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JOURNAL / JAPAN

余分なものを加えない自然熟成の旨味 手造りハム

[神奈川]未来に届けたい日本の食材 #41

2024.06.10

text by Michiko Watanabe / photographs by Daisuke Nakajima

変わりゆく時代の中で、変わることなく次世代へ伝えたい日本の食材があります。手間を惜しまず、実直に向き合う生産者の手から生まれた個性豊かな食材を、学校法人 服部学園服部栄養専門学校理事長・校長、服部幸應さんが案内します。

連載:未来に届けたい日本の食材

「ハム工房ジロー」のハムを一口食べて驚きました。しりふわっとしっとた口当たり。肉の旨味が噛むほどに広がる、初めての体験でした。保存料、増量剤、化学調味料を一切使わず、昔のドイツの製法そのままに、現在も長期熟成、直火スモークを守り続ける社長、矢島二郎さんにお話を伺いました。

燻製庫をこまめにチェックし、今も第一線で現場を引っ張る社長の矢島二郎さん。


いま、ちょうどウィンナーが茹で上がったところです。ご覧になります? この小さな部屋でハムやソーセージをスモークし、茹でています。奥のスモーク室は昔ながらの直火式、桜の原木チップでスモークします。昔ながらのドイツのやり方ですが、現地でもこんなやり方をしているところはもうないそうです。

当社の始まりは、横浜で大正14(1925)年から精肉業を営んでいた父が、第一次大戦中にドイツ兵捕虜になり、終戦後、日本で解放され、東京・目黒でソーセージ工場を始めたハム職人、カール・ブッチングハウスさんと出会ったことから。その工場に豚肉を納めていたのがご縁です。食への探求心がとても強かった父は、当然、自分でもやってみたくなる。ただ、そこは職人の世界。おいそれとはカールさんも教えてくれない。見よう見まねで始め、試行錯誤を繰り返していたところ、最後には技術を直伝してもらえるまでに。その時の父の感激は、いかばかりだったでしょう。勇んで造ったハム・ソーセージですが、当時の日本人には馴染みがなく、最初はほとんど売れなかったそうです。


効率が優先され本国ドイツでもほとんど見かけなくなった昔ながらの直火式スモークを今も続ける。煙が肉の臭みを消し、中に沁み込んだ木の香りが肉の風味を引き上げる。燻製にかけた後、ボイルする。

モモ肉は大きく分けて4つの部位に分かれる。結着剤や増量剤を使っていないので、1枚の中に異なる肉質が入り組んでいることがよくわかる。

(写真右)肉の味を引き出すアルペンザルツ。
(写真左)ウィンナーの挽き肉以外は、すべて手切りで作業は行なわれる。

作り方はいまも当時とまったく変わらず。厳選された関東近郊のフレッシュな(冷凍ではない)豚肉をさばくところから始めます。どの製品にも、保存料、増量剤、化学調味料は一切使っておりません。たとえばハムやベーコンには、岩塩と砂糖、微量の発色剤のみを使用。岩塩はアルプス山脈の麓の塩。砂糖は三温糖を用いていますが、塩味を引き立て、まろやかに仕上げる効果があります。発色剤は発色をよくするためということもありますが、細菌の増殖を抑え、殺菌効果を高めるためでもあります。 

カールさん直伝のボンレスハムは、塩漬け液に3週間漬け込み、自然熟成させて作ります。1週間ぐらいで上下を返し、蓋をして重石をする。2週間で他の樽に漬け替え、重石を増やしてさらに1週間。そうやって熟成させることで、たんぱく質が旨味に変わるんですね。それを、先ほどのスモーク室で6時間ぐらい燻します。その後、中心温度63・30℃で30 分ボ イル。結着剤や増量剤を用いていないので、ハムの切り口を見てください。ちょっとひび割れてますでしょ。これが、余分なものを何も加えてない証です。

作り方はほんとうに非合理的。愚直に昔のやり方を貫いています。日本に、いや世界に1軒ぐらい、そんな会社があってもいいかなと思っているんです。

(写真右)燻し始めのまだ白いアイスバイン用のスネ肉。
(写真左)茹でられているハムはまるでお風呂に浸かっているよう。

ウィンナー用の肉も岩塩で1週間~ 10日熟成させてから作る。

(写真右)ショップではハムをたっぷり挟んだサンドイッチかホットドッグを組み合わせたスープセットも販売。
(写真左)黒毛和牛コンビーフも40年以上続くロングセラー



◎ハム工房ジロー
神奈川県茅ヶ崎市高田5-2-26
☎0467-54-8604
www.ham-jiro.jp

(雑誌『料理通信』2016年4月号掲載)

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