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JOURNAL / イタリア20州旨いもの案内

パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

vol.9 エミリア・ロマーニャ州のクラテッロ・ディ・ズィベッロ

2016.11.01

(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)

連載:イタリア20州旨いもの案内

世界に名を馳せる生ハム王の夢




ガラス張りの広い食堂に架かった一枚の絵画。
ポレズィネ・パルメンセ村(Polesine Parmense)のレストラン「アンティーカ・コルテ・パッラヴィチーナ(Antica Corte Pallavicina)」にあるその絵には、調理台を前に立つ女、母親が描かれていた。



母親のまわりには幼い子供たち、エミリア地方の田舎家では見慣れた調理道具、家庭の温もりにもてなしの心が見える。
ジュゼッペ・ヴェルディが所有していた由緒ある屋敷に産み落としたこのレストランの壁を、マッシモ・スピガローリはこの絵で彩りたかった。

絵を見てハッとさせられた。そこにこの場所の全てが語られていたからだ。
特にイタリアのみならず世界中でクラテッロの王として知られるこの男の若かりし日の夢が。

霧に包まれ熟成する生ハム






彼の一家は、昔からポー川の河岸で「アル・カヴァッリーノ・ビアンコ(Al Cavallino Bianco)」というオステリアを 営んでいた。
現在は兄弟のルチアーノがその店を切り盛りしていて、新しい店と古い店、二つの世界を細い並木道が結んでいる。
スピガローリ兄弟は、この美しい宝庫ともいうべき「アンティーカ・コルテ」を買い取り、客室に食堂と工房を作った際、貯蔵庫で食事をしないかと僕を誘った。

だが、行ってみると、まずトラクターに乗れという。
暑い夏の陽がしかめ面を始める季節で、クラテッロを熟成しているところを見に連れて行かれた。
田舎の一軒家の涼しい場所に、丸々した肉塊が何千と吊してあった。



夜になるとここの扉は全開にされ湿気が取り込まれる。
霧の日ともなれば、豚モモでも最も高価な部位を切り出したクラテッロに、これ以上は望めないほどの恵みがもたらされる。
ここで2カ月の乾燥期間を終え、クラテッロたちは、今度は「アンティーカ・コルテ」の貯蔵庫に移され、さらに少なくとも13カ月をそこで過ごす。



頭上に無数のクラテッロで作られた天井を意識しながら、正にその下で、僕たちは無言の夕食をとった。
その香り、その空間、純粋に奇跡としか言いようがない!

この地域は人々から“バッサ(Bassa:平野部)”と呼ばれる。
今でも秋には濃い霧に包まれ、地元の人たちはタバッロと呼ばれる厚手のマントを羽織って外出する。
クラテッロは他の生ハムとは違い、よりデリケートで、熟成にはこの湿気が絶対に必要だ。



豚モモの後方上部を切り出すと塩を与え、ニンニクとワインを使って手でマッサージする。
ここまでの作業が終わると、いよいよ膀胱に詰めて乾燥工程に入る。
まず、膀胱に水分を逃すための細かな穴を開けてから紐をかけていくが、横糸は蜘蛛の巣のように密にかけねばならない。
これは、熟成が進んで肉の大きさが縮んでもその密度が失われないようにするためだ。



僕は、マッシモ・スピガローリの手仕事や紐で縛る作業を何回となく目にしてきた。
その度に思う。
彼は「マンマがそうであったように自分も料理人だ」ということに固執するが、本当はクラテッロ作りが一番好きなのだろうと。

おとぎ話の「黒い豚」を探して






彼の母親はオステリアで働いていた。
だが、客たちが店にやってくる前に必ず子供たちを寝室に伴って行くと、黒い豚が主人公のおとぎ話を聞かせたそうだ。
マッシモが成人した頃には、だが“バッサ”地域の田舎からその黒い豚の姿は消えていた。
で、若かりし日の彼は何を夢に見た?
消えてしまった豚を探すこと。
そして見つけてくると、全身が黒いこのボルギジャーナ種の豚を、ポー川河川敷の野原で放し飼いにして繁殖させた。



樫の木が落とすドングリを餌に2歳まで成長した豚は、クラテッロとしてすばらしい肉になる。
大型のイタリア産ヨークシャー種から作るクラテッロに比べると、より香しく、甘味のある特別なクラテッロが出来る。



「アンティーカ・コルテ」でテーブルに着くと、まずクラテッロのテイスティングから始まる。
より若めに熟成したものから順に少なくとも3種類、ヨークシャー種、ボルギジャーナ種、そしてモーラ・ロマニョーラ種も出してくれるかもしれない。
他では味わえないこんな体験には、是非とも“バッサ”地域の有名なワイン、フォルターナ(Fortana)で祝杯を挙げてもらいたい。
軽く甘めの発泡性赤ワインだ。

クラテッロは、香ばしく焼いたパンと合わせて味わうと完璧だ。
が、そのパンにしてもエミリア地方の人たち以上にその術を知り尽くした人たちはいないだろう。



「アンティーカ・コルテ・パッラヴィチーナ」は夢のレストランだ。
夢が形になって眼の前に広がっている。
菜園があり、ガチョウやカモが飼われ、ブドウ棚が幾重も並ぶ。
そして幸せそうな豚たちが今日もドングリを噛みしめている。
スピガローリ家のマンマが立ち働いていた頃とそっくりそのままに。



パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it



shop data:マッシモ・スピガローリのクラテッロ・ディ・ズィベッロを味わうなら
Antica Corte Palla Vicina
Strada del Palazzo Due Torri, 3
43010 Polesine Parmense (PR) Italy
Tel +39 0524 936 539
Fax +39 0524 936 555
relais@acpallavicina.com
http://www.anticacortepallavicinarelais.it
定休日:毎週月曜日
休暇:1月17日から27日





shop data:マッシモ・スピガローリのクラテッロ・ディ・ズィベッロを味わうなら
Ristorante Al Cavallino Bianco
Via Sbrisi,3 Polesine Parmense (PR) Italy
Tel +39 0524 96 136
info@cavallinobianco.it
http://www.ristorantealcavallinobianco.it/
定休日:毎週火曜日
休暇:1月18日から2月2日





『イル・ゴロザリオ』とは?

photograph by Masahiro Goda


イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。



(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)







The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。





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