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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

83歳の料理人。「周りがどんどん変わっていく中で、踏ん張ってきたんだ」

生涯現役|「魚料理のじま」能嶌外茂治

2023.04.10

能嶌外茂治

text by Kasumi Matsuoka / photographs by Masashi Mitsui

連載:生涯現役シリーズ

世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢化社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。

(2021年3月に掲出した記事の再掲載です)


能嶌外茂治(のじま・ともじ)
御歳83歳 1937年(昭和12年)6月15日生まれ
「魚料理のじま」

東京都生まれ。中学卒業後から、二代目の父のもと、魚屋「魚仁」を手伝い始める。89年から外茂治さんの発案で、現在の飲食営業をスタート。一番好きな魚は、“出世魚”のブリ。80歳で車の免許を返納し、現在は自転車生活。午前中は恵比寿の喫茶店、午後は近所のドトールで一服するのがお決まり。

(写真)3代目店主、能嶌外茂治さん。物腰と話しぶりに、江戸っ子らしい気風の良さがうかがえる。魚をおろすのと会計は全て、外茂治さんの担当。


店で働き始めて68年。ただひたすら、ここで商売してきた。

いいかい? 良い魚ってのはね、頭がきゅっと小さくて、腹が分厚く膨れてるんだ。ブリや鮭、アジもそう。そういう形の魚は旨い。旨い魚ほど、よく見ると顔も美人なんだよ。うちは、昔から天然物だけでやってきた。“商売は元にあり”って言うだろ? いい魚をなるべく安く仕入れて、なるべく安くお客さんに出す。そして旨い魚を腹いっぱい食べてもらう。そうすれば、一度店に来た人は、必ずまた店に来てくれるってもんだ。

うちの創業は明治43年(1910年)だから、この地で100年を超える歴史がある。もともと初代が金沢で魚屋を始めて、20年ほどしてからここに移ってきたのが明治43年。東京へ出て一花咲かせようって思ったんだろうね。うちの店は、今も「魚仁(うおに)」という魚屋が主体なんだよ。昔は従業員もたくさんいたけど、今は魚屋も店も家族でやってるね。

飲食店を始めたのは、俺の発案。先代にあたる父親から「これからの時代は魚屋だけじゃやっていけないぞ」と言われて飲食店を始めた。終戦直後、中学を卒業した頃から店を手伝い始めたけど、魚の見極め方から仕入れ方、さばき方、そして経営について・・・全部、父親の背中を見て学んできた。そうやって体得してきた信念とか姿勢ってのは、年をとった今でも身体に染みついてるんだよ。

店で働き始めて68年。どんな日々だったかって? ただひたすら、ここで商売してきた。それに尽きる。朝は5時に起きて、豊洲へ仕入れに行く。築地に市場があった頃は、毎日仕入れに行ってたけど、今は四代目の息子が行くことが多いね。息子が行くと、市場から電話をかけてくるんだ。「今どこの問屋にいるんだ?」と聞いて、どんな魚か聞けばだいたい想像がつくから、「こう言え」と息子に値切り交渉を指示。何てったって、天然のものは毎日値段が全然違う。だから買い方ってのが大事なんだ。たとえば一つだけを買うより、まとめて買った方が単価が安くなりやすいとかね。何だってそうだろ? そういう買い方とか交渉とかってのは、長年の経験と勘が物を言うってもんだ。

人気メニューのひとつ、刺身定食(¥1,080)。魚は日によって変わるが、この日は本マグロ、甘エビ、ブリ。ご飯と味噌汁はお代わり自由。なお、丼にはひじきや卯の花など日替わりの副菜3品もついてくる。

人気メニューのひとつ、刺身定食(¥1,080)。魚は日によって変わるが、この日は本マグロ、甘エビ、ブリ。ご飯と味噌汁はお代わり自由。なお、丼にはひじきや卯の花など日替わりの副菜3品もついてくる。

仕入れの後は朝食。一日の中で、朝が一番しっかり食べる。家ではご飯、味噌汁と前の晩の残り物とか。仕入れで外にいると、朝からカツ丼や天丼もぺろっと食べるよ。その後、店に出るのが9時頃。そこから昼営業が終わる3時までは、魚をおろしたり会計をしたり。会計は全て暗算。金額と計算式が頭に入ってるんだ。昼飯は暇を見て適当につまむ。寝るのはだいたい11時頃かな。

戦争で大変だった時期から、高度経済成長期の上向きの時代、バブルでスーパーやデパートがたくさんできて、個人店がどんどんなくなっていった時代・・・ここで生まれて育ったから、渋谷の街の変化をずっと見てきた。周りがどんどん変わっていく中で、踏ん張ってきたんだ。今、コロナでうちもいろいろと大変だけど、住む場所と働く場所があって、毎日飯が食えてるんだから、ありがたいよ。

そろそろ終わりかい? じゃ、ちょっと一服しに出てくるよ。



毎日続けているもの「魚料理」

◎魚料理のじま
東京都渋谷区渋谷3-15-9 並木橋ビル
☎03-3400-6365
11:00~15:00、18:00~22:00(21:00LO)
土曜夜、日曜、祝日休
各線渋谷駅より徒歩8分

( 雑誌『料理通信』2020年11月・12月合併号 掲載)
※年齢等は取材時・上記掲載時点のものです

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