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FEATURE / MOVEMENT

2022年はモスクワに注目!
制約をバネに開花したロシアの新生ガストロノミー

Jan 20, 2022

text by Joe Melinda / translation by Yuko Wada

白いんげん豆をベースに3Dプリンターで作るベジタリアン版「イカ」、ジャガイモの皮と肉の脂身で作る廃棄物ゼロの冬のごちそう。今、モスクワの若手シェフたちのキッチンでは、食のサステナビリティを推進するアイデアが次々と生まれています。この10年でガストロノミーの思いがけない中心地に躍り出たモスクワの最新動向をリポートします。

→英語(English)記事はこちら

目次






禁輸措置がもたらしたロシア産食材への回帰

2021年秋、ミシュラン社は初のミシュランガイド・モスクワ版を発表し、ロシアへの初進出を果たした。2022年版ミシュランガイドで認定された69店舗のうち、星をひとつ以上獲得したのは9店。そのうち二ツ星に輝いたのは、「ツインズガーデン(Twins Garden)」と「アーテスト(Artest)」の2店。ミシュランが持続可能なガストロノミーに授与する賞であるグリーンスターを獲得したのは3店だった。

「ここモスクワには、まったく独自な料理文化と、世界的かつ現代的な感覚の両方があります。この街の料理の未来は非常に明るい」。10月14日に開催された授賞式で、ミシュランガイドのインターナショナルディレクター、グウェンダル・プレネックはそう明言した。

10年前のモスクワのレストランは、高価な輸入食材に頼り、中身よりもスタイルを優先することで悪名高かった。しかし、もはやそんなイメージはまったく感じさせない。この首都がガストロノミーの思いがけない中心地として発展したのは、皮肉なことに、激しい政治的対立がもたらした幸福な結果なのだ。
2014年のウクライナ紛争を受けて欧米諸国がロシアに制裁を加えたことに対し、プーチン大統領はほぼすべての外国産食品の輸入を禁止することで報復した。当時のロシアは食料の40%以上を輸入していた。しかしこの政令が出た途端、パルミジャーノチーズやフランス産フォワグラといったごちそうは店頭から忽然と姿を消してしまったのだった。

この禁輸措置こそが地元の人びとに食の伝統を見直させて「ロシア産食材に回帰させ」、ロシア料理の復興に火をつけたのだと、フード・ライターのゲンナジー・ジョゼファヴィチュスは語る。

農場も、政府の支援により農産物の生産量を増やした。その一方で、ロシアの生産者たちは高級ワインやチーズづくりに力を入れ、ローカルワイン・ブームを巻き起こす。ジョゼファヴィチュスは、それが高級レストラン・シーンの活性化につながったのだと考えている。

「ホワイラビット」シェフのウラジーミル・ムーヒンはニュー・ノルディック・キュイジーヌ運動からヒントを得て、「ニュー・ロシアン・キュイジーヌ」を取り入れた。


長い歴史と11のタイムゾーンをもつ広大な国土

創意工夫に富んだシェフたちも、このトレンドを取り入れた。2012年にオープンし、ミシュランの星を獲得したレストラン「ホワイトラビット(White Rabbit)」のシェフ、ウラジーミル・ムーヒンは、「ニュー・ロシアン・キュイジーヌ」を自らのアプローチの基本に据えた。ヴォルガ川流域の伝統食材である白樺の樹皮粉を使ったパンや、18世紀に貴族たちが温室で栽培していた貴重な果物であるロシアンパイナップルの酢漬けなど、ムーヒンは歴史からインスピレーションを得た大胆なメニューを創造している。

11ものタイムゾーンを持つ広大な国土の恵みに特化したレストラン「ツインズ」を2014年にオープンしたのは、セルゲイとイワンのベレズツキー兄弟だ。

双子のスター、セルゲイとイワンのベレズツキー兄弟が経営するレストラン「ツインズガーデン」は、2022年版ミシュランガイド・モスクワ版で二ツ星を獲得。(photo by Elena Koldunova)

「わたしたちはモスクワとサンクトペテルブルグでレストランを別々にやっていたので、レストランのオープン自体は目新しいことではありませんでしたが・・・コンビを組んだことでパワーは倍増しました」と、セルゲイ。

その3年後、2人は新しいレストラン「ツインズガーデン」を立ち上げるとともに農園も開設し、テロワールの概念を別次元へと高めた。現在はこの農園からレストランの食材の約70%を供給している。イワンによると、兄弟が農場を始めたのは、ロシア南西部にある祖父母のダーチャ(ロシア・旧ソ連圏で一般的な菜園付きのセカンドハウス)で収穫を手伝ったときの「完璧で新鮮な野菜の記憶」を取り戻すためなのだとか。

ツインズガーデンで提供される食材の約70%は、モスクワから南へ車で2時間半の距離にあるベレズツキー兄弟所有の農場で生産されている。

ムーヒンとベレズツキー兄弟は現在、モスクワに芽吹きつつある食のサステナビリティ運動を牽引している。
ホワイトラビットのメニューの中心は、挽き肉の代わりに豆類から合成されたタンパク質を詰めたドルマなど、プラントベースの料理だ。カボチャの皮と種にブラックキャビアを添え、麹で風味付けしたソースを合わせた満足感のある一品は、シェフがピクルスを入れる器として使った、くりぬいたカボチャを再活用したもの。

「この1年間で、1カ月あたり300キログラムの食品廃棄物をなんとか減らせました」と、ムーヒン。

ムーヒンのカボチャ料理。ピクルス液がしみ込んだカボチャを美味に活用することで、ホワイトラビットの食品廃棄物削減に役立っている。

待望の二ツ星に加えてグリーンスターも獲得したツインズガーデンのラボでは、金属製の棚上に置かれた原木からヒラタケが生え、一方では3Dプリンターが海藻のマリネで味付けした白いんげん豆のペーストをトレーの上で層状に重ねている。このペーストをベースにベジタリアン版の「イカ」が作られ、同じように下ごしらえされた天然のイカとともにグリルしてから供されている。イミテーション版は驚くほど本物にそっくりなのだ。

ツインズガーデンのラボには、3Dフードプリンターが設置されている。(photo by Anastasia Birkle)

ツインズガーデンでは、ロシアの広大な国土を巡る「ロシア再発見」メニューに加え、完全にベジタリアンに対応したテイスティング・メニューも提供している。(photo by Roman Susov)

双子はこの技術を活用し、プラントベースの「ウニ」をすでに作っており、ベジタリアン用の「エビ」の試作にも取り組んでいる。現在は、ジャガイモの皮と、肉から切り落とした脂肪とを廃棄物ゼロの冬のごちそうへと変えるため、キッチンの魔法を駆使している。 


贅沢の概念を覆す若手のクリエイティビティ

ホワイトラビットとツインズは、サステナビリティへの意識を高める新しいシェフたちに道を開いた。
ニキータ・ポデリャギン(26歳)は、北欧から影響を受けた廃棄物ゼロのレストラン「ビョルン(Bjorn)」で、地元食材のみを使うことにこだわった独特な風味を再現してグリーンスターを獲得。調香師としての経験を生かし、松の実と発酵させた杉の皮から作った「バニラ」アイスクリームなどの料理を編み出している。杉の皮は、発酵中にバニリン(バニラの香りの主成分)を生成するグアヤコールを豊富に含む食材なのだ。

「ビョルン」では、松の実の「バニラ」アイスクリームに、ヤマブキショウマの根(西洋ゴボウ「サルシファイ」の仲間)を酸化させてつくった「バナナ」を添えたデザートが供される。

歴史あるレストラン「ベルーガ(Beluga)」では、ミシュランガイド・モスクワ版で一ツ星を獲得した最年少シェフのエヴゲーニー・ヴィケンティエフが、獲れ過ぎたウニをアイスクリームに仕立ててダチョウのタルタルに載せた一皿や、採取した野生のイワミツバをサワークリームと合わせたデザートなどで、これまでの贅沢の概念を覆す料理に挑戦している。

「ベルーガ」のダチョウのタルタルを仕上げるのは、獲れ過ぎたウニを使ったアイスクリーム。

採取した野生のイワミツバにサワークリームを添えた一皿は、ベルーガで最も人気のあるデザートのひとつ。

「この植物(イワミツバ)はこの辺りではそこらじゅうに生えているのに、誰も使おうとしません」と、ヴィケンティエフ。

サンクトペテルブルク出身のエヴゲーニー・ヴィケンティエフは、ベルリンでレストランを経営したのちにロシアに戻り、「ベルーガ」の指揮を執るようになった。

2022年はロシアの首都、モスクワで7月に開催が予定されている「世界のベストレストラン50」の授賞式にも、注目が集まっている。

イワン・ベレズツキーはこれについて、「モスクワのシェフたちにとって、実力を示す大きなチャンスです」と語っている。


記事に登場したモスクワのレストラン

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