日本 [島根]
新風を吹き込むチャレンジャーたち。
石見の隠れた名食材を求めて――3
2019.03.06
3キロほどの大きさに育った「えごま鴨」の雄。抗生物質は使わず、平飼いで雛から3カ月ほど飼育した後、農園内の加工場で解体して食肉として出荷する。
昨年10月の訪問に続き、今年1月、「トゥールダルジャン 東京」エグゼクティブシェフのルノー・オージエさん、ホテルニューオータニ「レストランSATSUKI」料理長の大竹孝行さん、料理家の冷水希三子さんが、島根県石見地方を訪れた。世界遺産の石見銀山は戦国時代から江戸時代にかけて海外にも名を馳せたほど歴史ある土地。そんな石見で3人を待ち受けていた食材は、意外にも……。
オージエシェフからレッスンを受ける。
「トゥールダルジャン」と言えば、名物は鴨料理。一羽一羽に番号を付けて料理に仕立て提供する伝統はあまりにも有名だ。パリの本店では19世紀末から、東京店でも1984年のオープン以来、続いている。
その名店で腕をふるうオージエシェフの来訪を心待ちにしていたのは、島根県のほぼ中央に位置し、江ノ川と山々に囲まれた川本町で鴨を育てる「市原ファーム」の市原弘明さんと息子の利成さんである。
山の中腹の牛舎だった建物を作り変えた鴨舎で飼うのは、通称“フランス鴨”と呼ばれるバルバリー種。ひと月に約150羽を出荷する。特徴的なのがエサで、α-リノレン酸が豊富なエゴマ油の搾りかすを混ぜて与える。そのせいもあって、α-リノレン酸の含有量が通常の鴨の約2倍。脂身が少なく、赤身が多く、肉質と味わいはあっさりして品が良い。名付けて「えごま鴨」。
最高級の鴨を毎日扱うオージエシェフを前にして、日頃から研究熱心な利成さんの説明にも力がこもる。と同時に、一流の技や知識を学ぼうと、オージエシェフを質問攻めにする場面も。「フランス式の舌の抜き方を教えていただけますか?」と教えを請う利成さんに、オージエシェフが実演。今度はオージエシェフから「首肉は取れる?」と質問。「トゥールダルジャン 東京」ではフランスから鴨を輸入する関係で首肉が手に入らないのだという。「もし、フレッシュな首肉があったら、首肉のソーセージが作れるなぁ」とオージエシェフ、ちょっと夢見がちな表情になった。肉を試食して、「きれいに処理されていますね。葉っぱにも似たエゴマの香りがする」と利成さんの努力を称えるオージエシェフ。
そのやりとりを温かく見守っていた父の弘明さんは次のように語る。
「5年前、地域を衰退させないために何かしなくてはとの思いで取り組み始めました。昔、川本町では真鴨の飼育が盛んだったのが廃れていたんですね。エゴマや米糠、町内にある健康食品工場の残渣など、地元のエサを与えて、抗生物質は使いません。環境が整えば使う必要はないんです」
市原さんたちは、バルバリーの他に、合鴨農法の役目を終えた鴨も引き取っている。処理場がなくて困っていると聞き、引き受けるようになったそうだ。
「鴨って人懐っこいんです。肉にする時、心の中で『ごめんね、ありがとう』って言います。命をいただく感謝と謙虚さを忘れずにやっていきたい」
エゴマで地域の生産者が連携する。
市原弘明さんが鴨を飼育するようになった背景には、エゴマの活用法としてという側面がある。
川本町では約15年前から町をあげてエゴマ栽培に取り組み、いまや一帯が西日本有数のエゴマ産地になった。オメガ3脂肪酸のα-リノレン酸を豊富に含み、山間部でもよく育つエゴマで地元を活性化させようと、建設業の株式会社オーサン会長の島田義仁さんが業種の枠を越えて栽培・加工・販売を手掛け始めたのが2005年。現在は自社3ヘクタールと120軒の契約農家が栽培にあたるが、健康志向や認知症予防といった社会的ニーズが後押して、生産が追いつかないほど。
エゴマは自社および地元の契約農家によって無農薬で育てられ、収穫した実を手洗い・乾燥させた後、低温圧搾機でじっくり搾油する。「エゴマはフランスにはないから初めて」と、そっと口に含んだオージエシェフ、「花やお茶のような香り。さらっとしていて重くない」と驚き顔。冷水さんも「焙煎したエゴマ油と違ってすっきり、お茶っぽい香り。後から甘味が広がりますね」と頷いた。
エゴマの葉はパウダーやお茶に加工。抹茶にも似た深みある風味が人気を広げ、地元のお菓子作りにも活用されている。
エゴマとその副産物を地域の生産者が連携して取り入れ、様々な食材が共に価値を上げているのは、「市原ファーム」だけではない。大田市「旭養鶏舎」の「しまねのえごま玉子」もそんなひとつ。
「おいしい卵は、いい餌を与えて健康な鶏を育てることから。餌には木酢酸粉末、海藻、カキ化石粉末、そして、自社も含めて近隣で栽培されたエゴマを2.5%加えています。島根大学医学部との共同研究によって、α-リノレン酸が豊富に含まれたことによる健康効果も実証されました」と竹下靖洋社長は話す。さっそく卵を割って試食。「ミネラル感があり、ちょっと塩気を感じます。卵臭さがないですね」と冷水さん。この卵でプリンやマヨネーズ、ドレッシングなども作られており、プリンは穏やかでやさしい味がした。
意外な食材との出会いが待っていた!
今回の旅では、あっと驚く高級食材とも遭遇。山深い邑南町(おおなんちょう)で3人を待ち受けていたのは、世界三大珍味に数えられるキャビアだ。
株式会社セレビアの小林憲治さんが、日本でもキャビアが作られ始めたのを知って、15年前からチョウザメの養殖に挑戦。天然記念物オオサンショウウオも生息する出羽川の水と地下水を汲み上げた水槽では、7種のチョウザメが悠然と泳ぐ。
「キャビアとして加工・販売しているのは、アムールとベステルの2種です。アムールは粒が大きくてプチプチした食感があり、ベステルは粒が小さくて柔らかい」と小林さん。卵を取り出したらすぐ、ボリビア産岩塩を3%まぶしてほぐし、瓶詰めに。「塩気がきつくなくて、キャビアの風味をしっかり感じる」とオージエシェフ、大竹シェフが口を揃える。
チョウザメの養殖は、生まれてから採卵までに約10年かかるなど、一朝一夕にはいかない。「チョウザメの生態と向き合って、試行錯誤の連続でした」と小林さんは言う。循環型の水槽で飼う生産者もいるが、セレビアでは、水が豊かな環境を生かし、かけ流し型で育てる。「水がきれいだから、泥臭くならないんですよ」と小林さんは、恵まれた飼育環境と鮮度を武器にいっそう意欲を燃やす。
一方、大田市の「奥出雲薔薇園」が挑むのは、有機肥料を使った完全無農薬によるバラの露地栽培。独自に品種の開発も手掛ける。真っ赤な「さ姫」は花が大きく肉厚で芳しい香り、ピンクの「アップルロゼ」は甘さとフルーティな香りが特徴だ。訪れたのがバラの休眠期だったため、残念ながら生花はなかったが、冷凍された花びらを味わうと、ナチュラルなバラの香りがふわり。特に「さ姫」は3人ともに「ライチっぽくて好き」と好評だった。
バラは見るだけでなく食べても楽しめることをもっと広めたいと願う福間裕紀さんは、パウダー、ウォーター、サイダー、紅茶、ジャムなど幅広い商品を作る。
日本酒の発祥地で生まれる新しい酒。
そのバラで新感覚の日本酒を造るのが、大田市にある1896年創業の「一宮酒造」。低アルコールの清酒に「さ姫」の乾燥花弁を漬け込んだ「薔薇姫」は、色美しく、エレガントな香りがふわり。華やかさと共に適度な酸味が爽やかな気分にしてくれる。「まろやかな甘さと酸味の調和が鍵」と当主の浅野浩司さんが解説してくれた。「ロゼワインのようだ」とオージエシェフ、「言われなければワインと思ってしまうかも」と大竹シェフ。冷水さんが「いい意味で日本酒らしくないですよね」と頷く。みな驚きながらバラの余韻に浸る。
「一宮酒造」にはもう一品、新感覚のリキュール「雪香」がある。日本酒をベースに独自の瓶内二次発酵させたスパークリング酒である。大竹シェフが「発泡感が自然でバランスがいい」、オージエシェフは「シャンパーニュみたいだ」との指摘に、浅野さんは「麹作りからこだわって、日本酒特有の麹の香りが立たないように配慮しているんですよ。アルコール度数5%ですが、加水していない原酒なんです」。新機軸を生み出す根底に技術があることを印象付ける。
ちょうど蔵では「石見銀山 特別本醸造」を搾っている真っ最中。若くして杜氏を務める娘の理可さんが、タンクからすくい上げて「どうぞ」と3人に差し出した。
浅野さん親子が目指すのは、あくまでも地元産の原料と三瓶山の麓から湧き出る伏流水を使った酒造り。ただ、日本酒の消費量が減っていく現状を見て、手をこまねいているわけにはいかない。「薔薇姫」や「雪香」のような、あえて日本酒のイメージを覆す酒造りに挑戦するのも、日本酒の伝統を守りたいからだ。
伝統の日本酒蔵の一方で、新しい極小ブルワリーも頑張っている。
山口厳雄さん・梓さん夫婦が2016年に江津市で立ち上げた「石見麦酒」はたった9坪のクラフトビール醸造所。1回に醸造できる量は100~150リットルにすぎない。少量ずつしか造れないのを逆手に取って、麦、酵母、ホップの配合や香り付けの素材を変えて、バラエティ豊かに揃える。江津市産の山椒や大麦、夏ミカン、益田市産のユズ、浜田市の米、浜田市「ナマケモノ珈琲」のコーヒー、石見空港の「空港はちみつ」など、地元の農産物をビールに活かす。裏ラベルには使用食材の生産者名を明記。地元と手を携えるからこそ生み出される、石見ならではのクリエイティブなクラフトビールだ。
チャレンジ精神が歴史ある土地に新しい流れを巻き起こしていく。
*ホテルニューオータニ ザ・メイン ロビィ階の「トゥールダルジャン 東京」では3/13~4/23、「レストランSATSUKI」では3/6~4/4、石見食材を使った料理が提供されます。詳しくは、「トゥールダルジャン 東京」TEL.03-3239-3111、「レストランSATSUKI」TEL.03-5275-3177までお問合せください。
「トゥールダルジャン 東京」で提供される料理から
◎ トゥールダルジャン 東京
エグゼクティブシェフ ルノー・オージエさん
フランス・グルノーブル出身。モナコ「ルイ・キャーンズ」(三ツ星)、ランス「レクレイエール」(二ツ星)などを経て、パリの「トゥールダルジャン」本店へ。2013年より「トゥールダルジャン 東京」エグゼクティブシェフを務める。つい先頃、2018年度のMOF (Meilleur Ouvrier de France)フランス国家最優秀職人章を取得。 日本在住のシェフが選ばれるのは 36年ぶりという快挙を成し遂げた。
東京都千代田区紀尾井町4-1 ホテルニューオータニ ザ・メイン ロビィ階
☎ 03-3239-3111
http://www.tourdargent.jp/
DATA
▼「えごま鴨」
◎ 市原ファーム
島根県邑智郡川本町南佐木343
☎ 0855-74-0578
▼えごま油
◎ オーサンファーム
島根県邑智郡川本町因原1144‐2
☎ 0855-74-2210
▼「しまねのえごま玉子」
◎ 旭養鶏舎
島根県大田市波根町221‐1
☎ 0854-858421
▼キャビア
◎ セレビア
島根県邑智郡邑南町上田所418‐1
☎ 0855-83-2120
▼バラ
◎ 奥出雲薔薇園
島根県大田市長久町長久 ロ411-14
☎ 0854-83-7330
▼「薔薇姫」「雪香」
◎ 一宮酒造
島根県大田市大田町大田ハ271-2
☎ 0854-82-0057
▼クラフトビール
◎ 石見麦酒
島根県江津市嘉久志町イ405
☎ 0855-25-5740