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JOURNAL / JAPAN

真夏の茨城食材を巡る。10軒のシェフと目利きに、いま、産地が教えてくれること。

2023.09.19

2023年7月、真夏の茨城食材を巡る。10軒のシェフと目利きに、いま、産地が教えてくれること。

【PROMOTION】
text by Kyoto Kita / photographs by Hiyori Ikai

東京都心から高速を使って北上すること約1時間。車を降りると、視界の先には山々が濃く深く茂り、強い陽ざしに照らされながら田畑の米や野菜たちが生き生きと育つ。農業王国である茨城県には、「食材の使い手が本当に求めているものは何か」を追求し、形にする生産者が多い。2023年7月半ば、10軒のシェフや食材の目利きと共に、彼らのもとを訪ねた。

目次







徹底したデータ管理で、製パン性の高い国産小麦を/茨城パン小麦栽培研究会

最初に訪れたのは、パン用小麦「ゆめかおり」の生産者グループ「茨城パン小麦栽培研究会」。現在、坂東市や境町を中心とする6市町で20軒の生産者が栽培に取り組む。
ここ県西地域は、黒ボク土という火山灰由来の土壌に恵まれ、昔から麦の栽培が盛んに行われてきた。しかし病害の発生によって、従来の品種の栽培が難しくなり生産者も減少。そんな中、2009年に長野県で育成された新品種「ゆめかおり」は、問題となっていた病害や耐倒伏性に強く、製パン性も高いことから、2010年茨城県で初めてパン用小麦認定品種に採用された。

「一般的な日本の流通では、小麦は主に形や色など外見で等級が決められます。でもそれは必ずしも品質とは一致しません。製粉会社やベーカリーが最も重視するのは、一定のタンパク質含有量の小麦を安定的に仕入れることなんです」と語るのは、研究会の立ち上げメンバーであり、2013年から「ゆめかおり」を栽培する「ソメノグリーンファーム」の染野実さん。

最初に訪れたのは、パン用小麦「ゆめかおり」の生産者グループ「茨城パン小麦栽培研究会」。現在、坂東市や境町を中心とする6市町で20軒の生産者が栽培に取り組む。 ここ県西地域は、黒ボク土という火山灰由来の土壌に恵まれ、昔から麦の栽培が盛んに行われてきた。しかし病害の発生によって、従来の品種の栽培が難しくなり生産者も減少。そんな中、2009年に県で育成された新品種「ゆめかおり」は、問題となっていた病害や耐倒伏性に強く、製パン性も高いことから、2010年茨城県で初めてパン用小麦認定品種に採用された。 「一般的な日本の流通では、小麦は主に形や色など外見で等級が決められます。でもそれは必ずしも品質とは一致しません。製粉会社やベーカリーが最も重視するのは、一定のタンパク質含有量の小麦を安定的に仕入れることなんです」と語るのは、研究会の立ち上げメンバーであり、2010年から「ゆめかおり」を栽培する「ソメノグリーンファーム」の染野実さん。

「ソメノグリーンファーム」の染野実さん。「ゆめかおり」がパン用小麦に認定された時、生産量確保のために県が栽培を依頼をしたのが染野さんだった。

メンバーが育てた麦はソメノグリーンファームの倉庫に運ばれ、選別、ブレンド、保管など出荷管理が行われる。

メンバーが育てた小麦はソメノグリーンファームの倉庫に運ばれ、選別、ブレンド、保管など出荷管理が行われる。

染野さんは「ゆめかおり」の生産量を確保するために、5軒の生産者と共に研究会を発足。小麦の流通の基準と実際のニーズとの間にギャップを感じ、自ら製粉会社を訪ねて交渉を重ね、条件をすり合わせて直接契約に漕ぎつけた。

目指してきたのは、食パンやコッペパンのようなふんわりとボリュームのあるパンに適したタンパク質含有率13~14%の小麦の安定供給だ。水分・タンパク値・フォーリングナンバーと、出荷に必要な数値を厳密に計測・管理しているので、年間を通してブレのない一定のタンパク値で出荷ができる。

研究会の立ち上げから10年、土づくりや肥培管理、出荷管理まで徹底して行ってきた実績が評価され、現在は5つの製粉会社と取引を行い、県内外のベーカリーで使われている。
「他の小麦粉とブレンドしなくても単一で食パンが焼けるのが魅力です」と研究会会長の高橋大希さん。

6年前にも一度ここを訪れたことがあるという、東京・船堀のベーカリー&ワインショップ「チェスト船堀」の西野文也さんは「当時はタンパク質がまだ12%でしたから、13~14%という目標値を達成されていて素晴らしいですね。『ゆめかおり』は水が入りやすくボリュームを出しやすい小麦。味もニュートラルなのでどんなパンにも使いやすいのではないでしょうか」

日本各地の小麦粉を使い分けて単一品種でパンを焼く東京・船堀「チェスト船堀」の西野文也さん。

日本各地の小麦粉を使い分けて単一品種でパンを焼く東京・船堀「チェスト船堀」の西野文也さん。

安定供給が可能になったことで、研究会の「ゆめかおり」は県内の学校給食や、大手コンビニエンスストアに卸している地元の製パン会社にも採用された。増えつつある自家製粉ベーカリーには玄麦も販売し、パン職人の声を直接聞く機会も増えた。

「以前は自分の小麦がどう使われているかなんて知る由もありませんでした。直接取引を始めてからは、実際に使ってくださる方やパンを食べてくれる子どもたちの声が届くようになり、栽培のモチベーションにも繋がっています」と染野さん。関東圏の小麦の収穫は梅雨時にあたり、面積を増やせば簡単に生産量が増えるものではない。だが安定した製パン性の高い国産小麦の需要は高く、「今のところ品質がよければ作っただけ売れるという青天井です」と語る。

色彩選別機を導入し、基準に満たない色の小麦や異物は選別され、弾かれる。「ビール瓶のような色」が理想。

複数の選別機で調整することで、異物の除去や品質の向上に努めている。

外麦に頼りがちだった大手リテールベーカリーも、研究会の「ゆめかおり」ならタンパク値などのブレがなく、作業性高く使えるという。

外麦に頼りがちだった大手リテールベーカリーも、研究会の「ゆめかおり」ならタンパク値などのブレがなく、作業性高く使えるという。

研究会の成果をモデルに、他県でも地元産製パン用小麦のブランド化を進める動きも。

研究会の成果をモデルに、他県でも地元産製パン用小麦のブランド化を進める動きも。


収穫直前まで呼吸をさせて、氷詰めで最短出荷/JA新ひたち野 蓮根部会玉里支部

祭の準備だろうか、道の途中にかけられた勧請縄を通り抜けて向かった先は一面の蓮田だった。空に向かって大きな葉を広げ、ところどころに美しく白い花を咲かせている。しばし目を奪われていると、「この辺りでは見慣れた風景ですよ」と、茨城・水戸の中国料理店「柏ノ木」の柏寛士シェフ。店では葉を乾燥させて皿代わりにすることもあるという。

一面に広がる蓮畑。ところどころ大型のハウスも点在している。関東は白い花が咲く副達磨系レンコン、関西は赤い花が咲く備中種のレンコンが主流。

一面に広がる蓮田。ところどころ大型のハウスも点在している。関東は白い花が咲く副達磨系レンコン、関西は赤い花が咲く備中種のレンコンが主流。

茨城県は日本一のレンコン産地。全生産量の約半分を茨城県が占める。中でも県中部に位置する小美玉市(おみたまし)では大型ハウスも導入され、一年を通じて質の高いレンコンが栽培されている。地元では、すりおろしたレンコンをたっぷり入れた「こんこん汁」というみそ汁が郷土料理として昔から親しまれてきた。

一般的に露地栽培のレンコンは冬が旬だが、6月頃から収穫が始まる「新レンコン」にもこの時期ならではのおいしさがあるという。夏のレンコン、果たしてどんな味がするのだろうか。

泥の中での収穫作業。レンコンについた泥は水圧で洗い落す。

泥の中での収穫作業。レンコンについた泥は水圧で洗い落す。

収穫は蓮田の泥の中に腰までうずめて行われていた。40~50センチほどの深さの泥からレンコンを掘り出すと、傷つけないよう水圧で泥を丁寧に洗い落とす。きれいになったレンコンは、真っ白・・・ではなく、表面がうっすら茶色い。

実はJA新ひたち野が手掛ける「マルタマ真レンコン」は、通常行われている「から刈り」という作業をしない。レンコンは葉から取り込んだ酸素を泥の中に放出する際、節の表面に酸化鉄を主成分とする「赤渋」が付着する。その赤渋を落として白く見せるため、収穫数日前に茎や葉を刈り取って光合成を止めるのが「から刈り」だ。

「赤渋は、収穫の直前まで呼吸していた鮮度の証でもあるのです」と、JA新ひたち野の吉水啓展さん。実験でも、この時期に収穫されるマルタマ真レンコンは、同じ畑で栽培し、から刈りしてから収穫したものと比較して糖度が1%近く高く、糖度が下がるスピードも遅いことがわかっている。

JA新ひたち野 営農経済部 ひたち野営農経済センターの吉水啓展さん。

JA新ひたち野 営農経済部 ひたち野営農経済センターの吉水啓展さん。

から刈りをしないため、表面には赤渋がびっしりついている。もちろん中は真っ白。

から刈りをしないため、表面には赤渋がびっしりついている。もちろん中は真っ白。

鮮度を維持するため、鮮魚のように氷漬けにして出荷される。

鮮度を維持するため、鮮魚のように氷漬けにして出荷される。

「レンコンは穴が見えるよう、輪切りや薄切りにすることが多いと思いますが、繊維に沿って切ると、また違う食感が楽しめますよ。茎に近い部分はサラダやきんぴらに、真ん中は天ぷらに、一番長くて大きい節は煮崩れないから煮物に向いています」。節目にできた小さなレンコンも、地元では「芽蓮」と呼ばれて酢漬けや素揚げなどにして食べられている。

赤渋のつき具合は圃場の酸化鉄の量や収穫のタイミングによって異なる。

JA新ひたち野レンコン部会玉里支部 副部会長、大山善三さん。赤渋のつき具合は圃場の酸化鉄の量や収穫のタイミングによって異なる。

レンコンは繊維に沿って縦に切ることで、輪切りとは違った食感が楽しめる。

レンコンは繊維に沿って縦に切ることで、輪切りとは違った食感が楽しめる。

「食べてみますか?」と差し出された収穫したての新レンコンは、みずみずしくシャキッとして、ほんのり甘い。神奈川のホテル「slash川崎」の和田裕希シェフは、「まるで果物みたいです! この鮮度だからこそ作れる料理がありそう」と目を丸くした。東京・国領のイタリアン「ドンブラボー」の平雅一シェフも、「秋冬のイメージがあるレンコンを、あえてこの時期に出すというのは面白い」と新レンコンという素材に魅力を感じていた。

神奈川・川崎「slash川崎」の和田裕希シェフ(中央)

神奈川・川崎「slash川崎」の和田裕希シェフ。

東京・国領「ドンブラボー」「クレイジー・ピザ」を展開する平雅一シェフ(右)茨城・水戸の中国料理店「柏ノ木」柏寛士シェフ(左)

東京・国領「ドンブラボー」「クレイジー・ピザ」を展開する平雅一シェフ(右)茨城・水戸の中国料理店「柏ノ木」柏寛士シェフ(左)


健康に育った豚は、味も香りも甘くなる/サンゴクファーム

続いてやってきたのは、小美玉市の外れで茨城県の銘柄豚「常陸の輝き」を生産する「サンゴクファーム」。
すぐ近くに豚舎があるはずなのに、特有の匂いがほとんどしない。不思議に思っていると「豚舎を清潔に保っているからですね」と代表の山本洋平さん。豚たちが過ごすスペースは適正な広さを確保し、衛生管理を徹底して、温度や換気にも気を配っているという。

豚舎は衛生管理が徹底されているため、特有の匂いがほとんどしない。

豚舎は衛生管理が徹底されているため、特有の匂いがほとんどしない。

茨城県の畜産センターが開発したデュロック種の系統豚「ローズD-1」を父豚として交配した三元豚。やわらかく、クセのない肉質に仕上がる。

茨城県の畜産センターが開発したデュロック種の系統豚「ローズD-1」を父豚として交配した三元豚。やわらかく、クセのない肉質に仕上がる。

2代目代表の山本洋平さん。2年間アメリカの4州で養豚の研修を受けた後、家業を継いだ。

2代目代表の山本洋平さん。2年間アメリカの4州で養豚の研修を受けた後、家業を継いだ。

「健康に育った豚の肉はおいしい」という信念のもと、配合飼料は植物性を選ぶ。「子豚期から一貫してトウモロコシを中心とした植物性のエサのみを与えることで、獣臭さを抑えています。また、病気への抵抗力を高めるため、腸内環境を整える乳酸菌やビフィズス菌を配合したオリジナルの飼料も与えています」
約半年かけて120キロ程度まで元気に育った豚のうち、特に品質の高い2割弱を「常陸の輝き」のブランドを冠して出荷している。

子豚期から出荷まで一貫して穀物由来のエサを中心に与えている。

子豚期から出荷まで一貫して穀物由来のエサを中心に与えている。

赤身は旨味がしっかりしているのにクセがなく、脂身には甘味がある。

赤身は旨味がしっかりしているのにクセがなく、脂身には甘味がある。

ちょうどお昼時でお腹も空いてきた頃、「ぜひ食べてみてください」という山本さんのすすめでBBQ試食会が始まった。バラ、そしてモモと手際よく焼かれていき、辺りに食欲そそる香りが立ち込める。
まずは塩だけで肉の味を堪能する。「獣臭さがない。クセもなくて上品ですね。モモは特に味がしっかりしている」と神奈川・みなとみらいの「リストランテ エボルタ —ウニコ・ポーロ—」高見博史シェフ。「ドンブラボー」の平雅一シェフも「薄切りなのに味わい深いですね。バランスもいい。脂もストレスなく食べられます」と満足そうだ。

バラ肉とモモ肉を試食。「柏ノ木」柏寛士シェフが手際よく全員分の肉を焼いてくれた。

バラ肉とモモ肉を試食。「柏ノ木」柏寛士シェフが手際よく全員分の肉を焼いてくれた。

神奈川・みなとみらい「三井ガーデンホテル横浜みなとみらい リストランテ エボルタ —ウニコ・ポーロ—」高見博史シェフ(左)

神奈川・みなとみらい「三井ガーデンホテル横浜みなとみらい リストランテ エボルタ —ウニコ・ポーロ—」高見博史シェフ(左)

シェフたちに大好評だった付け合わせは、山本さん一家が栽培する新ショウガやキュウリ、味噌や自家製だれ。「真夏のBBQで食べる『常陸の輝き』にぴったりの組み合わせ!これは新鮮です」と、地元ならではのもてなしに感激。

シェフたちに大好評だった付け合わせは、山本さん一家が栽培する新ショウガやキュウリ、味噌や自家製だれ。「真夏のBBQで食べる『常陸の輝き』にぴったりの組み合わせ!これは新鮮です」と、地元ならではのもてなしに感激。

山本さんは、地域内での資源循環にも意識を向けている。「給食で残った白飯や、地元の干し芋生産者が廃棄しているサツマイモの皮をエサに活用しています。手間はかかりますが、サツマイモを与えることで脂に甘味が加わります」。豚の糞はすべて自社で堆肥化し、近隣の農家へ安く提供。春先には品薄になることもあるという。
敷地内の駐車場には冷凍の自動販売機が設置され、近所の人が慣れた様子で新鮮な豚肉を買い求める。「地域で喜ばれる存在でありたい」という山本さんの願いは、着実に実を結んでいるようだ。

別日程で同じく「常陸の輝き」を生産する茨城・石岡「武熊牧場」を視察したマンダリン オリエンタル 東京「ヴェンタリオ」のヴィンセント・ワン シェフは、「焼いている傍から漂い始める、豚肉の甘い香りに驚きました。豚舎の清潔さに加え、ストレスのない飼育法が影響しているのだと思います。ぜひ調理してみたい」と興味をそそられた様子。

(左から)マンダリン オリエンタル 東京「ヴェンタリオ」のスーシェフ、吉住太志さん、ヴィンセント・ワン シェフ、マネージャーの鈴木達央さん。

(左から)マンダリン オリエンタル 東京「ヴェンタリオ」のスーシェフ、吉住太志さん、ヴィンセント・ワン シェフ、マネージャーの鈴木達央さん。


微生物が働けば、野菜は自ら育つ/カモスフィールド

小美玉市の北に位置する笠間市。市内にそびえる通称「石切山脈」は、「稲田石」と呼ばれる花こう岩の日本最大級の採掘地として知られている。近くには4軒の酒蔵が現存。ろ過作用のある花こう岩層から染み出る清水に恵まれた土地なのだろう。
市内をバスで進んでいくと、ビニールハウスが立ち並ぶ一角が見えてきた。葉野菜や菊芋、トマトなどを生産・販売している「カモスフィールド」だ。現在、大橋正義さんを中心とする3人のスタッフで、微生物の働きを利用した有機農業を営んでいる。

「農業をする上では、自然の仕組みを理解することが大切」と大橋さん。サーフィンに行きやすいのも茨城県に移住した理由の一つ。

「農業をする上では、自然の仕組みを理解することが大切」と大橋さん。サーフィンに行きやすいのも茨城県に移住した理由の一つ。

東京で8年間サラリーマン生活を送っていた大橋さんは、いつか事業をおこしたいという長年の思いを叶えるため30歳で退職。茨城県に移住し、農業法人で研修した後、土地が借りられた笠間市で就農した。「土地」といっても、耕作放棄地。枯れた草木に覆われた荒地を開墾するところからのスタートだった。
「研修先では慣行農法を学びましたが、虫が出るから農薬をまく、よく育たないから化学肥料を与えるという対処療法でした。それは自分がやりたい農業ではなかった。問題の原因に立ち返り、野菜が元気に育つ環境作りをとことん追求しようと無農薬栽培を独学で始めました」。そのカギとなるのが「醸し=微生物による発酵作用」だった。

「私たちの仕事は、微生物のお世話係。自然の仕組みを理解して、微生物が活発に働く環境を整えれば、農薬に頼らずとも、病気や害虫に強い野菜が勝手に育ってくれます」。ハウス一面に隙間なく植わった小松菜を見ると、確かにほとんど虫に食われていない。鮮やかな緑色の葉がピンと伸びて、見るからに生き生きとしている。

びっしり植わる小松菜の脇にはプルピエ(スベリヒユ)がたくさん自生。「うちでは困った雑草扱いですが、料理に使う方がいたらいくらでも送りますよ」と大橋さん。

びっしり植わる小松菜の脇にはプルピエ(スベリヒユ)がたくさん自生。「うちでは困った雑草扱いですが、料理に使う方がいたらいくらでも送りますよ」と大橋さん。

7月中旬の小松菜のハウス。小松菜は通年で栽培する。

7月中旬の小松菜のハウス。小松菜は通年で栽培する。

「化学肥料を多用すると、土中の硝酸態窒素の値が高くなります。硝酸態窒素自体は植物の成長に欠かせない成分ですが、多すぎると野菜にエグ味が出ますし、食べる人の体にも良くない。ホウレン草は硝酸態窒素をため込みやすい野菜で、流通しているものは平均3000ppmくらいですが、うちのホウレン草はその半分以下。苦味やエグ味がなく、すっきりとした味です」。

「ドンブラボー」の平雅一シェフは、「アクが少なく、力強いのにきれいな味です」と納得の表情。「珍しい食材でお客さんを楽しませるという考え方もありますが、この小松菜のように、誰もが知っている食材なのに明らかにいつも食べているものと違う、というのは驚きがありますね」
食のセレクトマーケット「福島屋」の安永智哉さんは、「『福島屋』ではかねてから硝酸態窒素について意識していて、簡便な計測器で数値を計測し売場に掲出もしています。生産者自ら硝酸態窒素の数値を出している方は相当珍しい。説得力があります」。

東京都羽村市にある「福島屋」本店店長、青果を担当する安永智哉さん

東京都羽村市にある「福島屋」本店店長、青果を担当する安永智哉さん

圃場をさらに奥へ進んでいくと、何も植わっていないハウスがあった。「今、土を発酵させている最中です」。中はサウナのような熱気が立ち込め、土に手を入れるとかなり暑い。発酵による熱で50℃近くまで上がっているという。

発酵中の土壌は50℃近くまで熱くなっている。

発酵中の土壌は50℃近くまで熱くなっている。

「土には、米ぬかや廃糖蜜などの糖分や、薄めた海水など微生物が喜ぶエサを混ぜ込んでいます。適度な水分を保つことも大切です」。また、地域のキノコ農家から引き取った菌床を混ぜたり、リンゴジュースをベースにした冬虫夏草の培養液も適宜散布しているという。

「微生物の力を借りた農業は、環境にも、食べる人の体にもやさしく、良い循環を生み出します。これからの社会にとって大切だと思うことを、この畑から発信していきたいと思います」

店先で野菜も販売するベーカリー「チェスト船堀」の西野さん。サンドイッチで提供する野菜は、オーブンの予熱で焼くだけなどシンプルに調理することが多いため、素材のおいしさが問われるという。

店先で野菜も販売するベーカリー「チェスト船堀」の西野さん。サンドイッチで提供する野菜は、オーブンの予熱で焼くだけなどシンプルに調理することが多いため、素材のおいしさが問われるという。

冬虫夏草の培養液は、100倍に薄めて散布する。匂いをかぐと、発酵液特有の甘く良い香りがした。

冬虫夏草の培養液は、100倍に薄めて散布する。匂いをかぐと、発酵液特有の甘く良い香りがした。

東京・九品仏のイタリアン「イゴラ」坂井務シェフ。

東京・九品仏のイタリアン「イゴラ」坂井務シェフ。

外葉をはずして包装、梱包。鮮度がよいうちに出荷される。外葉はまだ青い状態でも、流通の過程で黄色く変色することがあるので多めに取り除き、土に返す。

外葉をはずして包装、梱包。鮮度がよいうちに出荷される。外葉はまだ青い状態でも、流通の過程で黄色く変色することがあるので多めに取り除き、土に返す。

東京・銀座「トワヴィサージュ」國長亮平シェフ(中央)と大橋さん(左)。仕事に向き合う姿勢やスタッフとのコミュニケーションなど、農業と飲食業で共通の話題は多い。

東京・銀座「トワヴィサージュ」國長亮平シェフ(中央)と大橋さん(左)。仕事に向き合う姿勢やスタッフとのコミュニケーションなど、農業と飲食業で共通の話題は多い。


海の宝を地域の宝に/磯崎漁業協同組合

南北に長く太平洋に面した茨城県。そのちょうど真ん中辺り、ひたちなか市に磯崎漁港がある。沖合は黒潮と親潮が交錯する豊かな漁場で、ヒラメ、カレイ、シラスなど「獲れない魚はない」と言われるほど多様な魚が漁獲、水揚げされている。

2016年、関東地方で初めて優良衛生品質管理市場の認定を取得した磯崎漁業協同組合。

2016年、関東地方で初めて優良衛生品質管理市場の認定を取得した磯崎漁業協同組合。

伊勢エビが泳ぐ生け簀を興味津々にのぞき込むシェフたち。

伊勢エビが泳ぐ生け簀を興味津々にのぞき込むシェフたち。

中でも伊勢エビは海水温の上昇のためか、近年水揚げが増えているという。刺し網で漁獲後、一尾一尾丁寧に網から外して生け簀に移す。その後、おが屑と共に生きたまま箱詰めし、豊洲市場に出荷する他、県内外のホテルや飲食店へ販売する。冷蔵庫で適切に保管すれば、出荷から3日間は鮮度維持できるという。
中サイズで約600g、大きいものは1㎏以上で体長40~50㎝もある。茨城県では現在、サイズの規格(600g以上)を定めて「常陸乃国いせ海老」としてブランド化し、県内外の飲食店で提供されている。

伊勢エビは、おが屑と共に生きたまま箱詰して出荷される。

伊勢エビは、おが屑と共に生きたまま箱詰して出荷される。

茨城・つくばのイタリアン「ノンナ・ニェッタ」の川村憲二シェフも「生きた状態で届くのがいいですね。レアで使ってみたいです」と地元が誇る海の宝に惹かれた様子だ。

1㎏の特大サイズ(左)と、約600gの中サイズ(右)。

1㎏の特大サイズ(左)と、約600gの中サイズ(右)。

(右から)茨城・水戸「柏ノ木」柏寛士シェフ、茨城・つくばのイタリアン「ノンナ・ニェッタ」の川村憲二シェフ。

(右から)茨城・水戸「柏ノ木」柏寛士シェフ、茨城・つくばのイタリアン「ノンナ・ニェッタ」の川村憲二シェフ。

一口サイズのアワビは、イベント出店時や漁協の見学者に1個756円で販売している。

一口サイズのアワビは、イベント出店時や漁協の見学者に1個756円で販売している。

県内の食材を積極的に使っている「柏ノ木」柏シェフは、「これだけ素晴らしい食材があるのに、地元ではあまり出回っていないんです。豊洲市場を経由し、県内で販売される頃には鮮度も価格も落ちてしまっている。もっと積極的に使って、地元の人たちにそのおいしさを知ってもらいたい」と地場の食材への思いを語ってくれた。

5軒の生産者を巡った今回の旅を通じて、シェフや食の目利きたちはどんなことを感じたのだろうか。ホテルの購買という立場から長年多くの食材や生産者を見てきた「マンダリン オリエンタル 東京」谷山水緒さんは、「酷暑の中、どの生産者さん達も毎日食を支えるために高い意識でお仕事をされている事に、ただただ頭が下がる思いでした」と振り返る。

「また『カモスフィールド』さんのオーガニックの小松菜の質の高さには驚きましたが、同時にこんなに美しい外葉をそこまで丁寧に省かなければならないのか?とも感じました。まだまだ見た目を求める消費者が多い現状では、必要な作業負担なのでしょうけれど・・・。今後オーガニックの食材がもっと身近になるためには、料理人や仕入れ担当である私たちも、もっと見方を変えていかなければならないと、改めて思いました」

「マンダリン オリエンタル 東京」購買部の谷山水緒さん(左)。

「マンダリン オリエンタル 東京」購買部の谷山水緒さん(左)。

旅の出会いをきっかけに、また新たなアイデアや料理、アクションが生まれていく。この経験をもとに、10店舗で茨城の魅力を届けるメニューや商品を展開中。お見逃しなく。
2023年9月19日(火)より茨城フェア開始!食材に生命を吹き込む、10の発想とアプローチ



▼小麦「ゆめかおり」
◎ ソメノグリーンファーム
☎ 0297-44-3081

▼ マルタマ真レンコン
◎ JA新ひたち野 営農経済部 
☎ 0299-56-5802

▼豚「常陸の輝き」
◎サンゴクファーム
https://sangokufarm.com/

◎武熊牧場
☎0299-43-0147

▼有機野菜
◎ カモスフィールド
☎0296-73-5787

▼伊勢エビ、小アワビ
◎磯崎漁業協同組合
☎ 029-265-8111

【問い合わせ先】
茨城県営業戦略部東京渉外局県産品販売促進チーム
東京都千代田区平河町2-6-3 都道府県会館9F
☎ 03-5212-9093

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