小さなフードチェーンを実現する「DEAN & DELUCA」のカントリーブレッド
2025.05.08

text by Sawako Kimijima / photographs by DEAN & DELUCA
「DEAN & DELUCA」のベーカリーが今、静かなイノベーションを起こしている。2025年3月15日に発売された2つのカントリーブレッドは、そのシグニチャーアイテムだ。アメリカ西海岸「タルティーン・ベーカリー」元ディレクターの協力を得て生み落とされたカントリーブレッド誕生の軌跡を追いながら、DEAN & DELUCAのベーカリーが見つめる先をレポートしよう。
目次
- ■“Food-Friendly”なパンをもっと活躍させるには
- ■米西海岸のパンカルチャーを手本として
- ■2つのカントリーブレッドの味の着地点
- ■「挽いたばかりの粉が届く!」
- ■ちょうど良いスケールで社会にインパクトを
“Food-Friendly”なパンをもっと活躍させるには
「オリジナル商材をそのジャンルのプロフェッショナルと組んでイノベーションを図っています」と語るのは、商品企画室 執行役員の高橋伴樹さんだ。DEAN & DELUCAの確かなクオリティと同時代的なセンスが光る食のセレクトショップとしての機能は、世界の厳選食材を揃えるだけでなく、オリジナル商材の開発によって磨かれている。デリ惣菜は「No Code」米澤文雄シェフ、スイーツは「Tangentes」後藤裕一シェフと仲村和浩シェフの協力のもとで実績を上げてきた。
ベーカリーに関しては15年前に工房を設けて以降、好調な売上を誇る反面、「商品構成比の65%をペストリーが占め、ベーカリーというよりペストリーショップ化していた」という悩みも抱えていたという。
DEAN & DELUCAのような商品構成が多岐にわたるショップでは、どのアイテムが店利用の入口となるのか、どのアイテムが奥深く親密度の高い購買行動になるのか、いわゆるカスタマージャーニーが設定される。たとえば、エスプレッソバーやスイーツは入口に、ワインやシャルキュトリーは奥に位置する。心理的にも物理的にもだ。
「パンは、ワイン、チーズ、シャルキュトリー、デリなど様々な食材と一緒に食卓にのる食材。つまり“Food-Friendly”な性格を持つ。にも関わらず、カスタマージャーニーの入口にのみ位置して、本来のメリットが発揮されない状態になっていた」



では、DEAN & DELUCAの多様な商品群を受け止めるパンとは、どんなパンか? ベーカリー部門のイノベーションはそこからスタートした。
米西海岸のパンカルチャーを手本として
アイデアを求めたのは、アメリカ西海岸。2010年頃から世界のパンカルチャーを塗り替えてきたベーカリー最先端地である。代表的な存在がご存じ「タルティーン・ベーカリー」。高橋さんたちは西海岸へ飛び、現地フードカルチャーのキーパーソンの案内でタルティーン・ベーカリーをはじめとする評判の店をリサーチ。そこで浮かび上がったのが、「小麦農家・製粉業者・地域と信頼関係を築き、その関係性を発展させることでカルチャーを育んでいく姿勢でした」。



西海岸では2010年頃から、地場の小麦を、地元で挽いて、地域のベーカリーがパンに焼く、「ローカルミル」が浸透している。パン職人に届くのは自ずと挽いてまもない「フレッシュミル」だ。小麦が人の手から手へ、互いに目と目を合わせながら渡っていってパンになるつながりに、高橋さんたちは惹かれた。
「パンには本来、小さなコミュニティで作られてきた歴史があります」と「パンのそもそも」を解説してくれたのは、今回のプロジェクトの協力者で新商品の共同開発を担ったジェニファー・レイサムさん。「タルティーン・ベーカリー」の元ディレクターで、執筆やプライベートクラスなど幅広く活動。現在は出身地テネシーのナッシュビルで自身の店舗を開業準備中のパン職人である。「技術者であり、哲学者であり、科学者でもある」とは高橋さんのジェニファー評。
「農家の近くに製粉所が、その近くにベーカリーがあって、互いの連携の上でパンは供給されていました。しかし、産業革命以降、大量生産化が進み、フードチェーンが拡大。米国産の小麦がイタリアで粉になり、米国に戻ってきてパンになる、といったように。今、それを小さなフードチェーンに戻していこうという動きが世界各地で起きています」
2つのカントリーブレッドの味の着地点
分析とリサーチとディカッションを重ねた中から高橋さんたちが導き出したのが、「NEW CLASSIC BREAD」というコンセプトである。「農家・製粉所・地域との信頼関係の上に生み出していく、古くて新しいパンのスタイルと言えばいいでしょうか。西海岸の新しいパン文化を日本ならではのスタイルで実現できたら、と」。
フードチェーンが環境や社会に与える影響は、昨今、クローズアップされるところだ。国内に47店舗(マーケットは19店舗)を展開するDEAN & DELUCAのスケールは、ある意味、理想的と言えるかもしれない。ナショナルチェーンではないから、生産者と顔の見えるつながりが持てる。個人店ではないから、より多くの消費者に働きかけられる。生産者サイドとも消費者サイドともポジティブな関係性を築くことができる。ちょうど良いスケールなのである。
2024年11月中旬、ジェニファーは1週間ほど東京に滞在して、ベーカリー部門のメンバーと共に試作を繰り返した。コンセプトを体現するパンとして照準が定められたのが、カントリーブレッド。小麦の味わいを表現するパンであり、様々な食材を受け止めるパン、というわけである。目指す味とテクスチャー、そのための形とサイズ、粉の選定、配合、製法・・・工房にこもって検討が重ねられた。「パンをいかに作っていくかは、パズルのようなもの」とジェニファー。



ジェニファーと共に開発にあたったベーカリー開発シェフの酒井杏子さんは、「ポイントのひとつが酸味のコントロールでした」と語る。米西海岸のカントリーブレッドは「サワードゥブレッド」とも呼ばれるように、 自家培養発酵種由来の酸味が伴う。その酸味は、パンに甘味や旨味を求めがちな日本人には概して好まれない。「サワードゥらしさを残しつつ、より多くの人においしいと思ってもらえる酸味の着地点を探した」と酒井さん。“Food-Friendly”であると同時に“Japan-Friendly”なカントリーブレッド像を追求したのだった。
高橋さんによれば、「カントリーブレッドの食べ方として、食事に添えてそのまま食べる時もあれば、肉加工品やチーズと共にサンドイッチにする時もある。私たちの経験値として、前者には日本人が好む生地の味わいが必須で、後者の場合は食材を引き立てる味の底上げ役になれるといい」。そこから誕生したのが、2つのカントリーブレッドというわけだ。




「挽いたばかりの粉が届く!」
2025年2月、酒井さんたちベーカリーのメンバーは、茨城県境町を訪れた。2つのカントリーブレッドに使われる小麦「ゆめかおり」の生産者グループ「茨城パン小麦栽培研究会」の会長、「クローバー・ファーム」高橋大希さんの話を聞くためだ。
北関東は昔から小麦産地として知られる。但し、栽培されてきたのは麺用の品種。対して、関東での栽培が珍しいパン用品種「ゆめかおり」が、2010年、茨城県で初めてパン用小麦認定品種となった。県の働きかけもあり、高橋さんたちは研究会を発足して、マーケットが求める品質を安定的に供給するための努力を積み上げる。取り扱い先も自分たちで開拓。ベーカリー、レストラン、学校給食と広く使われるようになり、いまや首都圏を代表するパン小麦産地への道を邁進中だ。5軒で始まったメンバーは22軒にまで増えた。


高橋さんたちの活動をバックアップしてきたのが、北関東を拠点として国産小麦、とりわけ地場産小麦に特化した製粉会社「前田食品」だ。「挽いたばかりの粉を届けてくれるんですよ。まさにローカルミルでフレッシュミル」と酒井さん。まさにコンセプト通りの連携体制ができつつある。
ちょうど良いスケールで社会にインパクトを
アリス・ウォータースの思想が息づく西海岸では、ここ数年、「リジェネラティブ」がキーワードになっている。ジェニファーが掲げるのも「リジェネラティブ・ベーカリー」の考え方。「パンの作り手がどんな素材を求めるか次第で、農地に良い影響を与えることができると考えています。食材はどのように生産され、調達されるべきかを、食べ手や農家と共有することで環境改善に働きかけることができる」
高橋さんは言う。「DEAN & DELUCAは3年後に創業50年を迎えます。次の50年、100年をどう進めていけばいいのだろうとの思いにかられる。商品の味をイノベーションするだけではなく、社会や食文化にプラスに働く役割を私たちが担っていけたら、と」




“Food-Friendly”なパンがDEAN & DELUCAの商品を取り結ぶように、DEAN & DELUCAのベーカリーがパンに関わる人々や地域の人々を取り結んでいく。毎日の食卓の真ん中にあるのがパンであり、どの家の食卓にも存在し得るのがパンだけに、DEAN&DELUCAならではのちょうど良いスケールが静かにじわじわと社会にインパクトを与えていくに違いない。
◎DEAN & DELUCA
https://www.deandeluca.co.jp/
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