インフレが続くスペイン。昼定食の値上げでスローライフへ回帰か?
Spain [Madrid]
2023.09.21
text & photographs by Yuki Kobayashi
日本で“昼定食”というと、サラリーマンの行列を想像するだろうか。スペインの場合、昼定食は忙しいビジネスマンのためでなく、政策の一環として始まったという歴史がある。
1959年、スペインは独裁下にありながらも観光立国となる下地を作っていた。太陽とビーチを目当てにやってくる観光客がもっと欲しい。そこで政府が考えたのが、安い昼定食だ。全国で価格を一定にし、地域の料理を提供して大量の観光客を呼び寄せようという行政の政策から生まれたのが昼定食だった。当時、多くのスペイン人はメインである昼食を家に戻って2時間かけて食べ、シエスタまでするという生活習慣だったから、昼定食のニーズがなかったのだ。
独裁後、自由な価格設定になってからは、昼定食は都市部のサラリーマンに昼食の選択肢を与えることになった。他の物価同様、定食価格も徐々に上がってはいたが、この数年の世界の激動に変化を余儀なくされている。
パンデミック以降のインフレで、22年国内飲食業の消費者物価指数の上昇率は8.3%。最も安い野菜のひとつであるジャガイモ価格すら、干ばつも追い打ちをかけ、23年4月には前年比65%増という目も覆うような惨状で、昼定食価格に影響が出ないわけがない*1。首都マドリードの昼定食の平均価格は13ユーロ(約2000円)。マドリード州業界新聞では、23年に入り、0.5~1ユーロの値上げを断行した店が全体の72%と報じている。
2000円台の定食は被雇用者には贅沢な食事だ。パンデミック後のテレワークの増加で、自宅で昼食をとる習慣に戻った人も少なくない。弁当文化のない国ゆえ、前日の残りものを無造作にタッパーに入れて職場に持参する人も多い。昼定食の値上げは、「ウーバー・イーツ」のようなデリバリーの興隆にも多いに関係がありそうだ。
19年のデータを見ると、家で食べたり持参するなど“家のごはん派”は41%だった*2。22年の調査によれば、昼食の選択肢が多々ある現在でも、家で昼ごはんを食べたいと思っている人が全体の85%にもなる*3ことをみると、かつてのスローライフの価値観が再認識されているといえるだろう。
上昇を続ける昼定食価格は、都市部の食習慣を再び変えることになりそうだ。
*1 2023年4月25日付Web新聞『El independiente』より
*2 「Habitos de la comida FOOD EU」2019年の調査より
*3 「ALIMENTACIÓN EN LA SOCIEDAD DEL SIGLO XXI POST PANDEMIA: DECISIÓN ALIMENTARIA 2022」より
(写真トップ)通常、昼定食は前菜、主食と3~4種類からそれぞれ選ぶようになっていて、デザートまたはコーヒーが食後に付く。ドリンクもついてワイン、ビール、ソフトドリンク、水から選ぶのがスタンダードだ。以前は揚げていたであろう添え物のフライドポテトも、冷凍ものやチップスに代替する店が増えた。マドリード「エル・キント・ビノ(El Quinto Vino)」にて。
◎El Quinto Vino
C. de Hernani, 48, 28020 Madrid
http://www.elquintovino.com/
*1ユーロ=157円(2023年8月時点)
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