野菜、豆、穀物。人と地球が一緒に健康になれる料理とは?
東京・代々木「CIMI restorant」向井知
2024.05.13
text by Sawako Kimijima / photographs by Masahiro Goda
3月1日、東京・代々木にオープンした「CIMI restorant チミ・レストラン」の不思議な魅力をひと言で表現するのはむずかしい。ドーナツと食料品の店「FarmMart & Friends」との空間シェア、素材の力強さ全開のプラントベース料理、「慈母」と呼びたくなる雰囲気の若き料理人・・・。必要最小限の装備しか持たないけれど、多くの人々の良心を取り込んで形作られるその陣容は、飲食店の新しいあり方への示唆満載である。
目次
- ■restaurantじゃなくて、restOrant
- ■空間も木材もエネルギーも無駄なく使う店づくり
- ■なぜ、どのようにして、料理人になったか?
- ■「皿の上の仕事は、農家が半分、料理人が半分」
- ■“伝える”ことをしなければ、ただの優しい料理で終わってしまう
restaurantじゃなくて、restOrant
「CIMI restorant チミ・レストラン」は、2023年夏、神田から清澄白河へ引っ越した人気レストラン「the Blind Donkey」のジェローム・ワーグさんと向井知(むかい・とも)さんによる新プロジェクトだ。「人と地球が一緒に健康になれる料理とは?」をテーマとして、プラントベースの料理を提供する。
「ジェロームとはプラントベースの可能性を語り合っていました。環境のことを考えたら、そこに行き着くんじゃないかって」。向井さんが経緯を語る。
店移転のタイミングで、向井さんはDonkeyチームから離れ(と言っても密に連携しながら)、CIMI担当となって準備を進めてきた。11月以降、ポップアップ営業を繰り返し、3月1日に正式オープンを果たした。
オープンを告知するプレスリリースには次のように書かれている。
日々、生産者の思いのこもった食材に触れ、料理をする私たちは、この地球をひとつの庭だと考えるようになりました。
(中略)
バランスを崩した地球を回復させるために、これから私たちは、どう育てられた野菜を、どう料理してゆけばよいのだろう。それを考え、みなさんとシェアしていく活動が、CIMI restOrantです。
「CIMI(ちみ)」とは日本語で「地味」と書く。土壌が育む大地の味。風土がもたらす土地土地の味。身体に沁みわたる滋味。食の拠り所を指す壮大な言葉だ。彼らのヴィジョンがストレートに伝わる。にもまして示唆的なのが「restOrant」と言えるだろう。
レストランのスペルが「restaurant」なのは周知の通り。語源はフランス語の「restaurer」(元気を取り戻すの意)と言われる。「restaurer」は古フランス語「restorer」(修復する)に端を発し、語源を同じくする英語の「restore」はさらに「自然や生態系を取り戻す、再生させる」という意味も持つ。「人と地球が一緒に健康になれる料理とは?」を考える彼らは、あえてスペルを「au」ではなく「o」に変えた。
レストランの営みは自然環境と直結していて、食材の調達法や生産者との連携、調理の工夫次第で、ささやかでも環境への負荷軽減に働きかける。そのポジションを有効に機能させて、社会課題の解決に取り組もうとするレストランは増えた。とは言え、レストランの既成概念、規範、イメージが根強く存在するのも事実。レストランを名乗る以上、レストランらしくあることが優先され、課題解決はどうしたって二次的だ。
対して、CIMIはrestaurantではなくrestOrantである。restaurantの枠組みから自由。課題解決を二次的にはしない。人と土地の回復を第一義として突き進む。
空間も木材もエネルギーも無駄なく使う店づくり
restaurantの枠組みから自由なCIMIは、場所もまた既成概念に縛られない。超やわドーナツや雑穀ヴィーガンドーナツが話題の「FarmMart & Friends」にレッドシダーの丸太を持ち込んで、シェア店舗としてスタート。
「FarmMart & Friendsは、the Blind Donkeyの経営に参画するモノサスの運営なんですね。閉店後の夜の時間を有効活用する意味でも、CIMI立ち上げの費用を抑える意味でもシェアがいいということになって」と向井さん。FarmMart & Friendsを知っていると、最初は“間借り感”がぬぐい切れない。しかし、すぐに馴染んで、良心の塊のような食材に囲まれて食事する心地良さに気付く。そもそもが途方もない地価(代々木の住宅街は1㎡あたり100万円を下らない)の物件の使い方として合理的と言わずして何と言おう。
なぜ、どのようにして、料理人になったか?
向井さんのキャリアを知れば、restOrantであろうとする意志をより感じるに違いない。
向井さんは立命館大学経済学部卒業後、「デザインで社会を良くしたい」との思いを胸にデザイン事務所へ入った。しかし、あまりの過酷さに挫折。知人の紹介で、茨城県のNPO法人アサザ基金で働き始める。アサザ基金とは霞ヶ浦流域の環境保全と持続型社会の構築を目指す市民型公共事業「アサザプロジェクト」の運営母体だ。「地域づくりもデザインと関わりがあるのでは」との興味からだった。無農薬の田んぼづくりや霞ヶ浦流域の学校への環境学習などに携わるうちに、向井さんの関心は「人間と環境」へとシフト。「人が壊してしまった自然は元に戻らないと実感したことが大きかった」
2011年、退職のタイミングで、東日本大震災が勃発。3カ月ほどボランティアとして被災地へ赴く。炊き出しを通して「生きるための食の大切さ」を知り、彼女の中で「食」がクローズアップされていった。
「食は、社会・自然・人、ありとあらゆるものにつながっている。人は、食のためにはポジティブな動機で動く。食で社会を良くすることができるのではないかと思うようになりました」
向井さんは飲食の世界で働こうと決意。吉祥寺の定食屋、渋谷のイタリアンレストラン、著名なデリカテッセン、様々な店で経験を積むが、進路を決定づけたのはアリス・ウォータースだった。
「著書『アリス・ウォータースの世界』の中で「私は食べ物で世界を変えることができると思っています」と言い切っているのを読み、心強かったんですね」
アメリカ西海岸「シェ・パニース」での研修を希望する手紙を送り、そのチャンスを得る。研修中に、元シェ・パニース料理長だったジェロームと原川慎一郎さん(the Blind Donkeyの立ち上げメンバーで、現在は長崎県雲仙で「BEARD」を営む)が東京でレストランを開こうとしていると知り、帰国後すぐにアプローチ。初対面でジェロームが語った「僕たちはレストランだけをやりたいのではなく、レストランを通してアクションを起こしたいんだ」という言葉が、向井さんを現在へと導いた。
「皿の上の仕事は、農家が半分、料理人が半分」
では、restOrantの料理とは、どんな料理か?
「ジェロームから学んだことに最大限注力しています」と向井さん。
ここで、ジェロームの教えを知るために、少し遠回りになるけれど、「the Blind Donkey」の意味からおさらいしよう。
the Blind Donkeyの直訳「盲目の驢馬(ろば)」とは、禅語の「瞎驢(かつろ)」に当たり、「未熟者」を指す。禅寺で修行した経験を持つジェロームが「人間は何歳になっても未熟者である」との意味を込めて名付けた。道元禅師が『典座教訓』『赴粥飯法』を著したように、禅においては料理も修行。ジェロームの料理にはそんな禅の精神――天地人の恵みを粗末にせぬようにと努める心が生き方を磨く――が根底にある。だから、料理はいたってシンプル。ただただ食材が生きるように調理され、料理人の自我が見えてこない。以前、原川さんが「自我とは塩のようなもの。入れ過ぎれば塩辛くて食べられない。控えめなくらいでちょうどいい、とジェロームから教えられた」と語っていた。
「『皿の上の仕事は、農家が半分、料理人が半分』、そう語るジェロームの料理はめちゃくちゃシンプル。切り方、塩加減、火の入れ方、すべてが繊細です。少しでもバランスが崩れるとおいしさから遠ざかる。何もしなさ過ぎて怖くなることもあります。塩をして、オリーブオイルをかけただけ、とか。店で提供する料理として、それはありなのか、悩みますが、ジェローム自身は『それがいい』と思える判断基準を持っている。そこに少しでも近づきたいと思う」
向井さんは自分自身が「シェフ」と呼ばれる響きに抵抗があるという。「自分自身が思い描くシェフという存在への先入観かもしれません」。自分はシェフと呼ばれるにふさわしい力量を持ち得ているのか?という自信のなさから来る感情でもある。
ならば、何には自信を持てるのか?向井さんの調理の拠り所はどこにある?「つながっている生産者や食材への信頼、そして、その食材が持っている『おいしい』を知っていること、かもしれません。毎日食材と接していると、輝く瞬間があるんです。その瞬間を引き出せているか?それが私の調理の拠り所なんだと思います。探しながら、味見しながら、調理のプロセスが立ち上がって来るんです」
“伝える”ことをしなければ、ただの優しい料理で終わってしまう
4月12日、神奈川県横須賀市でリジェネラティブ・オーガニック農業に取り組む「SHO Farm」仲野晶子さんと仲野翔さん、花農家「four peas flowers」三井聡子さんを迎えて、イベントが開かれた。
「オープンして営業をする中で感じたのは、“伝える”ということをしなければ、ただの優しい料理で終わってしまうということでした」
restOrantであろうとしなければ、restaurantになってしまう。
「食を通してアクションを起こしたくて、この仕事を続けてきた。ここはそれを形にできる場です。“伝える”ことに振り切ってやっていきたい」
the Blind Donkeyの開業1年後から発注を担当した向井さんは、できるかぎり産地を訪れ、生産者に会い、考え方や仕事の仕方を知るように努めてきた。
「気候変動、自然災害、獣害、人手不足、高齢化・・・彼らは、私たちが感じている以上の大きな変化をダイレクトに受けている。農業の危機は確実に近づいていて、と言っていいくらいだと思います。太陽の光を浴びた、健康な食材を求めるのなら、私たち消費者も農業にコミットしていかなければ、守れなくなる時はすぐ近くまで来ている。コミュニティファーミング化していく必要があるんじゃないかって、ジェロームと話しています」
だからこそ、日常に近い存在であろうと心に決めている。「世の中を変えていくのは、特別な人ではなくて一般の人々だと思うから。より多くの人たちの日常の選択が変われば、社会が変わるのではないでしょうか」
CIMI restorantが、みんなで集まって食や環境について議論をしたり、ワークショップをしたりする場になったらいい。「街のサロンになりたいですね。私が作る料理は、食材さえ手に入れば、家でも作りやすいから、食材の背景について学ぶ料理教室をやろうかな、なんて夢は膨らむばかりです」
◎CIMI restorant
東京都渋谷区代々木3-9-5
☎080-1110-7786
18:00~22:30(21:00LO)
水曜、木曜休
Instagram:@cimi_restorant