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JOURNAL / イタリア20州旨いもの案内

長い目で自然と共生するビール造り

vol.59トレント自治県・ビール栽培醸造家

Feb 28, 2022

text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki

連載:パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内

「ビールの世界の魅力は、それは大きいんです! 学んでも学びきれないし、日々想像力を働かせ、試行錯誤をしながら違った何かを生み出せる。そして旨いビールほど人の気持ちを一つにするものはない。人が憂いなく集える場を生んでくれる優れた飲み物がビールなんですよ」

こう語るのは、トレント自治県内ヴァル・ディ・フィエンメ(Val di Fiemme)のカヴァレーゼ(Cavalese)地区にある僕の大好きなクラフトビール工房「ビッラ・ディ・フィエンメ(Birra di Fiemme)」の生みの親、ステファノ・ジルモッツィ(Stefano Gilmozzi)だ。

小さな歩みが夢に近づく道と知る幸運

ステファノは恵まれた男で、彼もそれを自覚している。まず、ドロミーティ山地でも最もロマンチックで観光資源の豊かな渓谷の一つ、特にドイツ松(オウシュウトウヒ)の茂る広大な森がもたらす清浄効果で水も空気も澄みきって、ビール造りにはうってつけの環境に彼は暮らしている。

次に彼が選んで始めた仕事に、家族も彼にも負けないくらいの情熱を注いでいること。さらに大事なのは、彼は子供の頃から「夢というものは、仕事の手を決して緩めることなく、ゆっくり時間をかけて実現するものだ」ということを、頭に叩き込まれて育ったこと。

父親のグイド・ジルモッツィ(Guido Gilmozzi)は、カヴァレーゼにある高級ホテル・エクセルシオールのオーナーで、7人いる子供たちに常にこう言っていた。
「仕事を他人に教えようと思うなら、まずお前らが教える相手よりその仕事を上手くできんといかん」と。その言葉通り、勉強の嫌いな子供は彼がホテルでこき使い、鍛え上げた。

ステファノの兄弟、アレッサンドロは厨房で働き料理を覚えた。今日では努力の甲斐あって同じカヴァレーゼにレストラン「エル・モリン(El Molin)」を開き、僕のレストラン・ガイド『イル・ゴロザリオ』でも「輝ける王冠(5つある評価レベルのうち最も高いレベル)」を得ているし、ミシュランの星も獲得している。今回の主人公ステファノもホテル内にあるピッツェリアで14歳から働き始め、もう一人の兄弟マルコと一緒に17年間共に汗した。

小さな成功を収めると、そこで安住する人もあれば、その成功をもとに次の挑戦に打って出る人もある。ステファノの場合は後者で、何か地域に密接に関連したことをやってみたいと常々考えていた。

プレダッツォ(Predazzo)とフォンターネ・フレッデ(Fontane Fredde)という近くの2つの村にはクラフトビール工房があったが、いずれも営業を停止していた。少し前から彼の頭の中には、地域のビールの伝統を着眼点にいくつかの考えがうごめいていた。イタリアではクラフトビール生産者たちが、ビールの概念に革命を起こし、食通たちをも満足させるようになって久しい。だが、彼はさらに突っ込んだものを探していた。そしてホップから大麦、その他のアロマ原料まで、生産に用いる原料を地元で生産するという発想に到達した。


農業からビールを造る

「ここでも『小さな歩みの積み重ね』という自分のポリシーを曲げるつもりはありませんでした。それに、その時点で僕は所帯をもち、子供もいたから安定した収入源を投げ出すことはできなかった。そのためビール造りの技は仕事の合間に他人の仕事を盗み見て覚えるしかなかったんです。暇ができるとメラーノ(Merano)のビール工房・グライター(Greiter)でただ働きさせてもらい、さらにドイツ産ビールのインポーターだった従兄弟のつてで、休暇になるとシュヴァルツヴァルトのビール工房に出かけ、やっぱり無償で働かせてもらいました。

それでやっと自分でも何かできるんじゃないかという自信が生まれ、300リットル用の設備を購入したんです。その2年後には600リットル用に、そして最終的に2005年にピッツェリアは兄弟に任せて独立し、ダイアーノ(Daiano)にある林間学校跡地を改築し、自分たちにとって最初のビール工房を立ち上げました。
『自分たち』と複数形なのは、僕の妻、ルイーザ(Luisa)もこの計画に最初から真剣に取り組んでくれたからです。彼女も、ピッツェリアの仕事に時間を奪われすぎて生活に変化を求めていました」

2010年に、息子のミケーレ(Michele)が家業に参加したことで、初めて農業生産と醸造を一体化したビール生産という夢の実現にこぎつけることができた。現在は使用するホップの90%、大麦の70%をヴァル・ディ・フィエンメ地域内で自家栽培している。

そしてビール・ソムリエとなったステファニア(Stefania)、農業技術師のフランチェスカ(Francesca)という二人の娘も経営に加わり、この家族経営企業は専門知識の点でも完全な姿を得た。特にフランチェスカが担う農業部門では天敵を用いた害虫駆除、自然農法による生産体制に加え、副産物の生分解性などの研究も行っており、これはヴァル・ディ・フィエンメの高い水質の維持にもつながっている。

2016年に新たなビール工房建設に着手。マーズィ・ディ・カヴァレーゼ(Masi di Cavalese)地区に、現代の高い環境基準に完全にマッチさせたアグリツーリズモが隣接する新工房を立ち上げた。こうして窓越しにビールマイスターの仕事ぶりを見学しつつ、ゆっくりと体を暖めながらジョッキに注がれたビールや美味なる地域特産物を堪能できる場を提供している。


「この新ビール工房のスタートを機に、仕事の90%は子供たちに任せるようになりました」ステファノは胸を張ってこう言った。
「それぞれが自分の適性を仕事に活かす術を身につけ、良い結果を示している。例えばステファニアは、ビールを使ったお菓子を作るのもとても上手なんです」

「生物の多様性を生み出すために、ビールの新商品開発研究も行っています。毎年、何か違う種類のものを植えてみる。どんなプロジェクトを立ち上げるにも、単に一定の分野だけで成果を期待するのではなく、自然環境全体としてのバランスがどうなるかをメインに考え、自然をリスペクトした農業を行い、緑肥の利用、飼育している家畜の糞尿を直接牧草地に堆肥として撒いたり、養蜂に適した花の栽培も行っています。

穀類栽培も多様化させ、他にカラシ、タバコ、前述のハーブから養蜂用の花卉(かき)に至るまで、どれも長い目で見て僕たちの住む地球の片隅の環境にやさしいものとなることを目指す。僕たちのかわいい友人、野生のハナマルバチの避難場所も用意しましたよ。それにホップの蔓につく害虫の天敵となるありがたい協力者、テントウムシにも木製の越冬小屋をね。

ホップの蔓は高さが6~7メートルにもなり、その高さになったら下部の葉を落としてやる必要があります。僕たちの農園では、フランスで交配されたミニ羊にこれを食べさせ、除草しています。羊、馬、ロバ、どの家畜も僕たちの仕事仲間。大事に育てないと!」


ローカルな規模の経済が、イタリアを美しい国にする

さて、それではお待ち兼ねのビールテイスティングの時間!というわけで、皆さんにも少し紹介するとしようか。
「フライムビア(Fleimbier)」はヘレスタイプの軽くてフレッシュなビールで、最初の口当たりはシンプルながらヴァル・ディ・フィエンメの水の清らかさをまるで噛みしめているようで忘れ難い。「ラリクスビア(Larixbier)」は、ダンケルタイプの赤ビールで、低温発酵による甘味と素朴さが売りもの。そして苦味が少なく、フレッシュで喉越しのスッキリとした夏向きの「ヴァイツェン(Weizenbier)」で定番トリオが勢揃いする。

そして、より強い個性を持つのが野性ホップの素朴で味わい深い「ノーザ(Nòsa)」。これは以前プレダッツォ地区にあったビール工房で生産されていたもので、フルボディできめ細かな泡立ちにまったりとした味わいがある。

「ルピヌス(Lupinus)」は、近隣の村で復活させた土着のマメ科植物アンテルヴィオのルピナスを用いている。ルピナス豆は以前コーヒー豆の代わりに用いられていたことで知られている。焙煎による強い香りとベリー系の風味に特徴がある。僕だったら、鹿のモモ肉にブルーベリーソースを添えたものと合わせてマリアージュを楽しんでみたい。このビール工房で生産されるビールの中でも唯一長期熟成させたもので、そのコクのある仕上がりには大いに心惹かれた。

他にも季節限定の商品、実験段階の商品など様々あるが、その発掘は君たちに任せようと思う。だが、一点だけ僕に紹介させてくれないか。その名も「ヒーロー(Hero)」、花椒のアロマが効いたオリエンタルな魅力のヘレスで、僕にはたまらない一本なんだ。

先見の明、利発さ、一貫性など彼らについてはこれで語り尽くした気がする。彼らが夢の実現に向けて一歩一歩、地に足の着いた小さな努力を積み重ねてきたこともわかったし、発想も革新的だが適当な時間をかけて考え抜いた健康的なものだ。それは均整のとれた小さなコミュニティーだから、いや、もっと言えば愛情でまとまった家族という最小単位のコミュニティーだからこそ起こりうることなのかも知れない。

僕がこの地域が好きなのは、ローカルな規模の経済が地域の村々に公共サービス、交通や健康的な暮らし、文化の観点から利益をもたらしていく様子が見て取れるからで、だからこそぜひ「料理通信」の友人諸君にも紹介したいと思ったわけだ。彼らのような企業経営こそが、地方の集落に人口を増やし動きを生む・・・これらの集落こそが常にイタリアという国の美点を生む原動力となってきたのだ。
なんて言うと、旨すぎるビールを口にして夢を見てるんだろうと思われるかな。いいじゃないか、しばらく夢を見させておいてくれないかい?


◎Azienda Agricola Famiglia Gilmozzi Stefano
Località Santa 7 Masi di Cavalese 38033 (TN) 
生産オフィス ☎+39 379 211 8135(mobile)
アグリツーリズモ&ショップ ☎+39 0462 930 728
https://www.birradifiemme.it/


パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。

『イル・ゴロザリオ』とは?

イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。

(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)

私たちの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べよう」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

そして、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、2016年にそれぞれのWEBメディアで記事交換をスタートしました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。

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