愛するということ~「ラ ピヨッシュ」林真也さん
藤丸智史さん連載「食の人々が教えてくれたこと」第10回
2016.11.24
連載:藤丸智史さん連載
磁石のように人を吸い寄せる店。
地表も人間もほとんど水分で出来ているというなら、「ラ ピヨッシュ」のほとんどは「愛」でできていると言えるだろう。もちろん愛にはいろんな形があり、個性に溢れているので、他人がその良し悪しを述べることに大きな意味はない。それでも声を大にして言いたい。「ラ ピヨッシュ」は「愛」で満ち溢れているのだ。
オーナーソムリエである林さんとの出会いは、ピヨッシュに通い出してからなので、お互いをしっかり認識したのは2年前ぐらいだろう。期間は短いが、しかし、この2年間で一番長く居座った店である。そう、回数はそれほど多くなくても、滞留時間が長くなってしまう、不思議な店なのだ。私以外にも「オープン時間に入店したのに、気付いたら閉店時間を超えていた」なんて声をよく耳にするし、私自身が幾度となく時間を忘れて体力が尽きるまで飲んでしまったりしている。この店を訪れる海外のワイン生産者も多数いるが、短い滞在期間中に何度も訪問したり、毎晩のようにここで夜をふかしたり、猛者になるとここから空港に向かう者もいるぐらいだ。
そんな、まるで磁石のようにいろんな人を吸い寄せていく居心地の良い空間は、どのようにして生まれるのだろうか。デザイン? 料理? ワイン? 価格? 自分の店に活かせるものはないかと探るのだけれど、まったく答えが見えてこない。もちろん、どれもがハイレベルなのだが、「なんで、そんなにピヨッシュが好きなの?」と聞かれても、「ワインが好みだし、料理もおいしいし、コスパも凄いし……」と答えるだけ。そんな店はいっぱいあるのに、東京出張の夜はいつもピヨッシュに足が向いてしまう。
オーナーソムリエである林さんとの出会いは、ピヨッシュに通い出してからなので、お互いをしっかり認識したのは2年前ぐらいだろう。期間は短いが、しかし、この2年間で一番長く居座った店である。そう、回数はそれほど多くなくても、滞留時間が長くなってしまう、不思議な店なのだ。私以外にも「オープン時間に入店したのに、気付いたら閉店時間を超えていた」なんて声をよく耳にするし、私自身が幾度となく時間を忘れて体力が尽きるまで飲んでしまったりしている。この店を訪れる海外のワイン生産者も多数いるが、短い滞在期間中に何度も訪問したり、毎晩のようにここで夜をふかしたり、猛者になるとここから空港に向かう者もいるぐらいだ。
そんな、まるで磁石のようにいろんな人を吸い寄せていく居心地の良い空間は、どのようにして生まれるのだろうか。デザイン? 料理? ワイン? 価格? 自分の店に活かせるものはないかと探るのだけれど、まったく答えが見えてこない。もちろん、どれもがハイレベルなのだが、「なんで、そんなにピヨッシュが好きなの?」と聞かれても、「ワインが好みだし、料理もおいしいし、コスパも凄いし……」と答えるだけ。そんな店はいっぱいあるのに、東京出張の夜はいつもピヨッシュに足が向いてしまう。
飲み頃を見計らって、慈しんでサーブする。
ついに、先日、その答えに近づけた夜があった。
その日はピヨッシュのFBページに大量の予約キャンセルが出ていることが告知されていた。なんと店の7割の席がキャンセルになったという。タイミングよく出張中だったので、「これは!」と意気込んでピヨッシュに向かうと、何のことはない超満席。席を見渡せば、常連さんや彼らに連れられた新しいお客さん達で埋め尽くされていた。みんな告知を読んで当日飛び込んできた人たちばかり。隙あらばピヨッシュに向かおうとしていたのは、私だけではなかった。みんながピヨッシュを好きで好きでたまらないのだ。ちなみに、この体験、思い返すと、一度や二度ではなかったように思う。
じゃあ、なぜ、そこまで愛されるお店になったのか? それは林さんの愛情が凄いからである。扱う食材も本当にこだわり抜いた生産者のものを惜しげもなく豪快に盛り付ける。一見、価格が高そうに見えるメニューも味とボリューム、そして、何より出自のしっかりした食材ばかりで逆に安すぎるぐらい。
さらに、ワインの品揃えが圧巻。たった20席強の店に在庫は8000本近く。もちろん店のセラーに入り切らなくて保冷倉庫に預けている。
なぜ、そんな本数が必要なのかというと、林さんが取り扱うワインは、彼が個人的にもよく知るナチュール系の生産者がほとんどで、友人のように付き合う生産者のワインを少しでも寝かせて良い状態で出すため、それぐらいのストックが必要だという。だからと言って寝かせたワインを高く売るわけでなく、逆にお客さんとシェアするかのように次々と開けていく。そして、慈しむようにワインをサービスする林さんの姿は、風貌も相まってか、神々しく、いつも心を穏やかにさせてくれる。
その日はピヨッシュのFBページに大量の予約キャンセルが出ていることが告知されていた。なんと店の7割の席がキャンセルになったという。タイミングよく出張中だったので、「これは!」と意気込んでピヨッシュに向かうと、何のことはない超満席。席を見渡せば、常連さんや彼らに連れられた新しいお客さん達で埋め尽くされていた。みんな告知を読んで当日飛び込んできた人たちばかり。隙あらばピヨッシュに向かおうとしていたのは、私だけではなかった。みんながピヨッシュを好きで好きでたまらないのだ。ちなみに、この体験、思い返すと、一度や二度ではなかったように思う。
じゃあ、なぜ、そこまで愛されるお店になったのか? それは林さんの愛情が凄いからである。扱う食材も本当にこだわり抜いた生産者のものを惜しげもなく豪快に盛り付ける。一見、価格が高そうに見えるメニューも味とボリューム、そして、何より出自のしっかりした食材ばかりで逆に安すぎるぐらい。
さらに、ワインの品揃えが圧巻。たった20席強の店に在庫は8000本近く。もちろん店のセラーに入り切らなくて保冷倉庫に預けている。
なぜ、そんな本数が必要なのかというと、林さんが取り扱うワインは、彼が個人的にもよく知るナチュール系の生産者がほとんどで、友人のように付き合う生産者のワインを少しでも寝かせて良い状態で出すため、それぐらいのストックが必要だという。だからと言って寝かせたワインを高く売るわけでなく、逆にお客さんとシェアするかのように次々と開けていく。そして、慈しむようにワインをサービスする林さんの姿は、風貌も相まってか、神々しく、いつも心を穏やかにさせてくれる。
扱わないこともまた愛情。
料理やワインをサービスする店というのは、普通、お客様向けの意識が強くなる。でも、ここは違う。ワインにしろ、料理にしろ、お客様だけでなく、生産者に対しての愛情も深い。こだわって最高のものを作ろうとすれば必然的に量は減り、利益も少なくなるものだが、そんな生産者のことを理解して寄り添うようにサービスをする。なので、生産者とお客様を繋ぐ楔役となり、ピヨッシュを媒介としてお互いを感じ合うことができる。林真也というフィルターを通して、私たちは生産者に出会えるのだ。そして、その場にいない生産者もまたピヨッシュに向けて愛情を発しているからこそ、他にはないオーラがここにはある。
愛情を持つということは「大事に扱う」ことだけではない。実は、林さんのセレクトは非常に厳しく、彼の審美眼に叶わなければ、個人的に親しいからといって扱ってもらえない。なぜなら、玉石混交になってしまうと、大事な生産者たちに迷惑をかけることになるし、大切なのは馴れ合いにならずにレベルアップしていくことだからだ。
愛情を持つということは「大事に扱う」ことだけではない。実は、林さんのセレクトは非常に厳しく、彼の審美眼に叶わなければ、個人的に親しいからといって扱ってもらえない。なぜなら、玉石混交になってしまうと、大事な生産者たちに迷惑をかけることになるし、大切なのは馴れ合いにならずにレベルアップしていくことだからだ。
ある夜、客が私だけになった。ピヨッシュの壁にはワイン生産者の名前が書かれた黒板があって、ナチュールの世界でも別格の生産者の名前が並んでいる。ふと気になって、その黒板の話を始めた。なぜなら、うちのワインの取り扱いはほぼなかったはずなのに、私の名前があったからだ。「正直に言って、藤丸さんのワインからそこまで凄みは感じないし、完全なナチュールでもないので、今の段階で取り扱うことはあまりないと思う。でも、藤丸さんの生き方や仕事が好きだし、人間として尊敬しているから」と言う。私はワインショップのオーナーであり、自分のワインのレベルがどのくらいか理解しているつもりなので、取り扱いがないことにはショックを受けなかった。が、逆にブルッと震えが来るぐらい心が引き締まった。そして、それは今も同じで、あの黒板を見る度に、経営者としては初心に戻り、また、ワイン生産者としての自分を燃え上がらせるエネルギー源となっている。
生産者とお客さんの双方向に向かう林さんの愛は店を優しく包み、お客さんの心を幸せにする。そして、林さんからの愛とお客さんからの愛、そして、生産者からの愛で満たされているピヨッシュは永遠である。
ジャン・イヴ・ペロン
林さんもワイン生産者のもとで働いていた経験がある。ワイナリー名はジャン・イヴ・ペロン。店名のピヨッシュというのは「鍬」という意味のフランス語だが、ワイナリーでの経験が大きく影響しているのだろう。林さんの名前を初めて聞いたのは、このワインを輸入するインポーターさんからで、「ここで働いていた方が今度独立して、このワイナリーのワインを扱うのだけれど、小さい店なので全量は扱えない。一部、藤丸さんところでどうですか?」と。元々好きな生産者だったので、二つ返事で取り扱いがスタートしたのだけれど、その1年後、ピヨッシュを訪問した時に、ボトルが並んでいるのを見て、「あぁ、あの時の!」と膝を打ったのだった。「鍬」や「ツルハシ」を使ってコツコツと手作りで造られた食材やワインを届けたいという想いは、きっとこの生産者の後姿に魅せられたからであろう。林さんは気付いてないかもしれないが、彼がこの造り手のワインを勧めてきたら、私は必ずオーダーすることにしている。なぜなら、ピヨッシュでこのワインを飲むと、自分にも何か乗り移ってくるような気がするからだ。
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