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JOURNAL / イタリア20州旨いもの案内

パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

vol.12 アブルッツォ州 ヴィーノソフィアを生み出した男

2017.02.28

(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)

連載:イタリア20州旨いもの案内

頭からなのか、それとも土からか?
ワインはどっちから先に生まれてくる?
答えを出すのはそう簡単じゃないのだよ。
「ヴィーノソフィア」なんて観念を生み出す者さえ現れたくらいなのだから。

フランコ・デウザニオ(Franco D’Eusanio)のことを僕は知らなかった。
それが昨年7月のある夜、友人のブルーノ・ヴィズィオーニ(Bruno Visioni)に無理矢理に彼のワイナリーへ連れて行かれた。
長旅の末、ようやくそのオアシスに辿り着くと、完成したばかりのワイナリーのテラスから大地に沈みゆく夕陽を眺めつつ、彼の2種類のスプマンテで夕食を楽しむことから始めようと言われた。
「うぬっ、こりゃあ旨い!」心の内で呟く。これが僕の瞠目1回目だった。

哲学から生まれるワイン






荒涼とした自然景観が残るところはイタリア半島にもわずかとなってしまった。
だが、その一つ、グラン・サッソ国立公園からもほど近いアブルッツォ州ノッチァーノに僕たちはいた。
フランコ・デウザニオは1994年、自ら農業を行い、ワイナリー「キューザ・グランデ(Chiusa Grande)」を作ろうと決めた。

そしてかなり早い時期からオーガニック農法の哲学を取り込もうと決めていた。
『哲学』という言葉を用いたのは、彼が農業科学の専門家で、『ブドウ栽培技術の熟知』という言葉の域を遙かに超えた世界を会得していたからだ。

「農薬の過剰投与に訴える農業を行っても出口など見えてきませんよ。飲み手が心身ともに健やかでいられることに重点をおいてブドウ栽培に手間暇をかける。そうすることで利益追求の奴隷とならずに旨いワインが造れると思うんです」

これは彼が打ち立てたワイン哲学「ヴィーノソフィア(Vinosophia)」の基盤を成す論理の一つだ。

フランコは親しみやすく独特なタイプの男で、一旦話し始めると蕩々とよどみなく話し続ける。
彼の背後にはいつも息子ロッコ(Rocco)が寄り添う。
無口だが地に足がしっかり着いた青年だ。

ヴェントゥリチーナ(Ventricin: ペペロンチーノが効いたスパイシーなサラミ)と、古い伝統にのっとり女性の手のみによって作られる素晴らしいファリンドラ(Farindola)産のペコリーノチーズでアペリティーヴォを楽しんだ後、地下に降りた。

そこは内装工事は完了していないもののテーブルはあった。
サイドテーブルもあって、その上にロッコがワインのサンプルを白、赤、あわせて15本ほどを一堂に並べてしまった。
彼は、テイスティング時の僕の常套手段を心得ていた。
彼の父親が他の人たちとのお喋りに夢中になっている間に、他人に気を奪われることなく最初から最後まで一気にテイスティングしてしまおうという、そう、いつもの方法を。



まずはトレッビアーノ・ダブルッツォのもつ優雅さに目を瞠った。
この地域の土着品種で珍しいココッチョーラ100%の1本にも。
赤ワインでは、モンテプルチアーノ・ダブルッツォが持つ多様な表現にセンセーションさえ感じた。
これほどまでに純粋で明確なワインは一体どこから生まれてくるのか!?

音楽とワインのマリアージュなど多様なアプローチで考察されたフランコ独自のワイン哲学「ヴィーノソフィア」。
2冊の本にもなった彼の理論を彼自身がわかりやすく10カ条にしている。

1 目を見開いて夢を描け
2 自然に回帰せよ
3 人生は楽しく送ろう
4 偽りのある環境は回避せよ
5 気まぐれな流行からも回避せよ
6 人を魅了し、土には魅了されよ
7 利がなくとも正しくあれ
8 アブルッツォの太古からの田園風景を見直せ
9 守銭奴にならずして旨いワインを作れ
10飲み手の健康と歓びを尊重しつつワインにパーソナリティーを与えよ


広義な言葉が並んで見えるかもしれないが、これらは全て一つの思考について語っているのだ。
1本また1本とテイスティングを進めながら、彼のこの思考がブドウの粒一つひとつのあり方を決定づけ、独自のパーソナリティーをもったワインを形成していったのだという実感が沸いて、目を瞠った。



彼の「ヴィーノソフィア」にはその中核を成すいくつかのキーワードが存在する。
例えば『自然』は、オーガニック農法の決まりごとにしっかりと結びついた作業を表し、畑からも醸造からも化学物質をとり除くことを意味する。

『魅了』や『快楽』というテーマは、ぺルラ・ビアンコ(Perla Bianco)とぺルラ・ロッソ(Perla Rosso)という2つのワインに昇華させたが、彼自身これらに「エロス」とあだ名をつけたくらいだ。

『ルーツ』というテーマについても、アブルッツォの農業の歴史をワインのアイデンティティーとし、土着品種のワインとして凝縮させたのも鮮烈だ。

しかし、もう一つのコンセプトこそが他との違いを見せていると僕は思う。
『流行や利益に惑わされない』。強烈だ。

『目を見開いて夢を描け』と、ヴィーノソフィアの第1条にあった。
フランコと彼の家族にとっての目を見開いて描く夢とは、単に美しく、近代的で同時に千年来の歴史を尊重したワイナリーを作り上げることだけには留まらず、自分たちの幻想が息づくワインをそのワイナリーで創造していくことを意味する。



僕がアペリティーヴォで楽しんだシャンパーニュ製法(瓶内二次発酵)によるオーガニック・スプマンテ2種(モンテプルチャーノ種によるロゼやペコリーノ種とシャルドネによる白)、ワインの特徴そのままにナトゥーラ・ビアンコ(Natura Bianco)とナトゥーラ・ロッソ(Natura Rosso)と名付けた亜硫酸無添加のワイン2種が正にそれを体現している。

岩をくり抜いた水槽で醸すワイン






さらに、彼らの夢の世界を最も体現しているワインはと言えば、中世からの古い製法にインスピレーションを得た醸造法によるワインだ。
ノッチャーノ村と境を接するピエトラニコ(Pietranico)村には岩をくり抜いて作った大きな水槽があり、古来からここに素晴らしい醸造法があったことを裏付けている。
フランコは石槽をワイナリーの中庭に持ちこみ使用している。
そしてその醸造法の復活に際して、思いつきによる修正などは一切加えていない。



実は、このワインの醸造はテーラモ大学との協力で特別プロジェクト「Vi.Na」の一環として行われ、ワインの化学物理的観点からも官能評価の観点からも、古来の製法により近い技術を確立させ、用いることができた。

その成果たるや両観点において群を抜いている。これは正にピエトラニコ村から切り出した石を用いた水槽に理由がある。
アペニン山脈の背で唯一石灰を含んでいない石質から得られたため、石槽が果汁と触れても官能的性質面でクオリティーに影響を与えないからだ。
「Vi.Na」関係者は、この醸造法を用いることにより、ワインにミネラル分と柔らかさを与え、酸度を抑えつつワインの性質が安定するという成果が得られたと明確に述べている。



フランコのワイン「イン・ぺトラ(In Petra:赤はモンテプルチャーノ種から、白はトレッビアーノ種から)」は、石槽で発酵を行う。
大地に根差したワイン作りへの回帰は、現在イタリア全土でどんどん広まりつつあるテラコッタのアンフォラでワインを熟成させる生産者たちの考え方にかなり合致するものがある。
だが、彼のワインで僕が瞠目したのは、結果として得られたクオリティーの素晴らしさだった。



クオリティーには嘘は通用しない。
その後一月して改めてテイスティングをした。一連の彼のワインはどれも甲乙をつけ難かった。
最終的に彼の「イン・ぺトラ」の赤2015年を2016年のゴロサリア・ミラノにおけるトップ100の一つに選んだ。
このワインに出会ったことを誇りに思う。
僕にとってこれは「未来への回帰」となった。二人ともよく頑張った。Bravi!!



パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it



Shop Data:
ワイナリー キューザ・グランデ
Az.Ag. Chiusa Grande di Franco D’Eusanio

C.da Casali 65010 Nocciano
Pescara
Tel +39 085 847460
Fax +39 085 8470818
https://chiusagrande.com
info@chiusagrande.com





『イル・ゴロザリオ』とは?

photograph by Masahiro Goda


イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。



(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)







The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。





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