被災地のために料理人ができること
~パリの日本人シェフたちが北海道のために集結した1日~
2018.10.18
被災地のために料理人ができること
~パリの日本人シェフたちが北海道のために集結した1日~
Oct. 18, 2018
2018年9月30日、日曜日。パリで開業する日本人オーナーシェフ9人が集って、北海道胆振東部地震被災者のためのチャリティイベントを行なった。「被災地のために、遠方の料理人ができることは何か」。故郷を離れ美食の国フランスで勝負する彼らの、問いと試みをレポートする。
パリからでも行動はおこせる
イベントの舞台は、パリ中心地の歴史的アーケード「パッサージュ・デ・パノラマ」。この53番地のガストロノミーレストラン「Passage53(パサージュ・53)」と56番地の餃子専門店「Gyoza Bar」で、食事とドリンクを提供するというものだ。
チャリティは2部構成で、昼夜10時間小皿料理を販売し続けるタパスサービスと、参加シェフ9人が看板料理を並べる45人限定のディナーサービス。タパスサービスはシェフが日常的に食しているまかないメニューなど、小ポーションの品を提供した。
12時のタパス開始直後から人が集まり、会場はあっとう間の大盛況に。寄付の気持ちに「おいしいものが食べたい」というシンプルな願いが加わり、飛ぶように売れていく。「和牛の串焼き」など、開始1時間を待たずに品切れになるメニューもあった。
「タパスの方は、何人のお客様に来ていただいたのか分からないくらいでしたね」
そう語るのは会場となった2店のオーナー、佐藤伸一シェフ。自身北海道の出身で、今回の取りまとめ役の一人だ。
「参加シェフ一人につき、少なくとも100食は用意しようと話しましたが、数百食分提供してくれた人も。うちもカレーを4~500皿分用意しました。単純計算で、少なくとも1500食は出たと思います」
もう一人の取りまとめ役、すし店「JIN 仁」の渡邉卓也シェフはライブで握りずしの盛り合わせを提供し、「人だかりで前が見えないくらいだった」と話す。炊いたすし飯48合がすべて無くなったのは、大盛況を如実に物語るエピソードだろう。
「イベントのきっかけは、震災後にいただいた言葉でした」
渡邉シェフは振り返る。北海道出身で、渡仏6年経った今も札幌に系列店4店を構えるシェフ。直接触れ合うパリのお客や仲間に加え、北海道の人達からも、店や家族の安否を気遣う声が寄せられた。
「9月の頭にパリで料理人仲間たちと集まった時も、タクさんどうなの、と声をかけてもらえて。本当に、あったかい気持ちになりましたね。それで自分たちも、北海道のために何かできることはないかな、と」
そこからチャリティイベントをやろう、と話が上がったのは、自然の流れだった。
「それまでも募金での災害支援はしていました。が、今回は自分たちが動きたかった。料理人としての労力で役に立ちたかったんです」
その想いに賛同したのが、佐藤シェフをはじめとした7人だった。
「僕自身も熊本出身で、何とかして寄り添いたいと思いました」と語るのは、レストラン「Pages(パージュ)」の手島竜司シェフ。
「Alliance(アリアンス)」の大宮敏孝シェフは高校時代、阪神大震災を経験していた。被災地出身でないシェフたちも、故郷に寄せる思いは同じだった。
「Les Enfants Rouges(レザンファンルージュ)」の篠塚大シェフは言う。
「日本は色々な災害が起きている国です。北海道に限らず、自分たちに何かできることがあるのならやりたい、と」
やるなら早いほうがいいだろうと、実施は3週間後の日曜日、9月30日に。「食材を持ち寄り、自分達の料理の能力・労働力を提供して寄付金を集める」という主軸を決め、各シェフがタパスを1品、ディナーでガストロノミーの皿1品、それとワインを提供することにした。
「最初に各シェフ達とメニューの打ち合わせをした時には、北海道の食材やイメージを使った料理が良いのではという話も上がりました。が、今パリで手に入る北海道の食材には限りもあり、かつ高品質品の入手が難しい。現地が大変な中、北海道から送ってもらうということも現実的ではありませんでした」(佐藤氏)
急ごしらえのイベントで重要なのは、できる限りスムーズに進めること。しかもこれはチャリティで、シェフたちが才を競う場でもない。リスクを負わず、いつもやっていることで役に立とう――その考えから、ディナーの構成は「シェフ9人のスペシャリテのオムニバス」となった。
材料は各店の持ち出し、もしくは生産者からの寄付で、ワインも付き合いのあるドメーヌからの無償提供。生産者の多くは、素早く企画に賛同してくれたという。
「開催期間まで時間の無い中、すぐに『早く北海道が復興出来るよう是非協力したい』と回答があり、本当に温かな気持ちになりました」(「L‘inconnu(ランコニュ)」檜垣浩二シェフ)
「このような企画に賛同してくれる方々がいる、という事実が分かり、パリからも何かしらの行動が起こせる、という実感ができましたね」(「Restaurant Nakatani」中谷慎佑シェフ)
自分たちの店を通常営業しながらの準備は、メールやSNSを駆使してのやりとりが中心。それでも大きなトラブルなく当日を迎えられたのは、現実的でシンプルな企画、異国の地で腕一本で勝負してきたシェフたちの力量、そして仲間との繋がりの深さゆえだろう。自然に役割分担ができ、チームとして機能した。
「それぞれ仕事がある中での、メールのやり取りが唯一のコミュニケーションだったというのが大変でした。が、それでも皆が一つのことを達成させようと、一致団結できたことを何より嬉しく思います」(「Etude(エチュード)」山岸啓介シェフ)
「タクさん(渡邉シェフ)と佐藤さん、お二人への信頼感が大きかったです。お二人の声かけからそうなっていたのでしょうが、このイベントで名を売ろうとする人間は一人もいなかった。できるだけのことを日本に届けたい、その一心でしたね」(大宮シェフ)
料理人に、チャリティのリレーをして欲しい
そして当日。タパスの大盛況に続き、限定ディナーも祝祭的な明るいムードの中で、2回のサービスが行われた。
「大変でしたが、予想以上の集客があり、多くの幸せそうな笑顔が見られて。チャリティーの成功を嬉しく思いました」(シェフパティシエ光武宏さん)
ディナーは各シェフの店で告知され、その日のうちに予約満席となったという。一人300ユーロ(約4万円)という低くはない価格設定だったが、そうそうたるシェフのスペシャリテが一度に堪能できる貴重な機会に、パリのグルメたちはすぐに飛びついた。参加者の中には辛口批評で知られる美食ブロガーもいたが、企画の主旨に賛成してくれることを条件に、予約を受けた。これは日々要求の高い客を相手にする、ガストロノミーシェフたちならではの配慮だ。
「料理とワインのマリアージュについてブログを書かれるお客様ですが、今回は、個々の料理とワインの相性をおっしゃられるのは筋違いですとお伝えしました。作り手からの善意で集まったワインを、料理の流れに出来るだけ寄り添うように、と提供させて頂いたので」と佐藤シェフ。それは楽しいイベントで善意の資金を集めるという、チャリティの根幹に関わることでもある。
「伝えるニュアンスが難しいですが……僕たちも楽しんで、お客さんに喜んでもらって、そうして生まれたお金を届けたい、と」(佐藤シェフ)
「僕らが悲壮感の中でやっても、被災者が元気になるわけではない。前向きにやって、お客さんに楽しんでもらった結果なんですよと、ポジティブなメッセージを送りたいんです。お金だけではなくて、ですね」(渡邉シェフ)
14時間以上に及んだイベントで集まった「ポジティブなお金」は、合計約300万円。その使い途は実は、まだ調整の途上だ。「甘く見ていたところはありましたね」と、渡邉シェフは言う。順調に進んだチャリティで、この点だけが誤算だったと言えるかも知れない。
「人道支援団体に募金をしても、そのお金の使われ方を僕たちは決められません。道庁などの役所に預けることもできない。これを資金にして現地の料理人たちに炊き出しをやってもらおうと考えていますが、それも保健所への届け出などが必要で、簡単にはいかないんです。本当に、勉強になっています」(渡邉シェフ)
一口に「炊き出し資金」といっても、材料費を賄えればいい、と言うものでもない。炊き出しのための設備は? それを運ぶための車や燃料代は? どこまでをこの義援金の範囲と考えればいいのか……善意を形にして届けるためには、デリケートな「決め事」が多くある。「役に立ちたいのに、いい方法がぱっと見つからない。正直もどかしいですよ!」と、シェフたちは揃って苦笑いする。
強く願っているのは、「料理人に、チャリティのリレーをして欲しい」ということ。
「実際に現地に行った方々に話を聞くと、料理のボランティアが役立てるのはメンタル面なんですね。作った人の顔が見られて、温かいものを手渡しする。僕たちが関わるなら、普通の炊き出しでは食べられない、気持ちが上がるものを届けたい。おいしいものを食べて、元気になって欲しいんです」(渡邉シェフ)
「北海道では、料理人たちも被災者です。このお金を元に彼らが料理を作って、「おいしい」という気持ちから、作る人も食べる人も元気になれるようなことができたら。そのための使い途は変に急がず、しっかり考えて決めたいと思っています」(佐藤シェフ)
イベント後も現地のシェフやボランティアの専門家とやりとりを重ね、使い途に一歩一歩、形が見え始めている。
「フレンチの高橋毅シェフ(レストラン「ラ・サンテ」)を中心に、札幌の料理人さんたちにお声がけをして、各店で作ったお料理を被災地に届ける形が動き始めています」
その他、日高の天野洋海シェフ(お料理 あま屋)など道内各地の料理人たちと共に、新たに建設する仮設住宅で新生活を始める家族や子ども達に向けた屋台形式の催事などを考えているそうだ。
グルメを魅惑し、おいしさで善意を集め、お金の形に換える。災害支援のために料理人ができることの一例を、パリのシェフたちは示した。彼らの試みは「料理人の社会貢献」というテーマに、一つのヒントを与えてくれている。
シェフたちから被災地の皆様へ(五十音順)
大宮シェフ「僕も被災経験者として色々あるのはわかっていますが、どうかみなさんの気持ちだけは折れないように。遠いところからこれくらいのことしかできませんが、前を向いていけるお手伝いができれば、という気持ちでいます」
佐藤シェフ「自分たちのできることをやって、少しでもお役に立てたらと思っています。みなさんが1日も早く元の生活に戻って、元気になって欲しいと願っています」
篠塚シェフ「僕らは食を通してここパリでチャリティイベントをやりました。なのでここで集まったお金も、食を通して被災者の方々に送る事が出来たらと思っています」
手島シェフ「微力ですが遠くフランスより、心より応援申し上げます。被災者の皆さんが穏やかな日々を送れるよう、1日も早い復興をお祈りいたします」
中谷シェフ「今年はいろんな所で災害が起き今尚以前の生活に戻れていない方たちが居ると思います。それにもし以前の生活が戻ってきても不安は消え無いでしょうし、僕たちができる事は知れてるかもしれませんが、少しでも不安を取り除く事につながればという思いです。日本にも沢山の方々がそういう思いで動いてらっしゃるのを記事などで読みました。少しでも早く落ち着いた生活が戻ってくること願っております」
檜垣シェフ「僕たちの今回の復興支援イベントは終わりましたが、被災地の方々はこれからも続いていく戦いだと思うので、風化せずに日本の皆さんも協力して最後まで頑張って欲しいです」
光武シェフ「日本は自然災害が多い国で、今回北海道地震では多くの家屋に被害があり各地で避難されていると見ました。北海道ではこれから厳しく寒い季節になりますが復興へ希望を持って少しずつ進んでいかれることを祈っております」
山岸シェフ「日本全国、被災された方々には、一日も早く重い悲しみから解放されることを願っています。今回は北海道復興でしたが、自分達の活動をみて、少しでも元気を与えられたらと思うと同時に、今以上に復興の為のボランティアの方々が増えてくれることを望みます」
渡邉シェフ「できるなら自分たちが北海道に行って、おすしや太巻きなど気持ちが上がるものを届けたいです。前向きな応援を伝えて、1日も早く、みなさんが元の生活に戻れますように」