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FEATURE / MOVEMENT

三ツ星レストラン「レフェルヴェソンス」のインパクトレポート制作の舞台裏

2024.04.15

三ツ星レストラン「レフェルヴェソンス」のインパクトレポート制作の舞台裏

text by Sawako Kimijima / photographs by Masahiro Goda

2023年12月、東京・西麻布「レフェルヴェソンス」がインパクトレポート(*1)を発表しました。スターバックスや日清食品などグローバルな企業の事例はあるものの、日本のレストランとしては初めての取り組みでしょう。「三ツ星だから」「グリーンスターだから」、そう思うかもしれません。でも、制作の裏話を聞いてみると、いやいや、どの店にも当てはめられる「飲食店の健康診断」なのでは、と思えてきました。代表・石田聡さんとエグゼクティブシェフ・生江史伸さんが語るインパクトレポートに込めた思い、反響や影響をお伝えします。

*1 企業や団体が、どのような社会課題に取り組み、どのようなアクションを行い、どのような成果を生み出したのか、できる限り客観的かつ定量的に可視化したレポート。サステナビリティレポートと称する場合もある。

目次







代表・石田聡さんとエグゼクティブシェフ・生江史伸さん

右・石田 聡(いしだ・さとし)株式会社サイタブリア代表取締役
グローバルダイニングを経て2000年に独立。「レフェルヴェソンス」(三ツ星)、「ラ・ボンヌ・ターブル」(一ツ星)、ベーカリーレストラン「ブリコラージュ」、「CITABRIA BAYPARK」など6軒の飲食店と、ラグジュアリーブランド主催のパーティなどを対象としたケータリングサービス、オーダーメイドケーキの製造販売も手掛ける。

左・生江史伸(なまえ・しのぶ)「レフェルヴェソンス」エグゼクティブシェフ
大学在学中のアルバイトがきっかけで飲食の世界へ。卒業後、「マンジャペッシェ」に就職。2003年から北海道「ミッシェル・ブラス トーヤ ジャポン」でフランス料理を学び、その後英国「ファットダック」で働く。2010年の「レフェルヴェソンス」立ち上げ時から現職。2021~22年東京大学大学院に在籍、修士論文は「外食が提供する価値に関する研究」。2022年の「世界海洋デー」には国連でスピーチをした。2023年のAsia’s 50 Best Restaurants「アイコンアワード」を受賞。


実態を正直に見せる。記録として残す。シェフとスタッフをつなぐ役割も

目指す姿として「リジェネラティブレストラン」を掲げ、その定義と3つの行動指針、それに向けたシークエンスなどを記している。

日頃の営業における食材調達源、電力・ガス・水の使用量、ごみ排出量、女性スタッフの割合などを公開。目指す姿として「リジェネラティブレストラン」を掲げ、その定義と3つの行動指針、それに向けたシークエンスなどを記している。

――インパクトレポートに、「レストランとはフードシステムの中で、ゲストと生産者をつなぐ架け橋であり、環境や地球全体に影響を及ぼす重要な役割を担っています」と書いていますね。1軒の店が社会に与えるインパクトは小さくても、業界全体では大きい。日々の営業が社会にもたらす影響を見つめる作業は意義深いと言えます。制作のきっかけからお話しいただけますか?

生江 私たちのサステナビリティへの取り組みを評価される機会がある(*2)のですが、「それって、レフェルヴェソンスだからできるんだよね」と言われることが多いんですね。僕の中では「いやいや、そんなことないよ」、「僕たちだって完璧じゃないよ」という気持ちが渦巻いていて、ダメなところも見てもらったほうがいいな、そのほうが正直だし誠実だよな、と。「洗いざらい、見せませんか?」と石田に問い掛けたのが始まりです。

*2 2018年アジアのベスト50レストラン「サステナブルレストランアワード」受賞、2021年ルレ・エ・シャトー「エシカル・キュイジーヌ・トロフィー」受賞、2020~23年ミシュランガイド東京でグリーンスターを獲得

石田 生江の社会的な活動によって作られていくレフェルヴェソンスのイメージと現場との乖離というか、スタッフが置いていかれそうになるのを見ている立場としては、レポート作りがつなぎとめてくれるんじゃないかという考えもありました。同時に、記録ですね。サステナブルレストランとして評価されたことをSNSで発信しても、そういったタイプの投稿には反応が薄いんです。スタッフの頑張りを思うと、もったいなくて。

生江 断片的な発信ではなくて、何かに残さなきゃという話を2人でしていましたね。

石田 それで紙に印刷してモノとして残そうということになった。

――どのような制作体制を組んだのでしょうか?

生江 客観性や透明性を重視するのであれば、第三者機関に託すという方法もあるでしょう。でも、僕たちはあえて自分たちで制作する道を選びました。

石田 これまで発表されてきたいろんなレポートを読みましたが、インパクトレポートって、ものさしやフォーマットがあるようでない。自社発表型なので、何を報告するのか、どんなデータを公表するかは、自分たちで決めればいい。であれば、自分たちでやってみよう、と。

できるかぎりローカルな仕入れを心掛けているのがわかる。パートナーと呼ぶべき生産者の紹介にもページを割いている。

巻頭で取り上げたテーマが食材の調達。2022年に仕入れた食材品目に占める国産の割合は93.44%、国産食材の全納品回数における距離の内訳では100km以内が32.63%。できるかぎりローカルな仕入れを心掛けているのがわかる。パートナーと呼ぶべき生産者の紹介にもページを割いている。

「千年続く農業」を哲学として不耕起再生型農業を実践する横須賀「SHO farm」のキャベツ、ブロッコリー、ネギなど、環境意識の高い生産者たちの野菜を使う。

生産者を訪ねて交流を図り、互いの理解を深めるのがレフェルヴェソンスのスタイル。こちらは「千年続く農業」を哲学として不耕起再生型農業を実践する横須賀「SHO farm」のキャベツ、ブロッコリー、ネギなど、環境意識の高い生産者たちの野菜を使う。

大地、生産者、種、料理人、食べ手をひとつに結び付けるシンボリックなひと皿

オープン時から提供し続けているサラダは、大地、生産者、種、料理人、食べ手をひとつに結び付けるシンボリックなひと皿だ。可憐な姿を口に運べば、その生命力に心身が浄化される感覚に陥る。

「ブリコラージュ ブレッド&カンパニー」の「ブリコラージュブレッド」を使う

日常の食にも関わっていたいと考えて立ち上げたベーカリーレストラン「ブリコラージュ ブレッド&カンパニー」の「ブリコラージュブレッド」を使う。環境再生型農業で小麦やライ麦を栽培する北海道十勝のアグリシステムから届く小麦全粒粉で焼いている。

レストランの営みは網の目のように他業種につながり、業界全体で捉えたなら、飲食業が社会に与えるインパクトは大きい。

レストランの営みは網の目のように他業種につながり、業界全体で捉えたなら、飲食業が社会に与えるインパクトは大きい。日々の営業の中にソーシャル・インパクトの網は仕込まれていると言える。


石田 請求書などから、電力、水道、ガスの使用量を割り出し、ゴミの量は契約している廃棄物回収業者からデータを取り寄せて、スタッフが算出しました。編集、制作進行など主な作業をスタッフが行なっています。

生江 同業者やお客様に“こむずかしいもの”と思ってほしくなかったんですね。これが呼び水になって、インパクトレポートに取り組むレストランが増えてほしい。だから、ハードルを上げたくなかったし、自分たちの手元にある情報で作れるんだよと示したかった。

電力・水・ガスの使用量と CO2 排出量。ゲスト1人当たりの CO2 排出量も算出。

電力・水・ガスの使用量とCO2排出量。ゲスト1人当たりのCO2排出量も算出。生江シェフは「ゲスト1人当たりいくら掛かっているのか、金額で算出してもいいと思います。大切なのは、どのくらい使っているかを把握すること。まずはそこから始まる」と言う。

ロスの出ないレシピとお客様一人一人の召し上がれる量にフィットするコースの組み立てにしています」と生江シェフ。

ごみマネジメント専門チームを設けて、ごみの出ないオペレーションや物品の調達に取り組んでいるという。「廃棄の削減に関しては、調理の段階から考えますね。ロスの出ないレシピとお客様一人一人の召し上がれる量にフィットするコースの組み立てにしています」と生江シェフ。

ロスを出さないよう、薪火焼き用の部位以外のガラや端材でコンソメやラビオリの詰め物を作る。

CO2排出量が多い食材の代表が肉。ロスを出さないよう、薪火焼き用の部位以外のガラや端材でコンソメやラビオリの詰め物を作る。「コースの最後に提供します。一人一人の満腹具合に合わせて、お出しする量を少なくしたり、お代わりしていただいたり」。小食のゲストにも大食漢にも調節可能。だから食べ残しが出ない。


スタッフのモチベーションが上がる。誇りが生まれる

――発表して、どんな反響や影響がありましたか?

石田 いろんな方に名刺代わりにお渡しするのですが、反応は様々ですね。自分たちを理解してもらう上でも、レストランが抱える問題を知ってもらう上でもちょうどいい。相手の社会課題に対する意識を推し量る意味でも役立ちます。結局、こういった事柄は身近なところから丁寧に伝えていくしかないんだなと思う。というのも、スタッフに対する効果が大きかったんですね。

生江 そう、スタッフに効いていますね。僕がこれまで折に触れて語ってきたことを実感として受け止めてくれて、モチベーションが上がっている。最近は僕のほうが尻を叩かれています、「23年版のためのインタビューの時間をください」って催促されたり(笑)。

石田 使命感が芽生えたよね。自分たちの誇りになっているのを感じる。

インパクトレポートの制作は、スタッフにとって、レストランの営みや自分の仕事が社会とどう関わっているのか、環境にどんな影響を及ぼしているのかをリアルに認識する機会となった。

インパクトレポートの制作は、スタッフにとって、レストランの営みや自分の仕事が社会とどう関わっているのか、環境にどんな影響を及ぼしているのかをリアルに認識する機会となった。

主としてサービススタッフたちがデータの算出などの作業にあたったという。

主としてサービススタッフたちがデータの算出などの作業にあたったという。生江シェフは「最初は苦しいから、みんなで苦しんでいこう」と声をかけたそうだ。「初回から完成形である必要はない。毎年、精度を上げていけばいい」と鼓舞した。

――インパクトレポートの制作は、スタッフの仕事満足度にも寄与しているわけですね。

石田 スタッフ満足度って、様々な要件のバランスなので、むずかしい。労働環境、待遇、やりがい、成長・・・どこか偏ってもダメですし、常に探りながらやっています。現代は、飲食業界で生きていくのに必要な情報が、現場で働くだけでは足りない、現場だけでは教えきれない時代です。いろんな方面から刺激を与えるようにしています。

生江 石田塾を定期的に実施しているんですよ。石田から直々にスタッフたちにレクチャーする。僕が話す機会も設けています。ちょうど昨日がサービススタッフと僕の会だったのですが、彼らからの質問にざっくばらんに答える形で行ないました。

――どんな質問が寄せられるのですか?

生江 生江シェフはレフェルヴェソンスをこれからどんなレストランにしたいと考えていますか、とか。

石田 料理を作るだけ、ワインをサーブするだけではいけないし、この店で通用するスキルだけ磨いていてもいけない。どんどん外へ出て研修したほうがいいし、金銭面も含めて僕たちがバックアップする必要がある。

生江 たとえば、研修費を設定して、他のレストランへ食べに行く費用をバックアップしています。

石田 最近は夏や冬の2週間の休みを利用して海外で研修したいという希望が寄せられるようになりました。

生江 店は僕が紹介しています。

石田 経営的な視点を伝えることも大事で、全社員に数字を見せます。家賃、原価、光熱費、人件費にどれくらい掛かって、最終的にどのくらい利益が残ったか。どんなにおいしいものを作っても、収支の辻褄が合わなければいけないことを若いうちから理解してもらう。

生江 肌感覚でやることは許されていないですね。数字を見て、自分の給料はここから出ているんだっていうのがわかると、飲食業の仕組みが理解できるようになる。

――インパクトレポートにおけるデータの公開とつながる話ですね。

おいしさの追求以外に考えなければならないことが多々ある。

環境に負荷をかけない生産者の食材を使う、運搬距離の短い産地から取り寄せる、再生可能エネルギーを導入する、食品ロスを減らす・・・。おいしさの追求以外に考えなければならないことが多々ある。

芽を育てることが、リジェネラティブレストランへの一歩。

調達・調理・提供・廃棄という、営業の中核となる4つの工程それぞれに課題解決の種を仕込み、芽を育てることが、リジェネラティブレストランへの一歩。

インパクトレポートでは「2030 年までに管理職業的従事者における女性の割合を 30%以上に増やす」という目標を掲げている。

レフェルヴェソンスのスタッフの男女比はほぼ半々だが、マネージャークラスになると17%と低下する。インパクトレポートでは「2030年までに管理職業的従事者における女性の割合を30%以上に増やす」という目標を掲げている。


“One Way Two Jobs.”を身近なところから実践する

――ところで、インパクトレポートの中にレストランで使用しているシングルユースアイテムのリストがあります。シングルユースをわざわざクローズアップしたのは、なぜでしょうか?

シングルユースアイテムのリストを掲載。スタッフミールはダブルユースの事例でもある。

シングルユースアイテムのリストを掲載。使わずに済むものはないか、環境に負荷のかからない素材に換えられないかの検討を常にしているという。右ページのスタッフミールはダブルユースの事例でもある。

生江 CO2削減の観点から言えば、ダブルユース、トリプルユースのほうがいいのはもちろんですが、それ以前に、目の前のモノとの関わりを大切にできない人間にレストランの仕事はできないとの考えがあります。レストランは日々異なるゲストを招き入れて対応する仕事です。人との出会いを喜ぶ気持ちが心の底から湧き出るようでなければむずかしい。それはモノに対しても同じだと思うのです。そして、もうひとつ。石田が昔からよく言う“One Way Two Jobs.”の精神です。一度客席へ行ったら、1つの用だけで帰って来るな。2つ3つの用をこなして戻れ。この精神は様々な事柄に当てはまると思いますね。

インスタグラムのサブアカウントでは、スタッフの賄いを投稿。

インスタグラムのサブアカウント(@leffervescence_staffmeals)では、スタッフの賄いを投稿。家庭の主婦や飲食店の賄い担当者の献立のヒントになればと、調理のコツ、ポイントを書き記す。ここでも“One Way Two Jobs.”の精神を発揮。

生江 大学院で学んだことですが、EUの消費行動とアメリカの消費行動を比べると、おおまかにEUは利他的消費、アメリカでは利己的消費の傾向が見られるそうです。EUではアニマルウェルフェアに準じているからこの肉を買うといった消費行動のポイントが高いのに対して、アメリカでは低い。日本はと言えば、残念ながらアメリカ型。そこをひっくり返していくには教育によるところが大きくて、ロングタームで考えなければいけない。最近、僕は、子供と一緒のワークショップに参加する機会を増やすようにしています。それはシェフという仕事が2Jobsにも3Jobsにもなったらいいなと思うから」

知見や技能を店の枠を超えて機能させることで、社会的な食の向上に取り組む。

「おいしい料理を作って、お客様の心を満たすことは尊い。でも、それだけに留まってはいられない」。知見や技能を店の枠を超えて機能させることで、社会的な食の向上に取り組む。

石田 わかっちゃいるけど踏み込めないという店が多いと思います。インパクトレポート以前に、オーガニックの食材や再生可能エネルギーを使ったほうがいいのはわかるけど、コストが膨らむ選択はできない。僕たちも以前はそうでした。いきなりじゃなくていいんです。少しずつできるところから。やり続けているうちにだんだん負担でなくなっていく。

生江 僕はインパクトレポートを年中行事にしていきたい。インパクトレポートまで手が回らないという店もあるでしょう。まずは自分たちが使った食材やエネルギーを算出して、どのくらいのゴミを出したのかを把握するだけでいいんです。それって、食べた後の歯磨きみたいなもの。飲食店にとっての歯磨きだと思う。忙しいからと言って歯を磨かない人はいないでしょう?

石田 私たちもまだスタートしたばかり。これからです。インパクトレポートを出すことがニュースにならない世の中にしていかなければと思っています。



◎レフェルヴェソンス
東京都港区西麻布2-26-4
☎03-5766-9500
http://www.leffervescence.jp/

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