HOME 〉

JOURNAL / JAPAN

虫がつくから甘く香る。無農薬だからこそ作れる紅茶 和紅茶

[静岡]未来に届けたい日本の食材 #34

2023.11.06

無農薬だからこそ作れる紅茶 和紅茶[静岡]未来に届けたい日本の食材
text by Michiko Watanabe / photographs by Daisuke Nakajima

変わりゆく時代の中で、変わることなく次世代へ伝えたい日本の食材があります。手間を惜しまず、実直に向き合う生産者の手から生まれた個性豊かな食材を、学校法人 服部学園 服部栄養専門学校理事長・校長、服部幸應さんが案内します。

連載:未来に届けたい日本の食材

緑茶品種のやぶきた種などから作られる「和紅茶」の評価が世界的にも高まっています。静岡県藤枝市の山間で完全無農薬・有機栽培の緑茶を作って40年。本格的な紅茶製造を始めて35年。家族一丸、お茶作りに励む「無農薬茶の会」代表の杵塚敏明さんを訪ねます。

.左から杵塚敏明さん、歩さん、畑を担当する夫の浩之さん。

左から杵塚敏明さん、長女の歩さん、畑を担当する夫の浩之さん。


うちの茶畑、急斜面でしょう。機械が入らないだけでなく、人も立ってるのがやっと。山のお茶作りは大変ですが、ここには豊かな生態系がある。春に新茶(緑茶)を収穫した後、陽気がよくなってくると、「ウンカ」という小さな白い虫が発生して茶葉のエキスを吸います。そのため、二番茶の葉は小さくなって収量も落ちる。

クオリティ的にもビジネス的にも、一番茶とは雲泥の差です。でも、緑茶には害虫でも、紅茶になくてはならない益虫。ウンカがつけた傷を直そうと、茶葉が酵素を出す。それが香りにつながるのです。だから、二番茶を紅茶にするのは理に適っているんですね。このウンカ、農薬を使っている畑にはつきません。

私が茶農家を継いだ頃は、化学肥料と農薬を使用していたため、土壌が酸化し、ミミズも住めない茶畑ばかりでした。ある日、消費者の方から、「農薬を使わない安全なお茶が飲みたい」と言われ、農薬や化学肥料なしでお茶を育てられないかと考え始めます。そして1976年、生産農家数軒と消費者一体の、「無農薬茶の会」を設立。最初は害虫と病気にやられ、苦労しましたが、3〜4年経つと、害虫を食べてくれるクモやテントウ虫などが住み始め、畑が落ち着いてきました。

何のツテもないのに、ウーロン茶の製法を学ぶために台湾に、また、本物の紅茶を求めてスリランカの紅茶加工場に勉強に行きました。必死だったんですね。紅茶は、収穫した茶葉を「萎凋(いちょう)」といって、萎れさせて水分を飛ばす。それから「揉捻(じゅうねん)」。木製の揉捻機で揉みます。その茶葉を籠に広げて「自然発酵」。それから、温度の異なる2つの乾燥機にかけて茶葉を傷めないよう乾燥させます。この技術を他の茶農家にも伝えたくて、工場監督を日本に招き、講習会を開き、スリランカから揉捻機も導入しました。

その際、通訳をしたのが長女の歩で、通訳するうちに、技術的なことも私以上に詳しくなり、自分がやると言い出して今は紅茶製造の担当に。そして今や、歩の夫も妹や弟夫婦もお茶作りに従事。日本とスリランカのよいところを併せ、懸命に技術を磨いています。

いい紅茶を作るポイントは「掃除」です。萎凋や揉捻の後は1枚の茶葉も残さない。「紅茶はハーブ」。1枚でも酸化が進み過ぎた葉が入ると、悪臭になるからなんです。家族で働けることはありがたい。でも、よき環境を未来に残すためには農家だけではダメ。消費者ともども取り組まねば、と痛感しています。

益虫が茶葉を傷つけ、紅茶の香りの素が生まれる。新茶の茶摘みの頃は気温がまだ低いため害虫はつきにくいが、二番茶を摘む6月半ば頃は気温が高くなり、ウンカと呼ばれる益虫が発生する。これが茶葉に傷を付け、茶葉は再生しようと必死に酵素を出すため、発酵茶の素晴らしい風味が生まれる。

益虫が茶葉を傷つけ、紅茶の香りの素が生まれる。新茶の茶摘みの頃は気温がまだ低いため害虫はつきにくいが、二番茶を摘む6月半ば頃は気温が高くなり、ウンカと呼ばれる益虫が発生する。これが茶葉に傷を付け、茶葉は再生しようと必死に酵素を出すため、発酵茶の素晴らしい風味が生まれる。

茶葉は収穫後、半日かけて40%水分を飛ばす。熱風を使えば2~3時間で済むが、スリランカと同じ設備を作り、自然に近い環境でしおらせる。

茶葉は収穫後、半日かけて40%水分を飛ばす。熱風を使えば2~3時間で済むが、スリランカと同じ設備を作り、自然に近い環境でしおらせる。

加工を管理する歩さん。温度変化が出にくい木製の揉捻機は、回し終わる度に掃除。機械の中に残った茶葉を1枚残らず除去する。

加工を管理する歩さん。温度変化が出にくい木製の揉捻機は、回し終わる度に掃除。機械の中に残った茶葉を1枚残らず除去する。

揉捻が終わった茶葉は緑色だが、1時間半ほどの発酵を経ると赤褐色を帯びる。

揉捻が終わった茶葉は緑色だが、1時間半ほどの発酵を経ると赤褐色を帯びる。

アイスティは時間が経っても濁らない。さっぱりとした和紅茶は食中にも合う。

アイスティは時間が経っても濁らない。さっぱりとした和紅茶は食中にも合う。

(写真左)発酵は温度が上がりきったら終了。香りは毎回微妙に異なるそうだ。 (写真右)作業中でも工場内に茶葉が散乱することはない。

(写真左)発酵は温度が上がりきったら終了。香りは毎回微妙に異なるそうだ。
(写真右)作業中でも工場内に茶葉が散乱することはない。



◎人と農・自然をつなぐ会
静岡県藤枝市滝沢1416-3
☎054-639-0033
http://munouyakucha.com/

(雑誌『料理通信』2016年9月号掲載)

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。