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JOURNAL / イタリア20州旨いもの案内

人を治癒する果実、ベルガモットの再生の旅

Vol.71 カラブリア州のベルガモット栽培農家&加工品生産者

2024.02.29

text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki

連載:イタリア20州旨いもの案内

中世から人々を魅了する「カラブリアの緑の金」

パリの老舗カフェ「ル・プロコープ」、アールグレイ、オーデコロン。

この3つに共通するものと言えば、ベルガモットだ。希少にしてミステリアス、さらに信じられないほど多くの栄養素を含んだ果実。木の高さは3~4メートル以上にも達し、デリケートでうっとりさせる香り、口にすればレモンのような苦味がありながらレモンよりフルーティーだ。

栽培できるのはレッジョ・カラブリア県のイオニア海を望む海岸線 150 キロのエリアで、収穫時期は11 月から2月。この地で 100 年以上もベルガモットを生産している一家の一員、ジョバンナ・ピッツィ(Giovanna Pizzi)に話を聞いてみよう。

「ベルガモットが食品として利用されるようになったのは 1500 年代に遡ります。当時、神聖ローマ皇帝カール5世の祝宴に、皮を砂糖漬けにしたものが供されていたそうです。その後、シチリアの貴族だったフランチェスコ・プロコピオ・デ・コルテッリという人が、カラブリアでベルガモット精油の存在を知り、1686 年にパリで「ル・プロコープ」というカフェを開きました。そこでベルガモット精油を用いた薄黒くエキゾチックな飲み物が人気を博し、アクエ・ジェラーテ(acque gelate=氷水)に混ぜたり、ベルガモットのソルベとして提供していました。

太陽王ルイ 14 世は、感染症を恐れて体をあまり洗おうとはせず、そのぶん香水を大量に用いたため、ベルガモット精油から作られた香水はベルサイユ宮の寝室を飛び出し、ヨーロッパ中の優雅なサロンに瞬く間に普及していきました。後にオーデコロンと呼ばれるようになったこの「アクア・アドミラビリス(素晴らしい水の意)」は、ベルガモットがなかったら生み出されなかったでしょう。

いっぽう紅茶の「アールグレイ」は、1830~34 年に英国の首相を務めたチャールズ・グレイ伯爵にベルガモット精油を加えた紅茶が贈られたことに因んで名がつけられました」

「ベルガモット畑を所有しているということは、幸運を手にすることを意味していました。ベルガモットは『カラブリアの緑の金』と呼ばれ、地主だけがその果樹園を所有できました。ベルガモットは経済的な価値がとても高かったので、私の祖父カルメロ・サヴェリオ・ピッツィ(Carmelo SaverioPizzi)は、ベルガモットオイルを最後の一滴まで手作業で搾り取ると、搾り終わった皮にマッチの火を近づけてチェックをしていました。火が移るようではキレイに搾りきれていないと言うのです。

大袈裟に言っているのではありません。実際 1970 年頃までは、精油4リットルで軽自動車が買えたくらいです。ところが工業化が進むにつれ、手作業が機械に取って代わられました。90 年代には高分子研究も進み、合成ベルガモットの生産が始まると、本物のベルガモットの需要が減って価格は暴落しました。

『カラブリアの緑の金』が、これまで栽培者にもたらした富はなくなり、つい最近までは単にアイデンティティの問題や、生産者の家族にとってのシンボルとして生産しているだけとなっていました。私の祖母ジョバンナは、価格暴落後も、彼女の血管にはベルガモットオイルが流れているのだから、栽培を続けて子供たちを育てあげて見せると豪語したそうです。

ベルガモット栽培の再生が始まったのはおよそ 20 年前のこと。2001 年、EU の行政機関によりレッジョ・カラブリア産ベルガモットのエッセンシャルオイルが保護原産地呼称 (DOP) に認定され、2007 年に保護組合が設立されてからです。当時、自然農法や健康的な生活の価値が見直され、古くからあるカラブリア産柑橘類が持つ医学的要素にスポットライトが当たるようになったのです。

田舎では、ベルガモットの収穫作業をして指に擦過傷ができても、すぐに治ることは知られていました。それよりずっと以前、ペストが流行した時代もベルガモット市場で働いていた人たちだけはペストに感染しなかったんです。ベルガモットには傷口をふさいだり、抗バクテリア作用がある。実際、私の祖父は医者でしたが、手術室の器具をベルガモット精油で消毒していたくらいです」


保護組合で経済支援をしている大学のベルガモット研究により、日常的なベルガモットの摂取は悪性コレステロール、中性脂肪の値や血糖値を下げることが立証されている。

今日、カラブリア州各地にベルガモットを加工する職人の工房が次々誕生し、このフルーツの価値を高める努力がイタリア人の想像力を用いて続けられているところだ。

そうした中でも特に僕を驚かせたのは、2023 年の「ゴロザリア・ミラノ(食の祭典)」に参加した「アンティケ・エッセンツェ・メディテッラネエ(Antiche Essenze Mediterranee)」のドナテッラ・ザッピア(Donatella Zappia)が作るベルガモットパウダーだ。

カラブリアの限りなく豊かな自然の賜物である柑橘類やハーブを用いたパウダーの生産者で、「私たちは、この地域自体が何にも代えがたい素材と捉えています。大切なのは、自然のサイクルを尊重し、環境へのインパクトを最小限に抑え、化学肥料や有害な殺虫剤の使用を避けて栽培をすること。私たちの工房ではベルガモットは手で皮を剥き、低温で時間をかけて乾燥させることで、ベルガモットの持つエッセンシャルオイルをそのまま残し、主要な効果を損なわないようにしています」と語る。

「果物でもハーブでも、私たちの祖先が栄養を摂取し、同時に治療にも使っていたものを食卓に届けたいのです。ベルガモットにはビタミン A、B12 や C が多く含まれ、優れた抗酸化作用や、血中に鉄分を吸収しやすくする働き、炎症を抑える作用もあります。最近の研究ではベルガモットのフラボノイドは何種類かの癌に対しても効果があるそうです」

ドナテッラのベルガモットパウダーの使い道は驚くほど幅広く、製菓生地に混ぜ込んでも、料理の仕上げにも、マリネ液に用いてもいい。魔法の食材と言えよう。

繰り返し、正確に手仕事を重ねる先にあるもの

僕は仕事柄、一年中何かを試食している。そして僕の特技は一度味わったものの味をそう簡単には忘れないことだ。ベルガモットのジャムの中でも一番心に残るのは「リベッルラ・ブルー社」。それを作る本人に出会った時、彼は一種、改宗にも似た人生の方向転換を経たからあの逸品を生んだのだと感じた。


フランチェスコ・ヴェルトレ(Francesco Veltre)、56 歳

フランチェスコ・ヴェルトレ(Francesco Veltre)、56 歳。食品工業の分野で活躍する化学者だったがある時期、その道を歩み続けることに喜びを感じられなくなった。それで地元に戻り、小さな工房に手を加えてベルガモットジャムの生産を始めたらしい。

ベルガモットの外皮をすべて手作業で剥き、白い中果皮を取り、種をとった果肉を3日間冷水につけておく。水をきったら低温で8時間煮込み、前年の外皮を砂糖漬けにしておいたものを入れた瓶に流し込む。年間の生産量は 5000 個と少量生産だから、まさにお宝。ベルガモットのドライスライスにダークチョコレートをコーティングしたものや、友人からの依頼でカラブリア特産のナスの砂糖漬けなども作っている。

―この仕事は君を絶対失望させないよね。

「僕が化学研究員として働いていたのはドイツの企業で、正確に仕事をすることの大切さを学びました。つまり、たった一度おいしいものができてもだめなんです。繰り返し作れるようでなければ意味がない」

―「リベッルラ・ブルー(青いトンボ)」という社名にしたのはどうして?

「僕が幼かった頃、母の畑にはとてもきれいな青いトンボが飛び交っていました。僕が今の仕事を始めた頃、様々な理由で僕の心は闇のように暗く、あのトンボたちを思い出して僕自身の再生のシンボルにしようと思ったんです」

ベルガモットの物語を締め括るのに、これ以上素晴らしい話はない。


◎Azienda Agricola Giovanna Pizzi
San Carlo – Condofuri (RC)

◎Antiche Essenze Mediterranee
Via Amedeo Avogadro 3 Crotone

◎Libellula Blu
Via Ravagnese Traversa Nicolò 11
89126 Reggio di Calabria

パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
https://www.ilgolosario.it/it

『イル・ゴロザリオ』とは?

『イル・ゴロザリオ』とは?

イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。

(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)

『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーション

私たちの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べよう」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

そして、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、2016年にそれぞれのWEBメディアで記事交換をスタートしました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。

『イル・ゴロザリオ』で公開されている『料理通信』記事はコチラ

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