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FEATURE / MOVEMENT

未来のレストランへ 17

自分たちの言葉で商品の魅力を語り、発信し続ける

神奈川・鎌倉「ロミ・ユニ コンフィチュール」いがらしろみさん

2021.10.25

未来のレストランへ 17 自分たちの言葉で商品の魅力を語り、発信し続ける 神奈川・鎌倉「ロミ・ユニ コンフィチュール」いがらしろみさん

photographs by Ayumi Okubo

連載:未来のレストランへ

5回目の緊急事態宣言がようやく解除され、飲食業界では少しずつ元通りの営業ができるようになりつつあります。一方では、感染拡大の「第6波」を警戒する動きがあるなか、はたして、コロナ前の水準に客足が戻るのか、不透明な状況が依然として続いています。withコロナ時代に生き残っていくために飲食店は何をすべきなのか? 今回は、客足が激減して苦戦を強いられた観光地にあるジャムと焼き菓子の店「ロミ・ユニ コンフィチュール」のいがらしろみさんのストーリーに、困難を突破して歩み続けるヒントを探ります。

目次






「本当に1カ月も休んで大丈夫なんだろうか・・・」

1回目の緊急事態宣言が出された時、飲食店と違い、物販のみの製菓店に休業要請は出ていなかったにも関わらず、いがらしろみさんは鎌倉と学芸大学の店を1カ月閉めた。2020年3月、滞在先のストラスブールでフランスがロックダウンに入ると知り、緊急脱出劇を繰り広げて帰国したこともあり、「日本も当然ロックダウンに入ると思い込んでしまったんです」

休業の1カ月、ウェブショップだけは近所に住むスタッフで回した。しかし製造を完全に止めていたため、在庫切れの商品が日に日に増え、そしてとうとう売り上げゼロというXデーが見えてきた。「1カ月くらいどうにかなるだろう、と思ってたんです。でも、売る物がだんだんなくなっていく状況にスタッフも『本当に1カ月も休んで大丈夫なんだろうか・・・』と危機感を持ち始めて、自分たちのお給料がどこから来ているのか、炙り出されるように店の仕組みも見えてきた。1カ月休むと店は簡単に潰れる! もっと作らなければ!と全員の気持ちが切り替わって、そこからジェットコースターのように目まぐるしい日々が始まりました」

いがらしろみ・・・東京、フランスでフランス菓子を学び、ジャム専門店「Romi-Unie Confiture」(鎌倉)、 焼菓子とジャムの店「Maison romi-unie」(東京・学芸大学)、ショコラティエ「Chocolaté romi-unie」(鎌倉)を営む。お菓子教室、イベント企画、メニュー監修、商品プロデュースなど幅広く活動している。

いがらしろみ・・・東京、フランスでフランス菓子を学び、ジャム専門店「Romi-Unie Confiture」(鎌倉)、 焼菓子とジャムの店「Maison romi-unie」(東京・学芸大学)、ショコラティエ「Chocolaté romi-unie」(鎌倉)を営む。お菓子教室、イベント企画、メニュー監修、商品プロデュースなど幅広く活動している。

最初の突破口は冷凍のスコーン生地だった。店を閉めたことで、店頭販売用に仕込んでいた240個分のスコーン生地が行き場を失っていた。4月末、これを冷凍生地の状態で販売する案が、いがらしさんとスタッフの双方から同時に上がった。巣ごもり需要で小麦粉が店の棚から消えた時期のことだ。

「12個×1セットにして20個をウェブショップに上げたら、即完売でした。それまで生地を販売したことはなかったので、反響の大きさに驚いて、ならばと、通販用に定期的に届けられる体制を整えて今も続けています」

冷凍生地で届けることにより、焼き立てのおいしさやお菓子を作る楽しさを届けることが可能になった。ピンチが新たな気づきをくれた。

店頭で販売する「スコーン・メゾン」(¥400/個・税込)はプチ・ジャム付。外側はざっくり、中はふわりやわらかな食感でオープン当初からの人気商品。

店頭で販売する「スコーン・メゾン」(¥400/個・税込)はプチ・ジャム付。外側はざっくり、中はふわりやわらかな食感でオープン当初からの人気商品。


1年半の積み重ねが、新しいステージの入り口に

鎌倉の店は観光客が6~7割を占める。5月に営業を再開してからも、街に観光客は戻らず、店は閑散とした状況が続いた。レストランに休業要請が出されたばかりのころ、お菓子屋さんは売り上げを伸ばしているという景気のいい話がたびたび聞こえた。ロミ・ユニ でも、ウェブショップの2020年5月の売上は、前年比の2.5倍に跳ね上がった。しかし観光地のど真ん中にある鎌倉の店の売り上げは目も当てられない状況だった。

コロナがこの先どうなるのか予測がつかないなか、いがらしさんは6月、1つ目の大きな決断をした。観光客の食べ歩きのために店の一角に作ったクレープ売り場を思い切ってスコーン部屋に改装することにしたのだ。新たに小さなガラスのショーケースを置き、スコーンのほかにもビクトリアケーキやフランなどを焼いて、地元の人が立ち寄りやすい「街のケーキ屋さん」的なコーナーを作った。

そして、今年に入ってもう1つ大きな決断をした。東京・学芸大学の「メゾン ロミ・ユニ」にあった2階の製造スペースを隣駅の都立大学に移転、拡張した。店舗のカウンターもリニューアルし、お客さんに少しだけ新しい空気を感じてもらえるようにした。

「こんなに短いあいだに移転、改装を次々と進めたことはありませんでした。自分でもびっくりするぐらい攻めていた感じがします」

観光客向け、食べ歩きアイテムのクレープ売り場を、スコーン販売スペースに。入口には自動ドアを設置。with コロナ時代に向けて商品ラインナップ、販売スタイルを見直し、スピーディーに対応した。

観光客向け、食べ歩きアイテムのクレープ売り場を、スコーン販売スペースに。入口には自動ドアを設置。with コロナ時代に向けて商品ラインナップ、販売スタイルを見直し、スピーディーに対応した。

ロミ・ユニのジャムを挟んだ「ビクトリアケーキ」など、地元客が日常使いできる商品を増やし、ショーケースに並べる。

ロミ・ユニのジャムを挟んだ「ビクトリアケーキ」など、地元客が日常使いできる商品を増やし、ショーケースに並べる。

ジャムを購入した人が空き瓶を持参すると量り売りでジャムを買える(¥450/100g・税込)サービスは、オープン当初から続けているサステナブルな取り組み。

ジャムを購入した人が空き瓶を持参すると量り売りでジャムを買える(¥450/100g・税込)サービスは、オープン当初から続けているサステナブルな取り組み。

とはいえ、最初の決断は「攻め」というより「いたたまれない気持ちのほうが大きかった」といがらしさんは振り返る。2つめの決断のときは、長引くコロナ禍でウェブショップがキャパシティを超え、配送の分散や製造スペースの確保が急務になっていた。コロナ前から定期便(サブスクリプション)の新規申し込みも受けられない状況だったので、見つけた物件はかなりの広さだったが、契約に踏み切った。新スタッフも加わり、製造スペースが動き出すと、陶芸家でアーティストの鹿児島睦(かごしま・まこと)さんとのコラボ案件が舞い込んできた。1年半に積み重ねてきたことが、気づけば、新しいステージの入り口につながっていた。

鹿児島睦×romi-unieコラボ企画として、ティータイムを楽しむギフトセットがオンラインショップ「MOO:D MARK by ISETAN(ムードマークバイイセタン)」

鹿児島睦×romi-unieコラボ企画として、ティータイムを楽しむギフトセットがオンラインショップ「MOO:D MARK by ISETAN(ムードマークバイイセタン)」で展開中。


もっと作らなければ、でも残業はゼロ

話は少しずれるが、ロミ・ユニは残業ゼロのホワイト企業だ。「業界の人からは信じてもらえない」が、クリスマス前からバレンタインデーにかけての繁忙期でも残業ゼロは変わらない。売り上げ目標に応じた数量を製造部門が時間内にきちんと作り、販売部門は売り切るという体制で回しているので、新しいビジネスの話が来たから残業しましょう、という考えは経営者といえどもしてこなかった。20年前に5人でスタートした店は現在、社員35人、パート30人の計65人が働いている。しかも全員女性だ。女性オーナーの製菓店でこれだけ多くのスタッフを抱えている人はそう多くないだろう。しかし、今回の不測の事態では、雇用調整助成金の書類申請に追われるなか、「M&Aでどこかの傘下に入る」ことも一時は頭をよぎったという。

いがらしさんが考える「お菓子屋さんで長く、楽しく働くために必要なこと」、ロミ・ユニのスタッフの働き方をnoteにまとめ、発信している。

いがらしさんが考える「お菓子屋さんで長く、楽しく働くために必要なこと」、ロミ・ユニのスタッフの働き方をnoteにまとめ、発信している。


1店舗に成長したウェブショップ

鎌倉の売上をウェブショップでカバーできたことは、経営的に大きな救いだった。これには2019年のウェブサイトのリニューアル時に、利用者の多いスマホ対応にしていたことが幸いした。今年11月にはウェブサイトのリニューアルに合わせてECのシステムをShopify(ショッピファイ)に変更する。「時代の変化に対応して、システムの見直しは3年に1度必要だと業者さんから言われていました。本当にその通りだと痛感しています」

いがらしさんは、日本にフランス菓子を定着させた第一線の製菓店がウェブサイトを持っていないことや、通販に対応していない店が多いことがとても気がかりだという。パッケージと発信力が上手い人のほうへ人が流れやすい時代だからこそ、「丁寧にものづくりをしている店がきちんと発信していけば、違いを伝えることができるのに」と、もどかしさを感じている。ロミ・ユニでは、販売スタッフが自分たちの言葉で商品メッセージをウェブサイトやSNSに上げている。ウェブショップが1店舗に相当する存在に成長し、危機を乗り越えることができたのは、こうした発信を積み重ね、習慣にしてきたことが大きかったと感じている。

20代のころパリのル・コルドン・ブルーで学び、帰国後はスタッフとして働いた時期もあっただけにフランス菓子への思い入れは人一倍強い。ウェブサイトを持たない店が一歩を踏み出すためのお手伝いができないか、いがらしさんは自店のことを考えながらも、製菓業界の未来を案じて自分にできることを探している。

心躍るパッケージやラッピングも商品価値をアップすると考えて注力しているが、地元客の自宅消費用に簡易包装バージョンも用意した。早くも人気商品として定着している。

心躍るパッケージやラッピングも商品価値をアップすると考えて注力しているが、地元客の自宅消費用に簡易包装バージョンも用意した。早くも人気商品として定着している。


◎Romi-Unie Confiture
神奈川県鎌倉市小町2-15-11
☎ 0467-61-3033
10:00~18:00
(ジャムの量り売りは17:00まで)
無休
Instagram:@romi_unie

◎Maison romi-unie
東京都目黒区鷹番3-7-17
☎ 03-6666-5131
10:00~19:00
無休

Romi-Unie Confiture
Romi-Unie Confiture

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