「国産小麦」のその先へ。地元の畑とパンをつなぐ、愛知のローカル製粉所
「パンの道の駅」メイキングオブ 第3回
2025.06.12

text by Hiroaki Ikeda
連載:池田浩明さん連載
パンの研究所「パンラボ」を主宰する池田浩明さんが、地域で長く愛される「リアルブレッド」を探求。目指すは2028年にオープンする福岡県川崎町「パンの道の駅」のプロデュース!池田さんの開業までの思考過程を追います。
今回は、地域を耕し、パン文化を育む、愛知のローカル製粉所の力について。
粉が、生き物に変わる。
玄麦から金属製の臼「金臼(かなうす)」で小麦を割り、その後に石臼ですり潰す。熱による風味の劣化が最低限に抑えられるハイブリッドな製粉方法を用いて、職人たちのオーダーメイドの小麦粉を模索する愛知のロ
製粉所からほど近い岡崎市中心街にあるベーカリー「F to BREAD」では、昨年オープンの新店にもかかわらず、平日の早朝からたくさんの地元客が詰めかけている。店に入ったとき最初に見える場所に置いたのはサワードウ。ローカルミリングのゆめちからのC5(中心に近い部分を集めた粉)、B3(表皮に近い部分を挽いた高灰分の粉) を70%使用する。


石焼き芋の皮を思わせるクラストの香り。クラムはしゅわっと溶け、レモンのような酸味を溢れる。それは、小麦の黒糖のような香りとあいまってクラフトコーラさえ思わせる。
シェフの岩片大地さんは、最初の修業先で食べたカンパーニュに感動、サワードウの虜に。食べ歩いた結果「いちばんかっこいいサワードウ」だと思った大阪の名店の門を叩くが、志半ばで退職。
「肩書きだけで有名店を背負ってる自分に強烈な劣等感を感じました。自分でやるしかない」
3年をかけ独学、自身が「スペシャリテ」と呼ぶサワードウを完成させた。

すべてを顔の見える生産者・製粉会社の石臼挽き粉で作るのには、きっかけがある。パリで、大型の食事パン「パン・デザミ」で名高い「デュ・パン・エ・デジデ」を訪問した際、近郊の小麦しか使用しないという哲学に触れたからだ。
「家からいちばん近い製粉会社の粉を使おう」とInstagramで検索し、当時立ち上がったばかりのローカルミリングと出会う。サワードウの命であるルヴァンリキッドを継ぐ粉も、ローカルミリングの粉に変えた。
「フレッシュだから酵素がききすぎて、生地がだれてしまうこともありますが、抜群に旨くなりました。旨味が強くなったし、酸味も出るようになった。旨い粉を使ってルヴァンを作ればパンも旨くなるし、種も元気。生き物を扱ってる感覚に近くなってきます」


サワードウはトーストでも提供する。バターをぬると、小麦の風味と甘味、サワードウの酸味が心地よく広がる。
モーニング文化のある愛知県、はじめは食パンを選ぶ人が大多数だったが、イートイン担当の父・芳也さんがすすめるにつれ、サワードウの人気は、今や食パンに肩を並べつつある。「香りって伝わりづらいもの。それでも、みなさんに小麦粉のおいしさがわかってもらえるようになって、ほっとしました」と芳也さん。
製粉所 × 農家 のパートナーシップ
小麦の個性を表現できる製粉所は、生産者側からも待望されている。
ローカルミリングから車で30分ほどの西尾市。JA西三河では西尾市産「きぬあかり」と「ゆめあかり」の2品種を『にしお小麦』としてブランド化している。組合員が一致して土づくりや排水対策を行うことで、品質をアップ。にしお小麦は、2017年産より「国内小麦の品質評価」すべて(容積重、灰分、タンパク、フォーリングナンバー)でAランクを獲得している。
ただ、これらの指標は、製粉時の歩留まりや、加工のときの生地の物性にかかわる、製造サイド側の評価だ。それでは飽き足らず、食べる人がダイレクトに「おいしい」と実感できる小麦の風味を追い求める生産者が現れた。農作業の受託を西尾市で行っている羽佐田トラクターだ。

2025年産からローカルミリングと取り組みをはじめ、昨年、ニシノカオリ、ミナミノカオリを播種した。「ローカルミリングの鈴木さんと『とがった小麦作りたいね』っていう話を以前からしていました」と羽佐田辰也さん。
農協という集団の枠組みは、大ロットで安定的な供給を行うために欠かせないが、複数の生産者の麦をひとつのサイロに入れてしまうため、個々の生産者の、おいしさへの努力やテロワールの表現が消費者に届きにくい。と同時に、“小麦のおいしさ”へ取り組むという世界観も、農業者の目線からはなかなか見えてこなかったのだ。そんな中、おいしさへの可能性に気づかされたのは、鈴木さんの言葉からだった。
「うちの小麦を『(他と)ちょっと香りが違う言ってくれたんです。そう言われると、『もっとこういう作り方もあるんじゃないか』と栽培側もフィードバックがしたくなる」
日本人は「おいしいお米」に対してこだわりが強いが、「おいしい小麦」を計るモノサシを持つ人は少ない。だが、同じイネ科である限り、方法論のベースは同じはずという確信をもつ羽佐田さんは、おいしさを追求する「とがった小麦」を作ろうとしている。
たとえば、味に定評のある「はざかけ米」の手法。収穫した米を乾燥させるとき、機械を使わず、天日で干す。熱がかからないのでおいしくなるとされる。それと同じ発想を麦にも応用する。
「小麦を乾燥させるとき、機械のボタンを押すと普通は60℃ぐらい。それをあえて40℃以下に設定するんです。時間が倍ぐらいかかるんですけど、ゆっくり乾燥していくので風味が飛ばない」
「国産小麦」のその先へ
羽佐田さん自身、JA西三河の生産部会に所属し、積極的ににしお小麦のブランド化に取り組んでいる。きっかけは、農地が工業用地や倉庫に転用されていく現実に危機感を持ったからだ。
「小麦をブランド化することで、農地を守る。西尾の農業に愛着を感じてもらえば、土地の権利者も農地を手放しづらくなる。単純にお金だけの話じゃない」
ローカルミリングとの取り組みで、おいしい小麦、おいしいパンが作れれば、にしお小麦をもっとアピールできるだろう。おいしさの力は地域の共同体や環境をも守るポテンシャルを秘めている。
ローカルミリングを、“製粉界のF1(フォーミュラワン)”と呼ぶ理由は、地域にとって、まさに自動車メーカーにおけるF1参戦のような意味を帯びているからだ。
F1自体が大きな利益を生むわけではない。むしろ自動車メーカーのブランディングツールであり、そこで得た新技術は売り上げの大部分を占める大衆車に援用され、次代の流れを生み出す。それはまるで、小さなタグボートが巨大なタンカーを引っ張る姿に似ている。

ローカルミリングに期待される役割も同じだ。リーズナブルで機能性も高い地元製粉会社によるロール挽きの小麦粉に、ローカルミリングの地元産小麦粉をブレンドすれば、愛知のテロワールを感じるパンを作ることができるだろう。それによって、“小麦のおいしい地域”というイメージは広がり、地域の生産者や製粉会社も共存共栄する。
国産小麦は以前より広く受け入れられつつある。
それだけに、今までのようにただ「国産小麦」と謳っても消費者に響きにくい。国産小麦が、地域間、ブランド間競争の時代に入りつつあるいま、小麦の個性の表現にこだわるローカルミリングは、農家にとっても、パン職人のとっても、最注目の存在であるといえる。


池田浩明(いけだ・ひろあき)
パンの研究所「パンラボ」主宰、新麦コレクション理事長。ブレッドギーク(パンおたく)。パンを巡る小麦の生産者、パン職人、消費者を、縦横無尽につなげる機動力と企画力の持ち主。
◎ローカルミリング
愛知県安城市篠目町古林畔98−1
Instagram:@localmilling
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