パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内
vol.42 アルト・アディジェ自治県 ハーブ生産者
2019.12.19
(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)
標高1300メートルに佇む村に自分たちのパラダイスを見出した2人
アルト・アディジェ州内にあるステルヴィオ国立公園は、緑豊かな森林に渓流が泡立ちながら涼やかに流れ、尾根には季節ともなるとバラエティー豊かで芳しい花々の咲く、イタリアでも最も魅力ある自然環境の一つだ。
ヴェノスタ渓谷(Vale Venosta)にあるオルトレス山(Monte Oltres)の壮大な岩肌が背に控える、標高1300メートルに佇む村に、自分たちのパラダイスを見出したズィエギ・プラッツァー(Siegi Platzer)とその妻トラウデ・ホーバト(Traude Horvath)。彼らは、ここでハーブや花を栽培したり、野草を摘んで来てデリケートで香り豊かなハーブティーに加工するための小さな会社を立ち上げた。その名も「シュティルフサー・ベルグクレウター(Stilfser-Bergkräuter)」。ステルヴィオの山のハーブという意味の名だ。
この地域は、イタリアでもドイツ語圏に属するが、この二人はそれだけでは飽き足らないらしく、商品名に古代ローマ時代以前にこの地域で用いられていたラエティア語を混ぜ込んでしまった。一語中に何度も同じ母音を繰り返すのが特徴で、今日では翻訳不可能な古代言語である。そのためか、彼らのハーブティーのカタログを広げると、まるで妖精の園にでも迷い込んだかのように、魔法をかけられた気になる。
ズィエギは元地銀の行員で、グロレンツァ(Glorenza)の町で支店長を務めていた。グロレンツァは人口900人と、アルト・アディジェで最も小さな自治体だが、イタリアの美しい町百選にも選ばれるほど中世の面影を完全に残す美しい佇まいの町だ。
一方妻のトラウデ(Traude)は、社会学者でウィーンに住んでいて、どうしてとは僕に聞かないでほしいが、レストランも営んでいた。
さらに、どうやってこの二人が知り合ったかも僕は知らないけど、とにかく二人が遠距離ながら育んだ友情は愛情へと成長し、ズィエギは彼の恋人がステルヴィオに移り住んで二人でハーブを生産して暮らしていくことを承知するまで、10年に渡り2週間に一度ウィーンに通い続けたそうだ。
ここまでのストーリーのどこまでが本当かは確信は持てない。が、とにかく、二人の仲を取り持つガレオット役(恋仲を取り持つ人の代名詞)を担ったのは、春のステルヴィオに漂う香りであったことは紛れもない。
山に咲くハーブの姿をそのままに、人の手で作り上げるおいしさ
「僕たちは他の世界からは隔絶されたところにいるんです。一見したところでは、手つかずの自然と、風景の美しさ以外には何もないようにしか見えません。だから僕たちは、山から得るものだけでも良い品質の商品を生み出せると証明したかったのです。
僕たちは、標高1300メートルのところでハーブを栽培しています。また、標高2500メートル辺りまでの地域で野生のハーブも採取して用います。見た目、色、香りといった点で、優れたクオリティのものばかりです。
ハーブたちは粉砕せずそのままの形で乾燥させていますから、実際に手にとってもらえば質の高さがわかるはずです。採取、選別、加工まで全て手作業で、機械は使っていません。お客様は葉の一枚一枚、花の一輪、一輪まで確認できるんです。これが、僕たちの作るもののクオリティを保証する、おいしさの証です。
商品は全て有機認証を得ており、主に3つのタイプに分かれています。ミックスハーブ、フラワーティー、そして料理用ハーブです。ハーブや花は、個人で配合を楽しんでもらえるよう、ハーブごとの販売もしています。収獲作業は4月中旬から11月までの約半年続けられます。キンセンカ、ゼニアオイ、ヤグルマソウなどは、毎日花をつけ、一本の苗から150回、雪が降り出す頃まで収獲が出来るんですよ。
ハーブや花の収獲時期には、農作業のための従業員のほかに、学生やこの分野に興味のある人たちが世界中からやってきて作業に参加します。人出はいくらあっても足りません。特に畑のハーブが開花する7月、8月になると、その開花の早さに作業が追いつかないくらいです。
今年の6月には、日本人女性でアヤさんという人もやってきました。流暢なドイツ語が話せて、一緒にハーブ園で仕事をしながら、僕は毎日日本語を一単語ずつ教えてもらいました。今でも覚えているのは『乾杯!』です」とズィエギ。
「僕たちの地域の美しい自然と人々の橋渡しをするのが好きです。自分たちにとっては宝である自然を知ってもらうために、夏の期間は毎週木曜にステルヴィオ国立公園内で、野草観察会を開いています」
一方トラウデは、グロレンツァのアーケード街に小さいが素敵な店「Tee Salon」を開き、彼らの商品のほか、ヴェノスタ渓谷の他の有機生産者の商品を販売、さらにはステルヴィオの洗練された味覚や香りを楽しめるハーブティーやハーブを用いた料理、その他スープ、ケーキなどが味わえる。
「ハーブで料理をするのはとっても楽しいのよ」と、トラウデ。「それが家の外からとってきたばかりのものなら特にそう! イル・フィエノ(Il fieno:上質の高山で採れたハーブ・ミックス)は、ステルヴィオ地域のアルプスにある草地から採ってきたもので、お料理に使えばかなり特別なアクセントになるのよ。山の原っぱで積んだ野草のミネストラやジェラートなど、少し酸味のある料理やお菓子にもピッタリなんです。
冬場の料理には、ドライハーブやハーブ塩を和えたり、花砂糖をデコレーションに使ったりします。春になると今度は、タンポポやイラクサやギョウジャニンニクなどの若芽をスープ、ペースト、サラダにしたり、野菜に和えたりします。そして夏にはハーブ園でとれた花々のサラダシリーズがスタート。ここに野生の新鮮なクレソンやスイカズラが加わるともっともっとおいしくなるのよ」
彼らの商品にはさらに、ウスベニアオイやミントで香りづけされた風味豊かな砂糖、アロマ塩に高山のハーブからつくった飲料用シロップ、さらに嬉しいことには、ステルヴィオの山荘付近から採ってきた干草を詰めた枕もある。
これがあればどんな都会の片隅でも、高山に咲く花々を思わせる香りの中で、森林や湧き水が小川となって流れ出す光景を夢に見られるはずだ。そう、ハイジの世界のような!
パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it
[Shop Data]
Stilfser Bergkräuter – Erbe dello Stelvio
Via Paese 144 39029 Stelvio (BZ)
Cell. +39 340 7119330
office@stilfser-bergkraeuter.it
www.stilfser-bergkraeuter.it
TeeSalon – Salone delle erbe
Via dei Portici 11 39020 Glorenza (BZ)
Tel. +39 0473 835417
『イル・ゴロザリオ』とは?
photograph by Masahiro Goda
イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。
The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。
この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。
南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。