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JOURNAL / イタリア20州旨いもの案内

パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

vol.47 リグーリア州のキノット生産者

2020.06.29

(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)

連載:イタリア20州旨いもの案内

懐かしの苦味系柑橘フレーバーの炭酸飲料




僕には炭酸飲料を飲む習慣はないのだが、バールに入って何を頼むかすぐに思いつかない時があるだろう? そんな時に注文するのがキノット(chinotto)だ。
キノットは100%イタリア製のソフトドリンクで、その歴史は1930年に遡るが、一時期ほとんどの店から姿を消し、北イタリアの田舎にある一部のバール以外では見かけられなくなったことがある。他の地域ではバールでキノットを注文でもしてみた日には、極端な変人とか、危険人物を見つけた時のような恐怖じみた目でバリスタが君を見つめたことだろう。
キノットの色はコカ・コーラに似ていて、味はフレッシュな柑橘系でちょっと苦味がある。

それが今やオールドタイプのソフトドリンクとしてカムバックし、イタリア中で見かけるようになったし、キノットを作るメーカーも複数軒でてきたが、どれも概ね伝統的な製法に基づいて生産している。僕にとっては、バリスタたちが口元でニヤっと笑って出してくれる通のための秘密のドリンクだった頃の方がよかった気もする。

実は「キノット」とは、主にリグーリア州やカラブリア州に生育する柑橘類の一種だということは消費者の誰もが知っているわけではない。わずかなパーセンテージの添加で香りづけになることからソフトドリンクを果物と同名の「キノット」と呼ぶようになったのだ。だから果物のキノットには、食通たちの好奇心をそそるような用途が多くあるということだ。

学名『Citrus myrtifolia』というこの柑橘系の果物は、一般名を『キノット(chinotto)』というからには中国由来のもので、1500年代末期にイタリアへ渡ってきたと思われる。だが、その原産地は明らかになっていない。不思議なことにアジアでは栽培されておらず、イタリアとコート・ダジュール地域のみで栽培されているようだ。

キノットの木はあまり大きくならない。最長でも3~4メートルでゆっくり成長する。レモンの木は2~3年もあればそのぐらいの高さになるが、キノットは少なくとも10年はかかる。花は白くて小さく、香り高く、豊かにつけた花が満開になると形容しがたいほどの美しさだ。そして酸味があり強い苦味があるライム大の実をブドウのような房状につける。

ビタミンCはオレンジの10倍

ここは、リグーリア州サヴォーナ県のフィナーレ・リグレ(Finale Ligure)の内陸部。アレッサンドロ・パローディ(Parodi Alessandro)の農園は1930年に彼の祖父ロレンツォによって開場され、その当時から果樹栽培と農園で収穫物の加工を専門に行ってきたが、ロレンツォの代には、特に柑橘類は荷台に積んで近隣の村々で売り歩いていたそうだ。現在でもその頃の荷台が農園内のショップに大切に展示されている。
そしてサヴォーナ産キノットはアレッサンドロの父の代から栽培を始めたから、これで二代目になる。

「私たちが栽培しているキノットは独特なんです。西のリヴィエラ地域でもピエトラ・リグレ(Pietra Ligure)からヴァラッツェ(Varazze)と限られた地区で栽培しています。他のキノットとの違いは種子がないこと。学名も『Citrus myrtifolia』とは異なる『Citrus aurantium』、苗を増やすにはアランチョ・アマーロ(訳注arancio amaro:ダイダイの一種で、その昔、文旦とマンダリンを交配して作られたとされている)に接ぎ木をしてやらなければなりません。

種子のある他の品種のキノットは、アロマ成分が豊かで香りが高く、消化にもよいとされる皮の部分だけを主に利用することが多いのに対し、サヴォーナ産キノットは種子がないことから、砂糖漬けにしたり、コンポート、ジャムの原料としても用います。全ての柑橘類の中でも最も苦味の強いのは、おそらくキノットでしょう。でも同時にビタミンCを最も含むのもキノット。その量はオレンジの10倍に相当するんですよ」

こう熱心に語ってくれたのは、アレッサンドロの兄弟のマッテオ・パローディ(Matteo Parodi)。彼が営業を担当し、栽培をアレッサンドロが担当しているそうだ。彼らの両親、ジャコモ(Giacomo)とマリステッラ(Maristella)もまだまだ現役。マッテオの妻のメアリー(Mary)がジャムやその他の加工品製造を担い、季節の果物や野菜を扱うショップも切り盛りしている。

彼らの農園にはマンダリン、レモン、アランチョ・アマーロなど様々な柑橘類が1000本植えられており、例えばリグーリア特産でとてもデリケートな味わいがあるオレンジで希少品種ペルナンブーコ(Pernambuco)も生産している。だが、彼らの農園で最も人気があり、需要も高いのはキノットで、250本を育てている。

アロマティックな未熟果か? 苦味のデリケートな完熟果か?

「2004年にサヴォーナ産のキノットが、スローフードのプレシディオに認定されてからというもの需要は増える一方で、私たちも消費者により楽しんでもらいたいと次々に新しい商品を考えるようになりました。
同農園のキノットの生産量は年間3トン。収穫期は年に2回で、皮の香りが最も濃厚になり、その緑にも輝きが増す9月と皮が今度は黄色く色づく12月。マンダリンのような色に変わると、アロマを失う代わりに苦味がよりデリケートになります。

私たちが生産するキノットジャムには新鮮な実を使い、ペクチンは添加しません。果実が緑色の未熟なうちにジャムにしたものと完熟したもの、2バージョンがあります。
完熟バージョンは、香りは控えめですがデリケートな苦味からまるで全く別の果物から作られたようで、買い求めに来られるお客様の好みも分かれます。確かに未熟バージョンはより貴重ですが、ただ、忘れてはいけないのは完熟バージョンの方が未熟バージョンに比べるとビタミンCが2倍になっていることですね。

当農園の他のお勧め商品と言えば、マラスキーノ酒を用いたキノットの砂糖漬けでしょう。これも伝統製法で生産していることが自慢です。
1900年代初頭、リグーリアのバールに入ると、苦っぽい香りのキノットの砂糖漬けを、くぼみをつけた小さな特製グラスに入れ、食後酒として普通にサーブしていたんですよ。私たちのキノットの砂糖漬けは、シロップ漬けで、ジェラートにのせてもいいし、チョコレート・コーティングしても最高です。
キノットのリキュールも作っています。皮をリキュールに漬けこんで作るのはリモンチェッロと同じです。爽やかで香りの高い食後酒です」

さらにはグルメ商品として、特許まで取得しているのが「キノーロ(Chin’Oro)」。ヴァド・リグレ(Vado Ligure)にあるタヴィアン搾油所(Frantoio Tavian)との共同開発で、70%のタッジャスカ種のオリーブと30%のキノットを一緒に搾油したものだ。僕は、リグーリアの海が一望できる柑橘の段々畑に腰掛け、生のカタクチイワシに落として味わったことがある。驚きの旨さだった!

「海ですか? 友人の何人かは、僕を訪ねてくる前に聞くんですよ。海の様子はどうかって。でもそれは僕も知らない。僕たちリグーリア人は山の民ですから、海が時化るかどうかはほとんど気にしたりしません」

それでも僕は、僕たちピエモンテーゼに似て野性味ある“山の民“に愛情を抱きつつ水平線を見下ろす。海に面したこんなに美しい地区だが、内陸部は丘陵地や山間部で僕が大好きな野菜をふんだんに用い、健康的でデリケートな伝統料理を楽しめる。
恐らくはその昔、海賊たちの襲撃を恐れて海岸部を離れ、山間部に住みはじめ、そのうちに海岸部に戻ったものの、彼らの心は高台においてきたってところじゃないかと思う。

パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it





[Shop Data]
Azienda Agricola Parodi Alessandro

Località Aquila
17024 Finale Ligure (SV)
Tel. 019692441 349 6042127
parodichinotto@virgilio.it
www.parodichinotto.it
 





『イル・ゴロザリオ』とは?

photograph by Masahiro Goda


イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。



(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)







The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。





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