パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内
vol.17 サルデーニャ州 パーネ・カラザウ
2017.07.27
訳注*1 マリア・ガブリエラさんに「セモリナ」ではなく「セモラート」ですよと電話口で直されました。確かに原材料には「Semolato di grano duro(硬質小麦のセモラート)」と表記されています。「セモリナ」を製造する際、篩にかけ、網目に残った粗目の粒子が「セモラート」で、パーネ・カラザウにはこれを用いるそうです。*2 ヌラーゲ文明は、サルデーニャで発祥し、特に青銅器時代(A.C. 1800年代)に発展した文明です。ヌラーゲと呼ばれる巨大な石造りの建造物は、天体観測に使用されたのではないかとされています。
羊飼いの必需品、軽くて保存が効く薄焼きパン
サルデーニャの特産物の中で最も知られ、地元の人から愛されているものの一つは、疑いもなくパーネ・カラザウだろう。
まさにサルデーニャ島の味のベース!
硬質小麦のセモラート*1、水、イーストに塩を用い、2度窯で焼かれるうすーい円盤形のパンだ。
島の歴史を語る巨大な「ヌラーゲ*2」にもこのパンの痕跡が残っていることから、その発祥はかなり古く、青銅器時代とも言われている。
今では世界中で知られるこのパンは、サルデーニャ島の中部から北部にいる牧夫たちの暮らしの中から生まれた。
始終羊の群れを追って野外を移動する牧夫たちにとって、生地に水分を含まず、保存に適したありがたい食品で、焼き上がったパーネ・カラザウは、女たちの手で楔形に切り分けられ、男たちはそれを押し込んだ保存用のカバンをたすき掛けにし、家を後にするのが常だった。
という訳で、ここはサルデーニャのど真ん中、ヌオロ県(Nuoro)マルギネ(Marghine)地区。
山、丘に平野、乾いた空気に豊かな緑、絶え間なく移り変わる荒々しい大自然。
変化に富んだ地形環境に、まばらに集落が存在する。
そんな中の一つ、パライ山(Monte Palai)の裾野にある町ボロターナ(Bolotana)に降り立った。
愛する故郷で生きるため、パーネ・カラザウに賭けた兄妹
かつてこの地域では、どこの家でも当たり前のようにパーネ・カラザウが焼かれていたのが、今はこの習慣も影をひそめてしまった。
その灯を消したくないと、家族経営でこのパンを焼き続ける工房、その名も「アンティーキ・サポーリ(Antichi Sapori:昔の味の意)」を訪ねた。
母親の手を借りて工房を切り盛りするのは、エリア・ファッダ(Elia Fadda)と妹のマリア・ガブリエラ(Maria Gabriela)という若い兄妹。
彼らにとって、母が焼き、食べ続けてきたこのパンは一家の宝だった。
だからこれを製品として一般に販売しようと決意した。
「自分たちが“これなら出来る”と思えるものに賭けてみようと思ったんです……」マリア・ガブリエラが言う。
「生活の支えとなってくれるのはこれしか考えられないと。ここはもう働き口は多くはなく、若い人は皆よそに出て行ってしまった。でも、私たちはここに残りたいと思ったんです。だって、ここの美しさといったら、見てのとおり『素晴らしすぎる』くらいでしょ」
彼らがパーネ・カラザウ作りで最も気を遣うのは、素材選び。
セモラートは、地域にある3つの製粉所のものを用いるが、さらなるこだわりは、絶対的にサルデーニャ産であること。
自然発酵、1回焼いて膨らんだものを半分にするのも全て職人による手作業で、そして最後に「カラザウ」の語源となったトースト作業「サ・カラザドゥーラ(sa carasadura)」という2度目の焼きが行われる。
パックの重量は500グラムと1キロの2種類。ナイロン製の袋できっちり包装することで、賞味期限は最低でも6カ月を保証できる。
「製造作業は朝6時から午後4時まで。週4日焼いて、5日目は配達にあてます。1日に200から300キロ焼き上げます。もちろん、パーネ・グッティアウも焼きます。エキストラバージン・オリーブオイルと塩で味つけしたものです」
パーネ・カラザウは、そのままでも食べるが、ほんの少し水に浸すと、香ばしさを損なわずに軟らかくなる。
これがこのパンの起こす奇跡!
それを、地元産の素朴なペコリーノ・チーズに添えたり、皿に残ったイノシシ肉のラグーを惜しむことなく拭きとって口に入れるのに利用したり、スライスしたハムに合わせたりして用いる。
一方、子供たちは、ヌテッラを塗ったものに目がない。
パーネ・カラザウをラザーニャに用いれば、独特な一品になる。
普段作り慣れたラザーニャもパスタの代わりにパーネ・カラザウを、ベシャメル・ソースと豚にポルチーニを刻み込んだミートソースの間に敷く。懐かしい味わいなのに、とても軽い出来上がりに驚くだろう。
僕が彼らの工房を訪れたのは早朝で、そこに足を踏み入れるとオーブンから噴き出す熱気が出迎えてくれた。
パンの風味が鼻腔にまで広がり、一昔前に戻ったかに思えた。
その日、僕が味わったのは豆類のスープ。
そこに割り入れたパーネ・カラザウの香ばしさがたまらない。
このスープにはサルデーニャ島の野生ハーブの香りを添えようと、お伴にはサルデーニャ産の白ワイン、ヴェルメンティーノ(vermentino)を選んだ。
あっ、これまた最高!!!
パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it
shop data:サルデーニャ産パーネ・カラザウを買うなら
Antici Sapori di Fadda Elia
Zona Artigianale Bardosu,
08011 Bolotana (NU)
+39 0785 42491
http://www.antichisaporifadda.com/
『イル・ゴロザリオ』とは?
photograph by Masahiro Goda
イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。
The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。
この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。
南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。