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JOURNAL / JAPAN

日本[和歌山]

仏伊トップシェフが訪ねる 和歌山の美味を育てる人たち

フォーシーズンズホテル東京大手町「est」

May 23, 2022

【PROMOTION】
text by Noriko Horikoshi / photographs by Ayumi Okubo

フランス料理のテクニックと日本料理の技を融合した、革新的でコンテンポラリーなフレンチで知られる「est(エスト)」。使う食材の95%は日本産です。日本各地に自ら足を運んで出会った産地や作り手から直接調達する、日本の食材に深い造詣がある2人のシェフが、和歌山県が誇る食材の作り手や料理人を訪ねる旅に出ました。

目次






<訪ねるシェフ>

「est(エスト)」ギヨーム・ブラカヴァルさん
フォーシーズンズホテル東京大手町のフレンチダイニング「est」シェフ・デ・キュイジーヌ。フランス北部レスカン出身。パリ「アルページュ」「ランブロワジー」など名店を経て、東京「キュイジーヌ [s]ミッシェル・トロワグロ」のエグゼクティブシェフに。2020年より現職。「エスト」は『ミシュランガイド東京2022』において一ツ星を獲得。

「est(エスト)」ミケーレ・アッバテマルコさん
フォーシーズンズホテル東京大手町のフレンチダイニング「est」ペストリーシェフ。イタリア北部モンフェッラート出身。イタリアの料理学校を卒業後、「グァルティエロ・マルケージ」、パリ「ルカ・カルトン」などを経て、「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」のペストリーシェフとして2005年来日。「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」を経て、2020年より現職。


ストレスフリーの環境で健康な黒毛和牛を育てる

和歌山の食材をめぐる生産者探訪は、県北部の紀の川市を起点にスタートした。ブランド和牛「熊野牛」の肥育農家を訪ねるため、つづら折りの山道をたどって車を走らせていく。やがて「ようこそ天空の村へ」の看板が現れ、本日の訪問先である「西岡畜産」の牛舎に到着した。

今回の訪問は、フォーシーズンズホテル東京大手町のフレンチダイニング「est(エスト)」ヘッドシェフのギヨーム・ブラカヴァル氏と、シェフパティシエのミケーレ・アッバテマルコ氏、両シェフのたっての希望で実現したもの。ギヨームシェフは8年前、「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」のメンバーとして視察のために和歌山県を初訪問。その縁がきっかけで熊野牛の存在を知り、昨年4月からコースに登用。「探し続けて、やっと納得のいく肉質に出会った」と、その出会いを振り返る。

“天空の畜舎”は標高600m。車を降りると、朝の空気がひんやりと肌を刺す。「“下界”より4度は低いと思います」と言いながら迎えてくれたのは、3代目当主の西岡将彦さん。「夏でも暑すぎず、静かなので、牛がストレスを感じずに育ちます。山のおいしい湧き水も高所のよさですね。放牧の環境が、ここにあるということです」

西岡将彦さん。祖父の代から60年続く「西岡畜産」の後継者。同世代の肥育農家とも情報を共有し、熊野牛全体のレベルアップを目指す。

肥育は去勢牛のみ150頭前後。数としては決して多くないが、最長で37カ月もの肥育期間をかけ、1トンを超す大きさに仕上げて出荷するのが特徴だ。「硬く繊維質が豊富なウイート乾草を飼料に混ぜることで、牛の胃袋を鍛えます。丈夫な胃袋を持つと、穀物の配合飼料の吸収率が上がり、成長しても食欲が落ちません。うちの子たちは1トン以上の大きさになっても、子牛のようにモリモリ食べますよ(笑)」

こうして健康に伸び伸び育った牛たちは、30カ月を超えて肉質がめきめきアップ。赤身の味わいに深みが増し、サシはよりきめ細やかに。「BMS(ビーフ・マーブリング・スタンダード)で常にNo.10を超える、松阪などの銘柄牛に比肩するクオリティ」を実現しているという。

月齢10カ月前後の仔牛も、すくすく成育中。好奇心でいっぱい、驚くほどに人懐こい。「やっぱりストレスがないからでしょうね」と西岡さん。

「est」では野菜や魚が素材の主体となることもあり、熊野牛は赤身のフィレのみを使用。ギヨームシェフは「トロワグロのスペシャリテでもある『サーモン・オゼイユ』のアレンジ版として、『ビーフ・オゼイユ』ができないか試作中です」と、にっこり。新作の公開が待ち遠しい。

ミケーレシェフはイタリア・ピエモンテ州出身。上質な赤身肉で知られるピエモンテ牛の産地であり、幼少の頃は近所の牧場へ牛乳を買いに行くなど、「常に牛が身近にいる環境で育った」と話す。


◎西岡畜産
和歌山県紀の川市平野2058
☎090-7096-1916


地域最年少、気鋭の専業農家が栽培する“緑のダイヤ”

2軒目の訪問先も、また標高600m級の高所にあった。山椒の国内生産量トップ、和歌山県の中でも、最高級品質を誇る「ぶどう山椒」の生産農家を目指し、有田川河畔から新緑が眩しい山間をぐんぐん北上。一帯の遠井地区は「ぶどう山椒発祥の地」とも呼ばれる土地柄。江戸時代末期に突然変異的に生まれた自生種の原木を接ぎ木で増やし、一大産地に至った歴史を持つ。

目的地の「きとら農園」では、Uターン就農して11年目という代表の新田(しんだ)清信さんに案内され、まず山の中腹にある園地へ。傾斜地に植えられている山椒の木は約600本。4月初旬は、雄木の花山椒の収穫が終わり、雌木の枝先に実山椒の小さなつぼみが覗いていた。

新田清信さん。高齢化が進むぶどう山椒農家の中で、最年少の生産者として気を吐く存在。栽培した山椒は自身の手で加工し、卸やネットショップで販売。野生の桑の木から採った葉を蒸して乾燥させた「桑の葉茶」の製造・販売も手掛ける。

「生で出荷する実山椒の収穫は、果肉がやわらかくてみずみずしい5月下旬から6月初旬頃がピーク。7月に入ると実が硬くなってくるので、残りは干山椒(ひさんしょう)用に。鉄製の収穫爪を使って、すべてを手摘みで収穫します」

つぼみの一つを摘み取ると、柑橘の香りがふわりと立ち、鼻を抜けていく。「そう。山椒はミカン科の植物なんですよ。でも、ミカンと違って温暖な気候ではうまく育ちません。あの野生的な香りや辛味の強さがぼやけてしまう。やはり朝夕の寒暖差があって、乾燥している高地の環境が合っているのでしょう」

山椒の「シトラス系の香りが大好き。でも、実際の木を見るのは初めて」と、興味深く枝に見入る両シェフ。

畑の視察後は、古くは養蚕場に使われていたというプレハブ建ての倉庫へ。山椒の加工や出荷作業は、ここで行われている。「干山椒は一晩乾燥させてから、何回も石臼で挽いて粉山椒にします」。説明しながら、石臼挽きを実演する新田さん。挽く側から鮮烈な柑橘の香りが立ち、細胞が揺さぶられるよう。目が覚めるような緑の色合いは、市販の茶色い粉山椒と別物の美しさだ。

7月以降に収穫される干山椒は、収穫量の約7割を占める。一晩乾燥機に入れて乾かし、石臼で丹念に挽いて翡翠色の粉山椒に。

シェフたちも鼻を近づけて香りを確かめ、指に取って舐め、と検証に夢中。「香りと辛味のインパクトが強いので、フレンチでバランスを取るには工夫が必要な素材ですね。以前に穴子とアスパラの料理に使ったときは、とてもうまくいきました。野性味のある素材に、ほんの少しだけ効かせる使い方がいいと思う」とギヨームシェフ。

ミケーレシェフは、自身のデセールで「柑橘の青い香りをアイスクリームに生かしたり、洋梨のコンポートに合わせてみたり」と、既に山椒づかいは堂に入ったもの。「チーズや乳製品とも意外に相性がいいんですよ。この山椒粉は色が本当にきれいなので、ブラックチョコレートに合わせても映えそうです!」と、アイデアを熱く語ってくれた。


◎きとら農園
和歌山県有田郡有田川町清水757
☎0737-22-7074
https://kitora-nouen.jp/


豆のポテンシャルを最大限に引き出すための環境負荷の少ない土づくり

春を告げる食材として、主に関西地域の豆好きを熱狂させてやまないのが「うすいえんどう」、通称うすい豆だ。グリンピースと同様に、完熟前の青い豆をさやから外して食べる「実えんどう」の一種。大阪府羽曳野市の碓井(うすい)地区原産であることがネーミングの由来ながら、日本一の生産量を誇るのは和歌山県。県央から海沿いに南下する一帯に、みなべ町、印南町などの主要産地が並ぶ。

今回訪ねたのは、みなべ町で20年前から有機肥料100%の露地栽培を営む「川西農園」。「この辺り一帯は水はけのよい砂壌土で、海が近く、ミネラルの多い風が吹き抜ける。マメ科の植物が元気に育つ条件が揃っているのです」と、代表の川西省吾さんが説明してくれた。和歌山県の展開ブランドには「紀州うすい」「矢田早生うすい」「紀の輝」の3品種があるなか、川西農園の栽培は伝統品種の「紀州うすい」1本。

「粒の大きさ、皮のやわらかさ、圧倒的な甘味、旨味と余韻、どれを取っても一級です。脇芽をかいたり、整枝作業をして全体の日当たりをよくしたり、栽培管理は他の品種より手間がかかりますが、味には変えられません」

農業は「土づくりがすべて」と話す川西省吾さん。「特別栽培農産物認証」を推進する生産者グループ「匠の里紀州」の主要メンバーとして、健康な土壌づくりの啓蒙活動にも力を注ぐ。

畑の総面積は約3600㎡。長さ70mの畝が十数列に並び、収穫が最盛期を迎える4月は忙しさもピークに。「1列を1往復して収穫するのに、まる1日かかる。成熟のスピードも尻上がりに加速していくので、時間との勝負です」

自慢の畑へ2人のシェフを案内しながら、いきなりの試食タイムがスタート。まず生で、次にさやごと軽く焼いた豆を口にしたギヨームシェフは、「フランスでは生で豆を食べないけれど、何これ、おいしいじゃない? フルーツみたいですね」と、ご満悦。「本当に甘い!」と、ミケーレシェフも隣で大きく頷く。「私はグリンピースでデセールを作りますが、それは豆の甘味があるから可能なこと。この豆のみずみずしい甘さ、フレッシュなハーブを思わせる風味は、いろいろなイメージを運んでくれます」

ひとさやに実る豆は通常で8~9粒。今季は冬の寒さが厳しかったため、作柄が伸び悩んだ。

豆はもちろん、さやも脇芽も生でかじって味わいをしっかり検証。「さやにも十分な甘味があるので、バーミックスでピュレにしても」とイメージが膨らむ。

試食した豆は、いわゆる旬の走りに当たる状態。「糖度20度にも達する甘味、プチプチッと弾ける薄皮の食感が最大の持ち味。旬の盛りになるとジューシーな甘味の代わりにでんぷん質の旨味、ホクホク感が増してきます」と川西さん。化学肥料を使わない栽培では、それぞれの長所がさらに際立ち、風味の差も歴然。「えぐみや青臭さがなく、さやまで甘い。そのさやで取っただしが、また絶品。摘み取った脇芽もサラダのように使えて、捨てるところが一切ないんです」

豆は連作ができない作物といわれるが、川西農園の畑では土を休ませずに毎年植え付けを行う。難しい栽培を可能にしているのが、太陽熱消毒を取り入れた土作りだ。「土の中に残った豆類特有の菌が連作障害を起こすので、収穫後の畑にたっぷり水を張って灌水させ、全面をビニールシートで覆って、薬剤を使わず、お湯の中で滅菌させる状態を作ります。雑菌の全滅には至りませんが、あえて菌を残して土壌の微生物と共生させる考え方で。泥臭く、原始的な方法に切り替えることで、豆の成長が安定し、味わいも上がったように思います」

川西さんの話に熱心に聞き入り、サステナブルな取り組みへの共感を深めたギヨームさん、ミケーレさんの両シェフは、川西さんとがっちり握手。「『est』だけに毎年5㎏、ぜひ送ってください!(笑)」と熱いラブコールも飛び出した。

土壌についての説明を受けながら、「ワインのブドウ畑の話を聞いているよう」と感慨深げな仏伊出身のシェフ2人。生産者の川西さんを交え、うすいえんどうのポテンシャルを引き出す料理像についても話が弾む。


◎川西農園
https://minabe.ocnk.net/


古典的な造りに撤する味噌・醤油蔵で麹の神秘に触れる

「隠し味に醤油を使うこともよくあります」と話すギョームシェフと一行が次に向かったのは、300年の歴史を持つ「堀河屋野村」の味噌・醤油蔵。薪による火入れ、焙烙での小麦焙煎、手麹による麹菌の培養、木桶発酵など、昔ながらの伝統製法を頑固に守る味噌・醤油造りを、つぶさに見学した。

18代目当主の野村圭佑さんが蔵を案内。「木桶は土壌です」の言葉にシェフたちの共感もひとしお。


めくるめく柑橘の豊穣に

生産者訪問の有終を締めくくったのは、両シェフとはもう8年来の交流が続いているという「紀州原農園」。「est」でも、年間を通じて多種多様な柑橘類をこの農園から取り寄せ、それぞれの香り、酸味、苦味、甘味、彩りを生かした料理やデセールに仕立ているという。
代表の原拓生さんが先頭に立ち、様々な種類の柑橘が実る畑へ。次々ともいでは勧められる実を頬張りながら、「シチリアに来たみたい」と、うれしそうなミケーレシェフ。

7代目として農園を切り盛りする原拓生さんと。その知見の深さ、ホスピタリティには、両シェフも脱帽。



和歌山の食材と旬を知り尽くす料理長による懐石のおもてなし

大阪府との県境にほど近い山間から、紀伊水道を望む紀南まで。南北に長い和歌山県を1日で縦断するハードな行程の後、一行が向かったのはリゾートタウンの白浜町。目的地は、昨年秋に「ミシュランガイド2022」で一ツ星の評価を獲得した日本料理店「御料理 竹寳(ちくほう)」だ。

店主の竹中和也さんは、長野「星のや軽井沢」をはじめとするホテルや料理店で腕を奮った後、2012年に故郷の白浜に自店をオープン。「他県から戻ってくると、和歌山は森林、海、川の自然や温暖な気候にも恵まれて、本当に食材が豊かな土地だと実感します。今回は、県内でもあまり知られていない白浜周辺の地場野菜をはじめ、山海の旬のおいしさを盛り込んだ献立をご用意しました」

例えば、白浜にほど近い富田地区産の春キャベツの甘味を、豆乳と葛の優しさでまとめた先付。富田川の伏流水で鮎を養殖する「OGATA養殖技術研究所」の稚鮎や、紀州名産の金山寺味噌に漬けた三元豚などを盛り込んだ八寸。蛤真丈に、田辺市近海で獲れる希少な海藻「ヒロメ」やアオサノリをあしらった煮物椀は、春の海そのものの鮮烈な香りにため息がこぼれる。

驚きの声が最高潮に達したのは、「ウツボ」の木の芽焼きが運ばれた瞬間だった。「ウツボこそ、和歌山を代表する食材だと思っています。栄養価が高く、母乳がよく出るという理由で、和歌山では昔から産後の女性に食べさせたんですよ」。そう力をこめる竹中料理長の言葉に、「水族館で見たことはあるけれど、食べるのは初めて! ゼラチン質がたっぷりですね」と、目を丸くするミケーレシェフ。

コース後半には、日中に農園を視察した熊野牛、ぶどう山椒、うすいえんどうの3品も登場。熊野牛の肩ロースは、旬の新タマネギとともに、さっと煮でいただく。「サシが入っているのに、脂がギラギラ浮かず、アクもほとんど出ません。旨味はありながら、きれいで軽い食感が、熊野牛の魅力だと思います」と竹中料理長。

一方、自家製で柚子胡椒を仕込むなど、コンディモンの達人でもあるギヨームシェフは、竹中料理長の酸味づかいに、いたく興味を引かれた模様。アイナメの揚げ物に、名産の白干梅(しらぼしうめ)を低温のオーブンで焼き、粉末にした“梅干パウダー”。蒸して甘味を引き出した新タマネギとアップルビネガーのピュレには、葛でとろみをつけた“ポン酢餡”を。どちらも塩味や酸味が食材に絡みやすく、かつ過剰に摂りすぎないよう、体への優しさにも配慮した工夫が込められている。「オニオンをビーツに代えてもいいし、キャビアを添えても合いそう。このアイデア、いただきます!(笑)」

日仏伊の食材比較について、またそれぞれの生かし方について、料理人同士の交歓は遅くまで続いた。

「食材は出会いもの」と話す「竹寶」店主の竹中和也さん。和歌山の気候風土がもたらす旬の恵みを、繊細に、時には大胆に自らの料理に映し出す。

田辺市・龍神村から届いた朝掘りの筍がテーブルに。鮮度を保つために土の中にいる状態で布袋に入れ、届けてもらう。刺身でいただける新鮮さ、みずみずしさ。焼けば、トウモロコシのように、ほっくりと香ばしい。

今回の晩餐の“ビックリ大賞”、「ウツボの木の芽焼き」。ウツボは独特のにおいがあり、骨も多いため、水と酒でじっくり下煮するなど、スッポンと同じ技法で丁寧な処理をほどこす。

だしをひき分ける手法について、竹中料理長がレクチャー。真剣な表情で説明に聞き入るシェフ2人。

細やかなサシ入りの熊野牛肩ロースを、昆布とかつおで濃い目にひいただしにくぐらせて、しゃぶしゃぶ風に。「脂身のおいしさが抜群です」と料理長。

ぶどう山椒の香りと刺激が脂身のコクを切って、後口は、さっぱり軽やか。山椒は確かに柑橘の仲間なのだと実感する。

春の風趣があふれる先付、八寸、煮物椀。右下は穴子を炊いた出汁で豆腐を煮含めた一品。穴子と豆腐が一体化したようなフワフワの食感に仕立てる。

左上から時計回りに、うすい豆の飯蒸/アイナメ、新じゃが、アスパラの揚げ物/新生姜ごはんと龍神白干梅/メジナの白子、新玉ねぎのピュレの酢の物 


◎御料理 竹寳
和歌山県西牟婁郡白浜町3720-12
https://oryori-chikuhou.com


野菜が育つ時間を共有し、おいしさを見届ける「Farm to Table」の体現

一夜明けた午後、ギヨームシェフとミケーレシェフは、再び大阪にほど近い県北の岩出にいた。国内外から熱い注目を集め、2022年版「アジアのベストレストラン50」で14位にランクインを果たしたレストラン「ヴィラ アイーダ」のテーブルにつくためだ。

オーナーの小林寛司シェフは、イタリア各地で料理修業の後、故郷、岩出の実家が所有する田んぼの中に自身の一軒家レストランを1998年12月に開業。マダムの有巳さんとともに自家菜園での畑仕事に精を出し、その日に収穫した野菜をふんだんに使うメニューでゲストをもてなすスタイルで店を切り盛りしてきた。

ランチの始まりに先立って、小林シェフがギヨームシェフとミケーレシェフをレストランに隣接する菜園へ誘った。育てている野菜やハーブ、果物は年間で100種類以上。栽培のシーズンはこれからが本番だが、裏の庭ではうすい豆、バスク原産のエンドウ豆やソラ豆などの豆類がシーズンを迎えていた。なかには、乾燥豆でしか見たことがないヒヨコ豆の株も!

「生で見ることってないでしょう? ここでは、豆は早摘みの小さいうちから使い始めます。ほんの一瞬の短い旬ですから」。そう言いながら、片手の指先でひょいっとさやを摘み取り、ゲストのシェフたちに手渡した。「小さい頃を思い出しますね。私の実家にも菜園がありました」とギヨームシェフ。「日曜日には父が育てた野菜を一緒にもいで、それを母が料理して、家族みんなで食事して。懐かしいです」

初対面ではないものの、ゆっくり話をするのは初めてという3人のシェフ。がっちりと握手を交わす。

春から初夏は豆類が旬真っ盛り。走り、盛り、名残、それぞれのおいしさを味わい尽くす。

英語が堪能なマダムの有巳さんと談笑するギヨームシェフとミケーレシェフ。広大な菜園の風景を前に「パリのアルページュみたい」「アルバのピアッツァ・ドウモも、そう。まるで日本じゃないみたい」と口々に言い交わす。

レストランの側に建つ小林シェフの実家の庭にも、山椒やミカンの樹が。ここの収穫物もレストランのテーブルに上る。

「和歌山風味~淡緑春の頃」と銘打ったこの日のメニューは、タイトルどおり、一皿一皿に新芽や新葉を思わせる緑のグラデーションが描き出され、紡がれていく。眺め、香りを嗅ぎ、味わうたびに、今しがた目にした畑の緑が体に流れ込み、生命力が吹きこまれて浄化されていくようだ。

アペタイザーから胸躍る滑り出し。梅をしのばせたコンソメ、小豆とお米のクロッカント、新タマネギのピュレとパルミジャーノのタルト。

[涙豆 サリエット 新にんにく]
“緑のキャビア”の異名をとる涙豆の初物をはじめ、畑で摘んだうすい豆とエンドウ豆の若い実を集め、生のジューシーな甘味とプチプチの食感を生かしたサラダ仕立てに。澄んできれいな少年の瞳を思わせる瑞々しさ。

蛤や牡蠣の磯の香りとミルキーな滋味、芽ものやハーブの野性味が組み合わさり、鮮烈な個性を放つ2皿。左[芽キャベツ ケール 牡蠣]、右[わけぎ 蛤 エルバステラ]

[イカ フェンネル]
さっと火を通したフェンネルに、膜のように薄く削ぎ切った春イカをはらり。繊細な若菜の色合いがドキリとする美しさ。

イタドリやウルイなど今が旬の山菜、味わいのよく似たチコリのほろ苦味が、春獲れの海老や桜鯛特有のやわらかい甘味のアクセントに。左[新玉ねぎ うるい 海老]、右[イタドリ 桜鯛 チコリ]

ローズマリーの香りをシンプルに効かせたパッケリ(左)に続いて、ほろほろ鳥のグリルが登場。やわらかなレバー、柑橘の酸味がきいたロマネスコのピュレも付け合わせに。
左[じゃがいも パッケリ]、右[ほろほろ鳥 菜花 クスクス]

[アスパラ 行者ニンニク ごぼう、豚足]
こっくりと煮込まれ、ゼラチン質の弾力とやわらかさが引き出された豚足と、グリーンアスパラの風味、ゴボウの土臭さを練り込んだケークサレが一体となり、フィニッシュにふさわしい力強さを演出。甘味、酸味、苦味、食感が、それぞれくっきりとした輪郭を持つ。

左[キヌヒカリ バースニップ]、右[黄金柑 黄檗]

ミケーレシェフは、「野菜やフルーツの持つポジティブな苦味の引き出し方が、とても印象的」と話す。「イタリアでも苦味は好ましい要素として受け入れる感覚がありますが、イタリアンの手法とは違う、小林シェフのオーセンティックな面白さを感じました」

ギヨームシェフも同様に、「野菜の苦味のアクセント、ソースの酸味とのバランス」への驚きを口にする。「食感もそう。生で、あるいはギリギリの生っぽさを残した火入れが多く、リズムがあって、とても新鮮でした。あれは、なぜ?」

小林シェフの答えは、「新芽が多い今の時季ならではのおいしさを、最も引き出せる調理だから」というシンプルなものだ。「酸っぱくて、苦くて、より臭いものが個人的に好きということもありますが(笑)、熟していないがゆえのおいしさというのは絶対的にあるわけで。たとえば、ミカンで言えば、花のついた酸っぱい青ミカンから、完熟した実の甘さまで、シーズンで使い切るのがいい。作物が育ち、実り、朽ちるまでの時間を共有し、ちゃんと見届けたいというか。自分で野菜を育てるようになってから、そんなふうに考えるようになりました」

共に「Farm to Table」を体現してきた仏伊のシェフ2人も、小林シェフの言葉に大きく頷いていた。



◎villa aida
http://villa-aida.jp/

◎est
東京都千代田区大手町1-2-1
フォーシーズンズホテル東京大手町39F
☎03-6810-0655
https://www.est-tokyo.com/about-us/


【問い合わせ先】
和歌山県農林水産部 農林水産政策局 食品流通課
和歌山県和歌山市小松原通1-1
☎073-441-2814

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