名が変わる。硬い肉質の雄鶏を赤ワインで柔らかく煮るコック・オ・ヴァンなどの技が活かせるのでは」。シェフたちのなんとも頼もしい反応に、荒間さんも目を輝かせていた。
シーズン・オフの小さな救世主。 ―黒こだますいか/JA北つくば東部営農経済センター―
茨城県は「こだますいか」の栽培の歴史が長く、筑西市・桜川市周辺では約50年前から作られている。旅の終わりは、筑西市「JA北つくば東部営農経済センター」管内の黒こだますいか農場を訪ねた。
「こだますいかの旬は3〜7月。続く7〜8月に旬を迎えるのが、『黒こだますいか』です。果肉のやわらかいこだますいかに大玉スイカを掛け合わせて、しっかりめの果肉にしたもの。実が詰まってずっしりと重いんですよ」と同センターの日向一貴さん。
圃場はちょうど翌週に収穫を控えた頃。ビニールハウスには黒々としたすいかがそこかしこに実る。黒こだますいかは、苗を植えて1カ月後に手作業で交配を行い、その約40日後に収穫する。生産過程で表面がまんべんなく黒光りするように、生産者の手で太陽が当たる面を変えている。
「すいかは連作障害が起こりやすいので、30〜40棟あるビニールハウスをローテーションしています。最近は太陽熱消毒もしています」と生産者の板橋一郎さん。大玉すいかよりかわいらしい小さなサイズで、果肉はシャリシャリとした歯ざわり、甘味は凝縮されている。
普段から黒こだますいかを愛用している「ラ・スタッラ」佐藤誠之シェフは、「黒こだますいかは身が詰まってて好きなんです。手頃な値段で、使いやすい。横割りにしてブッシュバジルを載せて、塩とオリーブ油をかけるだけで前菜にもなる。皮は表面を薄く剥けばピクルスにもできます」と教えてくれた。「艶々と黒光りする姿が印象的です」とは「ジーノ」先﨑高弘シェフ。
生産者の想いに触れ、シェフそれぞれに新しい発見があった茨城県西部、夏の旅。豊かな耕作地をもち、大地に根を張って暮らす生産者の一つひとつの言葉が、料理人たちを刺激し、新しい料理の発想と食材との向き合い方を考えさせてくれた。
この旅の経験をもとに、シェフたちは茨城の魅力を詰め込んだテイクアウト&オンメニューを考案予定。
▼ 常陸牛
◎ シバサキ
☎ 0280-87-0462
▼ さしま茶
◎ 飯田園
☎ 0280-87-1547
◎吉田茶園
☎0280-31-8827
▼ 無農薬野菜・放し飼い有精卵
◎ ごきげんファーム
☎ 029-875-5660
▼ 米、蕎麦、味噌
◎ 森ファーム
☎ 0280-77-0011
▼ 黒こだますいか
◎ JA北つくば東部営農センター
☎ 0296-21-8055
【問い合わせ先】
茨城県営業戦略部東京渉外局県産品販売促進チーム
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☎ 03-5492-5411
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