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JOURNAL / 世界の食トレンド

AIを使って、逃亡した養殖サーモンを追え!

Norway [Matre]

2024.12.05

AIを使って、逃亡した養殖サーモンを追え!

text by Asaki Abumi
(写真)ノルウェー西部・エトネ川を遡上する野生のサーモン。研究者たちは各地の川にフィッシュトラップを設置して撮影し、“魚の百科事典”ともいえるデータを蓄積・活用して、AIに脱走魚と野生魚を選別するよう教える。photo by Øystein Skaala / Institute of Marine Research

ノルウェーでは、「養殖サーモンが脱走!」という見出しがニュースを飾ることがよくある。一体、何が問題なのだろうか?

毎年、養殖サーモンの一部は養殖場の檻から逃げ出しており、そのうちの何匹かは川を遡上し、地元の野生サーモンと一緒に産卵している。逃亡した養殖サーモンによる遺伝的近親交配は、ノルウェーで調査された個体群の3分の2で指摘または検出されている。

養殖種は長い年月をかけてケージでの生活に適応し、急速に成長するよう選択的に飼育されてきたため、その起源である野生種とは異なる。養殖と野生のサーモンが一緒に産卵すると、「野生種の遺伝子が変化し、サーモンの生存や適応性に悪影響を及ぼす」と説明するのは、ノルウェー海洋研究所のモニカ・ソールバルグ海洋研究者だ。

逃げ出した養殖種が、野生種と産卵する機会を得る前に駆除することは、交雑を減らすための効果的な戦略だ。そこで人工知能(AI)を訓練して、脱走した養殖サーモンを画像から特定する技術を確立した。将来的には、遡上したサーモンを撮影し、それが脱走種か野生種かの情報を即座に取得することで、AIが迅速かつ効率的に養殖種を識別できるようになる。そうすれば誰もが選別に協力できるようになり、逃走した養殖種が河川で産卵したり、野生種が養殖種と間違えられて処分されるリスクを減らすことができる。

ソールバルグ氏らはすでに小さなデータセットでAIを訓練し、非常に有望な結果を得ていると語る。養殖種か野生種であることが確実にわかっている魚の画像で学習させ、両タイプの特徴を識別できるようにする。出所不明の魚の画像でテストした時に、画像だけで天然サーモンと養殖サーモンを区別できるようになることが目的だ。

AIを用いて分析したシートラウト。頭部付近の赤い部分と魚の中央のオレンジ色の部分は、分類するための重要な特徴がここにあることを示す。photo by Institute of Marine Research
(写真)AIを用いて分析したシートラウト。頭部付近の赤い部分と魚の中央のオレンジ色の部分は、分類するための重要な特徴がここにあることを示す。photo by Institute of Marine Research

この取り組みは複数の外部関係者との協働で可能となっている。
研究所は釣り人のためのアプリ「エレーヴガイデン(Elevguiden)」と協力。ノルウェー450本の川で釣ったサーモンの画像を、釣り人たちがアプリにアップロードし、脱走したサーモンの国家モニタリング・プログラムのデータと照合する。これによって、世界的に見てもユニークなプロジェクトとなっている。

2013年から研究所は、川にフィッシュトラップを設置し、逃走した養殖種をすべて捕獲して撮影、独自に画像を収集している。ノルウェー西海岸マトレにある調査ステーションでは、野生種、養殖種、雑種をノルウェーのイノベーションである「クアッドアイ(QuadEye)」で撮影。このカメラシステムでは、川を遡上するすべての魚を撮影し、脱走した養殖種を自動選別し、野生種だけが通過できるような仕組みになっている。クアッドアイは4台のカメラで構成され、各カメラは1秒間に2~18枚の画像を撮影し、ヒレの磨耗や損傷、魚体の色素沈着、脂肪ヒレの小さな切り傷などを明らかにする。撮影された画像とデータは、AIの訓練に使用される。

左が野生サーモン、右が尾びれのすり減った養殖サーモン。photo by Erlend A. Lorentzen / Institute of Marine Research
(写真)左が野生サーモン、右が尾びれのすり減った養殖サーモン。photo by Erlend A. Lorentzen / Institute of Marine Research

今回の取り組みは、DX化を推進してきた北欧社会と海産国であるノルウェーの強みが発揮された結果といえるだろう。国の経済を支える養殖サーモン業を続けるからには、自然界の生態系を守る責任を国や企業が負うことを意味する。魚の無駄な死を防ぐために、AIはこれから重要な役割を担うことになりそうだ。


Elevguiden
https://elveguiden.no/no

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