料理人とパティシエの視点を併せ持つ、次世代デュオのクリエイションに注目!
France [Paris]
2025.08.18

text by Sakurako Uozumi
ヒラメが主役の一皿は静かな海と大地に根ざした味わいを表現。ヒラメは42℃の低温でじっくり火を通し、旨みを逃さずしっとりと仕上げた。歯応えを残したブロッコリーを添え、マスの卵、燻製アーモンドで瑞々しさや風味を加える。全体をまとめるのは、まろやかな酸味のある魚のだしのクリーム。シャルトリューズの香りがほんのり溶け込み、爽やかな後味がいつまでも続く。
パリ9区のレストラン「ケルクパール…アビス(Quelque part…abysses)」は、“どこか深海で”という店名通り、深い海へ潜るようなコンセプトのレストランだ。シェフのフロリアン・バルバロとパティシエのピエール=アンリ・ルコントは、それぞれ「パティスリー経験のある料理人」と「料理人出身のパティシエ」として、互いの専門性を掛け合わせながら、まさに“4本の手”で一皿を作り上げていく。
2人は2019年、バルバロがテレビ番組「Top Chef」で準決勝まで進んだ際に、ルコントがコーチを務めた縁で共同経営者になった。


店内は深緑のカーテンに覆われ、静謐でミニマルな雰囲気に包まれている。ここでは海の幸を軸に、山の食材やスパイスを融合させた創造性溢れる料理が供される。例えば、メルゲーズ(マトンのソーセージ)のジュで煮込んだタコのコンフィに、ラム入りのセモリナの巻きずしと燻製野菜のクスクス風ブイヨンを添えたり、タラのタルタルには仔牛の頭(テット・ド・ヴォー)とホウレン草のムースリーヌ、パンチの効いたシェリービネガーのソースを合わせるなど、食材の組み合わせがユニークで遊び心に溢れている。
「私たちは食材の存在を明確にしています。レモンと書けば、ちゃんとレモンを感じられますし、ラングスティーヌと書けば、確かにその存在感がある。あとはテクスチャーや食材の組み合わせで驚きを作る。それが私たちの料理とパティスリーの定義です」と、バルバロは語る。
一皿ごとに異なる自家製パンを添え、「デザートは食事の延長線上にあるもの」として、料理と菓子の境界線すら曖昧にしていく。

ルコントのアシエット・デセール(皿盛りデザート)の世界観もユニークだ。タルト・シトロンは、構成要素をそれぞれ独立させて配置し、1枚のグラフィックアートのように仕上げた。食べる人が口の中で完成させていく構成である。レンズ豆を主役に据えたデザートは、ザタール(中東のハーブミックス)のシロップでコンフィした豆に、ルバーブをムース、ソルベ、ポッシェ(真空パックにして低温加熱)にして重ね、甘味・酸味・塩味が絶妙なバランスで交差する。
本店の近くには2人が手がけるパティスリー「ケルクパール… ラ・マティエール (Quelque part…La Matière)」があり、2階のティールームではスイーツとブランチが楽しめる。
素材へのアプローチをとことん追求した試みが評価され、2025年の『ラ・リスト(La Liste)』では国際部門において「Pastry Opening of the Year Award」を受賞。これまでのフランス料理の枠組みを超えた、新たな表現の地平を切り拓いている。彼らの挑戦に目が離せない。

◎Quelque part…abysses
1 Rue Ambroise Thomas, 75009 Paris
☎+33.(0)1.83.97.22.65
19:15~21:45
月曜、火曜休
ディナー 5皿95ユーロ、7皿118ユーロ、9皿148ユーロ
https://lesabysses.quelquepart.net/
姉妹店(パティスリー)
◎Quelque part…La Matière
48 Rue du Faubourg Montmartre, 75009 Paris
☎+33.(0)1.47.70.08.90
10:00~20:00
月曜、火曜休
*1ユーロ=172(2025年8月時点)