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JOURNAL / イタリア20州旨いもの案内

理性に情熱を溶かし込む。イタリアンカフェを極める男

Vol.69 ロンバルディア州のコーヒー焙煎業者

2023.10.26

イタリア20州旨いもの案内 理性に情熱を溶かし込みコーヒーを極める男

text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki

連載:イタリア20州旨いもの案内

連載:パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

コーヒーの歴史はイスラム世界が発祥と思われがちだが、実は10世紀のエチオピア原産でその後イスラム世界に広がり、次いでヨーロッパや南アメリカのヨーロッパ植民地へと普及していった。その流れだけでも長編アドべンチャー小説並みに膨大で、僕のこの記事ではとても書ききれやしない。
だがこれは特筆しておきたい。ヨーロッパでコーヒーが定着したのは1600~1700年代で、知的・文化的職業が確立していった時代。聡明さに大きな重要性が見いだされ、公共のカフェが誕生し、「理性」の重要性はとうとう誰もが認めるところとなり、啓蒙主義として発展した。まさにその同時期に、アルコール飲料に代わってコーヒーが日常的に愛飲されるようになったのは必然だったと言えるだろう。

「理性」、それは人類にとっていつの世にも最大の弱点であり、同時に人類が危機的状況に陥る都度、最良の先導者となってきた資質だ。ところが重要かつ普遍的な価値観のようなもの生み出そうとする時は「理性」だけでは不十分で、体から湧き出る高揚感、つまり「情熱」を「理性」に溶かし込んでやる必要がある。相反するように見える「理性」と「情熱」が実は互いを照らす光であり、互いの影であるわけだ。


最良の環境で育てられたコーヒー豆は、カフェインを必要以上に生成しない

そんな考えに囚われ、はっと我に返ったら、僕はロンバルディア州ブレシア県のパラティコ(Paratico)にあるイタリアで最高品質を誇るコーヒー焙煎加工業者の一つ「トリスモカ(Trismoka)」の社屋で、社長のパオロ・ウベルティ(Paolo Uberti)の話に耳を傾けていた。ブレシアは有名なスプマンテの生産地フランチャコルタがある県と言えば、諸君も地理的な位置づけにピンとくるだろう。

―「トリスモカ」の名は私たちのコーヒーに対する情熱の代名詞といえるでしょう。1981年に私の父ジーノ(Gino)が、それまでに経営者が3回変わっていたというこの会社を買い取りました。ウベルティ家がこの業界に足を踏み入れたのはこの時が初めてでしたから、まるで闇に身を投じるような気がしたそうです。

父はもともと書籍を訪問販売する出版社を経営していました。それで有力企業が数多く軒を連ねるこの業界に参入するには、ただおいしいコーヒー豆を生産するだけではダメで、イタリアで最高の質を誇るコーヒーを作るのでなければ、とても勝ち目はないと直感しました。父は母ゼリンダ(Zelinda)と二人三脚で一杯のエスプレッソカップを小さな芸術品に仕上げるべく、心も体もコーヒーに捧げるつもりで取り組みました。それでも最高のブレンド、優れたシングルオリジンで納得できる製品を生みだすのには数年の歳月を要しました。それを飲食店やホテルに売り込んでいったのですが、商品を説明する父ジーノからは「一家のコーヒー豆に対する熱意が痛いほど伝わってきた」と当時のクライアントは言います。

僕が家業に加わったのは1993年。まず、コーヒー豆の産地を実際に訪れ、豆の乾燥方法、テロワール、輸送システムから保存方法に至るまで、その畑の環境が一粒の豆に、そして一杯のエスプレッソになった時に与える影響を深く知ろうと思いました。それを知った上で焙煎を始めようと考えたのです。

焙煎

―コーヒー豆の焙煎という作業は料理と同じで、腕があれば良い原料を選び抜いてそのアロマの特徴を引き出してやることができる。豆は焙煎をかけすぎると苦味だけになってしまうし、逆に焙煎が軽すぎるとアロマの複雑さが出ないんです。

エスプレッソはイタリア独特の抽出方法で、コーヒーの言わば精髄を抜き出して見せるようなもの。数秒間の仕事でアロマ、香ばしさ、クリーミーさ、後味、風味、香りを凝縮させてカップの中に注ぐわけです。

そして印象とは裏腹に、カフェインの含有量はさほどでもないですよ。最高級のアラビカ種100%のエスプレッソ一杯に含まれるカフェインは50~80㎎。家庭用のモカエキスプレス(カフェッティエラとも呼ばれ、ねじ式ポットの下部に水、中央のフィルター部分に細挽コーヒーを入れて直火で沸かし、ポットの上部に抽出)やナポリ式(モカエキスプレスとほぼ同じ原理だが、湧いたらポットの上下を逆さにして抽出する)の方がよほどカフェイン含有量は高いですし、アメリカなどで普及しているドリップ式はさらに多いです。

カフェインは神経に作用するのは事実です。特に不適切な環境で栽培されたロブスタ種はカフェインが高くなります。これはバランスの崩れた環境にはびこる寄生虫やその他の異常に対して、苗木が抵抗反応を示すことでカフェインを生成するからです。最良の環境に植えられ、より良い生育条件下で育てられたコーヒー豆はカフェインを必要以上に生成することはありません。

コーヒー

生産者の将来を保証するコーヒー豆を焙煎する

―市場で多く用いられている2品種のうち、アラビカ種は標高が800~2000メートルで栽培され、カフェインの含有率は0.8~1.5%であるのに対し、標高600メートル以下で栽培されるロブスタ種はコーヒーにした時の味は濃い目ですが、アロマのニュアンスは少なく、カフェインの含有率は2~4%になります。

トリスモカではアラビカ種と一部ロブスタ種を用いた5種類のブレンドを提供していますが、中でも「グルメ(Gourmet)」はアラビカ種100%によるブレンドの花形です。

労働力

そして僕たちが特に大切にしているのが「ミス・モカ(Miss Moka)」。南半球では労働力の約7割が女性という国が多くあり、それらの女性たちは教育を受ける機会はなく、貸付を受けたり、物品を売買する権利もありません。トリスモカでは、そんな女性たちが「スペシャリティ・コーヒー(高品質なコーヒー豆を持続的に生産していくためにトレーサビリティを明確にした質の高いコーヒー豆)」として栽培し、ここパラティコの工場に送ってくれた生豆をローストし、今度は彼女たちの住む村と、彼女たちの子供の将来を保証することに収益をあてるコーヒー豆の生産と販路開拓を実現させました。それがこのブレンドです。

ミス・モカ

パオロはその他に6種類のシングルオリジンのコーヒー豆を焙煎している。
「コロンビア」はキリっとした味わいに存在感のあるコク。
「ニカラグア・ビオ」は、小規模生産者たちが連帯協同組合を組織し、有機栽培により生産された生豆を用いており、環境への影響を最小限に抑えたコーヒーで、フローラルな香りにカカオを思わせる後味が特徴。
「コスタリカ」はアロマ感があり、エレガントでフルーティ、ワインを思わせる酸味もあって心地よいコクが感じられる。
タンザニア産の「キリマンジャロ」は、これがあれば最高のコクをもつエスプレッソを淹れることができるというもの。ほのかな酸味に、熟した果実のような後味がある。
「ペルー」は標高1600メートル以上の地域で厳格な規定のもと栽培された豆のみを用い、熱帯のパイナップルのような風味にハチミツやキャンディーのような甘い後味が特徴的。
そして「パナマ」は素晴らしいコクにカカオやフローラルのアクセントのある麦芽、ハイビスカスやかんきつ類の花のような余韻が楽しめる。

麦芽

―シングルオリジンでも特に大切しているのが最後の「パナマ」で、やはり労働者のための共同福祉事業支援の一翼を担っています。買い付け業者と協力体制を作り、子どもに労働を強いることを阻止すると同時に、子どもたちに教育プログラムを無償で提供しています。

コーヒー豆を飲料に変えるバリスタ

コーヒー豆を飲料に変えるバリスタこそが結びのパーソナリティ

さて前述の料理の例えの話に戻りたいのだが、コーヒーの世界で第一のシェフを焙煎士とするなら、第二のシェフとしてバリスタがいる。焙煎された豆を飲料の状態に作りかえる人だけに、偉大なるプロでなければならず、計量器付きミルやエスプレッソコーヒーマシンなどを使いこなし、錬金術を適切に施すという重要な役回りだ。だってそうでしょう? 最高のコーヒー豆を焙煎しても、それをバリスタが台無しにしてしまっては意味がない。

バリスタ

―他の食品加工体系と違うのは、体系外に位置するはずのバリスタが加工戦略の一端を担っているということ。バリスタこそが結びのパーソナリティで、コーヒーの姿を完全に別の形にするのは彼らの役目なんです。コーヒーは飲み物である以上に私たちとバリスタのチームワークが生み出す喜びの源で、小さな芸術作品なのです。

パオロはトリスモカをイタリアンカフェの世界で文化的にも、プロ養成の観点からも一つの基準となるまでに高めたいという。社屋のエントランスに足を踏み入れて最初に目にするのは、バリスタやレストラン関係者に対して提唱する7つのカフェ教育プログラムのボードだ。2003年から今日まで約5000名のバリスタたちが受講してきた。

バリスタたちが受講

―トリスモカのコーヒーを海外でも販売するなら、僕たちがイタリアで培ったのと同じコーヒーの文化とそれを淹れるための教育プログラムを一緒にお渡ししたい。ですから僕たちのコーヒーを扱ってくださろうとする方は、商品の供給に着手する前に是非イタリアの本社にお出でになり、僕たちの講義に参加していただけたらと願います。

パオロの話を聞きながらこの最高のカフェを味わっているうちに、毎朝、深く考えもせずに熱々のエスプレッソをひっかけてオフィスに出かける自分を省みた。うむ、僕は毎日いったい何杯のカフェをそんな風に口にしているんだ?
「いかん、いかん、もっときちんと味わわねば!」そう思った。だが、わかっているのだ。イタリア人の習慣で、気がつけば相変らず意識もせずエスプレッソに手を伸ばしているんだろうよ。

Trismoka S.r.l

◎Trismoka S.r.l
Via Garibaldi 29, 25030 Paratico (Brescia)
Telefono e fax 035.913636
https://www.trismoka.it/

Coffee Schoolに関するお問い合わせは(英語可)
scuola@trismoka.it


パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
https://www.ilgolosario.it/it

『イル・ゴロザリオ』とは?

『イル・ゴロザリオ』とは?

イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。

(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)

『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーション

私たちの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べよう」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

そして、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、2016年にそれぞれのWEBメディアで記事交換をスタートしました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。

 

『イル・ゴロザリオ』で公開されている『料理通信』記事はコチラ

 

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