大地からの声――9
おいしい魚を未来に残したい。
静岡・焼津「サスエ前田魚店」前田尚毅さん
2020.05.20
text by Kyoko Kita
連載:大地からの声
店が休みの日も必ず浜に立つ静岡県焼津市「サスエ前田魚店」の前田尚毅さんは、この2カ月で海が変わってきたと言います。「人が経済活動を止めたことで自然は徐々に回復しようとしている」。人は海という大自然にどう向き合い、その恵みをいかに享受していくべきか。考えるきっかけになりそうです。
問1 現在の仕事の状況
魚屋魂に火がついた。
飲食店からの注文は95%減っています。地元のお客さん向けに小売店もやっていて、通常そちらが売り上げの6割を占めるので、全体としては大体4割減になります。ただ、外出自粛の影響で小売りは以前よりも延びています。夕方はいつもなら飲食店向けの発送作業に追われているところですが、ありがたいことに、今は一般のお客さんからのたくさんの注文に奮闘しています。
一般の方が相手でも、一切妥協はしません。最高の状態でお届けできるよう、その日の最終集荷時間ギリギリに集配所に持ち込んで、鮮度をできる限り保った状態でお送りしています。
お付き合いしている飲食店さんは、完全に閉めている店、時短営業、テイクアウトのみなど状況は様々ですが、皆さん本当に厳しい状況のようです。にもかかわらず、こちらが元気づけようと連絡しても、逆にものすごいエネルギーが返ってくる。その本気の姿勢に、お客さんへおいしい魚を届けるチームの一員として、ますます魚屋魂に火がつきました。
今、魚の価格が暴落していると言われますが、それは高級魚に限った話で、むしろ今の価格が妥当だと思っています。10年前に戻ったともいえますね。ここ数年は、海外や東京、京都、大阪など強い消費地の買い付け人たちが価格を吊り上げていたのです。高い価格で買い取れば、確かに漁師は喜びます。でも、大都市ならその価格で通用しても、地元の飲食店は手を出せない。地元のお客さんや料理人にこそ良い魚を届けたいと思っているので、妥当な価格にこだわって買い付けてきました。それはこの状況でももちろん変わりません。
問2 今、思うこと、考えていること
空気が、川が、海が回復しつつある。
今回のような非常事態は、人間が撒いた種だと思っています。自然が元に戻ろうとする反動というか。エルニーニョも温暖化も、人間が好き放題してきたことに自然が耐えられなくなり「いい加減にしろ!」と怒っているのです。
今、経済活動を停止せざるを得ない状況に直面して、海が回復しつつあります。工場が停まり、工業排水の量が減って、山からのきれいなミネラルが海に届き始めたのです。最近よく川やダムを見に行くのですが、水も空気もコロナ以前とは明らかな違いを感じます。
「サステナブル」という言葉をよく聞くようになり、多くの企業が環境活動に取り組んでいますが、ちょっとやそっとのことで状況が良くなるほど自然は甘くないと思っていました。こうして人間が経済活動を止める、緩めることが、最もサステナブルなんですね。それは野菜や動物にも言えるのではないかと思います。この状況が続けば、自然が元の健全な状態に戻っていくはず。自然はいつだって、人間が破壊しなければ、自らの力で新しい芽を生やすのです。
資源管理についても考えるきっかけになると思います。我々はこれまで魚を獲り過ぎてきました。桜エビはここ数年不良で、今年もまだ1回しか漁に出られていませんが、仕方のないことなのです。このままあと10年、人間のエゴに任せて獲り続けたら、桜エビは絶滅してしまいます。一方、シラスは獲り過ぎて価格が大幅に下がっています。中には「バカバカしいから獲るのをやめる」と言っている漁師もいますが、それで良いと思います。沿岸で獲れるシラスには、あともう少し待てば立派に成長する小エビや小魚がたくさん混ざっているのです。
自分たちのことだけを考えるのではなく、未来にも目を向けなければなりません。おいしいものを、自分たちの子供や孫、そのずっと先の世代にも伝えていきたいじゃないですか。
問3 シェフや食べ手に伝えたいこと
価格の妥当性を見つめ直して。
首都圏を中心に自粛が長引く中で、高級魚の値下がりもあり、これまで飲食店に回っていたような魚を取り寄せたり、専門店で買ってみる人が増えています。専門店にとっては存在価値を見直してもらえるチャンスですが、飲食店としては難しい状況でしょうね。都心の一等地で1万円していた魚が、2千円で食べられることを知ってしまった。食べ手は価格の妥当性について考えてしまうでしょう。そこに料理人の仕事の価値が表れるのも事実ですが、果たしてその価格に必然性はあるのでしょうか。
確かに魚は、価格の変動が大きい食材です。野菜や肉とは違い、人がコントロールしながら作るものではない。広く深い海の中を回遊している大自然の産物です。だから狙った魚が揚がるとは限らないし、揚がっても良い状態かどうかはわからない。一方で、値段が高い魚ほどおいしい、とも限りません。たとえば2万円のマグロと50円のイワシ、それぞれ料理して、イワシの方がおいしいと食べ手に言わせることができたら、料理人としては万々歳じゃないですか。
魚には高級魚から雑魚と呼ばれるものまであって、魚によって良い時期もあればそうでない時期もあります。たった一日で大きく変わることもある。そして手のかけ方次第で、大衆魚を高級魚並みに仕立てることもできるのです。
地方の料理人にとっては、地場で仕入れた飛び切り新鮮な魚をきちんと料理し、都心の3分の1の価格で提供できれば、新幹線で県外から食べに来てもらうことも夢ではありません。
料理人さんたちには、価格の意味、値段の妥当性について、見つめ直すきっかけとしていただきたいですね。そして本当においしい魚を、妥当な価格で、より多くの人に楽しんでもらいたいと思います。
*本記事は、静岡県の外出自粛が解除される前に取材しています。
前田尚毅(まえだ・なおき)
静岡県焼津市で60余年続く「サスエ前田魚店」5代目。地元の一般客向けの小売店を営む傍ら、国内の名だたる飲食店に魚を卸している。魚種、魚の状態、配送時間、料理人の好みや調理法などに合わせた締め方や脱水の技術で料理人から篤い信頼を集める。
サスエ前田魚店
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大地からの声
新型コロナウイルスが教えようとしていること。
「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。
作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。
と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。
第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。
<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 今、思うこと、考えていること
問3 シェフや食べ手に伝えたいこと