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PEOPLE / クリエイター・インタビュー

原研哉(はら・けんや) グラフィックデザイナー

2017.02.08

text by Masahiro Kamijo
photograph by Hiroaki Ishii
『料理通信』2008年2月号掲載

デザインの枠組みや可能性を拡張し続けている原 研哉さん。
きれいなデザインをつくり出すことよりも、理論を組み立て、考えることに力点を置く姿勢に、分野を越えて注目が集まる。
「仕事の大半は、企画書を書くこと」と公言するデザイナーは稀。
だが、そこに記されたアイデアは、デザインと人との新たな出会いをつくり出す。

マカロニにはなぜ穴が?

原さんは、人の感覚をゾクゾクさせるものづくりをテーマにした「HAPTIC(ハプティック)」という展覧会を、数年前に企画した。バナナやイチゴそっくりの紙パックや、キャベツの表皮をまとった器など、会場に並んだユニークなデザインに、訪れた人

たちが目をこらして見入っていたのが、今でも強く印象に残っている。昨年は、日本の繊維産業の実力を国内外に向けて発信するプロジェクトをプロデュース。微細な繊維の1本1本にはっ水加工を施したものからナイロンストッキングの5分の1という極薄素材の生地まで、日本生まれのハイテク繊維に、ファッションとは異なる視点でもって新たな命を吹き込んだ。「SENSEWARE(センスウェア)」と題された展覧会はパリへも巡回。欧州発のファッションビジネスの仕組みや価値観に乗らず、日本が得意とする技術力とデザイン力でもって未来の繊維の可能性を広げる試みは、現地でも大きな反響を呼んだ。

表層的で貧しく、時に本質とはかけ離れたものがデザインと呼ばれる昨今、原さんは視覚偏重の流れに対抗するかのように、感覚を揺さぶるデザインのあり方を模索し続ける。そうした仕事を本人は「これまで気づかなかった新しいモノの見方を見つけること」と言い換える。

食べ物はデザインの対象になるか

そんな原さんの発想の芽はどこから生まれてくるのか?
「寝ても覚めてもデザインを考えているというのは、少し言いすぎ」と本人は謙遜するが、これまでの仕事を見ると、決してオーバーな表現でないように思えてくる。世の中の事象をつぶさに捉え、物事の本質を静かに見据えていこうとする日々の積み重ねこそが、社会を動かすような仕事につながっていくと見るからだ。
例えば、紙とデザインの関係性について新たな表現を求められれば、単に紙の加工がきれいで美しいといった側面だけでなく、地球資源の新しい活用方法に対するメッセージや解答を盛り込むことを忘れない。「デザインは、人が生き、環境を成していく上で蓄えられていく知恵」という思いが、デザインの可能性を押し広げる発想を支えている。
ユニークな眼差しの一端は、こんな企画にも表れる。95年に開かれた「建築家たちのマカロニ展」。食べ物はデザインの対象となり得るかという興味からスタートし、建築家やデザイナーを巻き込んで様々なマカロニの形状を競い合った。この時、原さんは、マカロニについてあらゆる分析を試みたという。例えば、マカロニにはなぜ穴があいているのか?
「穴がなかったら、中央の芯の部分がゆでにくい。ソースが十分にからまるよう、穴を開けて内側にも面積を確保している。粉体を形にしていくマカロニは工業製品。作りやすいことも大事で穴から原料を押し出してやれば簡単にできる」。もちろん、おいしそうに見えることや長く付き合って飽きないシンプルさも大事なデザイン要件。「穴あきマカロニはそのすべてを満たしているからこそ、長い間支持されてきた。激しい競争をくぐりぬけて勝ち残ったデザインの強者なんです」

花粉を携え、花を咲かせる

原さんの食への関心は決して小さくない。ただし、食のデザインに思いを巡らす際、あえて対象から「料理」を外すのだとか。
「かつては料理もデザインだと思ったことがあった」という。しかし「環境をつくっていくといった殺伐した概念で語ってしまうのは、料理は潤いがありすぎる。料理の世界で築かれたクリエイションを尊重したいがゆえに、逆にデザインとは呼べない気がしている」と原さん。
一方、食文化という観点から、デザインが貢献できる部分には、産地やつくり手にアイデアを投げかけ、新たな価値創造を後押ししている。北海道・宇川の「タンポポ酒」や山梨県・中央葡萄酒の「グレイスワイン」などのパッケージは、その一例だ。こうした地域文化との関わりを原さんは「見えないところに咲く花に受粉して、新たな花を咲かせる仕事」といい、自らの役回りを「花粉」と説明する。そんな原さんが最後に語ってくれたのが、日本の食文化に欠くことのできない米への思い。「茶わん1杯分の米が20円で売られているというのは、米を愛する者からするといささか悲しい。食というのは、きちんとかたちを与え、姿を持つと、味覚を刺激し摂取する行為だけでなく、強い情報源となってくれる。酒やワインはその最たる例。だから、米のマーケティングを意欲的に行いたいというところがあれば、是非手伝いたい」
原さんなら、日本の米を、確実に新たなステージへ引き上げてくれるだろう。思いに共感される生産者の方がいれば、編集部に連絡されることをお勧めしたい。

原研哉(はら・けんや)
1958年岡山県生まれ。83年武蔵野美術大学院を修了し、日本デザインセンター入社。現在、同社代表取締役を務めるほか、無印良品アドバイザリー・ボードメンバー、武蔵野美術大教授。デザインを情報の建築と捉え、諸感覚の連動を意識したコミュニケーションデザインを展開。広告、サイン計画、展覧会プロデュースなど、多岐にわたる活動で多数の賞を受賞する。2004年にサントリー学芸賞を受けた『デザインのデザイン』に新稿を加えた特別版が07年10月に刊行された。

 

本記事は、「EATING WITH CREATIVITY」をキャッチフレーズとする雑誌『料理通信』において、各界の第一線で活躍するクリエイターを取材した連載「クリエイター・インタビュー」からご紹介しています。テーマは「トップクリエイションには共通するものがある」。

 

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