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JOURNAL / イタリア20州旨いもの案内

桜の木と月桂樹でデリケートに燻す、知る人ぞ知る生ハム

Vol.68 フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州の生ハム工房

2023.08.31

イタリア20州旨いもの案内 桜の木と月桂樹でデリケートに燻す生ハム

text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki

連載:イタリア20州旨いもの案内

連載:パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

「プロシュット・クルード」すなわち生ハムとは、おそらく最も古くからある豚肉の保存方法の一つだろう。既にエトルリア人たちも塩漬けや熟成の技術を心得ていたようだが、その製造技術を高めたのは疑いもなくローマ人で、紀元前2世紀の共和制ローマの政務官、大カトー(B.C.234年生、B.C.149年没)も彼の著書『農業論(De Agricoltura)』で豚のモモ肉の保存方法について触れている。

イタリアの生ハムの特質は、製造技術から生み出されるほか、熟成中にミクロ気候が与える影響にもよる。この気候的特徴から生ハム作りに適した地域といえば、パルマとフリウリに限定されてくるわけだ。
その生ハム二大生産地の一つ、フリウリ地方は海と山間部の距離感が絶妙で風通しが格別によく、特にサン・ダニエレ産やサウリス産が有名。一方、ゴリツィア地域(Collio Goriziano)のコルモンス(Cormòns)で生ハムを生産する工房「ドズヴァルド(D’Osvaldo)」は、知る人ぞ知る銘品を一家三代に渡り作り続けてきた。
その三代目のモニカ・ドズヴァルド(Monica D’Osvaldo)は、弟のアンドレア(Andrea:父親のロレンツォと共に生産部門を取り仕切る)と二人三脚で工房経営の舵取りを行っている。彼女に話を聞いた。

モニカ・ドズヴァルド

厳選した豚のモモ肉を、さらに手塩にかけて育てる仕事

工房を立ち上げたのはモニカの祖父のルイジ・オズヴァルド(Luigi D’Osvaldo)。孫たちは「Nonno Gigi(ジジおじいちゃん)」と呼んでいた。彼は本業の精肉店を営む傍ら少量の生ハムを生産していた。ジジの父親ジャコモ(Giacomo)は家畜商で、ジジはハンガリーまで家畜の行商に同行していた。そのとき知ったハンガリーのスモーク生ハムを思い出し、自分の生ハムにも燻煙を施すことにした。ジジの生ハムはデリケートで、うっすらとしたスモークの風味は瞬く間に知られるようになった。

当時の生ハム作りは、台所として利用していた古い大部屋で行われていた。塩漬けとプレス工程を済ませた後、フォゴラ-ル(fogolar)というフリウリ独特の暖炉に水を張った大きな鍋を吊るし、その下で燻煙材を燃やす。モモ肉は暖炉のフードの内側に吊るして熱が直接あたらないよう煙をまとわせる。燻煙材となる木材はその辺で手に入るものを用いていた。

屋根裏

燻製後は屋根裏に運んで熟成させた。店があるコルモンズは風光明媚なクヮリン山(Monte Quarin)の麓にある可愛らしい町で、スロヴェニアとの国境目前に広がるブドウ畑ですばらしいクオリティの白ワインを生産している。生ハムにとっても、夕刻に熟成部屋の窓を開けるとクヮリン山から下りてくるそよ風が生ハムにあたり、可能な限り自然の作用で熟成を遂げさせたいドズヴァルド工房にとってはありがたい環境なのだ。

70年代に入り、精肉店を閉めて生ハム作り一本で身を立てようと決心したのは、ルイジの息子ロレンツォ(Lorenzo)だった。
彼は生ハム作りに対し、明確な考えを持っていた。旨さと美しさだ。彼らの生ハムは掘っ立て小屋のようなところで作っていてはいけないと、1800年代にトマドーニという伯爵家が所有していたヴィラを買い取り、2階と3階を熟成庫に、比較的新しい部屋を冷蔵室に、そして塔の部分をフリウリ風のフォゴラールに作り替えて、豚のモモ肉を燻煙するスモーカーエリアとして利用した。

豚のモモ肉を燻煙するスモーカーエリア

「時として偶然と幸運が重なりあって閃きが生まれ、大きな成果を生むことってあるでしょう? 私たちの工房の場合、この閃きとはある桜の林が伐採されたことでした。桜の木は薪にしても熱量が少なく暖をとれないため捨て置かれてあったのを見た父が、もったいないとスモーク材として使うことにしたんです。そしてわかったことは、桜材は温度を上げずに肉質の良さを際立たせ、風味を打ち消さないということ。それ以降、私たちは常に桜材にわずかの月桂樹を加えて燻煙材として用いています」

彼らの仕事は養豚業者との緊密な関係から始まる。ドズヴァルドに納入している業者は3社。いずれもフリウリ地域でローザ種を飼育する小規模の養豚業者だ。彼らは農家でもあり、自家栽培したジャガイモ、豆類、大麦や薬草を飼料として豚に与えている。ドズヴァルド工房では、体重が200キロほど、脂肪交雑のよく入った2歳の豚を選んで購入している。

製造する生ハムは主に3種類。骨付きを軽くスモークした「ライトスモーク生ハム(prosciutto leggermente affumicato)」、顧客からの要望で生産している「甘めの生ハム(ドルチェ:prosciutto crudo dolce)」、そして骨を除いてスモークした「ライトスモーク・スペック(speck leggermente affumicato)」だ。
中でもライトスモーク生ハムはすば抜けているが、ドルチェも口にすれば納得の味わいがあるし、少量限定生産のスペックも間違いなくイタリアで最も優れたスペックの一つに挙げられる。

ライトスモーク生ハム

作り方は、厳選した豚のモモ肉をさばいて血抜きし、シチリア産の海塩をよく揉む込む。重量に応じた量の塩をまぶして、1キロ当たり1日で算出した日数の期間、塩漬けにする。表面の塩を洗い流し、重しをのせて余分な水分を抜いたら、いよいよ燻煙工程だ。暖炉に水と乾燥ハーブをたっぷり加えた大鍋を吊るし、その下で桜材と月桂樹を燃やして、2日から3日かけてモモ肉をスモークする。スペックは、スモークする前に表面にハーブとスパイスを擦り込んでおく。


表面にハーブとスパイスを擦り込んでおく

燻煙工程を終えたら熟成庫に運んで吊るす。6カ月が過ぎた頃に表面を洗ってスペックは完成。生ハムには次の工程が待っている。

次の工程

モモ肉の皮に覆われていない部分を乾燥から守るため、豚の脂、米粉、コショウ、パプリカで作ったスーニャと呼ばれる塗布材を塗り込み、ドルチェは18~24カ月、ライトスモーク生ハムは20~24カ月熟成させる。リゼルヴァとして2年半~3年間熟成させるものもある。熟成期間を終えるとスーニャを洗い落として出荷する。
あとは柔らかく、香り高く、他には真似のできない質感を持つ生ハムとして、食通の待つテーブルに届けられるのを待つばかりだ。

熟成
食肉加工品を作る人たち

そんなすばらしい食肉加工品を作る人たちだから山ほど伝えたいことはあるが、ありすぎて困るので、モニカにもう一度語ってもらおう。
「私には、今以上に求めることはありません。今、ここにあるすべては、私が生まれた時から既にそこにあって、私はその中で生まれ育ちました。私たちフリウリ人にとっては、未だに家族と家と仕事がすべて。私は総務と営業を担当していますが、たった一つ心残りがあるとすれば、祖父が営んでいたオステリアを、私が亜硫酸アレルギーでワインを扱えないため引き継げなかったことかな・・・」

僕が主宰を務める食通クラブ「クラブ・ディ・パピヨン」の30周年を祝う食卓でも、ドズヴァルドの生ハムはその旨さで多くを驚かせた。彼らほどの旨いもの好きでもこの生ハムを知らないなんてと、今度は僕の方が驚いた!

D’Osvaldo srl

◎D’Osvaldo srl
Via Dante 40 34071 Cormòns (GO) 
☎+39 048161644
https://www.dosvaldo.it/


パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
https://www.ilgolosario.it/it

『イル・ゴロザリオ』とは?

『イル・ゴロザリオ』とは?

イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。

(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)

『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーション

私たちの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べよう」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

そして、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、2016年にそれぞれのWEBメディアで記事交換をスタートしました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。

 

『イル・ゴロザリオ』で公開されている『料理通信』記事はコチラ

 

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